―戦闘海域北西五十キロ
オーラシップ《ローゼナ》
艦橋の照明は落とされ、オーラ・レーダーの淡い光だけが人の顔を照らしていた。
モニターを見つめていた当直が、声を裏返らせる。
「艦長、南西よりオーラ反応多数。接近します!」
副長が、振り向きざまに叱りつけた。
「多数? 報告は正確に行え!」
「……多数です! 数えきれません!」
艦長ティリ・ニ・カッラは、無言でモニターへ身を寄せた。
確かに、オーラ・レーダー上には点滅する光点が、群れというより“夜空”のように散っている。まるで海そのものが、こちらへ持ち上がってくるかのようだった。
「……確かに多数だ。何だと思う?」
「反応の質からして……竜獣ではないかと」
当直は一拍置き、喉を鳴らして続けた。
「速度が一定です。群れで―こちらへ向かってきます」
カッラが歯噛みする。
「まずいな……竜獣とはいえ、数が多すぎる」
艦長は即断した。迷いはなかった。迷っている暇がなかった。
「巨人騎士隊へ。竜獣多数接近―推定百以上!」
「後続艦へも要請。可能なら援護を乞う、と。……それと、艦内に警報。対空戦闘配置」
―クワ・トイネ海軍
旗艦《タメリク》
クワ・トイネ艦隊は、すでにロウリア軍に包囲されていた。
先頭の大型船で沈んだものはまだない。だが中型船以下は、次々と数を減らし、海面には破片と血の色が広がっている。
「《リアンダ》より魔信! 残弾なし!」
大型船の一隻、《リアンダ》から通信が入った。オーラ砲の砲弾を使い切ったのだ。
判りきっていたことだが、たとえ優勢に戦えたとしても、敵をすべて沈めるだけの砲弾はない。
その現実を噛みしめる間もなく―甲板の水兵が、パンカーレ提督の目の前で崩れ落ちた。背に矢が刺さっていた。
「提督!」
甲板士官ブルーアイが、とっさに飛来した矢を切り払う。
金属音とともに矢がはじけ、甲板に転がった。
パンカーレは、ひと呼吸だけ目を閉じた。
この戦いが、勝利のためではないことを、誰より彼自身が知っていた。
「皆よくやってくれている……これで、役目は果たせたか……」
ロウリアの大艦隊を相手に、最初から勝てるとは思っていなかった。
侵攻を遅らせ、少しでも陸軍のために時間を稼ぐ――それが目的だ。
旗艦《タメリク》にも、敵船からの矢が降り注ぐ。帆柱に刺さり、綱を裂き、甲板に突き立つ。
人が倒れるたび、戦列が薄くなるたび、時間だけが稼がれていく。
「皆には貧乏くじを引かせてしまったな……」
「いえ。ロウリアに一矢報いることができ、誇りに思います」
ブルーアイは、パンカーレの目を真っすぐに見てそう言った。
その目は、恐怖を隠してはいない。だが、折れていなかった。
「そうか。有難う」
パンカーレも自ら武器を取ろうとした――その時だった。
見張り員が、喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
「空に何かいます! 人……!? 人が飛んでいます!!」
他の乗り組員と同じく、パンカーレも空を見上げた。
確かに、奇妙な鎧姿の騎士が、虹色の尾を引いて飛ぶ様子が見えた。
―あり得ない。だが…
それは彼も初めて見るものだったが、噂だけは聞いたことがあった。
パンカーレは叫んだ。
「あれぞ噂に聞く巨人騎士! ロワの援軍ぞ!」
歓声とも悲鳴ともつかぬ声が起こった。
彼らが夢中で見守るなか、上空の騎士たちは二手に分かれた。
一隊はそのままロウリアの艦隊へ突入。
もう一隊は、西の空へ――まるで別の何かへ向かうように、速度を上げて飛び去っていった。
パンカーレは、その去り際の編隊に一瞬だけ違和感を覚えた。
―援軍が、なぜ分かれる?
だが、考えている暇はない。
海戦はまだ、終わってはいなかった。
―ロウリア艦隊
「そろそろ、ワイバーン部隊がこの海域に到達する。全軍突撃!」
海将シャークンが命じた、その時。
「見張りより報告! 北東の空に何か見えます!」
北東の空に、ゴマ粒のような影が見えた。
影は数を増し、一直線に近づいてくる。
「飛竜? 敵のワイバーンか?」
ゴマ粒のようだった影は、次第に“透明な翅を持った巨人”となり、艦隊へ向かってきた。
「……人? 巨人!? 空から巨人が向かってきます!!」
次の瞬間――
ガシャッ!
グシャッ!
六体の巨人が、巨大な脚の爪を拡げ、大型船の甲板へ降り立った。
甲板が砕けた。
ロウリア兵の喉から、声にならぬ声が漏れた。
―ロワの騎団・ボゾン隊
「いいか、無理はするな!」
《ボゾン》隊隊長が、無線越しに命じた。
返ってきた声は、ノイズだらけの鉱石無線越しにも判るほど若い。
「……蛮族相手に引けは取りません!」
隊長は即座に叱責した。
「聞こえとるぞ。それは戦に勝ってから言え!」
六体の《ボゾン》は、それぞれが別の船に降り立つと、マント状の動力部―オーラコンバーターから、巨大な剣を抜き放った。
刃が空を切る音が、雨のような矢の音すらかき消した。
「ひぃぃ……化け物!」
全高八メートルの牛頭の巨人。
悪魔を思わせる異形が、突然甲板に“立った”。それだけで恐慌は伝播する。
逃げ惑う者もいれば、勇敢にも矢を射掛ける者もあった。
コンッ……コンッ……
だが、強獣の甲殻から削り出された装甲に、矢など通るはずもない。
矢は弾かれ、折れ、海へ散った。
「生身で巨人騎士に当たるとは。敵にも勇敢な兵がいるな……」
《ボゾン》の騎士は、矢を放った兵を一瞥し、肩を竦めるように言った。
「死にたくなければ、ちゃんと逃げてくれよ」
そう言うと、左手に持った縦長の箱を、軍船の後部へ向けた。
それは巨人騎士ダーナ・オシ―のロケットランチャーである。
大国の軍では、煩雑さを防ぐため機種ごとに装備を固定するのが普通だった。
だが小国ロワでは違う。限られた数の巨人騎士を生かすため、状況に合わせて武器を替えさせていた。
―撃て。
放たれたロケット弾は、木造船を破壊するには十分すぎる威力だった。
爆炎が帆を舐め、火の粉が綱を断ち、船体が呻き声のように割れていく。
欠点は、装弾数が四発しかないこと。
「次は……あれだな」
《ボゾン》は、他の大型船を狙うべく、大破し、沈みゆく船から飛翔した。
《ボゾン》、猫背気味のフォルムも相まって、どうみても悪魔か牛鬼。明らかに悪役です。
そして両手には謎の装備が・・