中央暦1639年1月24日午前8時
クワ・トイネ公国軍第六飛竜隊
クワ・トイネ公国の竜騎士マールパティマは、ワイバーンと呼ばれる飛竜を操り、港湾都市マイハーク北東の哨戒に当たっていた。
隣国ロウリアとの緊張状態が続いており、海からの奇襲に備えるためである。
「何だ、あれは!?」
北の空遠くに、何かが見えた。
――味方のワイバーン?
彼はそれを、友軍のワイバーンかと思った。
この空域は、他国からは離れすぎているためである。
やがて、砂粒のようだった何かは、どんどん大きくなった。
それは、明らかに味方のワイバーンではなかった。
いや、そもそもワイバーンですらなかった。
その物体は、予想以上に大きかった。
恐らく、長さは50メートル程度。
その後部から、燐の粉のような光を吐きながら、悠々と飛んでいる
有機的な曲線をもった、人工物とも生物とも形容しがたい形状。
丸い胴体部分から長く首を伸ばしたような、亀か甲虫のようなシルエット。
上面には船の甲板のように板が張られ、その上を人間が行き交う様子が見えた。
各部にはバリスタ(大型弩)のようなが据えられ、用途不明の筒状の物が伸びていた。
「……船、なのか?」
噂に聞く文明国の飛空船というものだろうか?
だが、飛空船にしては、帆も翼も見当たらなかった。
彼は、すぐに魔導通信機――魔信で報告した。
「未確認の空を飛ぶ船を発見、進路マイハーク。現在……」
彼は愛騎を羽ばたかせ、反転させた。
風圧に耐え、必死に距離を詰めようとした。
だが、ワイバーンの全速―時速235キロをもってしても、徐々に引き離されていった。
「くっ!なんなんだ、あいつは!!」
―驚愕
「司令部、司令部!!
飛行物体を確認しようとするも、追いつけず。
物体は本土マイハーク方向に進行、繰り返す。マイハーク方向に進行!」
報告を受けた司令部では、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
ワイバーンでも追いつけない謎の物体が、公国の経済の中枢、マイハークに向かっている。
攻撃を受けでもしたら、国の威信に関わる。
相手の速度を考慮すると、すでに本土領空へ進入しているはずである。
魔信から指令が流れた。
「第六飛竜隊、全騎離陸!
未確認物体がマイハークへ接近中、領空へ進入したと思われる。
警告に従わぬ場合、撃墜せよ!」
滑走路を駆け、次々とワイバーンが飛翔した。
その数12騎、全力出撃である。
12騎は、透き通るような空に舞い上がった。
一方、《パウ・レン》も、接近するワイバーンを捉えていた。
「後方にパンツァー・ドラグーン、徐々に離れる!」
伝声管から、見張りの声が響いた。
報告を受けた艦長マエル・クッラは、疑問を浮かべた。
―なぜパンツァーがいる?ここは地上界ではないのか?
パンツァー・ドラグーン。
かつてバイストン・ウェルでの戦の主役だった、鎧を纏った竜獣のことである。
見張りが叫んだ。
「前方にオーラ反応、さらに12!」
「パンツァー12騎、本艦に接近!!」
「艦長!」
「…落ち着け」
マエル艦長はゆっくり息を吐いた。
「我々の任務は、この方面の探索だ。こちらからは撃つな」
「相手の出方を見るのですか?」
「そうだ。戦闘はできる限り避けろ」
―だが、もしここがバイストン・ウェルだとしても、
なぜパンツァーを上げる? オーラマシンを持っていないのか?
疑問を抱きつつも、マエルは命じた。
「下げ舵!高度を落とす。オーラ砲は上空に向けて固定、巨人騎士はそのまま待機!」
「敵意なし、ということですかね」
「相手が判らん以上、先に撃つわけにはいかん。《パウ・レン》は、ロワの顔だ」
その後、《パウ・レン》は、クワ・トイネの竜騎士の誘導に従い、マイハークにほど近い平原に着陸した。
土煙が舞う中、クワ・トイネの兵士たちは、武器を構えながら命令を待っていた。
やがて、船体下面のハッチが開いた。
船から現れたのは人間は、剣を佩き、どこか生物的な質感を持った革鎧を纏っていた。
マエルは、一歩前に出て声を張り上げた。
「我々は、ロワの騎団である!
貴国に敵意はない、情報を得たい!」
―クワ・トイネ公国 政治部会
クワ・トイネの代表は、領土的野心を露わにする隣国への対応を議論していた。
そこに突然、外交部の若手幹部が、息を切らして飛び込んだ。
通常は考えられないことである。
「何事か!」
外務卿が声を張り上げた。
「緊急報告があります!」
若手幹部は、次のように報告した。
本日、クワ・トイネ公国の北側海上に、長さ50mの空飛ぶ船が現れた。
飛竜隊が臨検を行ったところ、特に抵抗もなく地上に降下した。
臨検の結果、下記が判明した。
・船はロワという国の所属である。
・突如、未知の世界に転移したと思われるため、付近の探索を行っていた。
・探索の過程で領空を侵犯したことを認める。
・クワ・トイネ公国とロワの国で会談を行いたい。
突拍子もない話である。
政治部会の誰もが、到底信じられる話ではなかった。
国ごと転移したという話は、伝説に語られるようなものであり、現実にはありえないと思われた。
だが、未知の技術で造られた船が現れたこともまた、事実である。
政治部会では、議論の末、ロワの国との会談を決定した。