重なり寄せる波の音は   作:つかちー

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出撃

[chapter17: 海兵 ]

 

 黒潮と提督が二人で帰ってきてしばらく経ったあと、綾波は夜風にでも当たろうと自艦の甲板に出ていた。

「明日はいよいよ出撃……ドキドキして眠れない……」

 綾波の胸は不安と緊張でいっぱいになっていた。

 それと綾波は他にも気になることがあった。

「黒潮さんと司令官、二人で何をしてたのかな……そういえば司令官って結構いろんな艦娘にちょっかい出してるけど、私には出してこない……」

 綾波は顔を真っ赤にして、想像してしまった内容にそういう意味じゃないと自分で否定した。

「誰だ!」

 突然、後ろから声がした。

 声のした方を振り返ってみると、18歳程度の若い海兵がいた。手に持った角灯を綾波の方へ向けている。

「あ、綾波新式海兵殿でしたか! 失礼しました!」

 全力で背筋を正した少年海兵は勢いよく敬礼をした。若い海兵の階級章には二等兵を示す、線のない袖章がついている。綾波も鎮守府で何度か見た顔だった。

 こちらこそすみませんと言いながら、綾波も敬礼を返す。

「妖精さ……二等兵さん、見回りですか。ご苦労様です」

「はっ! 新式海兵殿は何か御用でしたか」

「いえ、夜風に当たりたくて。何だか興奮して眠れなくなっちゃって……」

 綾波はそう言いながら照れ隠しに笑った。そんな綾波を見て、二等兵はくすりと笑う。

「そ、そんなにおかしいですか?」

「いえ! 故郷の妹を思い出して、つい! 申し訳ありません!」

 しまったという表情を二等兵は浮かべる。

「妹さん……綾波はそんなに似てますか?」

「外見というよりも、年の頃と雰囲気が……あ、いえ、最近は生意気になってきたのでやはりあまり似てませんでした!」

 綾波はあははと笑った。

「妹さんはお元気ですか?」

「元気でやっておるそうです。時々、文を交わしているのですが、最近男ができたとかで」

 二等兵は生意気だと言っているが、綾波には妹を思う兄の優しい暖かさが伝わってきた。

「文で、ということは、故郷へはあまり?」

「いえ、正月に帰ることができました。この作戦が終わったらまた帰ることができそうです」

「そうですか。楽しみですね」

「はい! 何としても帰って、妹の恋人とかいう輩の顔を見てやらねば」

「あ、そういえばお名前を聞いてませんでした」

「はっ! 私は2班整備兵の……あ、新式海兵方に名前を名乗ることは禁止されています!」

「あれ? そうなんですか?」

「何でも名前を聞くと戦いにくくなるとかということです」

 綾波は以前に乗組員に何かお礼をしたほうが良いか吹雪に尋いたことがあった。

 吹雪は「そういうことはしない方が良いです」と答えていた。白露も人が体を歩き回っているのを認識するのはちょっと気持ち悪いと言っていた。

 そういうことなのだろうと綾波は理解した。

「あ、そろそろ見回りに戻らねば」

 二等兵は見回り中だったことを思い出し、それでは失礼しますと言って仕事に戻っていった。

「兄……お兄ちゃん……家族……」

 綾波は家族の記憶が一切無いことを思い出す。寒風が胸の奥を通り抜けたような、わずかな孤独感を覚えた。

 

綾波はその夜、夢を見た。

 

 小さな綾波と、少年が手を繋いでいた。

「父さんとお前の親父さん、ああなったら長いんだよな。俺も勉強があるのに」

 少年は呟く。

 庭から大きな日本家屋を見ている。座敷では男二人が酒を酌み交わしていた。

「ほら、遊んでやるから。なにしたい?」

「えとね、お兄ちゃん。鬼ごっこ!」

 綾波を覗き込んだ少年の顔は、提督の顔だった。

 

 綾波は目が覚めた。

 

 まだ夜と言っても良いくらいの夜明け前の朝。出撃の朝。

「司令官の夢を見ちゃった。昨日兄妹の話を聴いたからか兄妹っていう設定だった……しかも血が繋がってない……」

 夢で提督が出てきてくれた嬉しさと設定の気はずかしさで綾波は身悶えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter18: 出撃 ]

 

 作戦海域付近。旭日を浴びた艦隊が波を分けて進む。

「間もなく作戦海域だ。敵艦との遭遇が予想される。特に島影に注意を払え。決して見逃すなよ。我々の任務は哨戒と掃討だ。球磨、補給の時に借り受けた偵察機を出せ」

「了解クマ」

 無人の零式水上偵察機が球磨の甲板に準備されている。

 艦娘との神経接続をした艦載機は、遠隔でも艦娘との接続を維持できる。これは艦娘の艤装間通信の仕組みを利用している。その為、水上偵察機程度であればほとんどの艦娘が完全に遠隔制御できる。飛行隊編成などの多くの艦載機を操作するには、艦娘自身の素質や特殊な第三神経系を有する必要がある。

 海面に下ろした無人の偵察機のエンジンが回り、水上を滑り空に駆けていく。

「偵察機での哨戒を同時にするのは結構集中力が要るクマ」

「頑張れ。お前なら出来る。島影の敵艦の発見には必要だ。他の艦は目視範囲を十分に警戒しろ」

「了解、目視範囲を警戒します」

 綾波以外の三隻から復唱が来る。

「綾波? 復唱はどうした? 綾波!」

「は、はい! 目視範囲を警戒します!」

「緊張しすぎだ。見えるものも見えなくなるぞ。少し落ち着け。」

「はい!」

 このままは良くないなと提督は思案して、

「この作戦で戦功を上げたものには休暇を与えよう。俺も休暇を取るつもりだ。街で羽を伸ばそうと思ってな。あーしかし護衛がいた方がいいな」

 と、これみよがしに呟いた。

「……! それはつまり……提督と休暇クマ……?」

「よし、任せろ! 一番戦功だな! 俺がもらうぞ!」

「待つクマ! 改造した木曾が有利すぎるクマ!」

「一番? ちょっと待って、駆逐艦のあたしたち不利だよ!」

「あのあの、綾波は甲体艤装ありますけど大丈夫でしょうか?」

 よし、乗ってきたなと提督はにやりと笑う。

「ふむ……戦功と言っても敵を沈めるだけではなく、それぞれの仕事の度合いで判断する。無理な攻撃で被害を受ければもちろん減点だ。判断は俺がする。いいな?」

「異論はないクマ!」

「燃えてきたぜ……!」

「絶対あたしがいっちばーん!」

「綾波もがんばります!」

「うちは……遠慮するわ」

 黒潮の返事だけが重い。昨晩のことを引きずっているためだ。

「……俺は、黒潮との休日を一番楽しみにしているんだが、ダメか?」

提督は黒潮のことに気づいていたが、好意を引き出し、利用出来ることも理解していた。

「………あーもう! 惚れた側の弱みやわ! ええわ、やったる!」

 半ば以上自棄糞ではあったが、黒潮は奮起した。艦娘たちの士気は高揚し、綾波の緊張も砕けた。

 だがそれとは裏腹に、提督の眉間には深い皺が現れる。

「最低だな。俺は」

 提督は溜息とともにそう呟いた。

 

「おっと、見つけたクマ。2時方向の島影。敵影発見。梯形陣、軽巡ヘ級1、駆逐ロ級2。機関停止しているようだクマ」

「よし! 球磨は偵察機で周辺の偵察を続けろ。他にも潜んでいるかもしれん。島影を利用し丁字有利に持ち込む。敵前方の駆逐ロ級を駆逐A、後方の駆逐ロ級を駆逐Bと呼称する。単縦陣、旗艦球磨、木曾、白露、綾波、黒潮の順に陣形を取れ。球磨は最大船速、他の者は合わせて。敵が戦闘速度に入る前に処理する。行動開始!」

 提督の掛け声と同時に五隻の船は一つの意思を持ったかのように同時に動き出した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter19: 初戦 ]

 

 最大船速と同時に、それぞれの艦娘補佐官が中枢室に入室する。

 艦娘が戦闘中に椅子から転げ落ちないように手足を椅子に拘束具で固定し、口金を噛ませ、意識を乙体に預けた艦娘の横に立つ。

 口金は特殊な樹脂と鋼鉄でできた、艦娘でも噛み砕けない丈夫なものになっている。艦娘が敵攻撃を受けた際に反射的に舌を噛み切らないようにし、吐瀉物や吐血、喀血を速やかに排出できるように中央に穴があいている。

 また、拘束具は接続中の艦娘が反射的に艦娘補佐官を殴打しない役割も果たす。

「あー……今きっと口金噛まされてるんやろうな。あれよだれが垂れちゃうから嫌や」

「わかる。あたしは涎掛けしてもらうようにしてるよ」

 敵を前にして気の抜けた様な黒潮と白露の会話。

「お前ら! 敵は目前だ! 集中しろ! 機関停止の敵艦発見などという僥倖を逃すな!」

 怒られちゃったーなどと言いながら白露たちは会話を止めた。

「各個目視と同時に斉射。……間もなく敵が見えるぞ」

 通信から音が消える。

 まだ敵の姿は見えない。

 高速の艦艇が水面を滑り、島を回る。

 徐々に見えていなかった島の向こうの景色が目に入って来る。

 

 敵艦隊を左舷方向に目視。

 

「球磨、敵艦を目視確認! 軽巡ヘ級へ向け斉射するクマ!」

 後部主砲も射線を通したところで既に左舷に向いていた七門の14cm砲が一斉に轟音を鳴らす。

 球磨の放った砲弾は放物線を描いて軽巡ヘ級へ向かっていき、軽巡ヘ級周辺にいくつかの水柱が立つ。

「弾着! 近! 初弾交叉クマ!」

「続いて木曾、斉射開始!」

 木曾も射線が通ると同時に砲撃を開始。

「直撃! 軽巡ヘ級炎上!」

 爆発とともに、軽巡ヘ級は火柱を上げる。

「素晴らしい、敵旗艦に被害が出れば混乱は大きいはずだ! 砲撃続けろ!」

 その時、敵駆逐A、駆逐Bの前門主砲による反撃。軽巡ヘ級からの反撃はない。

「混乱して慌てて撃った攻撃など当たるものではない! 怯むな!」

 提督の予想通り、敵砲撃は木曾周辺に水柱を立ち上らせるだけに留まった。

 敵駆逐艦が全速前進を始め、回避行動を始めたときには、さらに三隻の駆逐艦が加わり、砲撃は一方的状況になっていた。

「よし、全艦雷撃! 同時雷撃を狙え!」

「雷撃開始するで!」

 後部の黒潮から魚雷を放ち、わずかにずらして綾波、白露。

 距離が遠い艦から魚雷を放ち、放った魚雷が敵艦に同時に命中するように調整する。わずかに角度の違う魚雷に同時に襲われることにより、敵は回避する方向を完全に失う。

 艦長であり、砲手であり、観測手であり、通信士でもある艦娘が得意とする攻撃だ。

「敵、駆逐A砲撃! 弾着予測は黒潮右舷甲板前部クマ!」

「わかってるで! 回避する! 右舷急速注水!」

 敵砲弾弾着までおよそ8秒。黒潮のエンジンテレグラフが全速後進へ切り替わる。

「あかん! 回避しきれん! 全門斉射するで! 2、1!」

 黒潮は全主砲を左舷九時方向に斉射する。

「っ!」

 砲弾は黒潮甲板に命中した。

「黒潮! 大丈夫か! 被害を報告しろ!」

「甲板にかすっただけや! 大丈夫や!」

 黒潮の船体は復元力いっぱいまで右舷に傾いている。

 右舷注水と左舷への斉射で一気に傾斜をつけて、左舷方向から右舷甲板に飛来する砲弾をかすらせるに止めた。

 黒潮中枢室では、ぱんっという音と共に黒潮甲体の肩から血が滴り落ちる。と同時に、駆逐A、駆逐Bに魚雷が命中する。

「駆逐A轟沈! 駆逐B大破! 行足止まりました!」

 かろうじて残っていた駆逐Bも、直後に爆発を起こし船体が二つに割れ沈んだ。

「敵が機関停止していただけあって、損害は小さいな。弾薬、燃料の確認、報告をしろ。黒潮は被害状況の報告」

「大したもんやない。右舷甲板前部の表面が削られただけや」

「あの状況で素晴らしい判断だった。小さい被害で済んだのは黒潮、お前の機転のおかげだ」

 黒潮の艦娘補佐官が黒潮の肩の傷を確かめている。既に傷はふさがっており錯誤自壊の規模に問題ないと判断された。

 艦娘乙体が攻撃を受けると艦娘甲体には錯誤自壊と呼ばれる現象が起きる。艦娘甲体は非生物的な異常な再生能力を持ち、体組織さえあれば四肢欠損であろうと再生する。ただし、その際には多くの細胞を全身から集めるために、体重の低下が起こる。

 乙体が損傷を受けるとその異常再生能力が甲体への損傷と錯覚し、外力から耐えるための組織硬直と異常再生が発生する。その際に実際は健常な体組織と再生された体組織に圧力が発生し、自壊する。

 この錯誤自壊の規模は乙体の損傷度合いによって比例し、乙体大破となると甲体への損傷も深刻なものになる。

「十分に燃料、弾薬共にあるな。哨戒を続ける!」

 

艦隊は更に前進する。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter20: 異変 ]

 

「初日の圧倒的勝利から5日か……予定通りならば本日中央主力が敵艦隊とぶつかっているはずだな」

 艦隊は哨戒行動を続けていた。時間の頃は日が傾き始めている。敵艦との交戦は初日の1戦のみ。未だ他の敵艦隊との遭遇はなかった。

 敵殲滅が主任務ではないため、遭遇しないに越したことはない。しかし敵への損害は主力艦隊への支援に繋がるため、提督は積極的に交戦すべきと思っていた。

「敵もクマたちに気づいているはずなのに、全く遭遇しないクマ」

「もともとそれほど敵戦力がある海域ではないからな。偶然ということも十分に有り得る」

「このまま終わったら帰港のとき損害がうちの甲板だけっていうのも何か恥ずかしいわ」

「綾波はもう少し戦ってみたいです」

 綾波は初戦以来やや積極的に戦闘を期待していた。

「球磨。綾波は問題ないか? 出撃依存などには……?」

 提督は綾波の様子の変化が気にかかっていた。比較的大人しい部類の性格が、戦闘を要求することに少なからず違和感を覚えていた。

「んー……普通クマ。乙体への接続中は快感を覚えるし、戦闘後はそれがすごく大きくなるクマ。初出撃だし、こんなものクマ」

「ふむ…戦闘での成功経験や、失敗した際の汚名返上への欲求と快感を結びつけて、艦娘は出撃依存症にかかると聞く。初戦は圧倒的勝利だったので気になってな」

「それなら大丈夫クマ。出撃依存症になる娘は提督と疎遠で出撃にしか心の拠り所を見い出せない娘が罹るクマ。定期検査のときに出撃依存症で治療中の艦娘と会ったことがあったけど、ひどかったクマ」

「どんな感じだったんだ?」

「ずっと夜戦したいと暴れていたクマ……でも今は治療が成功して比較的落ち着いているらしいクマ。うちは提督のおかげで罹りそうな娘はいないクマ」

「まぁ気をつけておいたほうが良いということだな」

「そうクマ。球磨も提督が疎遠になったら死んじゃうクマ」

「ははは、こいつぅー」

「……司令はんたちわざとやってるやろ」

 黒潮が呆れた声で呟いた。

 

「あれ? ……艤装通信……?」

 白露が最初に反応した。

「なんだこれは……一体どこから……」

 続いて木曾。

「所属不明の艤装通信? 海外艦か? しかしどうやって……球磨、発声機に繋げ」

「了解クマ」

 球磨の返事と共に発声機がノイズだらけの声を発した。

 その声はほとんど聞き取れず、わずかにいくつかの言葉が拾える限りだった。

 

「――シズミナサイ――ナンドデモ――――ワタシ――」

 

 通信が切れる。

 全員が静まり返った。

 何故だか心をざわつかせる、不思議な迫力を持った声だった。

「なんだ……これは……そもそも艤装通信は艦隊内の艦娘間でしか使えないはずだ。たしかに今は五隻編成だから、もう一隻は通信網に入れるが……」

「わからないクマ……」

「なんとなくですけど、深海棲艦から。そんな感じがしました……」

「………」

 不安を纏った空気がまとわりついていた。

「わからないことを考えていても仕方がない。この件は中央へ報告する。何にせよ、哨戒任務ももうじき終わりだ。切り替えて集中しろ」

 提督はいち早く立ち直り、艦娘たちに何時も通りの声をかける。

「そ、そうだな。よし、気合入れるぞ!」

 木曾が自分を奮い立たせるように声を上げた。

 

「――そんな、いつの間に」

 白露の驚いたような、切羽詰ったような声が通信に入る。

「どうした白露?」

「敵艦隊発見! 2時方向! 軽巡ヘ級1、雷巡チ級1、駆逐ハ級2、駆逐ロ級1。全速で……中央主力の作戦範囲に向かってます!」

「まずい……! 向かわせるな! ここで止めるぞ! 全艦戦闘準備!」

 

 

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