[chapter08: 処分 ]
眼帯をした少女が提督執務室へ続く通路を歩いている。球磨とよく似た服を身につけており、表情には不敵な自信がみなぎっている。
提督執務室の前まで歩き進むと立ち止まり。
「提督! 木曾、帰還したぜ!」
勢いよく扉を開いた。
「わっびっくりしたクマー」
「おぉ、木曾か。訓練研修は勉強になったか?」
「ああ、中央の鎮守府はさすがといった感じだったぜ。それはそうと提督。そいつはどうしたんだ?」
木曾は提督の首についているものを指差す。
提督は頚椎固定装具をつけていた。
「実は……」
球磨が困った顔で口を開いた。
綾波はひとり自室にいた。全身に重苦しい陰鬱な空気を纏っている。
提督を突き飛ばしてしまったことを強く悔やんでいた。
「はぁ……とんでもないことをしちゃった……」
口から出るのはため息ばかり。何もする気が起きず、不安と罪悪感ばかりが大きくなる。
バタン!
突然扉が大きな音を立てて開いた。
驚いた綾波が目をやると、木曾が腕組みをして立っていた。
「お前が綾波か。執務室に出頭しろ!」
綾波が木曾に連れられていくところに、ちょうど白露が出くわした。
「木曾さん戻ってたんだ。あれ? 後ろにいるのは綾波ちゃん?」
白露は小首をひねりながら兵舎ロビーに行くと、口をへの字に曲げた黒潮が椅子に座っている。
「なんか木曾さんと綾波ちゃんがそこ歩いてたけど何かあったの?」
黒潮の隣に座りながら黒潮に話しかけた。
「あの補助付きが司令はんに怪我させたんや」
「えっ!? ホント!? 処分は?」
「処分内容は決まってへんけど、普通は……解体処分やろな」
「解体処分…なんでそんなことしたんだろ……反抗とかしそうもなかったのに」
「それはわからんけど……」
「うーん……提督さんから大事にされてたみたいなのに」
よくわからないけど心配だなと白露は腕組みをした。
言葉もなく提督執務室へ向かう綾波と木曾。俯きながら後ろを歩く綾波は、所在無げに小さく背中を丸めている。
足を止めずに木曾が綾波に話しかけた。その声には怒気を孕んでいた。
「提督はアバラにヒビが入り、頚椎捻挫しているそうだ」
「……はい」
綾波は木曾の背中を見ることもできず、目を伏せる。
木曾は突然振り向くと、綾波の襟を乱暴に掴んだ。
「提督に暴力を振るうなど! どんな理由があっても許されない! わかっているな!?」
艦娘が提督に暴力を振るうということは、一般兵が武器を持って将校に殴りかかることと等しい。ましてやその結果、怪我をさせたとなれば、木曾の怒りはもっともだった。
綾波は苦しそうに身動ぎはするが、抵抗はしていない。
木曽はそのまま片腕で綾波の体を容易に持ち上げる。
「俺たち艦娘には強い力がある。それを使えば人間は簡単に死ぬ! ……ましてや提督に! 補助付きの分際で……!」
綾波は抵抗しない。
「まぁいい、処分はこれから言い渡される。せいぜい反省するんだな」
木曾の怒りは収まらない様子だが、綾波を下ろしてまた歩き始めた。
綾波はむせながら木曾の後を黙ってついて行った。
執務室に着くと、提督と球磨がいた。提督の表情は読めないが、球磨には普段の奔放な明るさはない。
「駆逐艦綾波、提督に暴力を振るったクマね。目撃した報告も多数来ているクマ。間違いないクマ?」
球磨は綾波に責めるような視線を向ける。
「……はい」
「艦娘が提督に暴力を振るうなどあってはならないクマ。処分は通常ならば解体後、刑務所送りクマ」
「……はい」
黙っていた提督が口を開いた。
「何か理由があったのか? 俺に不備があったのなら言って欲しい」
「……提督が訊いているクマ。答えるクマ」
「……あの、司令官には……」
綾波は顔を真っ赤にしてうつむきながら球磨に救いを求めるような視線を送る。
「……?」
提督が球磨に顎で指示をすると、「隠し事をしても有利にならないクマ」と言いながら、球磨は綾波の近くに歩き進んで耳を向ける。ちょっと木曾も耳を出した。
ごにょごにょと綾波は球磨と木曾に耳打ちをすると、
「なるほどクマ……気持ちが分かっちゃったクマ……」
球磨はうんうんとしきりにうなづいて、
「この件は提督が悪いクマ!」
と提督を指差して断罪した。
「えぇ!? 俺? なんで!?」
提督は球磨の突然の手のひら返しに目を丸くする。
「それは言えないクマ。とはいえ、処分をしないわけにも行かないクマ。1日重営倉で頭を冷やしてもらうクマ」
「あれ? 艦娘の営倉送りの権限は俺しか……」
「全ての艦娘を敵にしたくないなら、この件はこれで手を打つクマ」
「まぁ初めからそのつもりだったからいいが……腑に落ちない……」
だが、木曾も納得の行かない表情をしている。
「処分が軽すぎないか? 提督を傷つけたんだぞ」
「いや、これで良い。大した怪我でもない」
「しかし! ……提督がそう言うならば従うが……」
「では綾波。お前には1日重営倉で反省してもらおう。
木曾、連れて行け」
提督が正式に言い渡す。
木曾は綾波を連れて退室した。
球磨は少し笑って提督に話しかける。
「これで良かったクマ?」
「ああ。俺の意図を随分汲んでくれた」
提督も笑顔で返す。
「でも……反発もきっと少し出るクマ」
「それは甘んじて受けよう。なんとか上手く統制してみせるさ」
「……球磨も少し羨ましくて反発しそうクマ」
「今度埋め合わせはするよ」
「期待しないで待ってるクマ」
口とは裏腹に球磨は嬉しそうだった。
しばらくして兵舎のロビーでは白露が速報を届けていた。
「綾波ちゃん重営倉1日で済むらしいよ! きついみたいだけど解体よりはいいよね!」
「は!? なんでなん! 司令はんを怪我させて重営倉1日!? 絶対おかしいわ! あの補助付き……!」
黒潮の顔には不満の色がありありと浮かんでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[chapter09: 営倉 ]
喧嘩や遅刻などをした者は処分のため営倉と呼ばれる独房に入れられる。
本来、士官は営倉入りの処罰には当たらないが、艦娘には訓戒・譴責・謹慎が処罰として効果的ではなく、尉官待遇であっても営倉入りが言い渡されることがある。
重営倉処分は寝具を与えられず、与えられる食事も限定される。通常の兵士であれば健康上の問題から3日が限度とされている重い懲罰である。敷物のない硬い床の上に、起床ラッパから就寝ラッパがなるまでの一日中、正座をしなければならない。
地下に存在する暗い板張りの小さな独房で簡易トイレが異臭を放つ。廊下から差し込む小さな電球の明かりがじりじりと音を立てて明滅している。鼠やゴキブリが這い回るじめじめとした不潔な部屋に、綾波はいた。
艤装を装着した状態で、長時間の正座を強いられるのは艦娘にとっても辛い処罰であった。
だが、配属から進水式、訓練、警備と忙しかった綾波には、現状をよく考えることができる時間ともなった。
今回のこと。
感情に任せて司令官に暴力を振るうなんて最低だ。重営倉1日にしてくれた司令官と球磨さんには感謝しないと。
そしてもう二度と、私の所為で誰も怪我をさせたりしない。
司令官のこと。
何故か私は大切にされているようだという話をよく聞く。司令官に気に入られていることは嬉しいが、理由が気になってしまう。
いつから? 何がきっかけ?
原因となることは思いつかない。ここに来た時からだとするならば、理由は3つほど思い浮かぶ。
一つは、外見的印象。
一つは、ここに来る際の書類、兵学校での話など。
一つは、さらにそれ以前。転換処置を受けたときや、処置以前に。
外見的印象は他に可愛らしい艦娘たちがいるのに私を選ぶ理由がない。いや、選んでもいいけど、私みたいなのを選ぶ可能性は薄いと思う。
書類や兵学校での話がなにか影響してる?
でも司令官とはここで初めて会ったときの表情。驚いていたと思う。私の顔をみて驚いたとするならば、書類などで知っていたとは考えられない。
ではさらにそれ以前だとする。
しかしそうなると、私には艦娘になる前の記憶はない。艦娘になる前……私物に入っている写真。あれが何か手助けになるかもしれない。
考えて見てもわからない。
黒潮さんのこと。
間違いなく私は嫌われている。初めは少しからかわれている感じだった。
でも今は明確に嫌われている。
理由は何?
私の何かが気に入らないという感じだ。
そういえば警備に出かける前に黒潮さんはなんと言っていた?
司令官に気に入られているが、何をしたのかと言っていた。
もしそれが理由だとすると……難しい。
いや、簡単かもしれないけれど、それには私が司令官に嫌われる必要がある。それは嫌だ。だから難しい。
吹雪さんのこと。
今の司令官がこの鎮守府に来る前からいる、すごい人だけど、出撃はしない。なぜだろう?
たしか前の提督さんと艦娘は全員が設備も最新の新しい鎮守府に行っているはず。だとすると、前の提督さんの配置替えについて行かなかった理由はなんだろう?
球磨さんのこと。
秘書艦クマー。可愛い。
木曾さんのこと。
自信にあふれている艦娘。頼りになりそうだけど、少し怖い。仲良くなれるときが来るのだろうか。
結局、私が頑張っていればきっと何か良い方向になる。司令官のためにも、もっと頑張らないといけない。
綾波が様々なことを考えているうちに、朝を告げる起床ラッパの音が営倉に響き渡った。
正座をしたまま朝を迎えていた。
床は足の形に歪み膝からは血がにじんでいた。
しばらくして、営倉の扉が開いた。
「綾波。時間だ、出ろ」
提督と球磨がそこには立っていた。
綾波は立ち上がろうとしたが、ずっと座っていたためか、縫い付けられたように動けない。
「あれ?」
足をよく見ると再生した足の組織と床が癒着している。
「ずっとその姿勢でいたのか……球磨、剥がしてやれ」
「了解クマー。ちょっと我慢するクマ」
球磨は綾波の背中に回って脇に手を回すと、ぐいと持ち上げた。べりべりと音を立てて足の肉ごと床から引き剥がされてゆく。
「痛っいたたたた」
綾波は痛みに顔をしかめる。
剥がれた肉はいかにも痛々しく、じくじくと血がにじみ出る。
「このくらいの傷なら駆逐艦の組織なら10分くらいで治るクマ」
「そうか。歩けるようになったら自分で出てこい」
球磨と提督はそのまま営倉から出る。
提督は「よく頑張ったな」と言って立ち去った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[chapter10: 指令 ]
提督執務室の大机で提督、球磨、吹雪が会議していた。
「ふむ……今週はこれを優先的に。こちらの期日は1週間としよう」
「こちらの報告の処理はどうするクマ?」
「それは球磨に任せよう。現場の意見を優先してくれ」
「艦娘たちの状況ですが、木曾さんが改造に耐えられるようです」
「木曾の資料は……なるほど……資材の状況は……よし、改造処置の手配を行え。1週間以内だ」
とその時、電話がなった。
「おっと、今週の計画はこのように進めよう。問題があれば随時」
「まぁいつもとあまり変わらないクマね」
提督が受話器をとる。
「はい、もしもし。大将閣下! お久しぶりです。そちらはどうでしょうか? ああ、左様ですか。ええ、こちらは変わりなく。吹雪ですか? 元気でやっております。ちょうどここにいますが、変わりましょうか? ……そうですか。
私共の艦隊では戦力的に……あぁ、そういうことであれば可能です。六日後? 了解しました。迎える用意をしておきます」
提督が電話を切ると、吹雪が電話について質問した。
「司令官……じゃなくて、大将閣下からですか」
「ああ、出撃依頼だ。正式な書類は六日後、輸送の際に艦娘に届けさせるそうだ。迎える様に準備しておいてくれ。木曾の改造については予定通り。おそらく必要になる」
そして六日後。
綾波は待機任務中、訓練の報告のために提督執務室へ向かうところだった。
「ねぇねぇそこのあなた。提督執務室ってどこ?」
と長い白金の髪をした艦娘に話しかけられた。
綾波は今日来ると言っていた艦娘かなと思った。
「ええ、ご案内します。ちょうど綾波も向かうところでした」
「助かるっぽい。綾波っていうのね。私は夕立。よろしくね!」
綾波は夕立の赤い瞳をみて、不思議な恐ろしさを感じた。そしてそれは吹雪の瞳の奥のような妖しさだと思った。
「ここの鎮守府は久しぶりで、夕立ちょっと自信なかったの。吹雪さんは元気っぽい?」
「ええ、吹雪さんも元気にやっていますよ。夕立さん以前こちらにいたんですね」
などと雑談を交わしながら通路を進んでいるが、綾波は夕立がどうも自分のことを観察しているような視線が気になった。
「あの……何か気になることが……?」
と綾波が質問しようとしたとき、夕立が顔が触れるような距離まで急に近づいてきた。
「え、えと……あの……?」
夕立はくんくんと慌てる綾波のにおいを嗅ぐと、
「夕立と同じ匂いがするっぽい。だから綾波なのね!」
と言って、困惑する綾波を尻目にまた歩き始めた。
提督執務室に着くと、綾波は夕立が書類のやりとりをする間、廊下で待つように言われた。
数分の後、夕立が提督執務室から出てくる。夕立は綾波とすれ違いざま、綾波の方に向き直り、
「いつかご一緒できたら、素敵なパーティーしましょ!」
と言い残して、去っていった。
綾波は提督に呼ばれ執務室に入り、いつものように訓練報告を行った。
「よし。戻っていいぞ。定時になったら待機を解除していい。
ん? どうした?」
「あの、さっきの艦娘は……」
「ああ、中央の鎮守府の夕立だ。実力では吹雪より彼女が上だと言われているな」
「なんだかすごい迫力がありました」
「彼女は特殊適合体だからな。二度の改造に耐えた変異体だ。2度の改造に耐えられる第三神経を持った艦娘は多くない。
そういえば今日はミサイル駆逐艦も来ている。初めてだろう? 見ておくといい」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
綾波は提督執務室を後にした。
綾波は提督に言われたとおり、待機中の空き時間を利用して港に来てみた。
港には見たことのない船、ミサイル駆逐艦が停泊していた。
「なんだか、装甲も薄いし、砲も小さいし、全然強そうに見えないけど……」
と綾波が呟くと、
「絶対に勝てないよ」
という声が後ろから聞こえた。本日は非番の白露だ。
「戦艦だってミサイルの射程に勝てないし、速度は艦娘よりずっと速い。機械ですごく目がいいらしいし、装甲薄くったって、近づけないから」
綾波もその話は兵学校で習っていた。
艦娘はミサイル駆逐艦などの近代兵器には勝てない。しかし、深海棲艦は艦娘じゃないと戦えない。
電子機器が深海棲艦に近づくと操作できなくなってしまうらしい。これには現在対抗手段がないので、ミサイルなどの装備が全て使えなくなる。
それで昔の砲撃戦に戻そうとしたけれど深海棲艦の反応速度や砲撃の精度に勝てなかった。そして艦娘の登場で対抗できるようになったという話だ。
一人の提督に多くの艦娘を所属させられるのも、叛逆した場合に容易に鎮圧できるかららしい。
「怖いよね。なんだか私たちを見張っているみたい」
白露が言う。
綾波は艦娘を殺すためにあるような兵器だと思い、少し背筋が寒くなった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
[chapter11: 出港 ]
鎮守府の艦娘が全て提督執務室に集められた。海図を置いた大机を提督と艦娘全員で囲んでいる。
この鎮守府は比較的平和な海域に存在しているので、艦娘は最低限にしかいない。球磨、木曾、黒潮、白露、綾波の五隻と指導官の吹雪のみ。
もちろん燃料などの物資も優先的に前線へ送られるので最低限度となっている。
「調査隊の報告から、この海域には深海棲艦の艦隊がある。正確な戦力は不明だが、見過ごせる規模でないことは確かだ。今回の作戦では中央の鎮守府主力艦隊がこれを叩く。それに合わせて我々も出撃、主力艦隊の支援を行う」
「提督。支援って火力支援?」
「いや、火力支援は別鎮守府から出る。我々は作戦海域周辺の哨戒、可能であれば掃討を行う」
「中央の主力が出張る程の海域周辺を俺たちが掃討できるのか?」
「うむ。この海域周辺は普段は比較的静かな海域だ。我々でも問題がない。ここに指令が来た理由は、主力を敵主力ぶつける際に下手な横槍を入れられて損耗したくない為だ。
とはいえ、全力で当たることになるだろう。木曾、強化改造されたお前が頼りだ」
「中央の水雷戦隊が出ない理由は何ですか?」
「知ってのとおり、艦娘は練度次第で性能が向上し、しかも老朽しない。大きな作戦を多くの鎮守府に経験させることで全体の練度を高める狙いもある。この鎮守府からは吹雪を除き全艦出撃する」
「ここの守りはどうするんや?」
「西の鎮守府が当たる。この海域の把握、慣れていない海域での哨戒訓練も兼ねる。鎮守府の管理は一時的に吹雪に委任する」
「了解です。留守はお任せ下さい!」
「準備出来次第出港、作戦海域の港に寄港し、補給を済ませたあとに出撃だ。旗艦は球磨。二番艦は木曾とする。それと俺も出撃する。球磨頼んだぞ」
「任せろクマー。死んでも沈まないクマー」
「よし、以上だ。出港準備に掛かれ!」
「はい!」
返事と共に、艦娘たちは準備へ向かう。
新兵の綾波も何度か警備任務をこなし、最初に比べれば手馴れてきている。とはいえ、準備が完了したのは結局綾波が最後だった。
五隻の艦娘たちは作戦海域に向け、出港した。提督は球磨に乗艦している。
小規模な作戦の場合、提督が出撃することは稀だが、今回のような大きな作戦となれば、提督は旗艦に乗艦することになっている。
「クマクマー」
環境のスピーカーから球磨の鼻歌(?)が聴こえてくる。
「どうした球磨? ご機嫌だな」
「提督を載せるの久しぶりクマ。がんばるクマー」
「ああ、頑張れ。信頼しているぞ」
提督はそう言いながら艦橋の壁をなでてやる。
「そ、そんなところなでなでしないで欲しいクマー。くすぐったいクマ」
「ん? それじゃこっちはどうだ?」
別の壁をさすってみた。
「どこ触ってるクマ……そこはダメクマ……」
「……全然わからんな」
「……通信に乗ってるで」
呆れたような声で黒潮の通信が入る。
「あ! 提督、今度は白露に乗って下さい!」
今度は白露からの通信。
「ダメクマー。提督は旗艦に乗るものクマー」
「待て! 旗艦ならば改造を施されたこの俺が適任だろう。提督、俺に乗るべきだ」
「お前ら……俺はマスコットじゃないぞ……」
綾波は通信を聞きながら、ピクニックのようだと思った。
警備任務では綾波が黒潮に嫌われているため、ピリピリとした空気が流れることが多かったが、提督一人いると和やかな雰囲気になっていた。
「旗艦はこれだけじゃないクマ。夜は提督の寝顔を監視できるクマ!」
「何を監視してるんだ……」
「何!? そのようなことが……! 作戦会議で旗艦を強く申し出ていれば……!」
「指令はん、警備の時も旗艦に乗ら――」
和やかな空気が一転。張り詰めた。
綾波は突然の緊張感にぴしりと音がなったような気がした。
全員が雑談を止めている。船が波を裂く音とエンジン音だけが響いている。
静寂を割るように、球磨の通信が入る。
「……漁船クマ。大丈夫クマ。」
全員がホッと安堵したのが通信越しに感じられた。
綾波は漁船などどこにいるのかと探すと、たしかに水平線に船体を半分だけ出した船がある。綾波だけがこの雰囲気の中気を抜いていたが、他の艦たちは全員が十分に警戒をしていた。
死地をくぐった先輩艦たちとの差が明確に現れていた。
だがその後は比較的平和な海域ということもあり、五隻の艦娘は戦闘もなく寄港地に辿りついた。