輝きたる君、その世界で何を思う?   作:シュトレンベルク

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閑話ーsidestoryー

ーエリス sidestoryー

 

 悔しい。

 少女の脳裏を支配する言葉はその一言のみ。それ以外の一切は気が付かず、ただ体力が続く限り全力でモンスターを殺して回っていた。そんな少女の姿を見たものが恐怖を覚えるほどに、彼女の戦いぶりには鬼気迫るものがあった。

 

 脳裏に過ぎるのは自分を置いて戦乱のただなかに向かっていく英雄(憧憬)の姿。なんとか頑張って追いかけてギルド職員(エイナさん)に止められて、それを何とか振り切って、そこで見たのは――――英雄と共に並び立つ戦乙女たちの姿。

 

 その戦いを見て、自分では追いつけないことを理解して納得して――――そんな自分に腹が立った。なんで納得している?納得して、どうしてそこで足を止められる?

 

 憧れたのだ、あの英雄に。

 

 惹かれたのだ、あの力強さに。

 

 惚れたのだ、あの優しさに。

 

 求めて欲して、彼の教えを受けて強くなれていることを実感して嬉しかったのだ。このまま彼の教えを受けていれば自分たちは、自分は強くなることが出来るのだと思っていた。いや、その事自体に間違いはないだろう。だが、ソレでは足りない(・・・・・・・・)のだ。

 

 もっと、もっともっと貪欲に。

 

 どこまでも、果てしなく遠い英雄の背を見据えて走り続けなければ。息が切れても、足が棒のように感じても、鼻から血の匂いしか嗅げなくても、目が霞しか見えなくなっても、身体を動かし続けなければ追いつけない。いや、それだけしても追いつけないほどの高みに英雄(憧憬)はいる。

 

「ああ、そうなんだ……ベルもそうだったんだ……」

 

 あの夜、駆け出した双子の兄がどんな風に思っていたのかをようやく理解した。もし、彼が今の自分と同じように感じたのなら。これは駆け出さずにはいられない。無力なままの自分など受け入れられるはずがない。

 

 だったら走らなければ。無理とか無茶とか無謀とか、そんなものは知ったことじゃない。挑み続けなければ、と彼女は思った。しかし、現実は非情だった。

 

「くっ……もう、魔力が……」

 

 眩暈すら覚える自分の体を叱咤するように、自分の膝を力強く叩く。何とか震えを抑え込み、その日は何とか拠点に戻った。誰もいない拠点でポーションを飲み、疲労を癒すように眠りについた。食事のために起こされた時も寝ぼけ眼で食事をとり、またそのまま眠りについた。

 

 翌朝、目を覚ますとまだベルとヘスティアは眠っていた。二人が何かの騒動に巻き込まれたという話を半分眠っていた頭で聞いていたので、それは気にしなかった。モルディアは厨房で食事の準備をしており、こちらの事は気にしていなかった。

 エリスは体を起こし、引っ付いているヘスティアの体を起こさないように引っぺがした。そして身支度を整えた時、ふとモルディアが使っている机に目が行った。そこには一冊の本があった。それはモルディアがずっと執筆していた本で、完成したら見せてほしいといった本だった。何の気なく、その本を開いた。

 

 次の瞬間、エリスは真っ暗な空間に立っていた。自分以外には何も見えない空間で周囲を見渡し、ふと気が付くと目の前に見覚えのある女性が立っているのが見えた。

 

「お義母さん……?」

 

『……………………』

 

 黒い喪服のようなドレスを身に纏い、背中まで届くほど長い灰色の髪と普段は閉じられていたがふとした拍子に見えた灰色と翠色の瞳。確かにそれは彼女のよく知る義母の姿だった。強くて傍若無人で、でも優しかった母の姿だった。

 

「いや、違う。お義母さんがこんなところにいる訳ない。だって、お義母さんと伯父さんは故郷で暮らしている筈で、じゃあ目の前のお義母さんは一体……?」

 

『……私はお前の母親ではないよ。この姿はお前の記憶から読み取ったお前の理想。こうなりたい、こうありたいという理想の具現だ』

 

「それは……」

 

 そうかもしれないとエリスは思った。確かに、義母の力は幼かった頃から分からなかったが、冒険者となってからはそれがはるか遠い高みだという事だけは分かるようになった。もしかすれば、義母ならば昨日の英雄の戦いに参戦する事も出来たのではないかと思えるほどに。

 

『それにしても悪趣味な話だ。子供を千尋の谷に突き落とすのがよりにもよって親だとはな。いや、本来のこの姿の持ち主であれば望んだ通りなのかもしれないが』

 

「どういう意味……?」

 

『気にする必要もない。私はただお前に選択肢を提示するだけだからな』

 

「選択肢?」

 

『そうだ。お前は今、運命の岐路に立っている。

1つは力を手に入れ、数多の洗礼と壁にぶつかる道。この道を選べば、お前は『英雄』になるしかなくなる。数多の逆境や苦難に見舞われ、争いの道を進む。その結果、なれなければ無惨にも死ぬ。

もう1つは安寧を手に入れ、英雄と穏やかに過ごす道。英雄の隣にはおれずとも、英雄の帰る場所となることが出来る。英雄の安寧を齎すことが出来る存在となれる。

さぁ、お前はどちらを選ぶ?』

 

 

「力を。どんな逆境も覆す力が私は欲しい」

 

 

 

『……ノータイムで答えを出すか。少しは迷っても良いんだぞ?』

 

 そうは言いつつも、義母の姿をした誰かは答えを分かっていたかのような顔をしていた。いや、エリスの記憶を読んだと言ったのだから、理解はしていたのだろう。それでも選択肢を提示したのは、目の前にいる彼女の優しさなのだろうとエリスは思った。同時に、それでも答えは変えないとエリスは言い切る。

 

「私はあの人の帰る場所になりたいんじゃない。あの人の背中をただ無力なまま見守っている、なんてもうごめんなんだ。私はあの人の隣に立ちたい。あの人を支えられる存在になりたい。あの人に優しくあやしてもらうだけの子供ではいたくない。あの人の隣に立つことが『英雄』になることなら、私は躊躇わない。

――――私は『英雄』になる」

 

 力強い(エリス)の宣言に眩しいものを見たかのように目を細める義母(アルフィア)。しかし、それもほんの僅かの間であり、義母は娘に近寄る。そして静かに娘を抱きしめる。義母の形をした何かは暖かく、少女は記憶にあるあの暖かさを思い出した。

 

『これからお前の先には多くの苦難が立ちはだかる』

 

「うん」

 

 空間に亀裂が奔る。

 

『多くの洗礼を受け、お前は苦しむだろう』

 

「うん」

 

 空間に亀裂が奔る。

 

『多くの壁にぶち当たり、いずれ後悔する時も来るだろう』

 

「それはないかな。私は後悔はしない」

 

 空間に亀裂が奔る。

 

『お前は、世界を救う戦いにその身を投じることとなる。かつて、神時代の結晶と呼ばれた私たちが勝てなかった黒竜との戦いに挑むことになる』

 

「だとしても、私はあの人やベルたちと一緒に勝利を掴むよ」

 

 空間に亀裂が奔る。

 

『……覚悟は変わらんのだな?』

 

「ありがとう、お義母さんに似た誰か。それでも私はいくよ」

 

『ならば、私は授けよう。お前が歩む苦難を超える術を、そのための力を』

 

 次の瞬間、義母は光に変わりエリスの体を包み込む。それと同時に限界を迎えた空間が粉々に砕け散る。そしてエリスが目を開くと、そこには本を開く前と変わらない風景が広がっていた。しかし、あのやり取りが夢や幻でない事は理解することが出来た。

 何故なら、熱を――――母から受け取った確かな愛情を感じるから。自分のことを案じてくれた義母の優しさを感じることが出来たから。アレはきっと嘘でも何でもないのだと思う。この熱を感じたまま駆け出したいとすら思った、そんな瞬間だった。モルディアが食卓に皿を置いていた。

 

「その様子から見るに、ダンジョンに行くんだろう?だったら食事くらいして行け。ついでに杖の整備をしてやるから少し貸しなさい」

 

「あ、はい」

 

 エリスはモルディアに杖を渡し、食卓に着いて食事を始める。モルディアは杖を持って机に向かい、何かしらの作業を行っていく。何をしているのかは分からなかったが、理解できない高度なことをしているのは分かった。モルディアの知識や知恵がこの世界の常識が通じない上に、群を抜いている物なのは明白だからだ。

 そうでもなければ、魔法の改造だの世界の常識を一変させるほどの魔道具の開発だのが出来る筈がないからだ。もし出来るのであれば、もっと昔から有名になっていなければおかしい。だが、モルディアの名が広がり始めたのはここ一年の話で、それまでは影も形もなかった。

 

「どんなふうに生きてきたんだろ……」

 

「そんなに俺の素性が気になるのか?」

 

「ふうぇあっ!?」

 

「おっと、これは失敬」

 

 少し目を離した隙にモルディアはエリスの背後に回っており、それにビックリしたエリスが思わずスプーンを思わず空中に投げてしまう。モルディアはそのスプーンを掴み取り、エリスの器に戻す。それと同時にテーブルの上に杖を置き、対面に座る。

 

「杖にベルのバングルと同じ魔法の固定化を行う付与はできたぞ。短剣サイズから槍サイズまで変幻自在だから、冒険に活かしてくれ」

 

「……どうして私が魔力切れ寸前だって分かったんですか?」

 

「ははははっ、昨日のフラフラ具合を見れば大体想像はつくさ。何が理由かは知らないが(・・・・・・・・・・・)、冒険してきたんだろう?それで今日も向かうつもり。だったら、それに見合う協力をするさ」

 

「あのモルディアさん、お願いがあるんですけど」

 

「うん。なに?」

 

「私にモルディアさんの剣を見せてくれませんか?」

 

 モルディアは意外な言葉を聞いたと言わんばかりに少し目を見開くと、次には緩めて良いよと返事をした。エリスが食事を終えて身支度を終えると、鍛錬場所である中庭に向かった。モルディアは黒い刀身の剣を持っていた。光さえ吸い込む闇を凝縮したかのようなその剣にエリスがぼうっと見つめていると、空を薙ぐように剣が振るわれる。その衝撃でエリスが自失状態から戻るとモルディアが舞う。

 優雅な剣舞から力任せな荒々しい動き、逆に関節の動き一つ一つを意識した静謐な動きと様々な剣技を披露するモルディア。その動きの一つ一つを見ることに集中するエリス。モルディアもそれを認識してより実用な剣技を披露していく。この際に恐ろしいのはモルディアが一切動きを途切れさせることなく立て続けに剣を振るっていることであろう。残心という呼吸をするタイミングはあれど、次の瞬間には剣が振るわれている。1つでも多くの剣を見せようというモルディアの意思を汲み取るように、エリスもまた瞬きの回数を出来るだけ減らして見ることに集中する。

 そんな一瞬のような永劫のような時間も終わる時が来た。剣を振り下ろし動きを止めたモルディアが剣を白い鞘にしまう。完全に鞘に仕舞われた際に鳴った音でエリスも動きを取り戻す。それを見ていたモルディアがエリスに近づいた。

 

「……こんな物かな。後は魔法やらを組み合わせた戦い方になるから、エリスの参考にはならんだろう」

 

「……ありがとうございました!」

 

「良いよ。こんな物でも参考になる動きがあったら幸いだ。それじゃあ、頑張れよ」

 

「はい!行ってきます!」

 

「ああ。いってらっしゃい」

 

 エリスは本当に美しいものを見たと思った。モルディアの動きには一切の無駄がなく、それは剣の才能がある者が一生を尽くして積み上げる物だった。そんな物をエリスが見たとて習得できるとは誰も思わないだろう。しかし、それは見せることに支障のある理由ではないとモルディアはその全てを見せた。純粋な意味での剣技の奥義たる動きすら余すことなく伝えた。それは高き星が見せた慈悲の輝きだった。エリスはそんな慈悲に縋るのではなく応えたいと思った。だから、走る。届くかどうかなんて関係なく、ただどこまでも走ってみせると決心を新たにする。

 ダンジョン第10階層(・・・・・)。エリスたちが危機に陥った階層の倍深い場所にエリスは訪れていた。無論、それまでにいたモンスターを撃滅していった上で。朝に本を読んで以降、昨日とは打って変わって体の調子が良くなったように感じていた。昨日はできなかった動きが出来るようになっていて、つい先ほどは分からなかった動きが分かるようになっている。

 

「なんなんだろう、コレ……神様に訊いたら分かるかな?」

 

 道中、モンスターを粉砕する傍らで他の冒険者を助けたりもした。あの背の低い猫耳の少年(・・・・・・・・・)は無事に帰れたんだろうかなどと思ったりしながら、霧の中から次々と襲ってくるモンスターを蹴散らしていく。視認しなければ放てない魔法ではなく、杖から放たれる魔法を固定化した剣で次々と粉砕していく。その動きは先ほどモルディアの剣技に非常に酷似していた。

 モルディアの剣技とは畢竟『殺す』事を主眼に置いた剣だ。勝利するためでもなければ、相手を鎮圧するためでもない。最大効率で相手を屠るために振るわれる剣をエリスは前人未到の速度で習得していく。敵を屠れば屠るほどにその剣技は収斂されていく。その剣はモルディアへと近づいていく。

 

 一度見たのだから、再現することは出来る。

 

 そんな条理を逸した戯言をエリスは実践して見せる。刹那の間にモンスターの死骸たる灰が積みあがっていく。エリスの剣舞によって灰は舞い上がり、さらに新たな灰が積みあがっていく。それを繰り返し繰り返し、繰り返し……終わる頃には【静謐】がその場に広がり、灰の上に佇む女傑の姿がそこにはあった。

 

 見るものが見れば分かるその光景。

 何か練習したわけでもないのに、見ただけで完全模倣とは言えずとも再現してしまう異常。いっそ悍ましさすら覚えてしまうような【才能】という名の暴力。それをエリスは完成させてしまった。

 

 これぞ次代の『才禍』、その降誕の瞬間である。

 

ー異世界 sidestoryー

 様々な光点のみが存在する黒い海。その中を航行する1つの白船があった。その船の名前は外次元航行型天外船アルビオン級スキーズヴラズニル『エハングウェン』という。想定乗員数が1万人超えの超大型船であり、同型艦はこの世に1つしかないという超弩級の規格外艦でもある。モルディアの設計・開発した物の中でも最大規模を誇るソレは世界と世界の狭間たる次元の狭間を航行していた。

 そんな超弩級艦のメインブリッジ、その司令塔たる場所に座っているのは軍服を身に纏う金髪碧眼の女性。その隣にはだぼついた服を着て欠伸をしている銀髪金眼の女性がいた。そんなアンマッチな彼女らに何か物申すものはおらず、どころか緊張感すら漂わせていた。それは彼女らの存在がその場にいる誰よりも高いからだろう。

 

「ねぇ、レイア」

 

「何ですか、アルビオン?」

 

「前にも言ったけれどさ、今からそんなにガチガチになっても仕方ないよ?ドライグだって言ってただろう?マスターのいる座標まで到達するのに大体3ヶ月はかかるって。そこからマスターの探索をしなきゃいけないんだから、もっと時間かかるんだよ?」

 

「分かっています」

 

「本当かな?僕が次元の狭間による影響を境界の壁で割り、ドライグが時間による因果固定を行って尚それだけかかるんだ。そのまんまじゃ、いざという時に体力なくなっちゃうよ?」

 

「分かっています。ですが、もしそうなったとしても神殿騎士団や貴女方がいれば問題はないでしょう?」

 

 そう告げるレイアに対して、アルビオンは渋面を晒す。アルビオンはハッキリ言って今回の航行を必要なものだとは思っていない。神殿とレイアが慌てふためいているから仕方なく、本当に仕方なく協力しているだけで、本来であれば放置していても解決する問題だろうと認識している。

 何故なら彼女にとって、自身のマスターであるモルディアが彼女の前から姿を消すことはありふれた話だからだ。逆もまた然りではあったが、常時姿を見せ続けれなければ家族ではないのか?否、そんなことはない、という思想がモルディアにもアルビオンにも共通してあるからだ。

 

「彼等はともかく、僕らは当てにしないで欲しいな。僕らは君を慮って協力しているけど、この航行には賛同していないんだ。マスターの身の安全なんて心配するだけ無駄だからね」

 

「無駄とは限りませんよ」

 

「無駄だよ。だって、マスターだよ?もしマスターの生命を危険にする存在が現れたとしたら、マスターは被害を無視して奥の手を情け容赦なく使う。あの■■を耐えられる者がいるなら、それこそ宇宙の危機だ。だったら、■■が君の行動をサポートしない筈がない。それがない、ってことはそういうことだろう?」

 

「アルビオン、確かにあなたの言う通りなのでしょう。彼に危険はない。飛ばされた先で身体を癒しているだけなのか、帰りたくないから何もしていないのか…それは分かりません。ですが、どんな時であれ、彼と共にありたいと願うのはおかしな話ですか?」

 

「む……そう言われちゃうとね。そんなことはない、としか言いようがないね。でも、なら尚更焦っても良いことはない、って分かりそうなものだけど」

 

「分かっています。ですが……」

 

「ですが?何かあるの?」

 

「……彼という存在は否応なく他者を魅了する。その力で、その行動で、その魂で。それを否定する気はありませんし、仕方のないことだと諦めてもいます。しかし、それによって何百年(・・・)何千年(・・・)と帰ってこないという行動をされては困るのです」

 

 モルディアの多くを共にしてきたレイアにとって、モルディアの女性遍歴など態々語りたいとは思わない部類の話だ。短命種も長命種も同じように付き合いがあり、その双方と様々な別離を遂げてきた。連絡だけは取っていたが、何百年も共にはいなかったなんて時期もあった。これが同じ世界ならば良い。だが、異世界なんて物に同じような年月を閉じ籠られても困るのだ。そしてそれはアルビオンにも理解の及ぶ話だった。

 

「ああ~……それはちょっと否定しきれない、かな。マスターならやりそう」

 

「信頼の証と言えば、聞こえは良いかもしれません。ですが、私個人としては放っておけるような話ではありません。彼は契約者(コントラクター)なのですから、接続者(コンダクター)である私はこの問題を看過することは出来ないのです」

 

「ああ、そういえば君にはそういう問題があったんだっけ。もう何万年(・・・)も昔に聞いたっきりだから忘れてたよ」

 

「本来は何の意味もない話ですからね。契約完了の期間まで共にあり、その障害の一切を排除するというそれだけの話で……この焦りはおそらく私だけの物ではないのでしょうね」

 

「■■が恐れていると?何故?」

 

「アルビオン。私も貴女も、そして彼女も彼の強さを信じている。何者も彼を殺害足らしめる事は不可能なことで、何者も彼を討伐することなど出来はしないのだと」

 

「そうだね。黒だって、マスターを殺すことは出来ない。それが分かってるから、黒だって住みかに閉じ籠ってるんだろうしね」

 

「しかし、アレは違う。彼がただの人間であることを知っていて、ただの人間がそんなに強くはないことを知っている。何かの拍子に死んでしまっても何らおかしな事ではないと思っている。強さがどうとか精神がどうとか、そういうことではなく何の脈略もなく人は生命を喪う時がある。アレはそれを最も恐れているのです」

 

 アレが何を指すのか、話を理解しているのはアルビオンとレイアの2人だけで、今ブリッジで聞き耳を挟んでいる者たちも耳に入った次の瞬間にこの話を忘れてしまう。それは彼等の責任ではなく、魂負荷が強すぎるために魂がその生命を守るために忘却させるためである。それだけにアルビオンとレイアの魂強度がどれ程の物なのか、察することが出来るだろう。

 

「マスターがそうなると?」

 

「彼だからそう、という話ではないのです。どんな生命であれ、そうなる可能性がある。人は時にソレを運命と呼んだりしますね。人が何人死のうがどうでも良いと思っているアレも、モルディアが死ぬことだけは過度に恐れている。まぁ、当然の話でしょうね」

 

「そうだね。マスターは■■にとって最後の救いだ。まさしく地獄に垂らされた蜘蛛の糸の如くね」

 

「そうです。アレは彼に半面たる怪物になって欲しくはないと思っている。ですが逆にその半面、救世主たる王の顕現を求めている。都合の良い話です」

 

 レイアは自身がアレと呼ぶ存在の行動が小細工としか思えなかった。自身の願いの、救いのためにモルディアに永き生命とレイアを押し付け、その死を赦さない。彼の側面の1つたる怪物のソレを決して容認しない。契約完了の瞬間までモルディアを縛り付けようとしている。モルディアの自由意思1つで自身の願いが破綻することを知りながら、彼の大切なものを奪い契約完了の代価にしておきながら高慢にもモルディアに契約を押しつけたくせに。

 

「それでも、そうせざるを得ない。何故なら他に選択肢なんて物はないから。それが分かっているのなら、それに見合った対応をすれば良いのに、それが出来ない」

 

「だから、協力することにしたの?」

 

「理由はそれだけではありませんでしたけどね。あの激動の時代を生き抜くためには力が必要でした。その為の力を、守り抜くための力を得るためなら悪魔の手でも掴む。そうでもなければ、搾取されるだけの時期だった。そうでしょう?」

 

「そうかもね。その時には既に強者だったマスターも、そんなマスターの被造物である僕もドライグも、時代の不運には縁遠かったけどね」

 

「そうでしょうね。あの時代における絶対の強者たる貴女たちには縁遠い話でしょう。それでも降りしきるような雨のほんの一滴を愛する彼だったから、そんな彼の隣に辿り着きたいと思った。その思想は共感できると思ったから、会いたいとそう思ったんです」

 

 ■■を通じてその意思を見た。人々にとってはなんて事はないちっぽけなモノをこそ愛した。世界のためとか、人類のためとか、そんな大仰なものに興味はなくて。ただ自分の手が届く範囲の人々を守りたかった。そんな想いが高じて彼は世界を救った救世主となって。そうして、彼は多くのモノに影響を与える怪物になった。その姿が誰かの理想となっているとは思わぬままに。

 

「邪魔なものは薙ぎ払い、守るべき者を守った。たったそれだけの事が出来るものはしかしてそう多くはありません。何処かに取り零しが出てくるもので、でも彼はソレを認められず赦さなかった。だからこそ、彼は怪物となることも容認できた。人から排斥される事を恐れず、排斥しようとする人々を排除する事を厭わなかった。その結果、守りたいと願った人々から恐れられることになっても」

 

「そうだね。その有り様は理想そのもので、だからこそ、マスターは理解されなかった。理解していたのは最初の奥さんぐらいのもので、子供たちですらマスターの守りたいと願ったモノを理解できなかった。それでもマスターは最後まで貫き通した。子供たちからすれば、マスターなんて恐怖その物だっただろうけどね」

 

「人身の理想足り得る存在には人の心など分からないと、そう評する者も中にはいましたっけ。今思うと愚かしくて仕方がないですね……彼が理解した上で無視しているとは考えなかったのですから。彼は守る者のために有象無象を必要としなかった、ただそれだけの事ですのに」

 

「まっ、昔の事だからね。僕らは彼等を当てにはしなかったし、マスターも彼等になにかをしてもらおうとは思っていなかった。好き放題言う彼等も僕らにとっては対岸の火事みたいな物だったしね。好きにすれば?としか思わなかったよ」

 

「そう言い切れるのは強者故なのでしょうね。まぁ、今の私なら分かる話ですけれど……」

 

「僕らは結局、自分にとって大切なモノさえ守れればそれで良い。この手をどこまでも伸ばしたいとは考えない。僕らは小さな世界さえ守られればそれで良いんだから」

 

 そう、彼女たちは民たちの守護神などではない。自分たちを構成する小さな世界さえ守られればそれで構わないと思える存在で、だからこそソレを脅かす存在には容赦しない。世界の脅威すら彼女らにとってはとるに足らない存在でしかなく、それ故に彼女らは星の絶対種とすら呼称される強者足りうるのだ。それを理解するからこそ、モルディアの帰りを望む者も多い。彼女らの中核こそモルディアなのだから。

 

 航行は続く。彼女たちが求めるものを取り戻すその瞬間まで。




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