重なり寄せる波の音は   作:つかちー

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転属

[chapter49: 改修 ]

 

 吹雪の船体の解体は造船所で行われた。主要な筋肉組織や神経組織は適切に取り出され、綾波の船体に合うように加工が施される。加工された生体部品はすぐに綾波の船体へと移植される。埋め込まれたばかりの生体部品はすぐには馴染まず、徐々に綾波の組織に取り込まれ、一体化する。

 移植されている光景を提督と艦娘たちは見ていた。

「なんで吹雪さんの組織で補助付きを改修するんや?」

 黒潮はやや納得がいかないといった顔で口を尖らせている。

「ん? 黒潮を改修したほうが良かったか?」

「それは……」

 黒潮は口ごもる。

 吹雪の組織を移植するということは、吹雪のような活躍を期待されるということでもある。移植されたからと言って、同じ活躍ができるわけでもない。しかし、周囲は“吹雪の組織を移植された艦娘”として見る。その重圧を受ける覚悟は黒潮にはなかった。自身の実力に自身がある木曾であっても、吹雪ほど有名な艦娘の組織を自分から受け取るのは躊躇する。

「補助付き。吹雪さんの組織を受け取るんや。無駄にしたらうちが許さへん」

 黒潮はじろっと綾波を睨む。

「黒潮さん、綾波もう補助付きじゃないです」

 綾波は黒潮に後ろを向いて、自分の背中をちょんと指差して言う。

「……せやったな。綾波」

 今回の改修のための検診で、ようやく綾波に平常時艤装解除許可が下りた。綾波はやっと仰向けに眠れると喜んでいたが、黒潮は後輩に追いつかれたような気がして、少し面白くなかった。

「な、なんだかいつも背負っていた物がなくなると何だか落ち着きませんね」

 背中をもそもそと動かして、感じている違和感を主張する。

「あたしもそうだったなー。すぐ慣れるよ」

「俺はかなり補助付きの期間が長かったのに……」

「木曾は転換処置の予後が悪かったからクマ。球磨は優秀だからすぐ外せたクマー」

 球磨は木曾をからかう。

 提督はそんな艦娘たちの様子をみて微笑んだ。

「あ、提督が笑っているクマ。良かったクマー」

 艦娘たちの雰囲気は随分と戻りつつあった。少しではあるが時が経ち、各々が心に整理をつけ始めていた。

 だが、それよりも大きいのが、提督が気持ちに折り合いをつけたからだ。良くも悪くも提督の感情や態度は艦娘に直接的に影響する。

 提督が焦れば、艦娘たちも自然と焦る。提督が悲しめば、艦娘たちも落ち込んでいく。大事な人が泣いているのに、笑っていられる人はいない。提督は自分の行動がどのような影響を与えるのかを思い知った。

 心に刺さった棘は恐らくずっと抜けない。しかし、前に進むことはできる。もう決して、仲間を失ったりしない。

 そう提督は心に誓った。

 

 改修作業はまだ時間がかかる。提督は通常業務があるため、秘書艦の球磨を連れて執務室に戻った。

 部屋に戻るのを待っていたかのように、提督の机の電話が鳴り出した。

「おっと、丁度良かった」

 球磨は秘書艦の席について、書類の整理を始める。吹雪がいなくなってしまった分、艦娘の管理などの書類も回ってくるようになった。

 球磨の耳に入る提督の電話の話し方がどうもおかしい。ふと気になって顔を上げて電話をしている提督を見ると、その顔は青ざめていた。

「転属ですか……!?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter50: 転属 ]

 

 鎮守府からほど近い海域。ドラム缶を満載した数隻の駆逐艦の姿があった。

「今回の輸送任務、上手く行ったっぴょん!」

「もうこの海域は敵艦も少ないし、大丈夫だね」

「この辺りって……たしか……潜水空母姫が……」

「およ? なんかおっきな艦影が……にゃっ! 戦艦!?」

「なんでこんなところに大規模な敵艦隊がでるんだよ……めんどくせー……」

「いやだ……五時方向にも敵艦いるわよ……囲まれてるわ」

「……うーちゃんが時間稼ぐぴょん! 睦月型のホントの力、見せてやるぴょん! 皆、司令官に報告よろしくね」

 一隻を残し、駆逐艦の輸送艦隊は海域から離脱していった。

 

 提督執務室に艦娘が集められていた。

「何故だ! この鎮守府が閉鎖だと!?」

 木曾が机を強く叩きながら憤る。

「まだ完全な決定ではないが、すぐに正式な通達が来るだろう。俺の転属と共にこの鎮守府は閉鎖。お前たちも別の鎮守府に配属される」

「て、提督の行く場所についていくクマ!」

 球磨は必死な顔で懇願するが、提督は首を横に振る。

「俺の転属先は通常の軽空母の副艦長だ。新式海兵司令ではなくなる。艦娘を連れてはいけない」

「……通常の軽空母の副艦長って、中佐の配置やな……? 昇進するためにうちらを捨てていくってことか!?」

 黒潮の言葉に、提督の顔が一瞬引きつるが、またすぐに無表情に戻る。

「そう受け取ってもらって構わない。恨みたいなら恨め」

 突き放すようにそう答えた。

「そ……そんな……」

 黒潮はこの世の終わりかのような表情でがっくりと肩を落とした。

「あ、綾波は……吹雪さんの代わりになるって……それで……」

 目に涙を浮かべた綾波が提督に何かを言おうとするが、提督が遮る。

「軍の決定だ。従え。他にはないな? では各自、退室し準備をしておけ。いつでもここから出られるようにな」

 艦娘たちは死んだ目でぞろぞろと提督執務室から出て行く。

「クソッ!」

 ひとり執務室に残った提督は、拳を強く机に叩きつけた。

 

 中央の鎮守府に存在する技術開発局の局長室。大量の書類棚とそれに収まらないほどの資料がところ狭しと収納されている。

 窓際の席から部屋を見据える神経質そうな痩せぎすの将校。それと間宮の姿があった。

「局長。あの鎮守府、閉鎖だそうですね」

「あの鎮守府? あぁ、伊58がいた鎮守府かい。そりゃ伊58がいなけりゃ維持する必要もないねぇ」

「いいえ、面白いものがありますよ」

 間宮はにっこりと一冊の資料を将校に渡す。将校は左手の爪を噛みながら渡された資料にぱらぱらと目を通す。

「へぇ! こりゃ面白そうだ……あの吹雪の組織を移植した特殊適合体候補ねぇ……いいね。興味をそそられるよ」

 その骨っぽい肩を震わせて笑う。

「でしょう? なのであの鎮守府はもう少し見守っていきたいんです」

「ふーむ……掛け合ってみようかね。しかし、それだけで上の説得はちょいと難しいなぁ」

 視線を斜め上方にして、顎をさすりながら思案している。

「うふふ、大丈夫ですよ。恐らくあの海域、忙しくなりますよ」

「んー? そうか、姫級が現れた海域ということかい。なるほどねぇ。ならそっちで提言してみるかねぇ」

 将校はニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら、席を立った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter51: 提督 ]

 

 提督は机で書類仕事をしているが、遅々として進まない。文書の内容を読み込もうとしても文字は言葉にならず、頭にぽっかりと空いた穴に吸い込まれていくようだった。

 使い込んだ万年筆さえも何故だか手に馴染まない。

 机に置いた無言の電話といつも以上にゆっくり進む時計をしきりに気にしていた。

 予定通りであれば間もなく上層部の会議が終わる。そこで、この鎮守府の行く末、自分の配属が決定する。提督に電話が来た以上、ほぼ閉鎖が覆ることがないことは提督も理解していた。

 だが、願わずにはいられなかった。

 そんな自分に気付き、提督は苦笑する。ほんの少し前まではこの仕事がたまらなく嫌だった。それが今はどうしたことか、これほどまでにこの鎮守府から離れたくないと思っている。

 勇敢な少女たちが提督を変えたのだった。

 空気を割くように、電話が鳴った。

 その瞬間、提督は息をすることさえ忘れていた。

 心待ちにしていたはずなのに、いざとなると受話器があまりにも遠い。必死に手を伸ばそうとしても、なかなか届かない。

 提督はふぅと息を吐いて、ひと呼吸置いてから、机に置いてある受話器に手を伸ばした。

 自分と少女たちの未来を聞く。

 

 その数日後。

「そろそろいかなければな」

 提督が部屋の壁掛時計を見ながら呟く。

「……他の鎮守府の人と一緒にやっていけるか不安クマ……」

 球磨はこれから訪れる生活への不安を口にする。

 提督は優しく微笑む。

「球磨なら大丈夫さ。今までも新しい艦娘と上手くやってたじゃないか」

「新しい艦娘と、他の鎮守府の艦娘は違うクマ……」

「俺の秘書官がそんなことじゃ困るぞ。綾波たちにも無駄に不安を与えるだろう」

「……そうクマね」

 と、口では言うものの、球磨の表情はまだ暗い。

 提督はやれやれと言いながら球磨に右手を差し出す。球磨は提督の半歩後ろに立つと腕にそっと手を回した。

 ゆっくりと歩いて執務室から出て行った。

 

 港には既に艦娘たちが揃っている。提督の腕に手を回した球磨の姿を見るなり、黒潮がずるいと声を上げる。

 提督は艦娘たちの前に立つと、彼女たちを見回す。

「よし、服装に乱れはないな。これから皆の状況は変わる。恐らく今までのようにはいかないだろう。だが、何があろうとも全力で乗り越えて欲しい」

 艦娘たちは真剣に聞いている。

「一人でなら難しいだろう。だが、鎮守府全員で力を合わせ、必ず乗り越え、前に進むぞ。さぁ、出迎えだ!」

 全員が海に向かって敬礼をする。

 港に大きな船が二隻、進入してきた。

「戦艦と正規空母ってすごい大きいですねぇー」

 綾波は見上げながら驚嘆する。

「中央からの派遣だ。大将閣下に恥をかかせることにもなる。決して失礼のないようにな」

 

 提督に来た電話の結論は鎮守府の継続だった。

伊58を沈めた海域周辺に深海棲艦が続々と集結。輸送艦隊を一隻残らず壊滅させた。輸送路ともなっているその海域の奪取は最重要任務となり、最も近いこの鎮守府の維持が決定された。

 敵艦隊には戦艦や空母も確認されたため、戦力の増強が急務となり、一時的に新造艦が来るまでの間、中央から艦娘が派遣されることとなった。

「さぁ、これから忙しくなるぞ。戦闘は激化する。だがお前ら、絶対に沈むんじゃないぞ!」

「はい!」

 提督と艦娘の声が港に響く。

 

 この鎮守府の物語は、まだまだ続く。

 

 

第一章 完

 




続きがまだ思いついていないので、一旦これでこの鎮守府の物語は終わりです。

追加したほうが良いタグなどあれば教えてください。
批評・感想などいただけると嬉しいです。

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