ロワの国の巨人騎士 ~日本国召喚異聞~   作:ありさかいずも

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オーラ砲

 ロデニウス大陸の北方を、飛行するものがあった。

 淡い灰緑の船である。

 

 舳先は不自然なほどに長い。細い首のように伸びた船首甲板の上を、手すり付きの回廊が一本の筋となって走っていた。

 その付け根にはブリッジが段を成し、装甲板は滑らかな曲面ではなく、甲殻めいた継ぎ目で幾つにも割られている。

 

 船腹の下には幅広い着陸脚が並び、いつでも大地を掴めるように外へ張り出していた。

 この世界にあっては異形――だが、その華奢なシルエットは美しくもあった。

 

 ロワの国のオーラシップ《ローゼナ》である。

 

 船内では乗組員が慌ただしく走り回り、船は低い唸りを立てながら風を切り裂いていた。

 任務は、クワ・トイネ公国の支援。

 ロワの国は保有するオーラシップの全てを支援に回したが、物資の積み込みや人員の集結に手間取り、出発準備は思うほどには整わなかった。

 

 そのため、船足の速い《ローゼナ》一隻が先行していた。

 

 ロウリア王国が四千隻以上の大艦隊を出航させた、そんな情報が届いたのは、つい先刻のことだった。

 もしそれが真実なら、最初に噛みつかれるのは沿岸部、十中八九、経済の中心マイハークだろう。事態は一刻を争う。

 

 狭い艦橋で、装飾の施された革鎧の女性騎士が地図を睨んでいた。

《ローゼナ》艦長ティリ・ニ・カッラ。

 若くして艦を任されるほどの才がある一方、その几帳面さゆえに、遅れと不確定が重くのしかかっていた。

 

「操舵手、もっと速度を上げられんか?」

 

 操舵手は計器から目を離さぬまま答える。

「現在、最大戦速、二百リル(時速六百キロ)です。これ以上はコンバーターに負担が掛かります」

 

「……間に合えばよいが」

 

カッラはキャノピー越しに見える水平線を睨んだ。

雲の縁が、薄く裂けていく。あの先に、助けを待つ国がある。

そして、四千隻の影が――もし誇張でないなら、既に同じ空の下を動いているはずだった。

 

 

 

中央暦1639年4月25日

マイハーク

 

マイハーク港には、クワ・トイネ公国海軍第二艦隊をはじめとする軍船が集結し、来るべき決戦に備えていた。

集まった軍船はおよそ五十隻。

各船は帆を畳んで港内に停泊し、水夫たちは敵船へ切り込むための梯子を点検する。火矢、油、投げ鉤――積み込まれていくのは、戦の道具ばかりだった。

 

 矢を防ぐ木盾が等間隔に並べられ、船縁には大型弩弓――バリスタが備えられている。

 

提督パンカーレは、港を眺めて小さく呟いた。

 

「壮観な風景だな」

 

だが、その言葉はすぐに陰る。

 

「……敵は四千を超える大艦隊だ。我々は何人、生き残れるだろうな」

 

側近に本音をこぼす。圧倒的な物量を前に、どうにもならない感情が胸の奥からせり上がっていた。

港の空気は、喧噪の中に沈黙を抱えている。誰もが口にしないだけで、皆、同じ数字を数えていた。

 

そこへ若き士官、ブルーアイが駆け寄り、報告した。

 

「提督、海軍本部から魔信が届いています」

 

「読め」

 

「はっ。――本日夕刻、ロワの国の艦隊三隻が援軍としてマイハークに到着する。彼らの合流をもって出撃せよ……以上です」

 

提督パンカーレは目を剥いた。

 

「何!? たった三隻だと!? 三百隻か三十隻の間違いではないのか!」

 

「間違いではありません」

 

「……やる気があるのか、ロワは」

 

沈黙。波の音と、索具が軋む音だけが耳に残る。

やがてパンカーレは、苦虫を噛み潰したような表情で決断した。

 

「……出撃用意」

 

「提督、援軍を待たなくても良いのですか?」

 

パンカーレは一瞬だけ目を伏せ、それから港を見渡した。

五十隻。ここにいる者たちは、皆、逃げられないことを知っている。

 

「三隻では、待つ意味がない……」

 

提督は唇を噛み、そう呟いた。

 

 

ロウリア王国 東方討伐艦隊

海将シャークン

 

「いい景色だ。美しい」

 

大海原を帆船が埋め尽くして進む。数は四千四百隻。兵士を満載し、クワトイネ公国の経済都市マイハークへ向かっていた。

 

見渡す限り船ばかり――海が見えない、と表現した方が正しい。

 

六年の準備。

パーパルディア皇国の軍事援助。

ロデニウス大陸に、この艦隊を防ぐ手立てはない。

 

(……いや、パーパルディア皇国でさえ制圧できるのでは)

 

野心が燃えかける。だがそれを理性が打ち消した。

 

(パーパルディアには、大砲という“船ごと破壊する兵器”があるらしい。列強に挑むのは危険か)

 

「……ん?」

 

 海将シャークンは水平線上に現れた影に気付いた。

 

 

 クワ・トイネ公国海軍第二艦隊五十隻は、ロウリア海軍の東進を阻むため、マイハーク西方およそ五十キロの海域を航行していた。

 船は二本マストに三角帆を備えた帆船、初期のジーベック船である。

逆風に強い三角帆とはいえ、風待ちになれば機動は鈍る。

そのため舷側に長い櫂を備え、帆と櫂を切り替え、あるいは併用することで、沿岸の浅瀬でも小回りが利く。

 短距離ならば風向きに縛られず速度を稼げる。

 それがジーベックである。

 船縁には火矢を防ぐ木盾が等間隔に並べられ、敵船体を裂くための大型弩弓(バリスタ)が三基ずつ据え付けられている。

 火矢を放つための油壺も、すぐ取り出せるよう甲板上に配置されていた。

 

 また、艦首には金属製の筒が据えられていた。

 口径七十五ミリほどのオーラ砲。

 性能は日清戦争のころの野砲に近く、射程は四~五キロ。

 照準さえ合えば、木造船など一撃で轟沈させる。

 ロワの国から購入した、クワ・トイネ水軍の切り札である。

 

【挿絵表示】

 

 

 パンカーレ提督は、西の水平線を睨み続けていた。

 

「提督……針路はこれで宜しかったのですか?」

 

 傍らにいたブルーアイの声は乾いていた。

 海風に晒された唇が渇く。

 

「マイハークへは、この航路が一番近い……必ず来る」

 

「……勝てますか」

 

 問いは、恐れというより確認だった。現実を口に出せば、心が折れる。それを防ぐための言葉。

 

 パンカーレは短く笑った。

 

「ふむ。大船団相手とはいえ、ただではやられん。――それに」

 

 彼は船首の砲へ視線を投げた。

 

「あれがある、オーラ砲だ。敵に当たれば砲弾が爆ぜる。我々にはこれほどの武器が備わっている」

 

 部下たちはオーラ砲を見上げ、頷いた。

 

(とはいえ、オーラ砲の数は限られている。……勝てるか?)

 

 

 そのときだった。

 

「船影確認! 船影多数、大船団です!」

 

 マスト上の見張りが、裂けるような声で叫んだ。

 

 水平線に、黒い点が並ぶ。望遠鏡を通すと、それは船だった。

 水平線を埋め尽くさんばかりの大船団。

 その半数はクワ・トイネのジーベックより一回り大きく、武骨な印象であった。

 逆風を切り上がるクワ・トイネ船隊に対して、敵は順風。

 横帆は風を孕み、滑るように迫る。

 ただ、大小入り混じったロウリア船団の隊列は、お世辞にも整っているとは言えなかったが。

 

「総員、戦闘用意!」

 

 甲板上が一斉に動き出す。盾が立て直され、バリスタに弦が張られ、油壺が配置される。

 

「最大船速! 櫂を出せ、漕げ!」

 

 ジーベックの舷側から櫂が突き出る。

 船は帆を保ったまま櫂走に移り、旗艦《タメリク》を中心に横隊を組んだ。中小の船はその背後に続き、二列目、三列目へと滑り込む。

 

 複縦陣――そう呼べば聞こえはいい。

 だが実態は、見栄えのための陣形ではなかった。必要に迫られての形である。

 オーラ砲を備えているのは、先頭に立つ大型船だけだった。

 

 それ以後の船は、盾と弩弓、火矢と油で戦うしかない。

 先頭が撃ち続け、後続が接舷して叩く。それがクワ・トイネの作戦だった。

 

「オーラ砲は撃ち続けよ! 後続は接舷距離まで詰めろ!」

 

 パンカーレは、船首に据えられたオーラ砲へ視線を投げた。

 砲身は海風を受けて鈍く光り、装填手たちが汗まみれで動き回っている。

 

(頼むぞ――演習で見せた威力を、ここでも示してくれ)

 

 彼は、砲の向く先を睨み続けた。

 




原作での1リル=約4キロ(1リーグ)です。
本作では1リル=約3キロとしています。

なお《オーラ砲》は普通の大砲です。山砲程度のものと考えてください。
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