輝きたる君、その世界で何を思う?   作:シュトレンベルク

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多くの読者様に読んでいただけて嬉しいです。

評価をくださった方々もありがとうございます。
バーが赤くて大変驚いています。
これからも期待に副えるように頑張りたいと思っています。




その男の一日

 翌日、太陽が少し上った頃。ベルとエリスは起床し、寝ぼけ眼で周囲を見渡した。エリスの隣には今もすやぴと寝こけているヘスティア(主神)。モルディアの姿はどこにもなく、台所にはスープが寝かしておいてあった。

 モルディアの体躯はかなりがっしりしており、ベルが寝るにはかなり余裕があるベッドでも多少窮屈なレベル。ベルと一緒に寝ればベルが潰れかねない程だ。だからこそ、どうするのかと思ったが別で持っている借家に戻ったのだろうと思い、二人ともシュンとしていた。

 

 ベルは初めてできた兄貴分という存在ゆえに。エリスは憧憬の対象として。もっとモルディアの話を聞きたかったし、いろんな話をしてみたいと思っていたからだ。昨夜は疲れが溜まっていてろくに喋ることが出来なかったし、起きたら沢山話をしようと思っていただけに残念としか言いようがなかった。

 しかし、いつまでもしょぼくれていても仕方ないと思い立ち上がる。その時だった。何か風切り音のような音が聞こえてきたのは。はて、何の音だろうかと二人は再度顔を見合わせ、外に出た。

 

 そこでは穂と柄の間にある赤い結晶が特徴的な黒い槍を構えているモルディアの姿があった。最初こそベルとエリスにも視認できる速度だったが、次第にその速度は増していき遂には視認することも困難な速度となった。だからこそ、逆に分かったこともあった。

 

 斬る。空気を割くように振るわれるソレに、両断される姿を連想した。

 

 突く。虚空を穿つソレに防御すらも許されずに倒される姿を連想した。

 

 薙ぐ。空間ごと薙ぎ払うように振るわれ、回避することも出来ないのを確信した。

 

 縦横無尽に振るわれるその槍が、確かに何かの術理を持って振るわれていること。ステイタス任せの力任せに振るわれるソレではない。人体の構造を完全に理解しているからこそ、その全機能を用いて振るわれる槍。

 

 それは一種の『美』だった。完成されているからこそ、人の目を惹きつける。惹きつけるからこそ、ソレに触れてはならない。完成とは隔絶なのだ。それをベルとエリスは本能的に理解した。

 いつの間にか、モルディアの鍛錬は終わっていた。しかし、二人ともがそのことに気付かぬままに立ち尽くしていた。自分たちとモルディアの間にある実力差を目の当たりにし、そこに追いつくことが出来るのだろうか?そういう想いが湧き出たからだ。

 

「……覗き見はもう良いのか?」

 

「「っ!?」」

 

「やれやれ、普通に声をかけてくれればいいものを。じっと見ているからなんだろうかと思ったよ。わざわざ人の鍛錬をじっと見て何か得られるものでもあったのか?」

 

「モルディア、さん……」

 

「おう、なんだ?」

 

「僕たちもモルディアさんみたいに、なれますか……?」

 

 ベルの言葉にきょとんとした顔をした後、モルディアは手を目元に押し当てた。失言をしてしまったかと思ったベルだったが、モルディアの口元は見事な弧を描いていた。次の瞬間、モルディアは呵々大笑と笑い始めた。

 

「はははははははははっ!俺みたいに、か!何時ぶりに聞いただろうな、その言葉は!」

 

「も、モルディアさん?」

 

「くくくっ、ああ、すまんすまん。いや、俺を目標とするような言葉を言ってくれるものだから嬉しくてついな。お前の気持ちを笑ったわけじゃないから許してくれ」

 

「いえ、それは分かっているんですけど……」

 

「たいていの奴は俺の実力を見てチートだのなんだの口にするからな。俺の武技を見て、純粋に目標とする奴は数少ない。俺の武技を打倒する対象として捉える奴なら腐るほど見てきたがな。そうではない奴は珍しい」

 

 モルディアは本当に愉快なものを見たと言わんばかりに笑みをこぼす。そこに嘲りの色は一切なく、寧ろ純粋な興味に満ち溢れていた。その視線にベルは恥ずかしいと言わんばかりに顔を赤くし、エリスはふくれていた。

 

「はははっ、そうふくれるな。どうか俺の期待に添える冒険者になってくれよ、二人とも。正しい努力は人を裏切らない。日々是精進なり、ってことだ。小さな努力を積み上げていけば、いずれは俺の領域に至れるかもな?そのためにまずは食事にしよう。二人ともまだだろう?」

 

「「はいっ!」」

 

「よし、良い返事だ。さぁ、今日も頑張れよ若人」

 

 二人の肩を叩き、地面に置いてあった槍を蹴り上げる。モルディアの体を追い抜いて空中に上がったソレを一瞥することもなく手にする。それに思わず拍手する二人だったが、モルディアが二人を置いて地下に降りていくのを見て慌てて追いかける。

 

「ん?槍は別に俺のメインウエポンじゃないぞ」

 

 置いてあったシチューを温めなおしながらモルディアはそう言った。ヘスティアもすでに目を覚ましており、身嗜みを整えていた。モルディアは朝食の準備をしながら、エリスの質問に答えていた。その答えにエリスは驚きを隠せなかった。

 

「そうなんですか!?」

 

「ああ。というか、別に何の武器でも使えるからな。どれかをメインで、というのはないかな。まぁ、強いて言うのであれば俺は魔導士だからな。魔法が俺のメインウエポン、と言えるかもな」

 

「じゃあ、魔法のことで相談してもいいですか?私、超短文詠唱の魔法があるんですけど。それの使い方で迷っていて……」

 

「相談に乗るのは良いけど、今は食事優先な。ほら、持って行ってくれ」

 

 モルディアは器にシチューを注いで渡す。エリスはソレを受け取ると、少し頬を赤らめながら食卓に持っていった。がっついている自覚があったのか、と思いながら残りの準備を済ませていく。

 美味い美味いとがっついている三人を見つつ、手早く食事を済ませたモルディア。三人が食事を済ませ、身支度をしている間に片付けを済ませたモルディアは槍を片手に先に出た。

 

 モルディアと一緒に出られなかった事を残念に思っているエリスとベル。そんな二人を見て懐いてるなぁ~と思いながら苦笑を浮かべつつ二人の背を押すヘスティアだった。

 意外に多忙なのがモルディアだ。ヘスティアはモルディアの抱えている仕事がどれほどあるのかを知っている。ダンジョンに潜っているのも資材集めのためであり、そのためにモルディアは一度ギルドと一悶着起こしている。

 

 都市最高の魔道具師。それが対外的に知られているモルディアの肩書である。それの利便性は多くの者に革新をもたらしたと言われるほどであり、魔力を持たない一般人にすら使える物を作り上げる腕前があった。その腕前に目を付けたギルド……というよりはギルド長であるロイマンは難癖をつけた。

 

『ダンジョンにある魔石はギルドによって管理されるべきもの。魔道具を作るのなら、上納金を収めるべき。重ねてレベル詐称の代価を払うこと』

 

 その書状を受け取り、モルディアは魔道具の製作をやめた。喫茶店とBarの経営が安定するまで続けられれば問題ないと判断しており、その目的が達成された以上は続ける意味がなかったからだ。ある意味で渡りに船と言える状況だった。

 しかし、困ったのは周りの環境だった。どれだけ素晴らしい道具でも供給がストップすれば、尽きていくのは当然の話。それでもいつかは再開するだろうと思っていたが、何の音沙汰もない。聞けばギルドの難癖の結果だという。

 

 それは暴動を招いた。神々や冒険者だけに留まらず、商人や住人を巻き込んでのそれは七年前の暗黒期もかくやと言わんばかりの騒動だったという。その後、ロイマンの公的な謝罪とウラノスの『モルディアは上級冒険者ではない』という言葉からギルドは一方的な負債を課せられることになった。

 それに対して、モルディアは自身に対してのギルドの関与を禁じた。曰くダンジョンに潜るのも自身の命を懸けて行っている以上、文句を言われる筋合いはないと。なにより、今回の暴動のような件を再発させる訳にはいかないと。

 

 これによって暴動は終わり、モルディアは急いで殺到した注文を捌く事を余儀なくされた。それが何とか落ち着きを見せた矢先に資材が切れ、ダンジョンに潜っていた。というのがこれまでの経緯だった。

 

 落ち着きを見せたとはいえ、モルディアの製作する魔道具の注文が尽きたことはない。それはヘスティアも知るところであり、一度発注書を見せてもらったことがあったがとんでもない量で眩暈を覚えたほどだった。しかし、モルディアはその納期を取りこぼしたことはなかった。

 無茶な注文は端から受け付けず、可能な注文は総て取りこぼす事なく受けた。それを出来る能力があったからこそ、その邪魔をしたロイマンは途轍もなく叩かれた。ギルド内部では未だ不満を持っている者もいるという。

 

 たった一年にも満たない期間でそれだけの影響力をもつ存在になったモルディアは多忙である。少なくとも、こうやって団欒の時間を捻出するのも一苦労なほどには。それでもそのために努力するのはモルディアがこの時間が好きだからだ。

 

「これで注文の分は完成かな。っと、時間ぴったりだな」

 

 手早く借家に戻ったモルディアは今日の分の注文を製作していた。といっても、魔石をソレ専用に調整するだけだったのでそれほど時間はかからなかったが。尚、これは普通ではなく常人の魔道具師であれば数日から一週間はかけて行うことである。

 特徴的な音が鳴り裏口を開けた先には大きなリュックを背負った猫人の少年(・・・・・)がいた。モルディアは発注書と品物を渡すと共に前金を渡しておく。この少年(・・)はモルディアが自分の眼で見極めた者で、軽々と外を出れなくなったモルディアの代わりに商品の運搬を任せていた。

 

「お前にわざわざ言うのも野暮だと思うが、ちゃんと届けてくれよ」

 

「……分かってますよ。旦那の商品を横流しになんてしませんよ。そもそもこんな足のつくもの売れませんし」

 

「個人の波形認証式だからな。それとほれ、コイツも持っていけ」

 

「……なんですか、コレ」

 

「どうせまだ朝飯食ってないんだろ?何か腹に入れておいた方が良いぞ。活力になるからな」

 

「……旦那は相変わらず変わってますね。サポーターのリリ(・・)に施しだなんて」

 

「役職でお前の価値は変わったりせんからな。俺にとってはきちんと商品を届けてくれる便利な運び屋だ。それ以上もそれ以下もない」

 

「……そうですか。じゃあ、確かに品物は受け取りましたので」

 

「ああ。そのポットは欲しかったらやる。返す気があるなら中を洗ってから返してくれ」

 

「……分かりました。それでは」

 

「次の集荷は五日後だから、その時にはまた頼むぞ」

 

 ペコリと頷くとそのまま立ち去っていく少年の背を姿が消えるまで見送った後、裏口の戸を閉めた。返す足で工房を片付けて喫茶店の準備を進める。オープンしたのはもう店の回りが賑わい始めてから幾ばくかの時間が経過してからだった。

 オープンしたといっても、そこまで繁盛しているわけではない。それはこの店に張られているとある結界が影響している。それを理解する者は決して多くはないが、理解している者はここで騒ぎを起こすべきではないと理解している。

 

「いらっしゃいませ」

 

「お久しぶりね、店主。ようやく余裕ができた感じかしら?」

 

「お久しぶりです、神アストレア。では、本日最初のお客様をエスコートする栄誉をいただけますか?」

 

「ふふ、ではカウンターにお願いしようかしら?」

 

 その日、最初に来店したのは背中まで届くほど長い胡桃色の髪に藍色の瞳を持つ女神――――正義を標榜するファミリアたる【アストレア・ファミリア】の主神たるアストレアだった。アストレアはモルディアの手を取り、カウンターに座った。楽しそうに振舞っている彼女に何かを口にすることはなく、そのままエスコートする。

 

「どうぞ。サービスのレモン水です。俺がダンジョンに潜る前より暖かくなってきたようですし、体調にお気を付けください」

 

「それ、不変の神に対して言うのは変じゃないかしら?」

 

「不変たる神だろうと、心配するのは何もおかしなことではないのではないかと愚考いたしましたが……余計なお世話でしたか?」

 

「いいえ、嬉しい心配ね。相手を思ってする心配は、相手にとって嬉しくなるものだからね」

 

「では、遠慮なく。こちら、メニュー表になります。お決まりになりましたらご注文をどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 モルディアはメニュー表を手渡し、すぐ傍に置いてある水晶球に手をかざした。それと同時に先ほどまで少し蒸し暑かった空気が冷えていくのをアストレアは感じた。それを気にすることなく、置いてあるコップを磨いていく。

 

 そういう小さな思いやりがアストレアは嬉しかった。モルディアは神を崇めるべき存在としては扱わない。目の前にいる一つの小さな命として扱う。それは目の前に立っているのは対等な存在として見ている証左だ。

 下界の子供たちでは見られない傾向だった。どうしたって神にとって下界にいるのは子供たちで、子供たちにとって神は崇める対象だ。少なくとも、対等の相手として見ることはできない。互いに好きあっているなどの例外を除けば、そこには明確な上下関係がある。

 

 しかし、モルディアにはソレはない。幼い子供だろうと年老いた老人だろうと、モルディアは対等に扱う。それこそ、神々もそのように扱う。しょうもない事をしている神には呆れ、立派な神には敬意を持ち、害意を持つ神には害意を持って返す。

 モルディアはこの下界に現れた超新星。ウラノスの公表を経ても、彼は上級冒険者なのではないかと疑われている。それは彼が自身を狙った多くの刺客を返り討ちにしているからだ。そこには上級冒険者も含まれている。アストレアはその事実を子供たちから聞いていた。

 

 最初はその身を心配していた。神友であるヘスティアの初めてできた眷属であったというのも、彼女にとってその想いの種だった。だが、それに対してモルディアの回答はこうだった。

 

『心配はありがたく頂戴します。しかし、心配はご無用です。どのような脅威だろうと、この身を脅かすことなどできないのですから』

 

 その言葉に嘘はなかった。モルディアは自分に絶対の自信を持っている。誰にも自信を脅かすことなどできないと、そう断言するだけの確固たる実力。それを自分が持っているという確信が。

 アストレアは確かにそれを見た。魔力を溢れさせ、まるで空で輝く星のごとき輝きを放つ姿を。常人では、いや神々ですら、その輝きを見てしまえば焼かれてしまう。そう確信させるほどの輝きを、アストレアは見てしまった。

 

 それは古の時代、神々を魅了した英雄の輝き。神時代の結晶と呼ばれたかつての二大ファミリアの眷属たち、その輝きに匹敵あるいは凌駕しうる輝きだった。精霊も神々も魅了する綺羅星のごとき光だった。

 彼の登場はこのオラリオで燻ぶっていた英雄候補を刺激した。二大ファミリアは変わらず【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。しかし、それに追随せんと飛躍的に冒険者のレベルも上がりつつあった。アストレアの子供たちもそれに続こうとしていた。ただでさえ、■■■の影響もあったというのに……。

 

 いつも頼んでいる紅茶を一杯と茶菓子を注文し、メニュー表を返す。モルディアはソレを受け取り、準備し始める。その準備を眺めながら、店からいなくなっていた間の話を振った。

 

「そういえば、ダンジョンに潜っていたのよね?今回はどこまで?」

 

「魔石は三十七階層を中心に集めていました。後は深層に竜の素材を取りに行ってました。他には鉱物資源やら薬草やら……まぁ、色々ですかね」

 

「たった一人で?」

 

「それ以外に選択肢がありませんから。まぁ、これからどうなるかは分かりませんけど」

 

「あら、ロキやフレイヤの子供たちと協力するの?だったら……」

 

「ああ、いえ、そういう事ではなく。実はうちのファミリアに新人が加入しましてね。その子たちが成長してくれれば、同じように潜る機会もあるかもしれないなと思いまして」

 

「そうなの?そう、ヘスティアに新しい眷属ができたのね。それはめでたい事じゃない」

 

「ええ。家族が増えるのは良い事です」

 

「そうね。でも、その子たちが成長するには時間がかかるんじゃないかしら?」

 

「そうでしょうね。時間は必要です。どうしたって。俺自身、膨大な時間を過ごして今の場所に立っています。だから、これはただの願望であり理想です。叶うことは期待していません。でも、そんな俺の心情が覆される日が来たなら……それはとても面白いでしょうね?」

 

「それを期待と呼ぶのだと思うけど……そうね。そんな日が来たら面白いわね」

 

 モルディアが浮かべる微笑を微笑ましく思い、アストレアの頬も緩んだ。楽しそうなモルディアを見ているのが楽しい。アストレアはこの時間を楽しんでいたが、流石に二人きりの時間もそう長くは続かなかった。

 店の扉が開き、新たな客が来店した。その客は黒いフードをかぶり、たった一人で来店した。見るからに怪しそうな格好をした相手だったが、モルディアは特に気にすることはなく対応する。アストレアと一つ席を開けた隣に座ったその客はフードを外した。

 

 そこにいたのは『美』の化身たる女神だった。背中まで届くほどの銀髪に月を連想させる銀光を宿す瞳を持つ女神など、この神々集まるオラリオでも一人しかいない。トップファミリアの一角、その主神たるフレイヤだ。黒いフードをつけていても人を魅了する気を放つ姿には流石としか言いようがない魅力があった。

 常人であればその姿を見ただけで仕事など手につかなくなる。いや、上級冒険者であろうともその気を惹きつける女神なのだ。フレイヤという女神は。そんな美の化身たるフレイヤを前にしても、モルディアは何ら変わることなく対応していた。

 

 それをつまらないと思いつつも満足した雰囲気を出すフレイヤ。いつ見てもフレイヤを魅了する魂の持ち主を前に、フレイヤは熱い息を漏らす。そんな女神すらも魅了しかねない姿にアストレアですら体が強張るのを感じた。

 それに対して、モルディアはため息を漏らすだけだった。何の影響も受けていないその姿は、色を知る男性としてはありえない程の頑強な理性だった。どんな男性だろうとその魅力で落としてきたフレイヤもその難攻不落具合には少しふくれてしまう。

 

「そういえば、神フレイヤ。どこで見ていただいても結構ですけど、視線に熱を込めるのを止めてもらえませんか?こっちの集中力が削がれるので」

 

「しょうがないじゃない。この一ヶ月、まったくあなたと触れ合えなかったのだから。そこまで言うのなら、私のもとに来てくれれば止めてあげてもいいわよ?」

 

「嫌です。本末転倒ですし、行ったところでどうせ止められないでしょう?分かりきっている結末のために、ファミリアを変える気はありませんよ。俺の主神はヘスティアだけだ」

 

「それだけ想ってもらえるとはヘスティアは果報者ね」

 

「ぐうたら、ずぼら、金遣い荒いの三点セットついてますけどね。それでも俺を最初に誘ってきたのはヘスティアなので。まぁ、巡り合わせという奴ですね」

 

「巡り合わせ、ね……そういう意味なら私が最初だと思うのだけれど」

 

「あなたは顔も見せずに熱視線をいきなり向けてくるような相手の誘いに、ホイホイ乗るんですか?」

 

「ええ。それが面白ければね」

 

「はぁ。話にならない。それと眷属の方に俺の監視させてません?俺だけならまだいいですけど、他のメンバーに手を出せばどうなるか……分かってますよね?」

 

「ええ、もちろん。でも、私はフレイヤだもの。欲しいもののためなら手段を選ばない。それも知っているでしょう?」

 

「やれやれ……本当に厄介な女神ですよ、貴女は。俺の威圧をそうひょいひょいと受け流されてはたまったものじゃありませんね」

 

「うふふっ、アナタの瞳を独占できるのならイタズラもしてみるものね。どうしたら、アナタは私だけを見てくれるのかしら?本当に興味が尽きないわね」

 

「本当に貴女という(ヒト)は……ほどほどにしておいた方が良いですよ?その美貌が歪まないうちに、ね」

 

「へぇ、アナタが歪ませてくれるの?それもアナタの愛だというのなら、構わないわよ」

 

「無敵か。本当に厄介な神だ、貴女という女神は」

 

 モルディアが眉間を抑えながらフレイヤの無敵具合に困惑していた。まぁ、気にしすぎても仕方がないかと意識を切り替える。先にアストレアに商品を提供しつつ、フレイヤの『いつもの』を提供する。提供した後、モルディアはノートに様々な情報を書き記していた。

 そのノートはモルディアがこれまで開発してきた物のレシピ帳であり、値千金の価値のあるものだった。とはいえ、モルディアにとっては整理するために書いてあるだけで本当に大事な情報は記載されていなかった。盗んでもハッキリ言って使い道がない代物でしかなかった。

 

「あら、新しい商品開発かしら?」

 

「私たちにも使えるならテスターをしてあげましょうか?」

 

「ああ、いえ、これはうちの新人にあげるようです。魔法主体の戦闘方法らしいので、戦闘補助用の魔道具でも作ろうかと思いましてね。これはその素案です」

 

「レベル1なのに魔法を持っているなんて珍しいわね。エルフの子なのかしら?」

 

「いえ、普通の人間ですね。なので珍しいとは思いますが、どうも血縁者に同じような魔法を持っていた人がいるらしくて。その影響があったんじゃないか、っていう見解を持ってましたね。ヘスティアは」

 

「アナタは違うのかしら?」

 

「まぁ、俺は特殊なので何とも言えないですけど……魔法の発現には素養が必要なんです。因子と言ってもいいですかね。どんなに小さくても各々がそれぞれ因子を持っている。魔導書(グリモア)はこれを刺激し、魔法を強制的に発現させる代物というのが俺の見解です」

 

「新しい見解ね」

 

「まぁ、試そうにも魔導書を作るの面倒くさいですからね。試す相手もそういないし、今のところ予定はないですかね」

 

 モルディアは純粋に興味がなかった。ただ頭のふちをよぎっただけの仮説に時間をかけるのも面倒くさいな、と思っていた。事実、そうであったとしてだから?という感想以外には出てこないだろうことが分かっていたというのもあった。

 

「私の子供で試させてあげましょうか?」

 

「結構です。そもそもそこまでして確認したい案件でもないですからね。また何かしらで試す気が起きれば、ってところですね」

 

「難儀ね。まぁ、いいけれど。ところで、怪物祭の予定は決まっているのかしら?」

 

「まだ決まってはいませんが……新人に案内でもしてあげようかと。まだ来たばっかりで分からないことが多いでしょうし、田舎の出だっていう話なんで初めての都会での祭りの雰囲気を楽しませてやろうかと」

 

「それは良いわね。楽しんでもらえるといいわね」

 

 アストレアは文字通り自身の善性によってそう告げた。それに対し、フレイヤは少しの間黙りこみ、隠していた口元に笑みを浮かべた。その笑みを晒すことなく、言葉を発した。

 

「そうね。祭りを楽しんでもらえると良いわね(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 フレイヤの言葉にそこはかとない不安を感じつつも流すことにしたモルディア。だが、念のためベルとエリスにはモルディアの早朝鍛錬に付き合わせることに決めた。二人の知らない間にとんでもないことに巻き込まれたことに察したのか、ダンジョンに潜っていた二人は寒気を感じたという。

 二人としばらく談笑を挟み、冒険者や神々と接客を行った後に店を閉めた。普通の喫茶店などであれば赤字まっしぐらだが、値段設定は相応に高めに設定しつつ店の設備関連は自前で何とかしているため問題なく営業出来ていた。

 

 食料関連を買い込み、拠点に戻るとすぐさま晩飯の調理を進めようとしたところでベルとエリスが帰ってきた。少し遅かったかと思っていると、ベルが声をかけてきた。

 

「あの、モルディアさん。今いいですか?」

 

「うん?どうした、ベル。これから調理を始めるから、晩飯にはもう少しかかるが」

 

「あ、いえ、良ければ今日は酒場に行こうかと思って。神様も帰ってきたら一緒に行きませんか?」

 

「……ははぁ。キャッチにあったな?割と悪徳なタイプの」

 

「うぇっ!?いや、そんなことはないと思いますけど……」

 

「ふぅん?……まぁ、既に約束してあるなら、ソレを破らせるのも酷な話か。分かったよ。ちなみに店の名前は?」

 

「えっと、『豊穣の女主人』っていうところです」

 

「へぇ……とすると、キャッチをやってたのはシルちゃんかな?まぁ、ぱっと見美少女だもんな。ベルが気になっちゃうのも仕方がない話か」

 

「知ってるんですか?」

 

「それなりに料理研究したりしてるんだよ。ヘスティアが外食のときとか昼食時にいろんな酒場とかをうろついてたからな。あの店は多少割高だが、飯はそれなりに美味いから当たりの部類の店だよ。それに……店員は皆美人さんだからな(小声)」

 

「うぇっ!?いや、僕はそんなつもりじゃあ……!?」

 

「はははっ、照れるな照れるな。女の子に憧れを持つなんてお前の年頃からしたら当然の話じゃないか。俺みたいなおっさんに比べりゃ、ベルがそういう想いを抱くのは極めて当然だ。恥ずかしがるようなことじゃないだろ」

 

「そんなモルディアさんだってお若いじゃないですか。おっさんだなんて……」

 

 ベルからすればモルディアの容姿は理想と言っても良かった。男性的な肉体に、紳士的な精神。なによりファミリの仲間を大切にするという考えを持ち、そのために行動している。それに自分とは比べようもないほどの実力の高さ。何をおいても、ベルとしては目標としたい人物として掲げる筆頭の人物だった。

 

「ふふっ、ベルが俺の年齢を知ったら驚くぞ?まぁ、今はどうでもいい話だ。じゃあ、この食材は明日用に回しておくか」

 

「あっ、もう準備してたんですか?ごめんなさい……」

 

「謝らんでいいさ。せっかくの酒場デビューなんだ。楽しませてもらうには申し分のない場所だ。良い店に捕まったというべきだろう。幸運だぞ?」

 

「そ、そうなんでしょうか……?」

 

「自慢するほどじゃないが、悪い選択じゃない。だったら、楽しんだ方が得だ。何事も楽しんだ奴の勝ちなんだからな」

 

「分かりました!神様、早く帰ってこないかな」

 

 楽しそうにしているベルをよそに、買ってきていた食料品を食料品保存用の荷物入れにしまった。思いがけず暇になってしまったモルディアはどうしたものかと考えていると、食卓の椅子でぶすくれているエリスの姿を見た。その姿に苦笑を浮かべつつも、その対面に座るモルディア。モルディアに気付いたエリスは恥ずかし気に髪をいじっていた。

 

「ふくれてどうした?冒険者ともなれば、英気を養うのも重要なことだぞ?」

 

「それは……そうかもしれないですけど。私はファミリアの皆でご飯を食べている方が楽しいですもん」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけどな。一つの楽しみしか知らないのはもったいない。より多く、楽しみはいくつも知っていた方が人生は楽しい。これは最初の第一歩だろう?そんなに膨れてもしょうがないだろう」

 

「そりゃ、そうかもしれませんけど……でも、私は行っても楽しいと思えるとは限らないと思います」

 

「やってみなけりゃ分からない、と言うのは簡単だが……まぁ、その通りかもしれないな。それを一概に否定することは、そうだな。できないかもしれない」

 

「だったら……」

 

「だが、探求心のない者は何も得ることなどできない。求めて、欲して、手を伸ばし続ける。そうでなければ、何も得られない。結果的に何もかもを失うことになっても吞み込む事を貪欲に求め続けた者だけが、多くを手に入れる資格を得るんだ。少なくとも、俺はそうしてきたつもりだよ」

 

「モルディアさんも、ですか?」

 

「ああ。俺だって何の力もないクソガキだった時代がある。そこから一つ一つ積み上げて、様々な経験を積んで今の俺がある。だから、経験することを厭うな。それじゃあ、成長することなんて夢のまた夢だぞ」

 

 ベルに手招きしつつ、懐から二つ包みを取り出した。そこには中心に一つ宝石を取り付けられたバングルとネックレスがあった。バングルにつけられた宝石は赤色でネックレスの方はピンク色だった。それぞれを受け取った二人は目をキラキラと輝かせていた。

 

「二人とも、ファミリア加入おめでとう記念ということで。これからも頑張れよ」

 

 頬に手を当てながらモルディアは笑みを浮かべつつそう告げるのだった。




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