重なり寄せる波の音は   作:つかちー

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遠征

[chapter05: 遠征準備 ]

 

 綾波の進水式から1週間が経過していた。

「吹雪。綾波の様子はどうだ?」

 提督は指導官室に来ていた。

「はい、少しのんびりした性格ですが芯の強い良い娘ですね。操船もおおよそ慣れてきました。わざわざそれを訊きに?」

「いや、そろそろ警備任務をやらせてもいいかと思ってな」

 少し吹雪は不思議そうな顔をする。

「全然問題ありませんが。今までの娘についてそんなこと訊かれたことありませんよ?すぐ出撃させていたじゃないですか」

「あー……そうだったか?

 それより吹雪。今は他の娘もいないぞ」

 提督は吹雪の横に立ち、肩に手を回した。

「はいはい、お仕事中ですよ」

 吹雪はするりと提督の手を潜ってかわす。

 自分を拒絶する吹雪を見て、提督は真面目な顔で訪ねた。

「吹雪にとっての“提督”は一人だもんな。……ついて行かなくて良かったのか?」

「……ここでやることがありますから。それに、今の私ではあの人の足を引っ張ってしまいますし」

そう答えた吹雪の表情は複雑だ。

 

「駆逐艦 黒潮、駆逐艦 白露、駆逐艦 綾波。同3隻は鎮守府周辺海域の警備に当たってもらう。なお、旗艦は黒潮とする。この周辺での深海棲艦出現の話はないが、十分に警戒をせよ。作戦詳細は球磨から訊け」

 提督執務室に3人が呼び出されていた。綾波にとっては初の作戦任務となる。

 緊張した面持ちで球磨からの説明を受けると、出港準備に取り掛かった。

 

 甲体艤装室で艤装中、黒潮が綾波に向かって話しかけてきた。

「うちが旗艦や。せいぜいヘマすなよ、補助付き」

「はい、頑張ります」

 黒潮は綾波を補助付きと呼ぶ。

 艦娘は作戦行動中は乙体神経接続ための補助装置である甲体艤装着用が義務付けられる。

この甲体艤装は日常生活においては必要ではないが、神経が安定していない場合、日常生活においても解除が許可されない。

 このように解除許可が下りていない艦娘は“補助付き”などと揶揄されることがある。

「なんや司令はんに気に入られてるようやけど、何したんや? 補助付きの未出撃の癖に……」

 黒潮はあからさまに不快感を表明してきた。

 だが、綾波には心当たりが全くなく、何を言われているのかもよくわからなかった。ただ黒潮には嫌われているとそう思った。

「はっ、うちには言えませんってことかいな。まぁええわ。足引っ張んなや」

「あ……はい……」

 黒潮が退室した。

 綾波は直接的な悪意をぶつけられて少し気落ちしながら、後を追った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter06: 遠征 ]

 

「この任務は鎮守府周辺海域の警備を行い、4日後に帰港。深海棲艦と遭遇した場合は報告を最優先にうちの指示に従って。暗号通信は2時間ごとにテーブルに沿うように。第2浮標から単縦陣、うち、白露、補助付きの順に。通常通り巡航速度で。復唱の要なし。黒潮、抜錨するで」

「白露、抜錨するね」

「綾波、抜錨します」

 スピーカーと通信3人の声が乗ると、エンジンテレグラフの表示が停止から全速へと変わり、3隻のエンジン機関が唸り始める。

「両舷全速前進」

 港の作業員たちの見送りを受けて離岸していく。

 離岸した後は巡航速度に切り替え、港湾を抜け広い海へと出て行く。

 目標の浮標を超えると、新兵の綾波も乱れなく1列に整列し、陣形を成した。

 だが、するとすぐに黒潮から綾波へ通信が入る。

「遅いで。目標から陣形展開まで6秒遅れとる」

「は、はい! すみません!」

その後も

「速度落とせ! 燃料が無駄や!」

「はい!」

「進路ズレとる! 舵角直せ!」

「はい!」

「まったく……補助付きはダメやなぁ」

などと、事細かに綾波を指導していた。

 通信を聞いていた白露は、

「うわー、普段はこんなに細かくないのに」

などと思っていたが、自分への飛び火を恐れて、あえて口を挟まないようにしていた。

 

 出港してから12時間。黒潮の指導以外は何事もなく、ただ目の前には海だけが広がる。

ぐぅー。

「おい、補助付き。腹の音が通信に入ってるで」

「はい! え? ごめんなさい、気づきませんでした」

 気がつかなかったのは、空腹自体。

 神経接続をしている間は体の知覚・運動を制御する体性神経を操船に使用する。その為、感覚神経や運動神経は使えず、植物人間のようになる。この置き換えを行うのが第三神経や第二体性神経などと呼ばれる艦娘固有の神経組織である。

 また怒られてしまうと綾波は思ったが、帰ってきた言葉は意外だった。

「まぁそろそろ補給にしよか。うち、白露、補助付きの順で陣形後部に周りしだい半接続。先頭艦が旗艦代理。時間は30分ずつや」

 艦娘は食事を必要とする。基本的に人間と同じものを食べるが、量は比にならない。人間よりも遥かに出力があるその体を維持するには大量の食事を摂取する。だが、航海任務中の艦娘は神経接続をされており、それを外すことは原則許されない。そのため、一部神経のみを切断し、食事を行う。水分の補給は点滴によって行われる。その際には戦闘艦としての操船能力はもちろん下がるので、艦隊後方へと下がることになっている。

 1隻ずつ艦隊後方へ周り、半接続30分のあと接続報告、そして次の艦娘の番という流れで行われる。

 前の2隻の食事が終わったあとに綾波の番となる。

「白露、接続しました」

「では綾波、艦隊後方に周ります」

横に避けて速力を微速に変更、後方へ着いたら巡航速度へ。

「綾波、半接続に入ります」

 綾波は乙体との接続を限定的に解除。といっても食事に必要な口周りの神経接続とわずかな感覚のみ。視覚や聴覚は接続されたままだ。もちろん体は動かないので、食事を口に運べない。

「すいません、食事です。お願いします」

 艦内別室のスピーカーに声を出すと、中枢室に人が現れた。

 艦娘補佐官、艦娘の身の回りの世話を行う軍属の人間だ。多くの場合は介護資格を持った女性兵が採用される。

 他にも綾波には乗組員として航海の記録官や整備兵など30名余りが乗船している。通常の駆逐艦であれば200名以上の人員を必要とすることから考えれば、最低限の人数となっている。艦娘たちは意識のほとんどない間に作業をする彼ら彼女らを、グリム童話の森の小さな靴屋さんになぞらえて、妖精と呼んでいる。エンジンテレグラフも彼らに速度の変化などを知らせるために存在している。

 綾波が口を開くと、艦娘補佐官は糧食を運ぶ。そうして食事を終えると艦娘補佐官を待機室に戻し、神経を接続する。

 艦娘補佐官は決まった時刻に艦娘の体を拭き、点滴を交換し、糞尿などが出ていればオムツを交換する。艦娘が仕事をする上で最も重要とも言える乗組員である。

 このようにして綾波は黒潮の厳しい目にさらされながら、4日間の周辺海域の警備任務を母港へ帰港した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter07: 帰投 ]

 

3隻の船が陣形順に入港した。

 着岸すると錨を下ろされ、船が繋留される。船の火が消え、しばらくすると1隻の甲板に艦娘が出てきた。

「あっ、白露が1番だ! やった、上陸一番乗りー。あれ? 提督?」

 少し離れた位置だが港には提督の姿があった。

「てーとくー!」

 白露は大きく手を振って大声で呼ぶと、提督は小さく手を上げた。

 続いて黒潮が甲板に姿を現す。

「え? 司令はん? なんで司令はんがおるんや? あ、ホンマに司令はんや!」

 二人は橋がかかると急いで提督の元に駆け寄った。

「提督さん、白露ただいま帰投しましたー! いっぱい見回ってきたよ! あ、そうだ。あたしとりあえずお風呂いってきまーす! いっちばんぶろー」

「旗艦業務頑張ってきたで! 新しい娘はアカンなぁ。でもうちがきっちり指導したんやで」

 黒潮はいっぱいに胸を張って、いかにも褒めてくれといった態度を示してくる。

 提督は少し微笑むと、「そうか。よくがんばったな。お疲れ様」と言いながら頭を撫でてやった。

 黒潮はその感触を精一杯感じるかのように目を細める。

「でも珍しいな。司令はんが港まで迎えに来るやなんて。いつも執務室で報告待ってるのに。ひょっとして初めてやないか?」

 と言ったところで黒潮の顔色が変わる。

「……初めて……迎えに………誰を?」

「黒潮、どうした?」

 黒潮は提督の手を丁寧に頭から避けて「……後で報告に行くわ」と言うと、提督から逃げるように去っていった。

「……?」

 提督は首をかしげて、何かまずい対応をしたかと考えたが、とりあえず報告の時にでも訊くことにした。

 

 だいぶ遅れて綾波が甲板に出てきた。手には何かを持っている。慣れていない日をまたいでの操船に多少疲れが出ているためか、足元がふらついていた。

 船を降りて少し歩いてから、綾波は港に提督がいることに気づいた。

「あれ? 司令官?」

 綾波は安心したような顔をした後、すぐに表情がこわばった。

 手に持っているのが、艦娘補佐官に遠慮して処理を頼めなかったさっきまで履いていたオムツだったからだ。

 提督はゆっくりと綾波に向かって歩いてくる。

 綾波は慌ててどこか隠せる場所はないかと探すが、運悪く周りには見当たらない。わたわたとしている内に提督は既に綾波の近づいていた。

「綾波、初の作戦に問題はなかったか?」

「は、はい!」

「……? どうした? 顔色がよくないぞ。ふらついているし……疲れているのか?」

と言って提督は一歩綾波に近づく。

「だ、大丈夫です。あの、近づかないでもらえませんか……?」

「ん……? 本当にどうしたんだ? 大丈夫なのか?」

 さらに一歩近づく。

「あの……えと……近づかないでください」

 綾波は一歩下がる。

「何か俺がまずいことでもしたのか? さっきの黒潮も……そういえばその手に持っているものは……」

 提督は負けじと更に2歩近づく。

 綾波はかぁっと真っ赤になって、

「何でもないです! 近づかないでくださいー!」

提督を突き飛ばした。

 提督は「げぅっ!」と声を漏らしてゴミクズのように吹っ飛んでいく。

「ひーん!」

 顔を真っ赤にしたまま綾波は駆け足で逃げていった。

 

「お……俺が何を……」

 そう呟いてガクッと意識を失った。

 

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