その男、小さき英雄候補に出会う
モルディアがオラリオにきて一年という月日が過ぎた。
それまで様々ないざこざがあったりしたがそれはさておき。モルディアは三十七階層の闘技場の中に立っていた。そこはモンスターたちが殺し合いを繰り返す戦場の極致。であるにも関わらずモルディアはたった一人でその場に立っていた。それ即ち、モルディアがその場にいたモンスターたちを掃討したという証左に他ならない。
事実、地面には大量の魔石が散らばっており、それは先ほどまでモンスターが存在していた証拠だった。モルディアが片手を開き、跳ね上げるように振るうと地面に散らばっていた魔石が引っ張られるようにモルディアの足元に置いてあった袋に入っていく。それら全ての回収を確認すると、モルディアは足元の袋を回収した。
闘技場から出ていった後、闘技場に生まれたモンスターたちは殺し合いを始める前に周囲を見渡していた。それはさながら自分たちよりも高位の存在がその場にいないかを確認しているようだった。
そんなことは露知らぬモルディアは何も気兼ねすることなくダンジョンを進んでいた。暫くすると、冒険者の団体が見えてきた。道化のシンボルを掲げるその団体に何も思うことなく進むモルディアだったが、相手はそういう訳にもいかなかった。
「やぁ、モルディア君。こんな場所で何をしているんだい?」
「やぁ、フィン団長殿。何をしているも何も、資材集めさ。魔道具には魔石が事欠かないだろう?だが、冒険者に依頼しては元手がかかるし、いつ手に入るかも分からない。だから、自分で回収しているんだよ」
「君は中層も越えられるのかい?それでレベル1とは信じられないな」
「どう言っていただいても結構。俺は俺のやれることをするだけのことだからな。それに他派閥のことにわざわざ介入するつもりか?先の一件を繰り返すつもりならば俺はそれでもかまわないが」
「いや、流石にあのギルドの失態を繰り返すつもりはないよ。ただ、ここで出会ったのも何かの縁だし、見たところ地上に戻る途中なんだろう?だったら一緒に行かないか?というお誘いだよ。冒険者は助け合いだからね」
「ふぅん……まぁ、良いですよ。かのロキ・ファミリア団長様からのお誘いであれば喜んで乗らせてもらおうじゃないか」
フィンの考えていることを理解しつつも、その誘いにモルディアは乗った。ここからの道のりが1人であっても問題はないが、余計な負担は省いたほうがいい。背負う必要のない苦労は背負わなくていい、というのがモルディアの数ある持論の一つだからだ
隊列に加わったモルディアは何の気兼ねもなく歩いている。他の冒険者たちのように警戒するそぶりもないその姿はまるで散歩でもしているかのようだった。他の冒険者の気を抜きかねないその姿に誰もが近寄れない中、ただ一人褐色の少女――――ティオナ・ヒリュテが近づいてきた。
「あれ、モルディアじゃん。どうしてここにいるのー?」
「こんにちは、ティオナ嬢。なに、フィン団長殿からの誘いでね。地上まではご一緒させてもらうというだけだよ。傷を負っているなら言ってくれ。すべて治療して見せよう」
「私は大丈夫だよ。他の皆も今は大丈夫そうだし、問題ないんじゃないかな?」
「それは重畳。遠征の結果はどうあれ、生きているのならば次がある。次があるのならリベンジすることも出来るだろう。何せ君たちは二大ファミリアの一角であるロキ・ファミリアなんだからね」
「うーん、でも大変だと思うけどね。ねぇ、モルディアは次の遠征に協力してくれる?」
「そんな先のことは確約できないし、するつもりもないよ。そも俺の協力が必要になるのかい?零細ファミリアの一員でしかないこの俺の力が?」
「分かんないけど、でもモルディアならどうにかできるんじゃないの?」
「どうしてそう思うのかはさておき、見てもいないものをできると断言はできかねるな。そして、俺はできると断言できないものに協力することはできない。ありていに言うと、諦めてくれ」
「ちぇ、まぁ、しょうがないかぁ。じゃあ、また後でね」
そう言って離れていくティオナを見送ると、モルディアはある方向に向けて逆手でデコピンのような仕草をとった。左手が離された瞬間、その進行方向からモンスターが溢れ出した。その内の数体が瞬時に魔石と変わり、モンスターの出現に冒険者たちが戦闘に入りほどなくして殲滅が終了した。
実に恐ろしきはこの一団の中でも真っ先にモンスターの出現に気づいた認識能力の高さだった。なんだったら出現するよりも先に気付いていた。それほどの感知能力を持っている存在など聞いたことがないレベルであり、それを誇る様子もないのは恐ろしいと捉えられてもおかしくはない。だが――――
「いやあ、助かったっすよ。モルディアさんのおかげでモンスターの気勢を削がれてて倒すのも楽だったっスよ」
「何を仰る。ラウル君の指揮あったればこそ、というべきでしょう。次期団長に相応しい能力を収めているようで何よりというべきだろうな」
「いや、俺に団長の後を継ぐほどの力なんて無いっスよ」
「今の不出来を嘆く必要はない。能力がないのならこれから磨いていけばいいだけの話だ。君に足りないのは自身の能力に対する自信だろうさ。まぁ、好きな人の1人でも出来れば解決する問題だ」
「そんなもんっスか?まぁ、その好きな人が問題っスけど」
「そうかい?レベル4ともなれば人は放っておかないと思うけどね」
「中々そういう訳にはいかないっスよ。何せいつ死ぬかもわからない冒険者業っスからね。そんな人を好きになる人なんてそうそういないっスよ」
「ふぅん……?まっ、こればっかりは本人が気付くしかないし気にしてもしょうがない話か。まぁ、いずれ君にも良縁があるさ」
「じゃあ、モルディアさんにも良縁があったんすか?」
「ああ。といっても、俺はとっくに見送った側だがね」
「……すいません。不躾なことを言ってしまって」
「……?ああ、気にする必要はないさ。その辺りはとっくの昔に整理し終わっているからね。彼女と共にいれた時間が幸せだった。その思いは薄れることなく俺の中にある。だったらその思いを抱えたまま次の幸せを掴みに行くだけの話さ。君だってそれを気にすることなく、自分の幸せを掴みなさい。それを守るときにこそ、人は強い力を発揮できるのだから」
それがモルディアにとっての真理。守るためにこそ人は強くなることができる。自分がそうだったように、奪うためではなく守るためにこそ。人はどこまでも力を希求することができるのだと。かつて自分がそうだったように君もそうできるはずだと、モルディアの視線は語っていた。
「まぁ、そう気にしすぎることもない。君は君の道を進めばいい。その道の道中か、はたまた果てか。どちらにしてもその道を進んでいけばいずれ、その答えを得ることが出来るだろう」
「はぁ……そんなもんっスか?」
「そんなものだよ。その道に直面したときか、はたまた通り過ぎたときかは知らないが答えは得られる。俺は君がどんな道をたどるかは知らないが……その答えをいずれ君は知る、それだけは言い切れる。俺にはそれ以外にこたえられることはないかな」
それは既に先を行っている先達からいえる言葉。これから後を追う者たちに向けて言える言葉だった。実はその場にいる誰よりも長い時を生きた賢者から、その賢者よりも先に旅立つ者へ向けて放つことのできる言葉だった。それからしばらく進んでいった先でソレは起こった。
「ん?……あれはミノタウロス、か」
モルディアたちの視線の先には複数のミノタウロスがいた。ロキ・ファミリアが対処しようとした瞬間、上層に向かって走り出していた。分かりやすい言い方をすれば
モルディアも共に追いかけていたが、悲鳴が聞こえた瞬間に更に速度を上げて駆け出した。二人組の冒険者を襲いそうになっている個体を発見した瞬間、手元にあった剣を投げつけた。それは頑強な皮膚をしているミノタウロスを貫き、その衝撃によって硬直しているミノタウロスを《剣姫》アイズ・ヴァレンシュタインが切り捨てた。
首を切り捨てるだけで十分だったと思うが、本当にバラバラにしてしまった影響で返り血を受けてしまった二人。アイズに追いついたモルディアは傍に落ちていた剣を拾い上げた後、アイズが手を差し伸べたほうとは別の冒険者に手を差し伸べた。
「ふぅ……大丈夫か?怪我はない?」
「あっ……はい。私は大丈夫です。ベルも……ベル?」
「どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ちょっ、ベル!?あ、その、ごめんなさい!またお礼させていただきます!待ってよ、ベル~!」
とんでもない速度で走っていく少年とそれを追いかけていく少女。その後姿を眺めた後、視線を向けると逃げられたショックで固まっているアイズとそれを眺めて爆笑しているベート・ローガがいた。そんな二人を見て頬を掻いていたモルディアだったが、そこで別れることを提案して別れた。
「さて、それじゃあ新しい同胞と顔合わせと行くか。……まぁ、顔合わせ自体はさっき済ませてるんだけど」
そんな言葉と共に歩を進めるモルディア。地上に戻るとホームではなく自身の工房として使っている借家を訪れる。そこは店舗として使用していたところを借りており、一階部分はモルディアが地上での収入源の一つとして使っている喫茶店兼Barがあった。
さらに奥に進むと店で使う原材料の生産を行っている部分と魔石を使った魔道具製品の工房があり、後者の部屋に背負っていたカバンを置いた。若干手狭とも言える状態だったが、一切気にすることなく工房を出ていったモルディア。そのまま歩を拠点である廃教会のほうに向けるついでに適当に食料品を買い込んでいく。
廃教会にたどり着くと上層部にある祈りの間に1人の少年が座っていた。モルディアが少年に気付いたように、少年もまたモルディアに気がついた。手元にある食材やらの入った紙袋を近くの長椅子に置いて話しかける。
「あ、こんにちは。何か御用ですか?」
「こんにちは、少年。君こそこんな場所でどうした?神様に願い事か?」
「あ、いえ、実はここ、僕が所属しているファミリアの本拠でして」
「知ってるよ」
「え?」
「はじめまして、同胞。俺はモルディア。ヘスティア・ファミリア所属のモルディアだ。以後お見知りおきを」
「あなたが神様の言っていたモルディアさんですか?」
「ヘスティアが何といっていたのかは知らないけど、そうだよ。つい一年ほど前に恩恵を刻んで貰ったのが俺だ。まぁ、冒険者業は副業に近いから冒険者と呼ぶには不的確かもしれないがね」
「そんなことはないですよ!僕はベル・クラネルと申します。よろしくお願いします!」
「よろしく、ベル。俺の事は好きに呼んでくれ、俺たちは対等だからな」
「対等、ですか?」
「ああ。一年程度の経歴なんて誤差でしかないし、何より俺たちは同じファミリア────家族なんだからな。遠慮なんてする必要ないし、困ったら寄りかかって貰っても良い。俺も何かあれば頼る事もあるだろうしな」
「はい、よろしくお願いします!……ところで、相談があるんですが」
少し顔を強ばらせながら聞いてくるベルにモルディアは首をかしげた。
「どうかしたか?」
「あの、先にファミリアにいらっしゃるモルディアさんには大変恐縮なんですけど……僕、団長をやりたいんです!」
「ああ、そういう話?良いよ、やりたければやって貰っても」
「い、良いんですか?」
「いいよ。さっきも言ったとおり、俺は元々ダンジョンに潜るのは副業程度。率先して冒険者やってないんだし、冒険者として身を立てたいっていうのなら、それを止める道理もない。やる気がある奴がやれば良い」
「ありがとうございます!あの、知っていたらお伺いしたいんですけど」
「うん?なんだ?」
「ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインさんの事はご存知ですか?」
「彼女の事を欠片も知らないのは、この都市ではモグリだろう。彼女の何について知りたいんだ?冒険者としての経歴?はたまた人間としての話か?前者は普通に調べて貰った方が早いと思うがな」
「お話ししたこととかありますか?」
「あるよ。と言っても、ロキ神の付き添いみたいな感じだったから直接メチャクチャ喋った、みたいなことはないけどね。お店でお茶してる時に少し話したことがある、程度だな」
「じゃあ、えっと、好きな食べ物とか……」
「じゃが丸君」
「えっ?」
「だから、じゃが丸君。よく屋台の店先で食べてるのを見かけるよ。何味食べてるのかまでは知らないけどね」
「よくご存知なんですね……」
「我らが主神さまのアルバイト先を忘れたか?」
「あ……そういえば」
「ここ一月ぐらいダンジョンに行っていたからアレだが、店が暇な時は早仕舞いして迎えに行ってたりしてたんだよ。その時によく見かけてたってだけの話さ」
「えっ、一月もダンジョンに?一体どこまで……」
「ん~……ベルがそこまで行けるようになったら教えてやるよ。今は聞いたってしょうがないからな。今は自分達が出来る範囲で頑張りな」
「は、はい!」
モルディアとしても出し渋るような情報ではなかったが、態々明かす必要もないかと判断した。この世界にとってモルディアの持つ力は異常と称して相違ないものだからだ。異常を参考にしたところで生み出される結果は大抵悲惨なものにしかなりえない。
そんな成果を家族にさらす気はない。自ら死地に乗り込むバカをどうこうしてやる気はないが、家族を自ら死地に導いてやる気はもっとない。だから、その情報をさらす気はなかった。どこにレベル1という対外情報を持っている奴が深層に向かうと言うのか。
モルディアはギルドに対して強気な姿勢を示す。ギルドもモルディアに対してとある事情によって配慮の姿勢を示すしかないのが現状である。だからこそ、モルディアとギルドの関係というのは非常に悪い。正確に言うならば、ギルドのトップとの仲が悪いというべきだろう。末端の者たちとはそれなりに仲が良く、ギルドに赴いた際には何かしらの土産を持参していたりする。
「それより、なんでこんな地上部で待っているんだ?下にいればいいじゃないか」
「あ、えっと……僕、双子の妹がいるんですけど。その妹がステイタスの更新中でして……」
「へぇ、なるほど。紳士なことだね」
「そういう訳じゃないですけど、妹の裸とか見たいとも思わないですし」
「はっはっは、そうかいそうかい。それじゃあ、もうしばらくお喋りに興じるとしようじゃないか」
それからしばらくの間、ベルとモルディアは談笑に興じ、それはヘスティアがベルを呼びに来るまで続いたという。