ホラーです
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やぁ、久しぶりだね。なんだか僕に用があるって聞いたから、重い腰をなんとか持ち上げてわざわざやって来たよ。
恩着せがましい?
いいじゃないか、そのくらい。半年振りだし、わざわざ呼び出したのは君の方なんだ。僕はこのまま帰ったって構わないんだよ?
ん、そうか。そう言うならば話を聞いてあげよう。
それよりもほら、お土産だ。
羊肉だよ。ラムとマトン。
君は意外と物を知らないなぁ。
ラムは子羊の肉。マトンは大人の羊の肉。
療養中にジンギスカンの旨さに目覚めちゃってね。君にも目覚めてもらおうと思って持ってきたんだ。
ほら、話なんて食べながらでいいだろう?
ホットプレートを出したまえ。
なに? ラム肉が少ない? 落としたての良いところを無理行って出してもらったからね。その代わり旨さは折り紙つきだ。
ところで、折り紙って何のことか知ってるかい? 子供が遊びで使う折り紙とはもちろん違うよ。
折り紙って言うのはね、免状のことさ。
剣術とかのお師匠様が、弟子に「お前は上達した」ってくれてやるのが折り紙なんだ。それについての鑑定書みたいなものかな。
だからここで言う折り紙は、この肉は旨い、って僕とお肉屋さんが保障してるってことなのさ。
なんで折り紙って呼ぶのかって? さぁ? 免状を二つ折りにするからじゃないかい? 少しは自分で調べようと言う努力を見せなよ。
お、いい匂いがしてきたぞ。ふむふむ、これとかはもう食べれそうだ。
ほらほら、折角持ってきてやったんだから遠慮せずに食べたまえ。
どうだ? 美味しいだろう? ふふん、感謝しろよ。
そう言えば、結婚が決まったんだって?
誰だい? 僕の知ってる人かい?
あぁ、会社の後輩か。
それじゃ僕が知ってるわけないね。
どんな人だい?
優しくて綺麗で親切でよく気がついて……、君なぁ。惚気(のろけ)るのもいいけど、ほどほどにしとけよ?
折角のジンギスカンに甘みが移ってしまうじゃないか。
あぁ、わかったわかった。僕が悪かったよ。確かに聞かせろと言ったのは僕だ。謝るからそんな顔は止めてくれよ。
代わりに一つ白状するよ。
このジンギスカンのタレはね。なんと僕が調合したんだよ。
どうだい? 深みがある良い味だろう。
このやわらかいラム肉は臭みもないし、僕が作ったタレと相性抜群だよ。
そうだろうそうだろう、やっぱり君も旨いと思うか。
それに比べると、やっぱりこっちのマトンはちょっぴり臭いがあるね。それに固い。これはまぁ仕方ないのかな。
ん? 話?
ごめんごめん。すっかり忘れてたよ。
そもそも僕が呼び出されたのだって、君から話を聞くためだったんだ。
結婚の話、はそれとは違うんだよね? あとで報告するつもりだった? バカモノ。あとじゃなくていの一番に報告するものだ。
僕と君の仲じゃないか。
おっと、これ以上話が逸れていくのはちょっとまずいな。
さぁ、君からの相談事を聞こうじゃないか。
でも、食べながらでいいよね?
…………。
ふむふむ……、話はわかった。
君がバカと言う事がよくわかった。
君は本当にバカなんだなぁ。
長い付き合いだけど、呆れ返っちゃったよ。
バカバカ言うなだって? バカをバカって言って何が悪いのさ。
第一、君の仕事はなんだ。言ってみろよ。
そうそう、設計事務所に勤めているんだよね。
それで、大学時代は理系で工学部の建築学科。
住居に関してはエキスパートじゃなきゃいけないんだ。
それがだ。
それがだよ?
家がギシギシ鳴って怖い!?
あぁ、もう君はバッカじゃないのか!!
理系と、工学部と、建築学科の名が全部泣いてるよ。
事務所の所長さんは血の涙を流してるんじゃないか?
いいかい? よく聞きなよ?
家は呼吸するって言葉を知ってるよね? 知らないわけがないよね? ここみたいな木造住宅はことのほかそれが顕著(けんちょ)だ。木ってものは湿気も随分と吸い込むものだしね。
それに昼夜の温度差がある。
するとどうなると思う? わかってるよね? わかってるはずだよね?
伸び縮みするんだよ。
これが床も壁も天井も、全部一つの木からくりぬかれたものなら何の問題もない。あ、ものによってはひび割れるかな。
だけど、一般住宅だと、縦に横に斜めに、色々な方向へ木材が走っている。
それぞれが伸び縮みする時、生じた負荷が戻ろうとする時、軋(きし)みとなって音がするんだよ。
あぁ、もう本当に情けない。
釈迦に説法? いや、違うな。君はそんなに偉くない。
どうして僕が君にそんな事を説明しなくちゃいけないんだろう?
もう不思議で不思議でしょうがないよ。
なに? 違う?
どう違うんだい?
聞いてみればわかる? いつ鳴るのさ。まさか鳴るまで待ってろとか言わないよね?
あぁ、そんな情けない顔するんじゃないよ。
わかったわかった、しばらく付き合うよ。
あー、やっぱり僕が説明したことはわかってたんだね。安心したよ。それじゃなんで僕に声を掛けたのさ?
霊感?
バカバカしい。
確かに僕は、人より『感』が鋭いと思うよ。でも、霊感ってのとは違うんじゃないかな。そんなの滅多に見えるものじゃないんだもの。
とにかく、のんびりジンギスカンを楽しもうじゃないか。
冷蔵庫にビールは冷えてるかい?
む、こいつは僕の好きな銘柄じゃないか。
ちゃんと覚えてるとは偉いぞ。よし、もうしばらく付き合ってあげよう。
彼女の惚気話でもいいから、話をしようじゃないか。
なにせ君とは半年振りなんだ。お互い積もる話があるだろう。まぁ、僕は病気療養中ってやつだったからね。毎日寝てばかりで話せるような事はないんだけどね。
病気については言ってなかったっけ? 親が何か話さなかったかい? 何も聞いてなかったのか。それじゃ心配かけたね。
心配した?
そうか! 心配してくれたか!
心配してくれるのは君くらいだから嬉しいよ。
あぁ、僕が療養していたのはN県の……。
『ギシ……』
今鳴ったね。
これが君の言ってたやつでいいのかな?
別になんてことないただの軋みじゃないか。
『ギシ……ギシ……』
ふむふむ、音が続いたね。
確かにこれは変だね。
柱や梁(はり)が軋むだけで、あんな風に音が続くとは思えない。
これは、あれかな?
おいおい、そう慌てるなって、これからじっくり話してあげるから。
君は『家鳴(やな)り』ってものを知ってるかい?
日本の妖怪の一種で、家や家具が音を立てるのはこいつらの仕業なんだ。その正体は小さな鬼でね。
さっきの音は、小さな何かが動いてるような感じじゃなかったかい?
脅(おど)かそうとしてるわけじゃないよ。むしろ、その逆。安心してもらおうと思って話してるんだ。
家鳴りって妖怪はね。西洋のポルターガイストみたいなもんさ。
あぁ、そういうタイトルの映画があったね。確か、出演した女の子が撮影直後に死んじゃったんだっけ。映画のサブタイトルが「少女の霊に捧ぐ」だもんねぇ。
おっと、また話が逸れちゃった。
家鳴りとポルターガイストの違いはね。
ポルターガイストは、音だけじゃなくて物が動いたり、光が飛んだり、色々な事が起きるんだよ。
それに対して家鳴りって言うのは、文字通り鳴るだけ。音がするだけなんだよ。
仮にこの家に妖怪である家鳴りが憑いていたとしても、音がするだけなんだ。
どうだい? 安心したかい?
そう理解していれば怖いことなんてないだろう?
む……、言い方がまずかったな。いや、そう言うわけじゃないんだ。
だから、誤魔化そうとしているんじゃないんだって。
君を安心させようと思って話してるんだから……。
ああもう! 君はしつこい男だな!
君のためを思って、今みたいに話したってのにさ!
じゃあ話してやるよ。後悔するなよ。
確かに見えたよ。音を立ててる小さい奴の姿が。
聞いてから文句は受け付けないよ?
それでよければ聞くがいいさ。
……怖いものは苦手なんだから、目をつむっておけばいいのに。
ふざけた話じゃないからちゃんと聞きなよ?
赤ん坊さ。
まだはいはいも出来ないような、生まれてから、そうだね一・二ヶ月程度の赤ん坊だよ。
赤ん坊が、なんとか動こうと頑張って柱や天井を叩いたんだ。
心当たりはあるかい?
彼女といたして出来ちゃった赤ん坊を……ってことはないだろうね?
あぁ……だから結婚するのか。いや、聞かなくてもわかるよそれくらい。君は昔から思い切りが悪い男だもの。なにか切っ掛けがなければ結婚になんて踏み切れないよな。
でもね。
あの赤ん坊は君の子供で間違いないよ。
お父さんに会いたくて、動かない体を動かしてやってきたのさ。
ん? だって、それ以外に考えられないだろ?
この家は新築なんだ。
この土地に何かおかしな由来があったってわけでもないだろう?
だったらここに現れる赤ん坊は、君の子供以外にありえない。
もちろん確信があって言ってるんだよ。
あれは君の子供だ。間違いない。
ふふふ、そんな青ざめた顔するなよ。
女遊びが激しくて、ってわけじゃないんだろ?
知ってる知ってる。君がそんな男じゃないのは良く知ってるさ。
あはははは。
可愛いなぁ、もう。
仕方ない。
そろそろ種明かししてあげるよ。
あの赤ん坊はね。君の子供だ。これはもう間違いない。そこのとこ、ちゃんと飲み込んでくれよ?
問題は母親だね?
え? 彼女以外と関係したことないって?
それは君が覚えてないだけなんだよ……。
あの赤ん坊はね、僕が産んだ子なんだよ。
ふふふ、本当だよ?
僕が半年もの間、病気療養って名目で君の傍を離れたのは、あの子を産むためだったのさ。
ずっと傍にいたかったけど、お腹が膨らんでくれば幾ら着るものに気を遣っても誤魔化しきれるものじゃないからね。
なんだい、変な顔して。
僕と君は、そういう関係をもったんだよ。
僕は一時も忘れた事がないよ。
あれは去年の丁度今頃のこと。八月の十三日のことだったね。
あの日の君は、お盆休みなのにも関わらず、お客さんに呼び出されてこっぴどく叱られたんだよね。知ってるよ? 大ポカをやらかしたんだ。何軒もはしごして、家に帰ってからも飲み続けて、酔いつぶれて寝てしまった。
その日の夜のことさ。
君と僕は、愛し合ったんだ。
初めてだったのにあんなに乱暴に扱われて、僕は壊れちゃうんじゃないかと思ったよ。
ふふふふふ、謝ることはないさ。
だって、あの大ポカは僕が仕込んだものなんだもの。
君が持ち帰った図面にちょこっと細工をしたのさ。
まさかあんなに上手くいくとは思わなかったよ。
なんでそんなことをだって?
わかりきったことを言わないで欲しいな。
君と僕は、生まれた時から一緒だったんだ。
ずっと一緒に生きてきた男と女が、お互いを大切に思うのは当然のことだよ。
そうだよね? お兄ちゃん。
生まれた子がどうなったかなんて、わかってるくせに聞かないで欲しいな。
ここに現れたんだ。聞かないでもわかるだろう?
僕は、お兄ちゃんの子供を生みたかっただけなんだ。育てたかったわけじゃないんだよ。
お兄ちゃんと僕との愛の結晶を、このお腹で育てたかったんだ。
お腹の中で、お兄ちゃんとの愛の証が段々育っていくんだ。もうたまらなく幸せな毎日だったよ。
しつこいなぁ、子供がどうなったかだって?
今、食べたじゃないか。
お兄ちゃんと僕の愛の結晶を、二人のお腹の中に戻したんだ。
愛の証を二人で分かち合うなんて、とてもとても素敵なことだよね。
ラム肉は柔らかくて美味しかったでしょう?
ふふふふふ、でも僕ばかりがこんなに幸せな思いをしちゃ悪いと思ってね。
お兄ちゃんの婚約者さんにもちょっとだけお裾分けしたんだ。
うん、会ってきたよ。
気が強そうな人だったね。お兄ちゃんをずっと見てきたからよーっくわかるけど、ホント、ああいうのが好きなのは昔から変わらないよね。
何をしたかだって?
薄々わかってるんじゃないかな?
臭いがきつくてちょっと固かったけど、食べれない味じゃなかったでしょ?
なにせ、僕特製のタレにじっくりと漬け込んだのだから。
あぁ、汚い。
戻しちゃ駄目だよ。
彼女さんが可愛そうだろう?
ついでに白状しちゃうとね。
ジンギスカンのタレは僕の血を混ぜてあるんだ。
ほら、ここ。
手首を切ったんだ。
動脈には傷つけてないよ。隠し味に必要な程度だったからね。
さて、お兄ちゃん。
最後の話をしようか。
僕はたっぷりと幸せを味わったけど、最後の最後が欲しいんだ。
僕たちの赤ちゃんや、お兄ちゃんの彼女さんみたいになりたいんだよ。
僕を食べて欲しいんだ。
お兄ちゃんのお腹に入れて欲しいんだ。
ほらほら、そんなに怯えないで。
お兄ちゃんの泣き顔は昔から可愛いなぁ。大好きだよ。
でもね?
お兄ちゃんが食べてくれないと困るんだ。
ふふ、そんなに泣いちゃって、鼻水も出ちゃってるよ。ちーんしてあげようか?
……これじゃ僕を食べてもらえそうにないかな。
お兄ちゃんは泣き虫の弱虫だから、こうなるんじゃないかなって思ってたよ。
まぁ、食べてもらうのが理想だったけど、次善の策でいきますか。
お兄ちゃんを食べてあげるよ。
大丈夫。
時間を掛けて、全部食べてあげる。
髪も爪も、お腹に詰まってるのも全部食べてあげる。
生まれ変わったら、また双子になろうね?