[chapter21: 砲雷撃戦 ]
「球磨、進路を敵艦隊方向へ。反交戦を仕掛ける。敵前方の駆逐ハ級は駆逐A、敵後方の駆逐ハ級は駆逐Bと呼称する。単縦陣、球磨、綾波、白露、黒潮、木曾の順に」
「同交戦で一気に決着させたほうが敵の戦力を落とせるのではないかクマ?」
「間もなく日も落ちる。火力で劣る我々だが、夜戦での雷撃ならば有利になる。それまでは敵を食い止めるだけで良い」
艦隊は進路を敵艦隊へ向ける。
「敵艦隊を十分に引きつけ砲撃開始。斉射の機会は少ない。確実に命中させろ」
距離20000から艦隊は回避行動に移る。それぞれの鑑が不規則な乙字運動を描き、敵砲雷撃方向を絞らせないように動く。だが回避行動中であっても全ての砲は敵艦の方向を向いたままずれることがない。
艦娘にとっては複雑な回避行動と照準を同時に行うことは、人間が一つの物を見ながら首を回すことと同様に容易な運動である。そしてそれぞれが不規則な乙字を描きながらも、艦同士の距離は一定で移動に淀みがない。
敵艦隊も容易に当たらないことを知っているのか、射程範囲に入っても砲撃を開始しない。
お互いがにらみ合いながらも静かに両艦隊の距離は詰まっていく。
「まだだ、まだ――」
全ての艦が息を止めるように、火蓋を開ける時を待つ。
もはや小さな回避運動など不要な距離となろうとしていた。
「今だ!」
どちらが先か、あるいは示し合わせでもしたかのように、両艦隊の砲が同時に火を噴いた。腹の奥まで揺すられるような凄まじい爆音。
その数秒後にいくつもの水柱が高く高く昇る。
「きゃあぁっ!」
「駆逐Bに命中! 一定の損害を与えました!」
「くっ! 被害は――!」
「軽巡へ級周囲に弾着!」
「うわああああ、沈め! 沈めぇー!」
「雷撃回避されました!」
様々な通信が同時に入る。
「第二射急げ! 撃ち負けるな!」
多少の損害があろうとも砲雷撃を続けなければならない。お互いの砲が火を吹くたびに、お互いが損傷していく。怖じ気付けば負ける、もはや殴り合いであった。
「ぜ…前門主砲、損傷! 旋回不能です!」
白露甲体の右手首がメキリという音と共に逆側に捻じれ、裂けた皮膚からは血が飛び散る。
「綾波、左舷魚雷発射管大破しました! 未装填のため誘爆の危機なし!」
綾波の左手第三指と第四指が爆ぜてちぎれ飛ぶ。
幾度かの斉射の後、艦隊はすれ違い、砲雷撃が止んだ。
「被害を報告しろ! 応急処置を行え! 休んでいる間はない! 敵艦隊が戻ってくるぞ、急げ!」
「敵は主力方面へ向かっていたのに引き返して来るクマ? 一定の損害を与えたから大丈夫そうクマ」
「敵が主力に突撃し、雷撃などが成功すれば主力艦隊であろうとも被害が出る。逃すわけにはいかない。それに敵から見れば俺たちが主力の増援でないという確証が取れない。相手としても逃がすわけには行かない目標となっているはずだ」
綾波の中枢室では、艦娘補佐官が爆ぜて吹き飛んだ綾波の指を拾い集め、寒天状の栄養剤を塗りつけていた。ちぎれた手に雑にくっつけると、空気圧縮のかすがい撃ち機を何本か打ち込んで固定している。固定したあとは糖とタンパク質でできた膜を巻いて止血した。
艦娘甲体の傷を治療しても船体である乙体の損傷は治らない。しかし、出血が続けば艦娘であっても意識を失うため、応急処置を行う必要がある。
「左十六点の逐次回頭! 敵艦隊を追うぞ! 間もなく日も落ちる! 夜戦で一気に叩くぞ!」
球磨が回頭し、それに続く形で順に艦隊が回頭していく。
夜は間もなく訪れる。
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[chapter22: 夜戦 ]
単純に敵艦隊がこちらへと引き返してくるなどということはなかった。艦隊が敵艦隊との接触予測位置周辺へ向かったとき、敵艦隊の姿は見えなかった。
日は沈み、辺りはすっかりと暗くなっている。もはや中長距離における目視での敵艦隊発見は困難な状況となっていた。
「電探があれば良かったが……」
提督が真っ黒な海に向かって独りごちる。
双眼鏡で艦橋の窓から提督は周囲を見回すが、暗闇ばかりが広がっている。かろうじて月が出ているため島などの輪郭が見えることに感謝した。
「あれは……?」
提督はそれほど遠くない島に明かりが見えた気がした。
数秒と経たず、激しい揺れが艦橋を襲った。
「敵か!?」
提督は艦の設備にしがみつき、体の平衡をなんとか戻した。
「敵艦隊からの砲撃クマ! 九時方向!」
「木曾、被弾! 損傷軽微! 問題ない!」
「左舷方向に雷跡確認! 回避!」
島影に隠れていて、はっきりとした敵艦隊の輪郭は見えない。連続で瞬く敵艦隊の砲火が敵の位置の標になった。
「クソっ! 球磨、九時方向に探照灯だ! 全艦斉射用意! 雷撃も併せて行え!」
黒潮が照明弾を放つと、敵の姿が現れた。やはり先ほど砲撃戦を繰り広げた敵艦隊だ。
もはや近距離になっており、艦隊は警戒のために大きな乙字運動を行っていたが、無意味化していた。
「島を利用して艦影を隠していたか!」
すばやく艦の主砲が九時方向へ向き、砲撃の準備が整う。
「よし、斉射――」
「提督! 敵砲弾が――!」
提督が指示を出そうとした瞬間、球磨の叫びと共に大きな衝撃が提督を襲った。
「提督? 提督! 球磨、艦橋付近に被弾クマ!」
球磨甲体の左頭皮がズルリと落ち、滝のように血が流れ落ちる。艦橋付近を貫通した敵砲弾によって、艦橋も歪みおよそ半分が崩れていた。
「司令官!」
「司令はん!」
「提督!」
悲鳴のように艦娘たちが提督の名を叫んだ。ぐしゃぐしゃになった艦橋の様子は他の艦娘からは見えない。
「何をしている……」
「提督?」
「何をしている! 斉射だ! 敵艦隊に向け砲撃を開始しろ!」
提督の声が響き渡る。
「提督! 無事だったクマ!? ほ、砲撃開始!」
「三歩左にいたら死んでいた。球磨がわずかに着弾位置をずらしてなければどうなっていたか。艦橋に兵を寄越してくれ」
ようやく全艦の砲撃が始まった。
夜間の雷跡は視認しにくい上に近距離のため、回避はお互い間に合わない。的を絞らせないように絶え間なく回避運動をし続け、当たらないことを祈るしかない。
「雷撃成功や! 敵駆逐A炎上、駆逐ロ級轟沈!」
雷撃成功の大きな水柱がいくつも上がる。
何本もの魚雷が球磨を掠めて通っていく。
「ね、狙われているクマ! 避けきれないクマ――!」
球磨の艦体後部で大きな水柱が上がる。
「左舷暗車大破! 船速維持困難クマ!」
球磨甲体の足首から先が弾けとんだ。球磨の速力が低下し、ずるずると艦隊速度が低下する。
「球磨をこんな姿にするなんて屈辱だクマ……! なめるなクマぁー!」
損傷した球磨の雷撃が敵軽巡へ級に続けて命中し、大爆発を起こす。
「駆逐Bに命中! 誘爆している!」
木曾の放った砲弾が敵駆逐Bに命中し、炸薬が誘爆する。
残すは雷巡チ級のみ。
だがこちらの艦隊の損傷も大きくなっていた。
「綾波、敵の雷撃準備を確認! 球磨さん、回避してください!」
綾波が雷巡チ級の魚雷発射管から一斉に魚雷を発射しようとしているのを確認した。探照灯が偶然その動きを照らしだしたのだ。
だが、球磨の闇車は大破しており、敵の雷撃を回避する速力を稼ぐことは不可能だった。
「球磨さんには提督が……! ……綾波、全速前進します!」
速度の低下した球磨の左舷側へ綾波が全速で移動する。雷巡チ級と球磨の間に射線に入るように。
「綾波! 何をしている!」
「球磨さんが直撃するより、新米の綾波の方が戦力的に――!」
敵魚雷が球磨を、その間に入った綾波を向けて放たれた。
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[chapter23: 大破炎上 ]
「時間はないけれど――」
気休めに過ぎないかもしれないが、綾波は魚雷発射管に装填されている魚雷を全て海中へ破棄した。
「待て!駆逐艦の装甲じゃ無理だ!」
提督の叫びが聞こえたが、綾波は無視した。
戦闘時に限り、各自が状況に応じ、自己の任務と権限を考慮して適切な独断を行うこととなっている。提督の指示も艦娘の独断を止めることはできない。
暗い海の雷跡が綾波へと引かれていく。
「乗組員の皆さん! 魚雷が直撃します! 対衝撃体勢をとってください!」
迫る魚雷に綾波の心拍が大きく早くなる。機関部や弾薬庫から極力遠い場所に当たるように、微小な調節を行う。
「来ます! 3……2……1……! きゃああああぁぁぁぁ!!!!」
轟音と綾波の悲鳴が鳴り響く。
「綾波ぃー!!」
「し、司令はんのお気に入りに何してるんや! 司令はんが悲しむやろー!」
黒潮の砲雷撃が雷巡チ級に命中し、敵の弾薬庫の魚雷が誘爆する。凄まじい爆発と共に、雷巡チ級はただの残骸になった。
敵艦隊壊滅によって、戦果は圧倒的勝利と言える。
「綾波! 応答しろ! 綾波!」
しかし、綾波からの応答はない。
船体の喫水下は大穴が空いていた。船体自体も歪み、緩やかなくの字になっている。綾波の中枢室が錯誤自壊によってどのような惨状となっているか容易に想像できた。
「しっかりするクマ!」
「綾波……! 応答しろ……!」
祈るような気持ちで綾波からの応答を待つ。
「うぅ……魚雷って……痛……いんです……ねぇ……」
苦痛から息も絶え絶えとなっている綾波からの通信が返ってきた。
「待て、提督! 綾波が炎上しはじめている!」
木曾が綾波の船体の小さな火に気づいた。何かに延焼したのか、見る間に大きな火へと変化を遂げていった。
「お腹の……中が……焼ける……! ああぁぁぁぁぁ!」
内臓を引きずり出され、それを火で炙られているかのような苦痛が綾波を襲う。
「綾波! 消火を急げ! 苦しむ暇はないぞ! 急げ!」
「くぅぅうううう……!」
うめき声をあげながら、必死に乙体内部を操作し、消火栓を動かそうと試みるが、何故か動かない。
「どうして……? うぅっ……痛い……熱い……!」
先ほどの魚雷の影響で、消火栓の弁が歪み、操作不能となっていた。
「誰か…! 誰か助けてください! 痛いです…! お腹が焼けるように痛いんです!」
「今放水するよ!」
白露と黒潮による放水が始まったが、綾波内部から起こった火災には焼け石に水だった。
「こ、このままだと更に誘爆してしまうクマ…!」
しかし、綾波内部で変化が起こった。
突然、歪んだ弁が破壊された。それにより不完全ながらも消火栓が機能し、綾波の火災は鎮静していった。
「何が……? 妖精さんのおかげ……?」
綾波は疲弊しながらも、船内を駆けていく何かがいたことを感じていた。
綾波の消火活動は夜明けまでかかった。
「よく頑張ったな」
提督が綾波にねぎらいの声をかける。
「綾波! 補助付きでありながら無断で接続解除せずによくやり遂げた!」
木曾も素直に感心している。
余りにも損傷がひどい場合、苦痛から逃れようと正規の手続きを踏まずに接続解除を行い、神経組織に損傷などを負う艦娘の少なくない。その場合、回復するのに時間がかかる上に、装備の破損による罪で謹慎処分となる。謹慎と言っても、結局は神経組織の損傷のため、歩くことさえままならない。
もはや接続していても何もできない綾波には接続解除許可が出た。接続を解除し、自分の状態を確認した綾波は、自分の生物として即死していてもおかしくない姿に狼狽えることとなった。
かろうじて浮いているだけの綾波は、曳航されて港へと無事帰還した。
その道中、中央による敵主力殲滅成功の報が届いた。