奈須きのこに送るオレの考えた最強のFGO   作:草片のこぎり

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カルデアの話②

 どう逃れたものかという思考を遮る様に、ピピピとタイマーの音が鳴った。

 

「あ、五分経ちましたね、先生。机にお座りください」

「おおっと! 吾輩ちょっと内容をブラッシュアップしたくなってきましたぞ! 具体的に言えばマスターにネタ出しの付き合いをして貰いたい!」

 

 ポモドーロ法に従い、クロエは休憩が終わったシェイクスピアを机に戻そうとした。

 しかし、シェイクスピアはそれを黙って受け入れなかった。

 ここが形勢を立て直すための勝負どころだと思ったのだろう。咄嗟にオレという存在を用いて、ネタ出しの相談相手という役割を割り振り、時間を稼ぐ為の盾にし始めた。

 

「ええ? またネタ出しですか? この前も言ってましたよね? 出ない名作より出る駄作じゃありませんか?」

 

 どうやらあの苦役から逃れたい一心で、度々こういう交渉自体はしていたらしい。

 ネタ出しは確かに必要である。創作の方針をライブ感で楽しむ作家はいるが、大多数の作家にとっては、暗礁に乗り上げてしまわないための灯台である。

 

 但し、それは時として終わりのない永遠をもたらすこともある。ネタ出しとは、設定をいたずらにこねくり回して、結果進捗ダメです! になる可能性を孕む諸刃の剣だ。伝家の宝刀並みの力を持ちながら、幾回使えば作品を殺してしまう禁断の力だ。

 

 故に、出ない名作より出る駄作、というクロエの考え方はある意味で正しい。

 

「お待ちください」

 

 だが、きっとオレの知るシェイクスピアはそれを許さないだろう。

 

 シェイクスピアは、クロエの言葉を聞いて一歩前に出た。

 前に出たシェイクスピアの体が、真上の蛍光灯に照らされて光った。この蛍光灯だけ変えたばかりなのだろう、別の蛍光灯に比べて一際強く光を放っていて、彼はスポットライトを浴びたみたいだった。

 

 スポットライトを浴びた彼は、普段見せないほど真剣な面持ちをしていて、舞台が始まる前のような緊張感が走った。

 

 クロエとオレは、シェイクスピアに視線を釘付けにされた。

 

「生まれ落ちないよりも、何かしら傷を抱えながらでも生まれ落ちる方に価値はある。その思想を認めましょう。この世に誕生できず死産となった作品は、生誕したそれとは比較にならないほど、余りにも多い」

 

「ですが吾輩は、そのような中にあっても編集者殿の意見を認めようとは思いません。吾輩が安直に虚無虚空な物語を出すくらいなら、ペンを持つ手など無くした方がマシです。口で語らせようとするのであれば、この舌を切り落として何も紡げぬようにしましょう。

 手も口も、我が全身全霊の何もかも、醜悪腐臭を垂れ流すしか能がないのであれば、我が身には不要」

 

「物語とは一つの空想。誰しもが空想を漠然とした夢として抱きますが、吾輩たち創作家はそんな夢を、文字や演劇などの数多の媒体で結晶の如く形作るもの。人々はその結晶を見て、自己が抱いた夢の形を強化するのです。そして、内側から沸き立たされた夢を見て、人々は熱狂するのです。

 そしてその熱は、時として人が生きる心の支えとなる。

 その熱狂をもたらす為には、吾輩たちは安易に妥協してはならぬのです」

 

「拘り抜いた執念、貴作にしか宿らない価値というものがこの世にはあります。

 ────その価値をこそ、吾輩は尊びましょう!」

 

 シェイクスピアは、全身で感情を表しながら力強く語りあげた。

 

 演説を聞いたオレとクロエは、圧倒されて声も出せなかった。辺りが静寂を包み込む。

 

 彼は世界が誇る偉大な作家である。中途半端な作品を許さないからこそ、彼が生んだ作品はこれほどまでに万人の胸を打つ。

 その作品への執念が痛い程伝わってきた。

 

「クロエ。オレとシェイクスピアに時間を貰える? どこまで力になれるかは分からないけど」

 オレはクロエにシェイクスピアへの協力を切り出した。

 

 これ程の覚悟を聞かされて協力できない、なんてことは言えなかった。心を動かされぬ人などいないだろう。例にもれず、オレも彼を手伝いたくなってしまった。

 

「先生……」

 クロエも同じ感想を抱いているのだろう。心をかなり揺さぶられているようだった。

 

「私、間違っていました。名作への努力は必要なもの。例えそれに時間が掛かってしまったとしても、それは欠いてはいけないものなんですね。取り合えず出せばいい、としか思ってなかったなんて、編集者として恥ずかしいです!」

 クロエは言葉にならない悔しさを耐えるように、強く瞼を伏せていた。

 

「分かっていただけましたか。なに、恥じる必要はありません。取り合えず執筆を、という思想は編集者がよく陥る質の悪い病ですからな」

 対するシェイクスピアはというと、そんなクロエをフォローした。

 駆け出しの編集者を熟練の作家が諭すみたいに。この時のシェイクスピアは重鎮作家として名を恥じない貫禄があった。

 この場の雰囲気全ては、彼を中心にして回っていた。まるで主人公みたいだ。拍手喝采さえしたい。

 

 説得できたことにご満悦といったところか、クロエをひとしきり慰めた後、シェイクスピアは気が緩んだように満面の笑みを浮かべていた。

 

 ────その表情に、どこか違和感を感じた。

 

 一見して、作家の創作論を聞いて感動したオレ達、という状況である。

 笑顔なのはいいことだ。だが、どこか胡散臭い。何か騙されている気がしてならない。

 

 心の奥底に生まれた違和感を解消したくて、オレは口元に手を当てながら一考した。

 

 それで、全てのピースを組み立てた後、やってしまったことに気づいた。

 

 ──これ、単なる演劇(・・)だ。

 

 一見すると単なる信条の吐露だった。崇高な理念の共有であった。しかし、それで全てを納得するには、この心はあまりにも心が奮わせられ過ぎている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 想えば一歩前に出たのも妙だった。スポットライトみたいに照らされている光は、彼をこの場の主人公に仕立て上げ、オレ達の視線をくぎ付けにしていた。そして光の中で力強く全身を使って語るその様は、言葉の重みを何倍にも跳ね上げさせていた。

 

 戯曲、引いては演劇は、彼の十八番である。オレ達など赤子の手をひねるように簡単に騙せてしまうのは当然だ。

 

 人を強制的に劇場に引きずり込む彼の宝具、『開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を(ファースト・フォリオ)』は、今回は使用されていないようだ。

 こんな私的な理由でカルデアの魔力を使用したら凄まじく怒られるだろうので、流石に自重したのだろうが。

 

 しかしそれがなくとも、ただ彼は才能だけで斯様にもこちらの感情をねじ変えることができるのだと痛感した。一流の作家というのを甘く見ていた。その能力の高さに舌を巻く。

 オレが気付けたのは、彼の笑顔に違和感を感じたからだが、それが無ければ今も心酔させられていただろう。きっと、説得され切っただろうクロエを見て、シェイクスピアは気の緩みが出てしまったのだろう。

 

 彼は一流の劇作家だったが、一流の演者ではなかった、ということだ。

 

 ただ、一番術中に嵌めたかっただろうクロエ(本命)は、目を瞑っていたからか、未だに彼の劇中(手の中)に気付いていない様子である。

 

「ささ、吾輩はマスターと話し合うことにしますからな。年若き編集者殿は一度休まれてください。寝る子は育つと言います」

 シェイクスピアは、さり気なくクロエを退出させようとする。退出させた後にはこれ幸いに脱走する気であろう。

 

 このままだとシェイクスピアの思う通りに物事が進みそうだ。

 

 クロエにシェイクスピアの権謀を伝えようかと思ったが、先程シェイクスピアが語った信条は、きっと全てが全て嘘ではないのだろうとも思う。寧ろ、日常的な彼の拘りを鑑みるに、ほぼ全て本当の言葉ではないだろうか。

 なのに彼に若干悪印象を持ってしまうのは、罠に嵌められたみたいでただ釈然としないのが理由だった。加えて、確証はないが、これ以外にも何か隠し事がある、と直感があったのもある。

 彼の持論による好印象と、何か嘘を吐いているという悪印象の釣り合いが取れてしまったせいで、執筆するかどうかは、どちらが正しいとも分からなくなってしまった。

 

 故にこれはフェアな戦いであるとして、オレはフラットに事の成り行きを見守ることにした。

 

「どうされましたか、編集者殿。お帰りはあちらですぞ」

 

 シェイクスピアはなかなか退出しないクロエを急かすと、クロエは、ゆらゆらと扉の方に進み始めた。

 この場の全員がシェイクスピアの勝利を確信した、その瞬間である。

 

「だめよ!」

 このまま退出するかと思われていたクロエは、突然大きい声を出して立ち止まると、シェイクスピアの方に向きなおした。

 

「先生が働いているのに、私だけが休むなんてありえない! 先生! 不肖な身ではありますが、もっともっともっと私を協力をさせてください!」

 クロエの目線はシェイクスピアにまっすぐ向かっている。

 誘導されている、とは露にも思っていないだろうその眼は、なんとピュアなことだろうか。

 シェイクスピアがこの弁舌口八丁を持ちながら、今までで彼女から解放されきれなかったのは、クロエのこの純真で生真面目なところが原因なのだろうことが分かった。

 

「くぅ……! しつこい!」

 事が上手くいかなかったからだろう。シェイクスピアは小声で本音を漏らしている。

 

「ごめんなさい。先生、今のお言葉が聞き取れなかったので、もう一度お願いします! どんなネタも見逃さないよう、これからは全ての発言にメモを取らせていただきますので」

 シェイクスピアの本音が聞こえていなかったクロエは、どこからかメモ帳を取り出してメモを取ろうとした。

 彼の全ての発言にメモを取り始めたら、犯人の事情聴取にしかならないんじゃないだろうか。

 

 クロエとシェイクスピアはあれこれわーきゃー騒いでいた。クロエの圧に負けて若干シェイクスピアの方が劣勢のように見える。

 

「……編集者殿。その意気込みは分かりました。分かりましたが、ネタ出しには不要です! どうしてもというのであれば、別の仕事を渡しましょう」

 やがて、このままでは埒が明かぬと観念したのだろう。あれこれ攻防を続けたあと、シェイクスピアはクロエに別の業務を割り振ることにしたらしい。

 

「別の仕事?」

「はい。編集者殿に頼みたい仕事は補給です。具体的に言えば兵站ですな。兵站とは生存の要であり戦場に置いて欠いてはいけないもの。これ無くして人は生きられませんからな」

「承知しました! でも何を用意したらいいんですか……? 大体の物はあそこに用意してありますよ?」

 

 クロエは壁際を指さした。今まで全く気付かなかったが、部屋の中に冷蔵庫が設置されていることに気付いた。それもホテルにありがちな小さい奴ではなく、自販機みたいに大きい奴だ。そして横にはケトルや電子レンジ、持ち運びコンロなどが置いてある。……どこから持ってきたんだ。これ。

 

 中には何が入っているのだろう。失礼して冷蔵庫を開けてみた。

 かぱっと扉を引いて中を見て驚いた。冷蔵庫の中には多種多様な商品が山のように入っているではないか。それも取り合えず用意した安物ではなくて、パッと見ただけで上等で高級な商品を取り揃えている。

 

「ほら、飲み物がすぐ飲めるようにお茶やジュースを置いていますし、本格志向がお好みなら茶葉も用意してありますよ? こっちは淹れるまでに少々お時間はいただきますけど、味は保証します」

 

「…………」

 シェイクスピアは笑顔のまま黙りこくっている。

 

「お食事も用意していますよ? いつも美味しそうに召し上がられてるじゃないですか。今日の分は食欲がないと言われたので、取り合えず中にいれてありますが……横に電子レンジも置いてありますから、すぐに食べられます。

 ……フードロスしてまで新しい食事、とはいいませんよね? それは流石に作って貰った人に申し訳が立たないわ。一流の料理だし……」

 

 至れり尽くせりである。ここへ来た時に無理やり水を飲まされているのを目撃していたが、お茶やジュースなどもあったらしい。それに飲まされていた水も、よく見れば高級な天然水であった。

 過酷な労働条件に見えたが、待遇はそれなりに、いや、かなり良さそうだ。

 シェイクスピアは兵站が重要と言っていたが、どう見ても兵站は十分に取り揃えられている。

 

 ──はて、これ以上何を望むというのだろうか。

 

 「…………ははは! ここの飲み物や食事のどれも一流の品であることは吾輩の目から見ても明らかです。ですが、ですが! 足りないものもあります。

 具体的に言えば、ここには一流の材料がありますが、超一流のものはありません(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 はい? 何を言っているのですかこのおやじは。

 

「吾輩は超一流の作品を生み出すもの。身の回りのものも超一流のもので固めなくてはなりません。

 故に編集者殿! 貴殿にはここにある一流を越えた超一流! エリクサーやアムリタもかくやな、エナジーマシマシ飲むだけで数日間働き続けられるような、そんな超一流の商品が必要です! さすれば、吾輩は身を削って、命を掛けて働きましょうぞ! 稀代の名作はすぐそこです」

 

 何を調子に乗ってるんだ。シェイクスピア。いくらお前が超一流の作家だからって、何要求しても言い訳じゃないんだぞ。貴様はかぐや姫か? 蓬莱の玉の枝とか火鼠の羽衣とか頼むつもりか?

 

「ちょっと、シェイクスピア!」

 いくら何でもクロエが可哀想なので口を挟む。

「分っかりましたー! 身を削るのは良くないことだけど、でもその心意気に感服! 今まで見たことのない作品の為なら、どんな苦難だって乗り越えてみせる! マスター! 私がいない間のサポートお願いね!」

 しかし、一方のクロエは、オレの言葉も聞かずに勢いよく扉から出ていった。

 

 クロエ、こんな作家(駄目男)の世話するのはやめた方がいい。

 

 扉がぱたりと閉まるのを確認すると、シェイクスピアはこちらを向きながら、先程の堂々とした様が嘘のように、片膝を付けてオレに冀うように両手を上に向けた。

 

「マスター! 助けてください!」

 

 蛍光灯の元でこちらに手を向けるシェイクスピアは、相変わらずスポットライトを浴びている。

 しかし、今の彼は主人公ではない。

 

 どう見ても悪役であった。




執筆周りの話はあまり長くならない想定だったのですが、まだまだ続きそうです。
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