―ロウリア王国東方討伐艦隊
海将シャークンは、見張りからの報告を受けていた。
「船影確認。あの緑の旗は……クワ・トイネ海軍です」
「クワ・トイネ艦隊、まっすぐ突っ込んできます!」
シャークンは顎に手を当てた。
明らかに不利なはずのクワ・トイネが、なぜ正面から攻め込む? 何か企んでいるのか?
敵の動きは単純に見えたが、単純すぎる動きほど危険だと、彼は経験から学んでいた。
「相手を侮るな。クワ・トイネといえど、全力でかかれ!」
号令が飛ぶ。船団の先頭を行く軍船群は、横陣へ移りつつ、隊列を整えて速度を上げた。
包囲の形を作り、得意の接舷戦に持ち込む―それがロウリア海軍の定石である。
横陣は“壁”になる。壁は相手の突撃を鈍らせ、逃げ道を奪い、やがて絡め取る――その成功体験が、ロウリア艦隊を支えてきた。
「敵との距離、五キロ!」
報告の声が響く。
その距離なら、まだ矢も弩弓も届かない。届くのは、ただ視線と推測だけだ。
クワ・トイネ公国海軍、旗艦《タメリク》。
提督パンカーレの額には汗が滲んでいた。
潮風が冷たいはずなのに、喉の奥が乾く。敵の数と隊列が、視界の端から端までを埋めていく。
(オーラ砲は……五キロでは無理だ。三キロから四キロ……いや、必中を期すなら、さらに詰める必要がある)
火矢やバリスタの射程は百メートル前後。大型のバリスタでも、有効射程はせいぜい三百メートル。
敵は接近して矢を浴びせ、続けて接舷。
梯子と鉤で船を絡め取り、白兵で決める腹積もりだろう。
ロウリア艦隊の先頭、百隻近い軍船が右へ転舵し、距離を詰める。帆の列がずらりと横に伸び、海面を覆う壁となって迫った。
その壁の背後には、さらに二列、三列。数が、厚みが、意志を持った波のように重なっている。
「敵先頭まで三キロ!」
近づきすぎればこちらが不利になる。
パンカーレは意を決し、魔信の送話器を掴んだ。
「―オーラ砲、撃て!」
次の瞬間、旗艦《タメリク》の艦首に閃光が走った。
続けて、前衛に並ぶ大型船の砲が次々に咆えた。
砲口の周りで一瞬、空気が歪む。誰かが息を呑む音すら聞こえた気がした。
ドシュゥゥゥン!
ズシュゥゥゥン!
オーラ砲特有の、金属が激しく擦れ合うような衝撃音。
砲弾は空気を切り裂き、高周波の唸りを伴って飛翔した。
遅れて―海そのものが叩き割られる。
「な……何だ?」
ロウリア艦隊に動揺が走る。
見慣れた矢雨でも、弩弓の打音でもない。海の向こうから衝撃だけが来る。
次の瞬間、
ドパンッ! ドパンッ! ドォォン!
行く手を塞ぐように、次々と水柱が上がった。
その水柱は壁のように艦首を叩き、帆を濡らし、視界を奪う。
そして―
ドォォォォン!
ロウリア艦隊の一隻に直撃。
炸裂弾である。
最前方を走る軍船が、突然大爆発を起こした。
船材も帆柱も艤装も、ありとあらゆるものが爆散し、付近の船に雨のように降り注ぐ。
破片は木盾を貫き、帆布を裂き、甲板を跳ね回った。悲鳴が一つ、二つ――すぐに怒号へ変わる。
砲撃は止まらない。
最初は散っていた砲撃は、次第に有効弾を増やした。照準が合いはじめたのだ。
ロウリアの軍船が次々と爆散し、わずかの間に十数隻が波間に消えていった。
沈む船の周りでは、帆柱が最後の抵抗のように傾き、泡と煙が同じ場所から湧いた。
「少しでも減らさねば……! オーラ砲、続けて撃てぇっ!!」
旗艦《タメリク》のオーラ砲が榴弾を吐き出し続ける。
命中した船は、船体に大穴を穿たれ、爆炎とともに沈んでゆく。
これまで経験したことのない攻撃に、見ていた者すべてが驚愕した。
ロウリア側にとって、それは“武器”というより“災厄”だった。
―ロウリア艦隊、海将シャークン。
彼もまた驚きつつ、冷静さを失ってはいなかった。
叫びや混乱を背に、彼の目は隊列全体の形だけを追っていた。
(これが噂に聞く文明圏の魔導砲なのか? ……だが、永遠には撃てまい。いずれ魔力切れを起こす)
戦場を俯瞰したシャークンは、すぐに気づいた。
魔導砲らしきものを積んでいるのは、前衛の大型船のみ。後方は盾と弩弓―つまり従来の兵装である。
火線の中心は限られる。中心を避ければ、包囲はまだ成立する。
「前衛は無視して回り込め! 後ろの小型船から沈めろ!」
シャークンは怒鳴った。
「魔信手! ワイバーン隊に支援を要請しろ! この海域はまだ行動範囲のはずだ!」
ロウリア艦隊が再び動いた。艦隊正面の損害は承知で左右へ回り込み、包囲を完成させようとする。
オーラ砲の火線を避けつつ、後続を食い破る―それが唯一の勝ち筋だった。
―オーラシップ《ローゼナ》艦橋。
「オーラ・レーダーに反応。オーラ反応は極小」
オーラ・レーダーに映る無数の小さな光点は、海上で戦う人間のオーラ力―生命力と精神力だった。
強獣の感覚器を加工したそれは、オーラ力を持たない物体を捉えられない。
ちょうど、この世界の魔導レーダーが、魔力を持たないものを見落とすのと同じ欠点を抱えている。
だからこそ、見えるのは“船”ではなく“人”の密度だった。点が増えるほど、そこに殺し合いがある。
「見えました。前方で大規模な海戦!」
眼下遠くに、白いものが見え始めた。
それは数を増し、いつしか海を覆い尽くさんばかりの群れとなる。
帆船とガレー船が入り混じり、ところどころで赤い炎が立ち上っている。
白は帆。黒は煙。赤は炎。そして、海面の斑は――沈みかけた船影だった。
「クワ・トイネの船団、包囲されています!」
伝声管から見張りの声が響いた。
戦場は、想像よりも広く、想像よりも“近かった”。
―間に合った。
だが、状況は明らかに不利だと思われた。
オーラ砲の閃光は見える。しかし、数が違う。包囲の輪が閉じれば、どれほどの威力でも呑み込まれる。
《ローゼナ》艦長ティリ・ニ・カッラは、伝声管を握りしめ、命じた。
「友軍を援護する。巨人騎士は全騎出撃!」
半透明の翼を拡げ、ロワの巨人騎士は空へ飛び立った。
《オーラ砲》はオーラと付きますが、普通の大砲です。山砲程度のものと考えてください。