短編   作:dolph

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ちゅーちゅー3

 チュー太が入り込んでしまったのは木造平屋建ての一軒家。

 住人は八十八歳のお爺さんと七十二歳のお婆さん。

 二人が若い頃は舅・姑が元気にしており、子供が生まれてからはいっそう賑やかになった。ところが、小うるさくも嫌いになれなかった舅・姑が片付いたと思ったら子供達が順々に巣立っていってしまった。

 今は結婚してから初めての二人暮しを楽しんでいた。

 この家は、いわゆる終の棲家と言う奴である。

 

 そんな事情をチュー太が知る由もなく、彼は少しずつ人家内の行動範囲を広げていった。

 侵入経路となった浴室と脱衣所兼洗面所、廊下を挟んで台所がチュー太の主な活動場所となっていた。

 台所の向こうにある洋間の食堂には中々足が運べないでいる。人間がいることが多いからだ。台所にはたくさんのゴキブリがいるのだから、わざわざ危険を冒すことはない。

 暗くなって人間がいなくなってからがチュー太の時間だ。

 湿ったところや暖かいところに棲んでいるゴキブリをあぶり出し、以前と同じように狩る。

 住む場所がドブから人家になってもチュー太の生活はあまり変わっていない。

 しかし、内心では野望があった。

 ネズミーから聞いていたチーズケーキだ。

 人間の家に来てしまったのだから、狙わないわけにいかない。

 そのために必要なのがフォークである。

 ネズミーは言っていた。

 

「ドブに住んでる君がフォークを知ってるわけがなかったね。フォークっていうのは銀色をしているのさ。先が二つや三つに割れていて、そいつをケーキに突き刺すんだ」

 

 銀色で先端が二つか三つになっているもの。

 数日間を過ごす内に見当がついていた。

 人間(お婆さん)が何度も突き刺しているのを見ている。

 

 銀色で、先が二つになっていて、突き刺す。

 

 それがフォークであると確信をもっていた。

 

 時刻は真夜中の二時。住人は寝静まっており、チュー太は二匹のゴキブリを食べ終えて食休みも済んだところだ。

 視線の先には窓から入る月光を受けて、二枚連なった板が宙に浮いて銀色に光っている。

 フォークの入手はいつでも可能。時間にも腹具合にも余裕ある今でも問題はない。

 床と調理台との往復は何度もやってきた。

 目指すフォークは白いコードの先端にくっついており、コードは調理台の上から伸びている。

 出来ればコードを引っ張って、フォークを手元に引き上げてから手に入れたいところだが、小さいチュー太にそんな力はない。

 とすればする事は決まっている。コードを伝ってフォークのところまで行き、コードを噛み千切ってフォークだけを手に入れればいいのだ。

 住人は寝ている。邪魔はどこからも入らない。チュー太にとっては簡単すぎる仕事だった。

 ぶら下がっているコードを噛み千切り、フォークを床に落とす。

 床に落ちたフォークを素早く回収し、食器棚の最奥にこしらえた寝床に駆け戻る。

 フォークは大きさの割りに重かったけど、チーズケーキのことを思えばちっとも辛くなかった。むしろ重さが心地よい。体に掛かる重さがチーズケーキに近付いたことを教えてくれるようで、チュー太は愉快になってきた。

 

 チュー太が手にいれたものを、人はプラグと呼ぶ。

 炊飯器が動くために必要な電力を、コンセントを経由して確保するのに必要な器機だ。間違ってもフォークではないし、食事に使うものでもない。

 もしチュー太がきちんとフォークを手に入れたとしたら、住人達は気付かなかったに違いない。

 子供に孫達が一斉に集まった時のために、お婆さんは色々なサイズのフォークをそれぞれ十本以上用意しているのだ。一本や二本なくなったところで気付くわけがない。

 しかし、炊飯器のプラグが噛み千切られていたとしたら、気づかない方がおかしい。

 次の日の朝は、お婆さんの悲鳴から始まってしまった。

 

 

 なお、下水に風呂場の工事はいまだ完了していない。と言うか、チュー太が侵入してからまったく進んでいない。

 設備業者があらかじめ見積もっていた代金より、高額な工事費が必要と言い出したからだ。それに腹を立てたお婆さんが、工事費の追加なんて一切認めない、早く工事を終わらせろと言い張る。

 業者の方も相手がごねるのくらい慣れたもので、だったら工事なんてやってやらんとふんぞり返る。

 それに困ったのがお爺さん。

 家の風呂が使えなければ外に行くしかないし、トイレだって庭に設置した簡易トイレを使うしかない。

 御年八十八歳の老人には堪える。老人だから風呂は三日に一度、トイレの頻度もそう多くはないが手間なものは面倒なのだ。

 お婆さんがぷんぷんしているのもいけない。

 若い頃は蝶よ花よだったお婆さんだが、長の年月がどう変えていったのかを身に沁みてよーっく知っている。

 疲れ果てたお爺さんは癒しを求めていた。

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