ロワの国の巨人騎士 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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ロウリア潰走

―オーラシップ《ローゼナ》

 

 海面すれすれを裂くような轟音が、戦場の空気をひっくり返した。

 波頭の飛沫が、まるで雨のように巻き上がった。

 

 

 ブリッジに立つティリ・ニ・カッラは短く命じた。

 

「最大戦速、高度百以下を維持」

 

「艦長、乱戦域です! 煙と飛沫で視界が…」

 

「だからだ。味方が見えないなら、敵も見えない」

 《ローゼナ》は、海面を滑るように突っ込んだ。

 

 全長五十二メートルのオーラシップは、速度を上げるほど鋭く見えた。

 船というより、巨大な海獣が空に持ち上がったかのようだった。

 

【挿絵表示】

 

 

「射界確保! 目標、船列右寄り、ガレオン船!」

 

「オーラ・キャノン、撃て!」

 

 艦首の連装砲が咆えた。

 

 金属が激しく擦れ合うような衝撃音とともに、砲弾は空気を切り裂き、高周波の唸りを伴って飛翔した。

 オーラ・キャノンの光弾は、木造船の甲板を裂き、帆柱を抉り、竜骨を内側から砕いた。

 

 バキッ、と帆柱が折れた。

 綱が弾け、帆が崩れ落ちた。

 

 ロウリア兵が何か叫んだ。だが声は、次の連続音に呑まれた。

 

「両舷機関砲、掃射開始! 敵のバリスタを潰せ!」

 

「艦尾、同調―撃ちます!」

 

 前甲板・両舷・艦尾の連装機関砲が、一斉に唸った。

 曳光弾が海面に線を引いた。

 

 矢をつがえる腕。綱を引く手。舵を握る背中。

 それらが同時に散り、崩れた。

 

 《ボゾン》が降り立った船で逃げ惑っていた兵は、機関砲の掃射に押し伏せられるように這いつくばった。

 

 恐怖の種類が変わったのだ。

 突然現れた巨人への恐慌が、機関砲の弾幕への本能的な恐れに塗り替えられていった。

 

 

「各砲座の射手は《ボゾン》を避けろ! 味方を撃つな!」

 

 《ローゼナ》副長が怒鳴り、射手が一瞬だけ息を止める。

 機関砲の火線は、慎重に味方を避け、敵だけを削いでいった。

 

 

 敵も諦めてはいない。

 ロウリアの船団から、無数の矢が放たれる。

 空へ上がった黒い束が落ちてくる。

 

「矢束だ! 矢束が来る!」

 

 甲板員が叫ぶ。

 

 無数の矢が、艦体の装甲で弾かれ、海へ落ちていった。

 

「外板軽微損傷、被害軽微!」

 

「その程度で済むなら、放っておけ!」

 

 カッラは前方を睨む。

 

 視界の端に、牛頭の巨人――《ボゾン》が、次の船へ向けて飛び移るのが見えた。

 光の尾を引いて飛ぶ姿は、まるで彗星のようだ。

 

 そして、その彗星の進路を開けるように《ローゼナ》が低空で突っ込み、甲板の敵を刈り、帆柱を折り、火線で道を作っていく。

 

「後方の敵を狙え!」

 

「艦橋機関砲、撃て!」

 

《ローゼナ》艦橋後部の四連装機関砲が、ぐるりと旋回する。

 

 重い連続音。連装機関砲とは違う、硬い衝撃。

 大口径機関砲が唸り、周囲の小型船を薙ぎ払った。

 

 

―クワ・トイネ旗艦《タメリク》

 

 パンカーレ提督は、唖然としてその光景を見た。

 巨人が降り、船が砕ける。

 そこへさらに、青空を削るような艦が突入し、戦場を“掃除”していく。

 

「…あれが、ロワの…」

 ブルーアイが、目を細めた。

 

「援軍、です。ですが―ただの援軍ではありません」

 

 《ローゼナ》が、旗艦《タメリク》の斜め前を横切った。

 

 あまりの低空飛行に、帆が煽られ、甲板の血と海水が霧になって舞う。

 乗り組みは思わず身を屈めた。

 

 

「《タメリク》より信号旗! 援護に感謝する!」

 

 通信士が叫ぶ。

 

 だが《ローゼナ》は、信号を返さない。

 返答は敵への火線だった。

 

 艦首の連装オーラ・キャノンが再び光り、大型のガレオンの舷側が裂けた。

 

 船が呻き、傾き、炎を噴く。

 

 

 ロウリア艦隊の陣形が、一瞬だけ乱れた。

 

 巨人騎士に恐怖し、低空で突っ込むオーラシップに混乱する。

 

 その隙を、《ボゾン》隊は逃さなかった。

 

 

 牛頭の巨人が、腕を前に構える。

 前腕部に内蔵された低圧オーラ砲―通称ボゾン砲である。

 

 同時に《ローゼナ》が、バリスタを狙って連装機関砲を叩き込む。

 

 木の船が、火薬と樹脂の匂いを撒き散らしながら崩れていく。

 

 

 《ローゼナ》は、低空のまま戦場を横切り、火線で道を作り続けた。

 

 巨人騎士が甲板を制圧し、オーラシップが陣形を裂く。

 

 

 ロウリア船団のうち千を越える船が、すでに“船”ではなくなっていた。

 船体の破片、裂けた帆布、折れた櫂、血の色―それらが波間を埋めていた。

 

 巨人騎士が甲板を砕き、火線が帆柱を折り、オーラ砲と機関砲が船体を内側から粉砕する。

 勝敗は、いつの間にか「どちらが多く沈めるか」ではなく―「どちらが先に折れるか」に変わっていた。

 

 そして、遂にロウリアが折れた。

 

 

―ロウリア艦隊

 

 海将シャークンは、舷側の傾きで自分の船が保たないことを悟った。

 帆は燃え、綱は切れ、甲板の半分は足場ではなく穴になっている。

 

 ロウリア艦隊はまだ健在であった。だが健在なだけで、秩序は消えかけていた。

 

「…半分以上が沈んだ」

 誰かが呟いた。

 

 それが真実かどうかより、誰もがそうだと思ったことが致命的だった。

 

 撤退が始まった。

 だがそれは、命令ではなく本能に従ったものだった。

 

「退け! 退け! どこでもいい、逃げろ!」

 

 ロウリア船団は、敵に背を向けるようにして逃走し始めた。

 隊列は崩れ、帆は不揃いに膨らみ、残った船が互いを押しのける。

 

 潰走である。

 

 

―クワ・トイネ海軍 旗艦《タメリク》

 

 パンカーレ提督は、逃げる敵の背を見ながら、拳を握りしめた。

 追えば、もっと沈められる。

 だが――自分の足元の現実が、それを許さない。

 

「この船だけではない…他の艦も、残弾が危うい」

 

 通信士の声が重い。

 矢雨を切り払い、肉薄を防ぎ、時間を稼ぐため撃ち尽くしてきた。

 海戦には勝ったが、追う余裕はない。

 

 甲板士官ブルーアイが、遠ざかる帆影を睨んだまま言った。

 

「提督、追撃は…困難です。船も兵も限界です」

 

 パンカーレは、頷くしかなかった。

 勝利は手にした。だが、それは勝てたというより、折れなかったに近かった。

 

 

「…追撃中止、陣形の再編、生存者を拾え」

 

 その命令は、敗残兵を哀れむ慈悲ではない。

 海というものが、戦闘後も兵を殺し続けることを知っている、船乗りの義務だった。

 

 

―ロワの国 オーラシップ《ローゼナ》

 

 《ローゼナ》は、敵の背を追うように進路を取った。

 一瞬だけ、艦橋の誰もが、追撃の気配を感じた。

 

 だが、カッラ艦長は即座に首を横に振った。

 

 格納庫も甲板も、異様な光景になっていた。

 

 《ローゼナ》が本来搭載できる巨人騎士は四体。

 そんな中、無理やり乗せてきた十体の巨人騎士が、甲板のあらゆる空間を塞いでいた。

 乱雑な甲板では、最低限の整備も点検も困難だった。

 

 整備員が乾いた声で報告する。

 

「巨人騎士の再出撃は不可能です。リキッドの点検が必要です」

 

「分かっている」

 

 カッラは短く言った。

 

「リキッドがなければ、巨人騎士はただの殻だ」

 

 オーラマシンは、強獣の甲殻や体組織を加工した生体兵器である。

 駆動力となる人工筋肉オーラマルスや各種器官の維持、稼働には、オーラ・セイバー・リキッドと呼ばれる循環液が必須だった。

 

 

 《ローゼナ》は速度を落とし、戦場の中心へ戻っていった。

 戦闘は、そこで終わった。

 

 ロワとクワ・トイネの両軍は、勝利した。

 しかし、その勝利は余裕の笑いではなく、息苦しさと引き換えだった。

 

 砲弾は尽きかけ、艦体の損傷は軽微であっても、乗組員の疲労は限界である。

 巨人騎士は健在でも、整備と補給が追いつかない。

 追撃など、夢だ。

 

 そして海は、戦闘後こそ残酷だった。

 

 

 潮が引くたび、何かが浮かんでくる。

 木片、帆布、盾、矢、死体――そして、時折、生きた人間。

 

「生存者確認! 右舷、漂流者!」

 

「投げ縄! いや、ボートを出せ! 波が強い!」

 

 生き残ったクワ・トイネの船から、縄梯子が降ろされていた。

 敵味方の区別は、救助の瞬間だけは薄れる。

 薄れないのは、武装の警戒だけだ。

 

 引き上げられた男は、最初、何も言わなかった。

 海水を吐き、肩で息をし、目だけが異様に醒めていた。

 

 士官が、その顔を見て一瞬硬直する。

 

「…シャークン? ロウリアの海将?」

 

 ロウリア艦隊を率いていた男。

 その指揮官が、波間に漂う僅かな生存者の中に混じっていた。

 

 敵将の生存は、戦場の運命を変えうる。

 甲板に緊張が走った。

 

 クワ・トイネの兵が槍の穂先を向けた。

 パンカーレ提督は、遠巻きにその光景を見つめ、静かに言った。

 

「拘束せよ。手当てせよ。…殺す理由はない。今は、その余裕もない」

 

 ブルーアイが頷いた。

 敵将を生かすことは、甘さではない。

 敵の情報源であり、取引材料であり、そして何より戦後を決める駒だ。

 

「…生きていたか。海は公平じゃないな」

 カッラ艦長もまた、救助の報告を受けて目を細めた。

 

 

 マイハーク沖の海戦。

 勝利の後に残ったのは、焼けた海と、漂う僅かな生存者。

 

 海戦は終わった。

 だが、この終わりは、次の戦いの始まりでもあることを、誰もが理解していた。

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