文明の発達した三大文明圏から遠く離れた海――大東洋。その海域に、ロデニウス大陸があった。
大きさはオーストラリアの半分ほど。そこに存在する国家は、三つだけである。
肥沃で広大な穀倉地帯を抱えるクワ・トイネ公国。
砂漠が多く耕作に向かないクイラ王国。
そして、人間以外の種族を迫害し、覇権を唱えるロウリア王国。
クワ・トイネとクイラの両国では、住民のおよそ三分の一を、エルフやドワーフ、獣人などの非人間種が占めていた。
ゆえに、亜人の殲滅を国是とするロウリアと、友好を保つことは不可能だった。
クワ・トイネ公国とクイラ王国は、互いに助け合い、補い合いながら、ロウリア王国の脅威に対抗してきた。
中央暦1639年3月22日午前――
ロワの国と国交を結んで二ヶ月。
クワ・トイネ公国にとって、それは建国以来もっとも変化の多い二ヶ月だった。
ロワとの国交は、クワ・トイネ公国のみならず、同盟関係にあるクイラ王国にも大きな変革をもたらしている。
クワ・トイネで産する、良質で安価な穀物や野菜、食肉。
その代価としてロワの国が提供したのは、物資ではなく技術だった。
生産性向上のための指導に加え、鉄道馬車による交通網の整備、城塞や港湾の改良――国の骨格そのものに手が入れられていった。
手作業中心だった両国の製造業も、動力水車の利用拡大によって一変した。
撚糸や紡績、木材加工、金属加工、さらには火薬製造に至るまで、生産性は目に見えて改善した。
さらに、水車・風車による発電を用いた電灯が夜を照らし始めた。
現在はまだ限られた場所に留まっていたが、大規模に普及すれば、国の姿そのものが変わる――そう予感させる光だった。
クイラ王国にも大きな変化が訪れていた。
もともと作物の育たない不毛の地と見なされていたが、調査の結果、地下に豊富な資源を抱える“宝庫”であることが判明した。
クイラ王国はその資源を活かし、ロワと、発展著しいクワ・トイネ公国への大規模な輸出を開始していた。
武器の面でも変化は大きかった。
軍用の無線や、余剰在庫として提供された堅牢な軽鎧、単発式ライフル、竜獣用の装備が輸入された。
加えて数は少ないが、牽引式の大砲――榴弾を用いるオーラ・キャノンと、連続射撃が可能なオーラ・ショット砲も導入されている。
そして、それらの運用と整備を指導するため、ロワから騎士たちが派遣されていた。
ロワの国にも、ひとつの変化が訪れていた。――魔法である。
もともとバイストン・ウェルの人々は、錬金術や、霊力を持つ巫女が執り行う予言術、そしてオーラの力を武器や己の肉体に纏わせて戦う術を知っていた。
だが新しい世界の“魔法技術”に触れ、ロワの人々は未知の技術――魔法に魅せられたのだった。
魔法大国ではないクワ・トイネであっても、初歩的な指導なら可能だった。そのため一部のロワの人間は、基礎的な魔法を比較的容易に身につけていった。
とりわけ、傷の治療を行う治癒術や、物体に魔力を付与する付与術は習得が早かったと言われている。
一方で、炎や電撃によって攻撃する攻撃魔法だけは、なぜか誰も習得できなかった。
原因は不明ながら、オーラ力と魔力が混ざり合ってしまい、結果として“純粋な魔法”にならないためだ――そう囁かれている。
さらに、魔法の行使が安定して行えたのは、貴族や騎士、学者などに多かった。彼らはその地位や責任から来る重圧、あるいは物事への執着ゆえにオーラ力が強い傾向があり、それが影響しているのではないか、とも考えられていた。
クワ・トイネ公国首相カナタは、執務室で秘書と他愛のない言葉を交わしていた。
「すごいものだな、ロワの国は。いくつかの技術は三大文明圏に匹敵するだろう。我が国の生活水準も、いずれは――文明圏に届くかもしれない」
クワ・トイネ公国首相カナタは、傍らの秘書に語りかけた。国交開始以来、彼の昂ぶりはまだ冷めていない。
「辺境の我が国が、大国に並ぶ技術を手に入れるなど……以前なら夢物語でした。いつか文明圏と呼ばれる日が来るのかもしれません」
「まるで少年の頃の気分だよ。私が首相の時に、国が劇的に変わっていく……これ以上の喜びはないな」
二人は、この国の行く末を思い描き、期待に胸を躍らせた。
だが、秘書がふと表情を引き締める。
「しかし、ロワが穏健で助かりました。……彼らが覇を唱える国であったならと思うと、ぞっとします」
「同感だ。巨人騎士や飛空艦は譲ってもらえなかったが、それでも武器まで輸出してくれる。ありがたい話だ。これで、少しはロウリアに対抗できる」
地平線へ沈む夕日が、穀倉地帯の広がる平野を赤く照らしていた。
その光の彼方にあるのは、ロウリア王国――クワ・トイネとクイラを併呑し、ロデニウス大陸の統一を狙う国。
「……やはり、ロウリアとの衝突は避け難いか」
「ロウリアの兵力は、我が国を凌駕しています。密偵の報告では軍船の建造が急増し、国境への兵の移動も始まっているとか。これが限定戦で済むのか、総力戦になるのか……いずれにせよ、穏便に収まるとは考えにくいでしょう」
カナタは夕日を見つめたまま、静かに嘆息した。