ベルとの談笑の後、モルディアは久しぶりにホームを訪れた。晩飯にじゃが丸君を大量に集めていた自らの主神に白い目を向けつつ、じゃが丸君を主役としつつも野菜など必要な栄養素を補填できる料理を作っていく。その光景にベルの妹――――エリス・クラネルとベルが不思議そうに、ヘスティアは申し訳なさそうに見ていた。
「食事は重要だ。冒険者はステイタスを成長させることで強くなるが、体を大きくするためには体に栄養を溜めこむことが必要なんだ。竈の女神ともあろうものがこんな基本的なことを蔑ろにするなよ」
「うぅ……だって僕の料理の腕前じゃモルディア君の腕にかなわないんだもん」
「料理の腕前なんて競い合うもんじゃないだろ。結局、食う人間からすれば美味ければいい。どっちの腕前が上かなんて競うだけ無駄だろう。俺はヘスティアの料理は嫌いじゃないしな」
「そう言ってくれるのはありがたいんだけどね?僕にも女神としての矜持があるんだよ?」
「それこそ、知ったことじゃないな。大事な家族を活かすために必要な物は矜持ではなく、その体を支える美味い料理なんだからな」
モルディアが提供した料理に目を輝かせる二人に、心底から落ち込みながらも目の前の料理に期待満々のヘスティア。そんな三人に苦笑を浮かべながらも料理を提供するモルディア。その光景はまるで家族の食卓の一面のような光景だった。
「ベルにエリス、これからは俺が料理を作ってやる。冒険者は体が資本。ステイタスに関係しない部分の成長、とくに身長や筋肉量などの部分は食事と普段の生活でカバーするしかない。後者の成長はダンジョンに潜ることで解消できるだろうが、前者は如何に体にエネルギーを溜めこんでいるかで変わる。しっかり食べろよ」
「「ありがとうございます!」」
「まぁ、二人は若いからその辺はどうとでもなるだろうがな。美味い飯は食っておくにこしたことはない。ただ、食いすぎることはしないようにな?過ぎると栄養じゃなくて脂肪に変わりかねんからな」
「モルディアさんは良いんですか?」
「食べるは食べるけど、ヘスティアが持って帰った分余ってしまった材料の処理をしなきゃいけないからな。それらは三人で処理してくれ。俺はもう少し料理を続けておくからな。ヘスティア、何品か作り置きしておくからそっちで処理しておいてくれ」
「おいおい、モルディア君。約束を忘れたのかい?ご飯は」
「一緒に食べよう。だろう?だが、俺にも店での準備だったり卸先への魔導具の製作だったり……仕事は多岐に及ぶ。頻繁にこのホームに帰ってくるわけにはいかないさ。溜まった仕事を片さないことにはな」
「むぅ……ダンジョン帰りの君が忙しいことは分かってるけどさ。できる限りでいいから、約束は守っておくれよ?」
「はいはい、我が主神様のご言い分のままに。それより冷めないうちに食ってくれよ。俺だって腕によりをかけて作ってんだからさ。ちゃんと最後までいただいてほしいもんだがね。それに他の家族も待ってんだし、さっさと食ってくれよ」
モルディアの言葉に、ヘスティアがベルたちの方を向くと生唾を飲んでいる二人がいた。その光景に仕方がないとため息を吐きつつも、食事を始める。二人もヘスティアに続くように食事を続けていく。一口を含んだ瞬間、互いに顔を合わせつつモルディアに感想を告げる。
「モルディアさん、凄く美味しいです!」
「普段食べてるじゃが丸君と同じとは思えないです!」
「ほぅ……?ヘスティア、俺がいない間にどういう食生活を送ってたのか確認する必要があるようだな?」
「うぐ……しょ、しょうがないだろう!?モルディア君の調理場の配置を崩すわけにはいかないし、僕の料理の腕前が君に勝てるわけないじゃないか!」
「家での料理に勝ち負けなんてないだろうに……とりあえず楽しんでくれればそれでいい。食事なんて楽しければそれで良いんだよ。栄養だの効用だの、そんなのは後回しでも構わない。成長や健康には必要になってくるが、今はひとまず考えなくてもいい代物だからな」
モルディアはこれまでの経歴から様々な技能を習得している。それは戦闘や料理もそうだし、芸術や音楽を始めとした様々な事柄への造詣が深くそれは医学にも及ぶ。その割に若いんだからどうとでもなるとか言っているあたり大分やばいが。ちなみにモルディア自身は無理が出た時点で矯正させるつもりでいる。
「ほら、さっさと食え。お前らの飯が終わらないと片付けができないだろう?」
「うぅ、分かったよぅ……」
三人が食事を片付けているのを確認しつつも、モルディアは残りの料理を仕上げていく。それを常備されているタッパーに詰めていく。結局、三人が食べ終わるまでモルディアが何かを食べることはなかった。食べ終わったベルとエリスが申し訳なさそうにしているのを見てモルディアは首を傾げた。
「どうしたんだ、二人とも?もしかして口に合わなかったか?」
「いえ、本当に美味しかったんですけど……」
「私たちだけがいただいてしまったのが申し訳なくて……」
「そんな事か。気にする必要はないよ。先輩として後輩の食事の面倒を見るのは当然の話だ。そうでなくとも、君たちの年上として若輩にはご馳走してやりたかった。それだけの話だからな」
先達としてそれぐらいは当たり前だ、とモルディアは告げた。事実、モルディアにとって二人はこれからが楽しみな後輩であり、輝かしい未来を夢見る若人だった。見た目通りの年齢をしていないモルディアからすれば、そんな二人は見ていて楽しいという思いがあった。
そんなことを微塵も知らない二人はモルディアの姿に憧れの視線を向けていた。こんな大人になりたいという想いを露わにしており、それに対して苦笑を浮かべるモルディアと違う事柄で頭を悩ませるヘスティア。そんなヘスティアに視線をやりつつも、テキパキと料理と食事の終わった皿を洗っていく。
夜もいい時間となり、今回のトラブルによって疲労が限界だった二人は別々のベッドに入り込んで眠りについた。ちなみに使っているのはヘスティアと共同で使っているものとモルディアの仮眠用のベッドである。床について5秒で眠るというどこぞの昼寝大好き少年ばりの睡眠導入の早さだった。
「それで?何に頭を悩ませているんだ?」
自分で調合しているハーブティーの入ったカップをヘスティアの前に置き、席に着くモルディア。ヘスティアは礼を告げながらそのカップを受け取り、一口二口と飲んでいく。そして隠し事はできないと判断して信頼のおける眷属であるモルディアに悩みを明かす。
「……モルディア君、これから二人のステータスを書き写すから確認してくれるかい?」
「そりゃ俺は構わないが。そんなことをして構わないのか?二人のプライバシー的に」
「同じファミリアの仲間だもの。それに君が二人に嫉妬なんてしたりしないだろう?」
「俺に嫉妬なんかさせたら大したもんだよ。まぁ、その口ぶりから察するに何かしらのレアスキル、しかもほかの神々……いや、冒険者もかな?に知られたら大層マズいものが生えてきたってところか」
モルディアの言葉に紙を取りに行こうとしたヘスティアの動きが止まる。ギギギとゆっくり首を動かしてモルディアを見るが、モルディアは一切動じることなくカップに口を添える。匂いを楽しみながら茶を飲むモルディアの姿にヘスティアはため息を吐きつつ椅子に座りなおした。
「おや、いいのか?」
「そこまで分かってるんだったら態々書き直す必要もないからね。まったく、君には未来でも見えるのかい?」
「見えるよ。そんなものを見ても何も楽しくないから頻繁には使わないが。俺の眼で見えないのは過去の事柄だけだからな。それに、こんなのはただの推理、いや憶測の産物だ。何ら誇るようなことじゃないさ」
「……君はどんだけ理外の存在なんだい。毎度新事実を発表されて驚きを隠しきれないぜ、僕は」
「不変の神を驚かせられるなら、重畳というべきだろうな。まぁ、必要だからやっただけだしな。特に誇るようなことでもなければ、自慢するようなことでもない。理外の存在になるためにやったことは数知れないし、それで目的を果たした以上は他に言う事もないしな」
本当にどうでもいい事のように振る舞うモルディアからは燃え尽き症候群のような気配を感じられた。恐らくモルディアは自身を縛る楔がなければ、いつの間にかいなくなっていてもおかしくはない。今モルディアが生きているのは彼が結んだとある契約があるからでしかない。
モルディアの事情を知るヘスティアとしては自分が、いや
「それで?そのレアスキルの何が問題なんだ?」
「その生えたレアスキルっていうのが……その、成長系だったんだよね」
「?……ああ、成長促進系のレアスキルね。それの何が問題なんだ?まぁ、確かに成長速度次第では注目されるだろうが、冒険者として大成するためには必要なスキルだろう。この世界の現状ではどれだけステイタスがあったって足りやしないんだからな」
「それはそうかもしれないけど、でも危険だろう?退屈しのぎで下界に降りてきた神々からすれば格好の的だ」
「それは仕方のない話だ。三大
モルディアは知っている。世界を救う傑物を必要とする世界には劇物が必要だと。普通など問題外。秀才など何の意味もない。天才ですら役不足。鬼才でようやく影を踏むことを許される。本当の意味で埒外の理外すらも超越した存在でなければ世界など救えない。
強大な力を持った存在の登場が、世界のアベレージを引き上げるという話がある。その超常の存在に追いつかんとする人々の努力がソレをもたらす。だが、世界の悲劇はそんな時間を許してくれるとは限らないのだ。
「二人がそんな劇物の芽となるなら。それは歓迎すべきことだろう。様々な試練があの子たちに立ちはだかり、ソレ等を超えていく。そうでなければ、英雄など夢のまた夢だ。ただ強者による蹂躙を待つしかない。かつて、英雄神話時代に先駆けとなった英雄が登場するまで追い詰められていた下界のようにな」
「モルディア君はさ、時々暴論を口にするよね」
「おかしいか?世界とは適者生存が常だが、こと繁栄や衰退に関しては弱肉強食が道理だ。これが暴論だというのなら、それはヘスティアが生きてきた世界が優しいものだったという証明だろうな。まぁ、俺自身はそれがとても素晴らしいことだと思うけどな」
「それはどうして?」
「ふっ、当然だろう?どこの世に暴力を推奨する奴がいるんだ。力を求める理由は多々あるが、暴力を推奨する輩なんてのはまともじゃない。力がなくても生きていける社会こそ理想だ。まぁ、そういう弱者を食い物にする輩もいるわけだから、これは極論だがな」
「モルディア君も優しいと僕は思うけどね」
「俺は別に優しくないよ。本当に優しい奴はこれから苦難が待ち構えている子供を止めてやるもんだ。荊の道を進むことを必要なことだから、で切り捨てることができる俺は優しくなんてない」
「ふ~ん……」
「何か言いたいことでも?」
「ううん、別に。知らぬは本人ばかりなり、とも言うだろう?」
「それは普通、当人を目の前にして言う言葉ではないと思うが……まぁ、良いさ。それにあの二人の将来を今から心配してもしょうがないだろうと俺は思うよ。効果量がどれほどの物か分からないし、何かが原因で消えるかもしれないだろ?」
「それはそうだけど……うぬぬ」
「……ははぁ、なるほど?気に入らないのはスキル自体が厄介すぎる事よりも発生した原因の方か?」
「ぐぬぅ」
「生命の危機か?いや、違うな。確かに危機的状況ではあっただろうが、そんな物冒険者ならば腐るほど体験する事柄だ。だとするならば……さては色恋沙汰か?ヴァレンシュタイン嬢は確かに美人ではあるものな」
「……モルディア君もヴァレン某が気になるのかい?」
「俺?俺は別に何とも。気にする事柄があるとすれば、それはあの娘の中に燻ぶる黒い風だけだろう。何かを失ったか奪われたか……何にしてもあの娘の中にある大火のような暴風はあのままならあの娘を殺しかねない」
「そんな危険な物を持っているのかい?」
「まぁ、復讐者にありがちなものだ。自身の破滅を代価にしても誰かの破滅を願う、なんてのはな。あの娘はそれが他の者に比べていくらか過激なモノであるというだけだ。それ以外はただの口下手天然娘といったところだろうな」
「モルディア君は本当によく見ているんだね」
「大したことじゃないさ。いくらかの対人経験と人物解析ができれば誰でもできるさ」
そんな訳がない。モルディアの中に蓄積されている経験が途轍もなく、かつ人を見抜く心眼がどこぞのカリスマ持ちの王様レベルなためである。モルディアの経歴は神話に語られてもおかしくはないレベルであるため、それを身につけなければ生きていけなかっただけかもしれないが。
「良いじゃないか、色恋。まともな初恋もしてこなかっただろうベル少年もエリス少女も、華やかな人生の時間を過ごせるんだからな。人生には色が必要だからな」
「……なんだか楽しんでいないかい?」
「そりゃあな。俺は連れ合いを亡くして長いし、俺の周りは色恋とかよりは忠義とかの色合いの方が強かった。そういう色恋の話を聞くのはかなり久しぶりだ」
「その対象が君だとしても?」
「俺?……そらまた光栄な話だな」
「光栄って君ね……自分の外見の自覚はないのかい?」
「何かおかしなところでも?」
「あのね、君は神々にだって劣らないどころか上回っているぐらいの美形なんだよ?そんな君に王子様みたいなムーブされたら女の子は皆コロリだよ?君はもう少し下界の子供たちに与える影響を考えた方がいいよ」
ヘスティアの諫言とも取れるその言葉に肩をすくめる。モルディアの全く反省の色のない態度に額を抑えながらやれやれ、と言わんばかりに首を振るヘスティア。モルディアは自身の外見や言動にこれまで気を配ったことがないため、やれと言われてもできないので対応もかなりおざなりになっていた。
「まぁ、何かを言われない限りは知らぬ存ぜぬを決め込むとするさ。少女の名誉のためにも、成長のためにも、な」
「……そうしてあげて。ちなみにモルディア君はさ、多重婚に関してはどう思ってる?」
「どういう意見を求めているか知らないけども。俺は相手を満足させられるなら何人と結婚しようが構わないと思ってるよ。責任も義務もきちんと全うするのであれば、好きにすればいいと思ってる」
「えーっと、そういうのではなくて。結婚したら奥さん一筋だった?」
「いや?別にそういうのではなかったけど。もちろん俺から女性側へアプローチをかけたり、なんてことはしなかったけど、女性側からアプローチをかけられるのは多かったな」
「それに一々乗っかってたのかい?」
「まさか。遊びだの下心ありきで仲良くなりたいと思って近づいてくるような輩に割いてやる時間はない。そういう目的ありきで近づいてきた輩は容赦なく切り捨ててきたよ。でも、本気で俺のことを好きになってくれて、俺の事情を知っても『それでも』って言ってくれた人とは付き合ったよ。事実婚みたいなもんだな」
「それ、奥さんは許してくれたのかい?」
「毎回ぷんすこ怒ってはいたけどな。でも、俺が彼女のことをきちんと愛していること。そして何かあった場合は必ず彼女のことを優先させていたから許してくれたよ。まぁ、できる度に搾り取られてたけどな」
「そっかぁ……そうなんだ……」
その時、ヘスティアの脳裏にはエリスに生えていたスキルの名前が過ぎっていた。そう、一年も期間があったのに話してこなかった話題をモルディアに振った理由――――【
「(ヘラの名前を関するスキルが生えてくるなんて、間違いなくエリス君の愛はめちゃくちゃ重い。それに対してモルディア君も真摯ではあるんだけど、間違いなくその場合は空気が凍り付くんだろうな……うっ、今から胃が痛い。お茶美味しい……)」
「……?」
何首を傾げてるんだい!?と怒鳴り散らしたくなったヘスティアだったが、我慢してお茶を飲み干し歯磨きもそこそこに床につくのだった。そんなヘスティアの後姿を眺めつつ、飲み終わったカップを洗いに立ち上がるモルディアなのであった。
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