[chapter12: 寄港 ]
辺りはすっかり夜だった。寄港地の港からの明かりと建物の輪郭だけが見える。港は決して大きいと言えず、大規模な艦隊は停泊できないように見えた。
「中央の主力艦隊はどこにいるんだ?」
木曾が疑問を口に出した。
「ここの港には寄港しない。そもそも駆逐艦や軽巡洋艦でなければ燃料は足りる。まぁ念のため海上で補給するために油槽艦も派遣されているらしい」
「なんや、主力艦隊見られへんのかー」
「今回の作戦では主力艦隊をを見ることはできないだろうな。球磨、港の指示に従って着港してくれ」
「了解クマー」
五隻の艦隊は港の指示に従い、順に着港していく。
「綾波、木曾。二名は俺と上陸。他の者は襲撃を警戒して艦上で待機だ。船員たちの上陸は2交代。今は……2班が上陸だな。港周辺から出るな。街に出た者は営倉送りだと伝えろ」
上陸許可が出なかった3人からは不満の声が上がる。
「まぁそう言うな。すぐ交代させる」
提督は港に立つと、「まずは食事だな」と言って港近くの軍施設から車と運転手を調達した。艦娘輸送車と呼ばれる通常よりもタイヤや車体が頑丈な車だ。もちろん運転手もついている。
「運転、よろしく頼む。ところで港周辺で食事が出来そうな場所はあるか?」
運転手は背筋を正しながら敬礼をして、
「はっ! この時間に利用できる店で自分が知っているのは娼館か酒場であります!」と丁寧に答える。
提督は横に連れた二人を見てから、
「うーむ……まぁいい。そこに連れて行ってくれ」
と運転手に命令した。
「はっ! 娼館でよろしいですか!」
「馬鹿か! 艦娘を連れて娼館にいけるか! 馬鹿か!」
提督は大事なことなので二度怒鳴った。
車を走らせて5分程度。運転手の知っているという酒場に着いた。将校には似つかわしくない、よくある街の酒場といった風情だ。
「食事をする間待っててくれ。中に入ってもいいが、酒は飲むなよ」
と運転手に言って3人は車を降りた。
提督の将校服を見るなり場末の娼婦たちが集まってくる。
「将校さん。ちょっとだけでいいからさぁ。遊んでいかない?」
「ああ、すまない。今は両手に花なのでまた今度にさせてもらうよ」
娼婦たちを軽く躱して酒場の中へ入ると、海兵たちが酒を飲んで騒いでいた。
「いらっしゃい! おっと将校さん!」
酒場の店主がそう言うと、酒場の喧騒が一瞬で消えた。見回りかと思ったためだ。
「大丈夫! 気にせず騒いでくれ! 暴れたりはするなよ!」
提督がそう叫ぶと、また海兵たちが騒ぎ出す。先程よりは少し勢いを落として。
「店主、少し丈夫な椅子2脚と席を用意できるか? それと、食事を用意してくれ。とりあえず10人分ほど」
店主は奥の席の兵をどかして、提督を案内した。
「ふぅ……やっと人心地ついたな」
綾波はきょろきょろと周りを見回している。
「な…何だか落ち着きません」
と言いながらも楽しそうに目を輝かせている。
艦娘は重要な戦術兵器であるため、行動範囲が厳しく制限されている。特に綾波は兵学校、鎮守府、軍病院以外へ出るのは初めてだった。
提督はそんな綾波を優しく見つめている。
「またそんな目をしているな。綾波を見るときはそんな目をしていることが多い」
木曾がそれを見咎めた。
「そうか? 別に普通だろう?」
綾波が提督の顔を見たときには、いつもの提督の顔に戻っていた。
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[chapter13: 食事 ]
食事が運ばれてくると当然のことながら机には乗り切らず、台を借りてその上にも皿を並べることになった。
いただきますを合図に木曾と綾波は一所懸命に食べ始める。
「そ、そんなに慌てて食べなくてもいいんだぞ?」
「いひゃ、じはんがははるはらは」
「うわ、飛び散るだろう! せめて飲み込んでから喋れ! あと何言っているのかわからん」
木曾が口の物を飲み込んでから喋る。
「すまん。量を食べなければいけないからな。急いで食べないと時間がかかるんだ」
綾波が口を手で押さえながら、すみませんと謝る。
提督はそれをみながら冬支度をするリスを連想していた。
「そういえば球磨とは何度か食事したが、球磨というか冬眠前の熊だったな。時間がかかると言っても、普通に食べたらどれくらいかかるんだ?」
綾波は三本の指を立てて時間を示す。
「三? ……三十分か。戦闘中なら遅いがまぁ普通じゃないか?」
「あ、いえ、三時間です」
「食べ続けて三時間か……食事時間は古代ローマ貴族のようだな……」
艦娘は成人男性の何倍もの食事を必要とするが、摂食器官の口は少女の大きさである。その為、必然的に食事時間は長くなってしまう。艦娘たちは素早く食べる癖がついてしまっていた。
「特に改造で随分体重が減ったからな。早く取り戻さねば」
木曾は皿から目を離さずに言う。
「そうだったな。50kg程度減ったと聞いているぞ」
「ああ。ちょっとした地獄だった。転換処置の時ほどではなかったが。この眼が見えるようになればと期待したんだが、そこまで甘くはなかった」
木曾は眼帯をコツコツとつつきながら洩らした。
「そうか。転換処置の際に右目は不具になってしまったんだったな」
「視神経がズタズタらしい。もう再生の見込みはないそうだ。まぁ慣れてしまえば不自由はない。見えていたときの記憶もないしな」
綾波の食事をする手が止まっている。何故か五体満足な自分が申し訳ないと思っていた。
「どうした? しっかり食べないと明日の戦闘に響く。食べるのも仕事だ」
「はい! がんばります!」
綾波はまた小動物のように懸命に口を動かし始めた。
「そういえば将校用の食堂があったろう? どうして貴様は行かなかったんだ?」
「ああ。将校の食事は自腹なんだよ。給料から天引きされてる。俺はそれほど味にはこだわらないから、あそこで食べなくても変わらないさ。それに先輩方と顔合わせて食べるのは神経を使うのさ」
出撃前にそれは控えたいと提督は苦笑いを浮かべた。
食事が終わり、店を出るときに会計で提督が狼狽えていた。
「……こんなに食べたのか……カードは使えるのか? ダメ? それなら軍につけておいてくれないか……?」
「さあ戻ろう。補給も一段落している頃だ。交代もしてやらないと不満が溜まっていそうだしな」
運転手に港に戻るように伝え、車を走らせた。
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[chapter14: 大佐 ]
「綾波、木曾。球磨たちを呼んできてくれ。その後はそれぞれ鑑で待機。補給作業している兵たちの邪魔にならないようにな」
「了解しました」
綾波は去り際、振り向いて「お夕飯ありがとうございました」と言って頭を下げた。
提督はそれを見て、答えた。
「いや、自腹だぞ?」
「えっ」
「ははっ冗談だよ。喜んでもらえたなら良かった」
「びっくりしましたぁ」
綾波はホッと胸をなで下ろして、また頭を下げたあと白露と黒潮を呼びに行った。
不意に、提督は大きな声で呼ばれた。
「少佐ぁ!」
提督と同じような服を身につけた、髭を蓄えた40絡みの将校が提督に向かって歩いてきた。手には葉巻を燻らせている。
「大佐殿。お疲れ様です。ご到着されていたんですか」
提督は敬礼をして挨拶をする。
「おぉ、つい先ほど着いたばかりだ。こんなところに一人で何をしているんだ? もう夜も深いぞ」
「いえ、護衛の艦娘の交代を。大佐殿は艦娘の護衛は連れておりませんね?」
大佐は周辺には護衛の兵を数名連れていた。
「あぁアレらなどは煩くてかなわん。艦上に待機させてある」
「左様ですか。しかし息抜きをさせることも必要では?」
「いらんいらん。アレらは喜んで命令を聞く。兵器なのだ。いっそ自我などなければ楽なのだがな」
「は……左様……ですね」
提督は返事につまる。
「おっと、夕食に行くところだった。貴官はもう済ませたのかね?」
「ええ、今しがた。ご到着されたと知っていればご一緒させて頂いたんですが」
「良い良い。それではまた今度誘わせてもらおう」
はははと笑いながら大佐は去っていった。
「提督。お待たせしたクマ」
大佐と別れて間もなく球磨、黒潮、白露がやってきた。
「……大佐の艦娘が可哀想クマ」
球磨の表情は曇っている。
「……聞いていたのか。まぁそう言うな」
「タバコ臭いし、あの人嫌いです」
白露も眉をひそめて嫌悪感をあらわにする。
「艦娘の提督は何かの匂いを付けるのが義務付けられているだけだ。かつての戦いを生き残った優秀な指揮官だ。悪く言うものじゃない」
提督は何かの匂いを纏うことが義務付けられている。
艦娘が戦場で極度に興奮した際には、艦娘補佐官が提督の身に付ける匂いを嗅がせる。嗅覚は乙体との接続中でも比較的残るからだ。鎮静剤などと違い戦闘中でも使え、提督に依存する艦娘たちには十分な効果が期待できる。香りの強い葉巻や香水を使うが、これは軍の経費なので高級葉巻を選ぶ提督が多い。
「それに……俺もあの人と変わらん」
そう言った提督は怒りとも悲しみともわからない顔をしていた。
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[chapter15: 散歩 ]
「球磨、補給の進捗はどうだ?」
「滞りなく進んでいるクマ。明日未明の出撃には十分に間に合うクマ」
「ふむ……夕食はとってあるな? では港を軽く散策して出撃まで船で仮眠にする」
「お散歩?やった、提督とお散歩!」
白露は元気にはしゃぐ。
「一応お前たちは俺の護衛なんだからな。あまり離れるなよ」
艦娘は提督の護衛など名分がない限り行動制限の規則に引っかかってしまう。
「いいのかクマ? 私たちはしばらく寝なくても平気だけど、提督は早く寝たいんじゃないかクマ?」
球磨が心配そうに提督の顔を見上げる。
「なんだ? 球磨は俺と歩くのが嫌か? 夕飯をとって間もない。軽く腹ごなししてから寝たいだけだ。 お前たちが気にする必要はない。気を使ってくれてありがとうな」
提督はそう言いながら球磨の頭にぽんと手を乗せる。
「それならいいクマー」
球磨は提督に負担はかけたくないと思いながら、提督の好意を受け取ることにした。
黒潮はぱたぱたと提督の横に回って、服の袖をきゅっと掴んだ。
「おい、歩きにくいぞ」
「ええやん。護衛は離れちゃいけないんやろ? 護衛も大変やわー」
溜息をつきながら言っているが、黒潮は笑顔だ。
提督は仕方ないなと洩らして、そのままにさせることにした。
「提督と一緒にお夕飯も食べたかったクマー」
「ああ。すまなかったな。それにしても木曾は球磨より食べるんじゃないか? 綾波なんかあんなに食べる印象がなかったな」
「艦娘は体が資本クマ。たくさん食べないと力が出ないクマ」
「うちとも今度ご飯食べようや。もちろん司令はんの奢りやで」
「奢りはもうキツイな。まぁいつか機会あったらな」
「次の非番でええやん。補助付きだけずるいわ」
黒潮は口を尖らせて文句を言う。
「ふむ……まぁ考えてみよう。それより黒潮。綾波を補助付きというのは止めてやれないか? 綾波には当たりが強いという話も聞いてる」
「……いやや。補助付きは補助付きや。うちが補助付きをなんて呼ぼうとええやん」
黒潮の表情が急に硬くなる。
「綾波は口に出さないが気にしていると思う。交流が疎遠になって作戦行動に支障が出ても困るんだよ」
黒潮は提督の袖から手を離した。
「何なん? 補助付きのことばっかり気にかけて。嫌や! 仲良くなんかできへん! 提督の口から補助付きの話が出るのも嫌や! うちは……うちだって――!」
「く、黒潮?」
言うやいなや、黒潮は走り出した。
「お、おい!」
提督は黒潮の背中に手を伸ばすが、その手は中空を泳ぐのみだった。
「はは、何なんだ、一体。少し前まであんな感じじゃなかったはずなんだが」
困惑を隠すように、軽く笑ってみせる。上手く笑顔を作れずに提督の顔は引きつっていた。
「まずいクマ。単独行動は許されていないクマ……提督、追った方がいいクマ」
「追う? 追う必要はない。作戦行動前に戻って来たら営倉行きだ」
「戻らなかったら?」
白露はわかっていながら確認をせざるを得なかった。
「……敵前逃亡罪が適用されるクマ。即銃殺または軍法会議後に解体クマ」
口に出しながら球磨と白露は俯いてしまう。
「……!」
球磨がピンと何かを思いついた。
「提督。短期間に軍法違反の艦娘を二人も出すとなると、提督の統率能力への疑問を本部に報告せざるを得ないクマ! ましてや敵前逃亡の艦娘なんて前代未聞クマ!」
「なっ……!?」
艦娘は疲労困憊であっても自ら出撃を志願するほどに士気が高く、また死を恐れない。それが敵前逃亡するとなると前例が非常に少なく、提督の不備・能力不足が問われることは明らかだ。
「提督……追ってあげて欲しいクマ……お願いクマ……!」
「……わかったよ。お前らは船へ戻り待機していろ。すぐ戻る」
提督は黒潮の向かった方向へ走り出した。
「大丈夫かな黒潮さん……」
白露が心配そうに呟く。
「提督なら絶対に大丈夫クマ。言われたとおり、船で待機するクマ。あー……提督とお散歩がなくなってしまったクマ…」
球磨は大げさに落胆してみせた。
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[chapter16: 黒潮 ]
港の倉庫区画、人通りの少ない場所に膝を抱えた黒潮がいた。冷たく湿った潮風が髪を揺らす。
「もう……嫌や……」
黒潮の目や鼻は赤くなっている。
「黒潮。こんなところにいたのか」
黒潮の後ろにいつの間にか提督がいた。提督は肩で息をしている。
「司令はん……」
ハッと気づいて、黒潮は顔をぐしぐしと拭う。
「……どうしたんだ? 突然逃げ出すなんて」
「司令はんは……うちの気持ち、気づいているんやろ」
黒潮の声は鼻声になっている。提督は答えない。だが、黒潮は続ける。
「わかってる。艦娘は大小はあっても提督に好意を持つ。思想教育の所為なんやって。……でもうちは本気で好きなんや。思想教育の所為なんかやない。絶対この気持ちは本物なんや。止められへん……」
「黒潮。お前の気持ちは嬉しいが……」
「聞きたない! 前はこんなんちゃうかった! 提督と艦娘。司令はんがどう思ってるか、うちがどうすればええかわかってた! でも――あいつが、補助付きが来てから! 艦娘と距離を置いてた司令はんが、補助付きには!」
感情がぶり返したように声を荒らげ、涙は溢れてくる。
「嫌や! こんな辛い気持ちも! 司令はんが補助付きに向ける目も! 司令はんがうちに向ける目も! うちが艦娘なのも! 補助付きに嫉妬してるうちも!」
堰を切ったように黒潮はわぁと慟哭する。内から溢れ出る気持ちの奔流がとめどなく押し寄せ、声となって漏れ出る。
提督にできることはなく、ただそばにいるだけだった。
……
どれくらい経ったか。
いつしか黒潮の慟哭は徐々にすすり泣きへと変わっていった。小さい体に秘めた大きな感情の渦を吐き出しきったのか、少しずつ、黒潮は落ち着きを取り戻していった。
「うち……別に良かったんよ」
ぽつりぽつりと黒潮が話し始めた。まだ声は泣いていて、しゃっくりが時折混じる。
「司令はんは艦娘に距離を置いてるんやなって。近くにいても、笑ってても、優しくても。司令はんは……そこにいない感じがしてた。それでも良い、そばで働こ思ってた」
黒潮は涙で濡れてくしゃくしゃになった笑顔を見せる。
「でも、補助付きが来てから。補助付きと接する司令はんには温度があった。気づいてしまったんや。ああ、うちはあれが欲しかったんやって。それから心がザワザワして止められへんかった……欲しかった物を、絶対に手に入らない物を見てしまったから……」
意を決して提督に向き直り、少し躊躇ったあと、黒潮は言う。
「司令はんにとって、補助付きって何なん?」
「綾波は――」
提督はそう言いかけたところで、言葉を止める。
そして少し考えてから、「綾波は艦娘だ。それ以上でもそれ以下でもない」と、答えた。
「……そか。もう戻らへんと。司令はん追ってきてくれておおきに。本当に嬉しかったで」
黒潮は立ち上がると、歩き始めた。
「司令はんの心に、うちは入れないんやな」
黒潮は提督に聞こえないようにそう呟くと、また溢れそうになる涙を必死で堪えた。
提督は自分に苛立ちを覚え、爪が食い込むほど強く拳を握っていた。