重なり寄せる波の音は   作:つかちー

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休息

[chapter24: 集会 ]

 

「痛ててて……っはぁ……やはりここが落ち着くなー」

 提督執務室にしばらくぶりに戻った提督は球磨に手伝ってもらって席に座った。

 綾波の消火が終わり、労った直後に提督は意識を失っていた。艦橋が崩れた際、運良く直撃はしなかったものの全身15箇所に破片を浴び、肋骨も2本が亀裂骨折し、頚椎捻挫も再発していた為だ。

 戦闘中に駆けつけた兵たちが医務室に連れて行こうとすると、「指揮官が艦橋から離れられるか!」と一喝し、最後まで指揮を執り続け、球磨には、士気に関わるからと提督の状態を他の艦娘に伝えないように命令していた。

 致命傷になるほど深い傷はなかったが、失血と低体温によって一時は危険な状態にも陥った。

「少しは休んだほうが良いクマー。戻ってすぐに執務室に来るなんて無茶クマ」

「ははは、やらなければならない仕事がある。先ずは吹雪を呼んでくれ」

 心配そうな球磨に、顔がまだ土気色の提督は強引に笑顔を作る。

「了解クマー……」

 無理をしている提督を見て、余計に心配になる球磨だが、命令に従うことにした。

 艦娘たちは多少体重が減ったものの、大した損傷もなかったため、作戦海域の港に着く前に傷は再生した。

 綾波を除いて。

 大破により内臓を撒き散らし、大量の血液を失っていた綾波は表面上の傷は癒えているが、再生による体重減少が甚だしく現在は成人男性程度の力しか出なくなっていた。

 補助付きである彼女は艤装を抱えたまま生活することが難しく、立ち上がっても体重が軽いために、体と艤装の平衡を取れずに後ろに倒れてしまう有様だった。

 

「失礼します。吹雪、参りました」

 球磨が吹雪を連れてやってきた。

「おかえりなさい、司令官。……って大丈夫なんですか?」

 扉を開けて入ってきた吹雪は提督の姿に面食らった。

「どうした吹雪? そんなに俺の二枚目に磨きがかかったか?」

「そうですね。禿鷲あたりにモテそうな雰囲気です」

 軽口で返してくる提督に、呆れながら吹雪も軽口で返す。

「さて、今回の出撃の報告が上がって来たら、お前と検討をしたい。それと、被害のまとめだ。あぁ、球磨はどこかで休憩してくれていい」

「え? 球磨もここにいるクマ」

「お前は駄目だ。部屋から出ていろ」

 提督は真面目な顔で球磨を睨みつける。

 しぶしぶといった様子で、球磨は退室した。

 

 吹雪は球磨が退室するのを見てから、

「速報は聞いていましたが」と、暗い表情で切り出した。

「あぁ、ここからはあまり艦娘には聞かせられないからな。特に出撃した者には」

「1名ですか。所属は……なるほど。若いですね……」

「残念なことだ。慣れなければいけないんだろうが……集会を行う。急ぎの作業に当たっている兵を除き、全員だ」

「非番の者はいかがしますか?」

「外出でいない者以外全てだ」

「了解しました」

 

 吹雪の招集で、広場にほぼ全ての兵が集められた。艤装を装着した艦娘たちの姿もそこにある。

 綾波が艤装の重さにフラフラとしていると、「士官なのだからしっかり立て!」と隣の木曾に叱られた。木曾は綾波に少し近づき、何も言わずに艤装を下から左手で支えてやった。

 乱れもなく整列し、綺麗な姿勢で整然とした兵たちが並んでいる。そのうち何十人かは新しい包帯などが巻かれていた。

 綾波は兵たちの列を見渡すが、背が低いためにほとんどの兵たちの顔が見えなかった。

 吹雪に支えられ、兵たちの前にある壇上に提督は立っている。

 朝礼などはほぼ毎日、提督が立つ集会もよく行われているが、今回は雰囲気が違っていた。普段の兵たちの朝礼には参加しない艦娘たちもいること。だがそれだけではなかった。

「今回の作戦、我々海軍の大勝利だ! 新式海兵、また諸君ら勇敢なる海兵の活躍によって、敵艦隊を撃滅せしめ、人類は一歩大きくその生存圏を取り戻した!」

 兵たちがおぉっ! と雄叫びを上げる。

「しかし! この作戦の最中、勇敢な一人の兵士の命が失われた。彼は自らの命を顧みず、業火に飛び込み、獅子奮迅の活躍を遂げた! その勇気ある行動は、乗組員32人と新式海兵の命を救った! 我々は彼のその意思を引き継ぎ、更に前進しなければならない!」

 演説を聞きながら黒潮が呟く。

「誰か死んだんか……珍しい」

 艦娘の登場以来、戦死者は激減した。砲撃などのために兵が甲板に出なくても良くなったためだ。

 提督の演説は続く。

「死んじゃったのは上等兵? ……二回級特進でってことは二等兵かー。それだと年金も少なくて、家族も困っちゃうね」

 白露もどうでも良いような呟きをする。

 綾波は二等兵と聞いて、出撃前夜に会った若い二等兵を思い出した。

 ここからは見えないけど、休暇頂けたのかな。戻ってきたらまた妹さんの話を聞こう。などと考えていた。

 

 しかし綾波は二等兵の顔を二度と見ることはなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter25: 会議 ]

 

 鎮守府に現在使用できる艦娘用船渠は二隻分存在する。以前の提督がいた頃は四隻分あったのだが、二隻分を残して閉鎖された。

 通常の船渠は艦船が進入すると、門を閉めて排水、渠底に乗せて修理を行うが、艦娘の乙体はその後に特殊な有機物溶液を注入、船体その物を沈めてしまう。

 乙体の装甲の下には筋肉と神経が張り巡らされており、艦娘はこれと接続することにより操船をしている。艦娘の装備にも乙体と接続するための神経が必ず組み込まれている。これにより、電子機器なしで操船や弾薬の装填や砲塔の旋回が可能となっている。

 生体部品であるこれらの修復は自己再生によって行われる。再生中の乙体は完全な冬眠状態となり、損傷が癒えるまで接続が不可能になってしまう。再生後は砲であれば砲齢さえも新品と遜色ない状態に戻る。

 提督は比較的損傷の軽かった黒潮と白露の乙体を優先的に入渠させていた。全艦が損傷していたため、通常業務さえままならなかったからだ。

 現在は再生は終わり、有機物溶液まみれの黒潮と白露の清掃が行われている。

 

 提督執務室では、吹雪と提督が会議をしていた。机に報告書や資料を並べて、決断をしていく。

「次の入渠は綾波と球磨だな」

「組織が複雑化した木曾さんの再生は時間がかかりますからね。それで、今回の出撃の報告で気になることがあります」

「気になること?」

「綾波さんは距離5000での砲撃に非凡な才能を見せています」

 吹雪が提督に見せたのは1枚の報告書。

「ふむ……たしかにかなりの的中率だ。初陣にしては、というところだが。これは綾波という役割効果が大きく出ていると言うことか?」

「おそらく。先の大戦時の駆逐艦綾波は距離5000で初弾命中させたという話があるので、その影響は大きいと思います。彼女自身の才能という可能性もありますが。それともう一つ」

 もう一枚の報告書を提督に差し出した。

「モルヒネ使用報告か。全員損傷あたりの使用量は規定値以下だな。これならば全員優秀と言って良いな。……綾波だけ妙に少ないな。記録の不備じゃないか?」

 艦娘は戦闘中に大きな損傷を受けた時に規定量までのモルヒネ使用が許可されている。痛みによる集中力の欠如や気絶、発狂などを抑える為だ。しかし、使用すれば眠気や嘔吐感などによる、砲撃精度の低下などの問題も発生する。

 人間と違い、傷の再生と共に速やかに分解され、依存症などに罹ることはない。

「いえ、残量などと比較しましたが、正確なようです。彼女は大破炎上していながらほとんどモルヒネを使用していません」

「使用方法がわからなかったか、モルヒネ過敏か、感覚神経の接続に問題があるのか?」

 半ば信じられないという様子で提督は吹雪に訊ねる。

「訓練や検査の際にそのようなことはありませんでした。憶測ですが彼女は異常に苦痛への耐性が高いのだと思います」

「ふむ……それも役割効果という可能性は?」

「もちろんありますが。彼女は特殊な才能を持っている可能性があります」

「それは……綾波が特殊適合体かもしれないということか?」

「あくまで可能性ですけどね」

「あるいは、モルヒネを使うことによる便秘が嫌だったのかもしれん……!」

 提督はまだ判断できる段階ではないので、記憶の隅に置く程度にした。

「それはそうと、今回の一番武功を誰にするかだ」

 頭を抱えながら提督は言った。

「うーん……単純に敵に一番損傷を与えた艦じゃ駄目なんですか? そんなに重要な問題でもないと思いますけど」

 吹雪は戦闘報告を見ながら木曾を指名した。

「いや、仕事に応じて与えると言ってしまってな……木曾はたしかに活躍していたが、改造済みということを差し引くとな……何より、一番功者と休暇を一緒に過ごすと約束をしてしまったんだ……!」

「はぁ……自業自得ですね。誰を選んでも角が立ちそうな約束を……ゆっくり悩んでください」

 ため息をつきながら吹雪は突き放した。

「そんな冷たい! 吹雪の名は伊達じゃないな……」

 ぽつりと提督は呟く。

「何か言いましたか?」

 提督の言葉を聞き逃さなかったはずだが、吹雪は笑顔だ。

「吹雪さんは可愛いって」

 提督は素早く真顔で答えた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter26: 白露 ]

 

 白露が港に繋留されている自分の乙体の甲板にいる。

 目を閉じて何かを呟きながら体を動かしている。その顔は真剣そのものだ。

 前回の作戦での自分の戦績に不満があり、なんとかしようと仮想訓練を行っていた。接続しての実践訓練が良いのだが、艦娘は提督の許可なく乙体と接続することを禁止されている。

「……ふぅ。やっぱりあの時はこうした方が良かった。とっさには難しいんだよねー」

 自分の反省点を洗い出しが終わったのか、白露は目を開けた。

「あれ? 白露さん?」

 白露が乙体から降りようとしているときに、たまたま港に来ていた吹雪と会った。

「非番の日まで訓練ですか? 真面目ですね」

 吹雪は時々白露が非番の日でも訓練をしていることを知っていた。

「この間の作戦、ちょっと失敗しちゃったから」

 あははと笑いながら白露は答える。

 白露の戦績は決して悪いものではなく、言うなれば優秀な部類に入る。安定した好成績を修め続けているが本人はいつも不満を抱いていた。

「吹雪さんはどうして港に?」

 大先輩の吹雪相手であっても物怖じしないのが白露の特徴だ。

「ちょっと神経接続を。たまに接続しないとなまっちゃいますからね。あ、もちろん提督の許可取ってますから」

 むん、と両手で拳を作って顔の横に持ってくる。

「吹雪さんでもそうなんだなぁ。あたしももっと頑張らないと、一番取れないね」

「そういえば気になっていたんですけど、白露さんって一番に拘りますよね」

「あ、小さい頃から一番になれって言われて育てられたんです」

「小さい頃……? 白露さんは昔の記憶が?」

 吹雪は少し驚いた様子で尋ねた。何も言わずに白露は頷く。

「家が貧乏だったんです。父はお酒を呑むといっつも一番になれー、俺みたいになるなーって。結局どんどん借金が膨らんでしまって、母も逃げて、どうにもならなくなっちゃって。それで借金取りの人に、ここか花売りか選ばされたんです」

「そんな……! いえ、そうですね……白露さんみたいな娘は多いですね……」

 吹雪は衝撃を受けながらも、不服そうに納得する。

「あはは、あたしここ好きですから良かったと思ってます。父は情けない人で、もうあの家に戻る気もないですけど、一番になれっていうのは、たぶん正しいんだろうなって。兵学校の時は頑張って一番を取りましたけど、実戦だと上手く行かないですねー」

 白露は元気な明るい笑顔を崩さない。

 あっけらかんと話す白露に吹雪は同情心を抱きながらも、暗い気持ちにはならずに済んだ。

「吹雪さんは昔の記憶とかどうですか? 長く艦娘やっているので、結構思い出せているんじゃないですか?」

「私は……まだ思い出せてないですね」

 吹雪は遠くを見つめて答える。

 白露は、吹雪は嘘をつくのが下手なのだなと思った。

「あーお腹空いちゃった! 吹雪さん、なにか食べませんか?」

 ぱっと花の咲くような笑顔で白露は提案した。

「そうですね。何か食べましょうか!」

 吹雪も笑顔で答える。

「じゃ食堂行きましょう! 吹雪さん、おごってください! あたしお給料ほとんど送金されちゃうので貧乏なんです」

「……しっかりしてますね。いいでしょう。佐官待遇の経済力を見せてあげます!」

 

 食堂に行った白露と吹雪に何故か加わった木曾、黒潮、綾波により、吹雪の口から久しぶりに「ダメれすぅ!」という台詞が飛び出すこととなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[chapter27: 休暇 ]

 

「よし、決めたぞ」

提督は決断した。

 

「一番戦功は――!」

 

「あ、あの狭いところですがどうぞ」

 緊張した面持ちの綾波が提督を自室へ招き入れる。

 結局一番戦功を上げた艦娘は綾波ということになった。初陣にしてはきちんと仕事をこなしたという事と、球磨を守るための英雄的献身が評価された。仕事や戦功そのものよりも、今後を期待して、という色合いが強い。

 綾波は未だ艤装に負担を感じる程度に体調が戻っておらず、提督に至ってはいつ怪我が開いてもおかしくはない状態のため、街に出ることなどできないという判断から鎮守府内で済まそうということになった。

 それに鎮守府内ならば他の艦娘の反対も比較的弱くなるだろうという、後ろ向きな戦略的決断でもあった。

「そういえば艦娘の部屋に来るのは初めてだな」

 提督は所在無げにきょろきょろと部屋を見回す。見回りなどであればそれをこなすだけだが、今は休日である。街で過ごすこととは違った落ち着かなさを感じていた。

 少ない家具で生活感が弱い部屋には、年頃の少女特有の香りと鉄や油の匂いが混ざっていた。

「小奇麗にしているんだな」

 物が少ない綾波の部屋には埃などもなく、清潔に保たれている。

 綾波は提督の一挙手一投足が気になって、必死に目で追っている。普段は自分しかいないその部屋に提督がいるという不思議な光景を妙な浮遊感と共に感じていた。

 提督と目が合った。

 次に紡ぐ言葉が見つからずに目が泳ぐ。それは提督も同じだった。

 提督に何かしなきゃと思った綾波は「お、お茶にしましょうか!」と少し裏返った声で提案し、そそくさと部屋を出て行った。

 部屋を出た綾波は握りこぶしを固く作っていて、手にびっしょりと汗をかいていたことに気づいた。

 

 残された提督は少しの居心地の悪さを感じながら綾波のベッドに小さく腰をかける。提督は部屋を見回すと、本当に私物が少ないなと思った。

 そんな中で、小さな机の上に置かれた写真立てに気づく。

「ん? 写真か? 写真機なんて綾波は持っていたか……?」

 提督が立ち上がって写真立てに手を伸ばしたところで、綾波が戻ってきた。手に持った小さな盆には二つの湯呑が乗っている。

「お待たせしました」

 艤装の重さの所為か、よろよろと心許ない所作で、お茶を運んでくる。

 何とか少しこぼしながらも、無事に机に盆を置いた。

「ありがとうな。そういえば綾波の私物はこれだけなのか?」

 小さな古い鞄を指差して尋ねる。

「そうですよ。制服なんかは支給されますし、下着くらいしか……あ、中は見てないですよね?」

 少し焦った様子で綾波が聞き返してくる。

「いや、大丈夫。見てないよ。何だか少ないなと思っただけで」

 人間であれば色々な物に興味を持つ年頃の少女が、外界と遮断されて、これだけ質素に暮らしているのをみて、提督は少し気の毒だと感じた。

「……」

「……」

 また会話が途切れる。

 提督は大した話があるわけでもないが、普段はもっと何か話してたような気がすると思ったが、大抵のときは作戦や仕事の話しばかりだったことに気づく。

 綾波の緊張が伝染したのか、提督も何故だか緊張してきている。

 二人が立っていることに気づいた綾波は、

「と、とりあえず腰をかけてください。まだお体の具合、良くないでしょう?」

と言って、提督にベッドに座るように促した。

「あ、ああそうだな。よっと――つっ!」

 促されて慌てて座ろうとしたためか、提督の傷がずきりと痛み、平衡を失う。

「あ、危ない!」

 綾波が素早く動いて提督を支えようとしたが、艤装の重さに体がついていかず、提督に抱きついたような形で二人でベッドに倒れ込んだ。

「あっと……大丈夫ですか? ……!?」

 気が付くと、頬が触れ合うような距離に提督の顔があった。

 提督潰してしまわないようにとっさに庇ったせいで、綾波が押し倒されるような格好になっている。

 ばくんと綾波の心臓は大きく拍動する。

「痛ててて……」

 提督が倒れた衝撃と傷の痛みから立ち直り、顔を起こそうとする。その拍子に、すりっと頬が触れ合って、綾波の体がぴくりと跳ねた。

 提督は状況に気づく。

 綾波の顔と提督の顔は僅かな距離もなかった。もはや少しのきっかけで唇が触れるような、吐息を交わすような距離になっていた。

 

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