輝きたる君、その世界で何を思う?   作:シュトレンベルク

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白鞘侍様、毎度の誤字報告ありがとうございます。

評価をくださった皆様、大変ありがとうございます。
皆様から頂いた評価に応えられるように頑張ってまいりますので、
よろしくお願いいたします。


その男、物申す

 ヘスティアが帰宅すると、早速ベルとエリスのステイタスを更新した。ちなみにその度にヘスティアの顔は引きつっていた。二人はその上昇幅に驚き、ヘスティアは助けを求めるようにモルディアの方に顔を向けた。その顔には何とかしてくれと書かれているようにモルディアは感じた。モルディアは二人からステイタスの紙を受け取る。

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:I82→H134

耐久:I13→I42

器用:I96→H153

敏捷:H172→G241

魔力:I0

 

【魔法】

 

【スキル】

 

エリス・クラネル

Lv.1

力:I13→I41

耐久:I8→I30

器用:H101→G213

敏捷:I41→I86

魔力:H183→F307

 

【魔法】

【ノウム・ヴァニア】

・音魔法

・詠唱式【鎮魂(レクイエム)

・解放式【眠れ】

 

【スキル】

 

 ベルの上昇量は200を超え、エリスに至っては300オーバー。これは成長度合いとしては破格を超えて異常と言ってもいい。普通はここまで早く強くなることはできない。だからこそ、ヘスティアも答えに窮しているのだろう。

 

「これはこれは……成長期にしても破格の数値だな」

 

「成長期、ですか?」

 

「ああ。冒険者になりたての頃が多いんだが、ステータスが伸びやすくなる時期があるらしい。冒険者のステータスの成長度合いは戦闘の質と数が影響する。二人はまだ経験が少ない中で上質な経験を積んだことで、ステータスが跳ね上がった、と見たらいいだろう」

 

「冒険者にはありがちなことなんですか?」

 

「大成している冒険者には多かれ少なかれあることだろう。一般的な冒険者がどうであるのかは俺も知らないな。だから、二人とも芽はあると見て良いんじゃないか?良かったな」

 

 モルディアの言葉を聞いてベルとエリスは互いに顔を見合わせ喜びをかみしめていた。まぁ、モルディアの勝手な知見であり、二人が異常なだけで普通はあり得ないし何だったら上級冒険者でもそんな奴はいない。それを知っているだけにヘスティアは冷や汗を止められなかった。寧ろ何の変化もなく二人に説明しているモルディアの胆の太さに驚愕の念を隠せなかった。

 

「そうだ。ヘスティア、この後は何かあるのか?」

 

「うん?職場で打ち上げの予定があるけど……それがどうかしたのかい?」

 

「そうか。いやなに、この後ベルたちが酒場デビューすることになってな。折角だし、二人の歓迎パーティー代わりにでもしようかと思ったんだが、そこまで欲張らなくてもいいか。それはまた今度にしよう」

 

「ああ~……そうだったんだね。それは申し訳ないけど、こっちも先約だからね」

 

「良いさ。また今度、一緒に行けばいい。そうだろ?」

 

「はい!また今度一緒に行きましょう、神様!」

 

「次は私たちが奢れるくらい稼いできます!」

 

「気合ばっちりだね。じゃあ、期待させてもらおうかな?でも、無茶だけはしないでおくれよ?」

 

「「はい!」」

 

 元気のいい二人の返事にヘスティアとモルディアは顔を見合わせ微笑を浮かべる。もしもその光景を見る者がいたとしたら。それはまさしくテストの点数を誉められた子供とそんな子供を見る親のようだった、と言っただろう。

 ヘスティアを見送った後、モルディアたちは拠点を出ていった。ベルとエリスは普段着だったが、モルディアは普段着の上から羽織を着ていた。ただでさえ人の目を引くような奴がそんな珍しいものを着ているとどうなるか?当然の話、目立つ。

 

 花魁道中でもあるまいに、歩いている人々の視線がモルディアに吸い込まれていた。モルディア自身、それを自覚しているからこそ道中で二人に話しかけることはなかった。あの二人は?という噂話をされること請け合いだったからだ。

 しばらく進んでいくと、宿場町に出た。そこでは更に人の視線にさらされることとなり、苛々とし始めるモルディア。こうなるのが分かっているからこそ、モルディアはめったに夕方の時間帯に酒場にはいかないのだ。懐から煙管を取り出し、口を添えて吸い始める。

 

 空気中に吐き出された煙が解けて消えていく。そんな姿すらどこか色気があり、男女問わず視線が奪われてしまう。騒々しい宿場町の一角が静けさに支配され、モルディアの姿が見えなくなると倍騒がしくなるという現象に見舞われた。しばらくそんな時間を過ごしていると、ついに目的地にたどり着いた。

 

 『豊穣の女主人』。とある女ドワーフが店長(オーナー)をしている酒場で、店員は美少女ばかり。結果的に男性比率が高い冒険者には人気の店だ。そうでなくとも、食事・酒の質が共に高いため多くの客がやってくる。代わりに値段設定も高いが。

 

「いらっしゃいませ!あ、ベルさんにエリスさん!やっといらしたんですね!」

 

「あ、シルさん……」

 

「今日の冒険はどうでした?大変だったでしょう?さぁさぁ、飲んで食べて明日も頑張りましょう!」

 

「俺を無視するとはいい度胸してるねぇ、フローヴァちゃん?」

 

「や、やだなぁ、そんな訳ないじゃないですか……いらっしゃいませ、モルディアさん」

 

 上から覗き込むように銀髪の少女――――シルを見下ろすモルディア。強引に客引きした前科があるシルとしては家族に対しては甘いモルディアの性格を理解している。だからこそ、心苦しさを感じていた。そんな心境を理解したのか、釘を刺すことはすまいと離れる。

 

「さっ、案内してくれ。っと、先に注文か。ルノア、とりあえずエール三つな。あとサラダ人数分と肉料理をよろしく」

 

「まいど!――――ミア母さん、エール三つ!あと、サラダと肉料理も!」

 

「あいよ!」

 

 モルディアはそう言いながら近くにいるヒューマンの少女に金貨を飛ばす。少女――――ルノアは嬉々として金貨を受け取り厨房へ注文を告げる。その注文に厨房で調理をしている長身の女性――――ミアが元気よく返事する。その背を見送った後に視線を戻すと、膨れているシルの姿があった。

 

「私がキャッチしたのに、ルノアに注文任せるんですかー?」

 

「待たされるのが面倒だからな。席まで案内してくれれば追加注文出すからさっさとしてくれ」

 

「ぶー。はーい、分かりました」

 

 テーブル席に案内されたと同時に飲み物とサラダがやってきた。シルにも同じように金貨を渡してワインを持ってくるように注文する。シルが立ち去ると同時に息を吐く姿にベルは目を輝かせる。

 

「モルディアさん、あんなに簡単に振舞えて凄いですね!」

 

「こんなものは所詮、場数だからな。気にしすぎても仕方がない。初心者なら分からないのもテンパるのも当然の話さ。とりあえず酔いすぎない程度に飲み食いを楽しめ。それでなんら問題ない」

 

 それより、と杯を掲げる。そのモルディアに慌てて杯を持つベルとそんなベルに呆れたような視線を向けるエリス。三人がそれぞれ杯を掲げ、ぶつける。

 

「「「乾杯」」」

 

 初めての酒をおそるおそる飲む二人と一瞬で空にするモルディア。この男、普段は自分から酒を嗜んだりしないが蟒蛇の類である。それも味にこだわるタイプの蟒蛇であるため、酒の美味い店は飲み干されたりする場合もある。さらには健啖家でもあったりする。

 続いて到着したワインはサラダをつまみにちびちびと楽しんでいた。酒を浴びるほど飲むことも出来るが楽しむことが最優先。そのリラックスした姿勢にベルもようやく肩の力を抜いて料理を楽しむことが出来た。少しするとミアがステーキを三人前運んできた。

 

「あんたがこの時間に来るとは珍しいこともあるじゃないか。明日は雪でも降るのかい?」

 

「やぁ、ミア。なに、この子たちが俺のファミリアの新人でな。わざわざ誘ってくれたから来たってわけさ」

 

「なるほどね?じゃあ、この子があたしたちを泣かすぐらい大食漢な子ってわけかい」

 

「えっ!?」

 

「おや、そうだったのか。じゃあ、朝飯の量を増やした方が良いか?」

 

「い、いいいいいいえ、そんな事ないですよ!?ちょ、どういう事ですか、シルさん!?」

 

 初耳だと言わんばかりの驚きっぷりを晒すベル。その場にいたメンツの視線がシルに集まる。シルもこちらの視線に気づき、少し空中を仰いだと思うとウィンクしながら舌を出しつつ自分の頭をコツンと叩いた。

 

「…………てへっ♡」

 

「シルさぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!?」

 

「くっくっくっ……まぁ、いいや。じゃあ、パスタを追加注文しておこうかな。大盛二人前と空皿三つくれ」

 

「あいよ!」

 

 そんな二人のコントに楽し気に笑みを漏らすモルディア。モルディアの注文を受けて揚々と厨房に戻っていくミア。そんなモルディアを見て楽しそうにしているエリスとうめくベル。そんなベルを置いてモルディアはエリスと魔法について講義と聞き取りを行っていた。エリスは楽しそうにモルディアとお喋りに興じていた。

 そんな三人のもとにパスタの大皿を運んできたのは、背中まで届くほどの薄緑色の髪を頭上でまとめ、黒い布で片目をふさいでいるエルフの少女だった。その少女を見て、モルディアは意外な物を見たようなリアクションを取っていた。事実、モルディアとしては久しく見ていない姿だった。

 

「随分お久しぶりですね、モルディアさん」

 

「おや、リューちゃん。この店で見るのは久しぶりだな」

 

「普段は夜勤だけですから。あと、前にも言いましたがちゃん付けは止めてほしい」

 

「そういうのは呼び捨てで赤面しなくなってから言いな。あと、恥ずかしくなったら暴力をふるおうとする悪癖も直してからな」

 

「んぐっ……あ、あれはアナタが!」

 

 モルディアの言葉に言葉を詰まらせるリュー。以前、ちゃん付けを嫌がったリューにちゃんと名前で呼んでほしいと言われたモルディアがリューの耳元で名前を囁いたことがあった。恥ずかしさのあまり赤面したリューはそのまま殴り掛かり、逆に絡めとられて抱き留められたことがあった。ちなみに更に暴れそうだったので気道を抑え込んで無理やり冷静にさせた。鎮圧したともいう。

 

「まったく……変わりませんね、アナタは」

 

「そんな評価を受けるほど、何かした覚えはないんだがな……ところで聞きたいんだけどさ」

 

「はい?なんでしょうか?」

 

「あそこのテーブルは何で空いてるんだ?予約席?」

 

「ああ、あそこは……ちょうどご到着のようですね」

 

 リューが質問に答えようとした瞬間、周りの冒険者たちが騒ぎ始めた。

 

『・・・・・・おい』

 

『おお、えれえ上玉ッ』

 

『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』 

 

『・・・・・・げっ』

 

 現れたのは道化のエンブレムを掲げた集団――――【ロキ・ファミリア】の面々だった。遠征の打ち上げかと思いながら、手元のワインを揺らす。肉料理を堪能しながらワインを飲み干していく。

 

「リューちゃん。悪いがエールを」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

「んくっ……ふぅ。ん?どうかしたのか、ベル?」

 

 ワインを飲み干してグラスを置くと、ベルが【ロキ・ファミリア】の方をじっと見つめているのを見た。その視線の先には『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインがいた。その姿に面白いものを見たと言わんばかりの表情を浮かべるモルディアにベルは慌てた。

 

「あ、あの、モルディアさん?なんで笑ってるんですか?」

 

「ん~?いや、なに、美人さんだものな。見惚れてしまうのも無理らしからぬ話だ。ベルもいい男の子だものな」

 

「なぁっ!?な、なななななにを言ってるんですか!?」

 

「そう焦るな焦るな。美しい者には目が惹かれるもの。ベルの行動は別におかしな点はないさ………………………ふっ」

 

「笑ってるじゃないですかぁ!」

 

 そんなやり取りをしている時だった。どこかの狼の声が聞こえてきたのは。

 

「そうだ、アイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」

 

「あの話……?」

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ?!そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

 

「それそれ!奇跡みてえにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ〜」

 

 あの現場にいた身ながらよくあれだけ逃げたな、とモルディアは思わずにはいられなかった。いられなかったが、この後の展開がおおよそ読めたので軽くつまめる物を注文する。ベートのやりたい事もなんとなく分かったからだ。

 

「それでよ、いたんだよ!いかにも駆け出しっていうひょろくせえガキが!

 抱腹もんだったぜ、兎みたいに壁際へ追い込まれちまってよぉ!可哀想なくらい震え上がっちまって、顔を引き攣らせてやんの!」

 

「ふむぅ?それでその冒険者どうしたん?助かったん?」

 

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ!っな?」

 

「……」

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトみてえになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛ぇぇ……!」  

 

「うわぁ……」

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ……!」

 

「……そんなこと、ないです」

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ……ぶくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!連れの女を置いて行っちまってたのもお笑い草だよな」

 

 少なくとも、モルディアはその程度で笑いはしなかった。力のない弱者が恐怖と相対し、解放された衝撃で走り出して何が悪い?ベルの場合はそうではなかったが、少なくともこんな場所で笑いものにされて良い訳がない。ベルは顔を下げ、エリスはそんなベルを心配そうに見ていた。

 

「・・・・・・くっ」

 

「アハハハハハハッ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてしまうアイズたんマジ萌えー!!」

 

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねえヤツを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに、泣くわ泣くわ」

 

「……あらぁ〜」

 

「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣き喚くくらいだったら冒険者になんかなるんじゃねえっての。なぁアイズ?」

 

「……」

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

 筋違いな話をしているな、とモルディアは思わずにはいられなかった。モルディアは懐から取り出した煙管に再度口をつける。奥まった場所であるが故に誰も気にしてはいなかったが、モルディアが煙管を口にする理由を知っているミアは鋭い視線を向け、それに対してモルディアは心配いらんとばかりに手を横に振る。

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

「おー、おー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえヤツを擁護して何になるってんだ?それはテメェの失敗をテメェで誤魔化すためのただの自己満足だろ?ゴミをゴミと言ってなにが悪い」

 

「これ、やめえ。ベートもリヴァリアも。酒が不味くなるわ」

 

 流石に空気が悪くなっているのを察したのか、主神であるロキが修正を図ろうとするも時はもうすでに遅く。

 

「アイズはどう思うよ?自分の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってんだぜ?」

 

「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

 

「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって。じゃあ質問を変えるぜ?俺とあのガキ、ツガイにするならどっちがいい?」

 

「……ベート、君、酔ってるの?」

 

「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾振って、どっちの雄にめちゃくちゃにされてえんだ?」

 

「……私は、そんなことを言うベートさんだけは、ごめんです」

 

 モルディアは内心情けなと思いながら、笑いを嚙み殺す。あれだけ意気揚々と語っておきながら、結局はソレかと思わずにはいられなかったからだ。そりゃそんな他者下げしておいて良い男だと思われようはずがない。ベルの心情関係なく下らないとしか思えなかった。

 

「無様だな」

 

「黙れババアッ。ならお前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前でほざかれたら、受け入れるってのか?」

 

「……っ」

 

「は、そんな、筈ねえよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。他ならぬお前がそれを認めねえ」

 

 それでも諦めきれないのか、初志貫徹しようと言いたいのか、理由は分からないがベートは決定的な言葉を口にした。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 その言葉は、浮かれていた少年の心を砕くには十分すぎるソレだった。

 ベルは席を立ちあがり、そのまま店を出ていった。それを黙って見送ったモルディアは懐から財布を取り出し、テーブルの上に置く。そこに置いてあった金額はそれまで飲み食いしていた料金の倍近くはあり、ソレが意味するところはつまり――――

 

「エリス、少し待っていてくれるか?」

 

「あ、はい。あの、モルディアさん……?」

 

「なぁに、心配するな。少し(・・)話をするだけだからな」

 

 モルディアは立ち上がり、まだ何かを言おうとしているベートの肩を叩く。なんだ?と言わんばかりのベートの顔に煙を吐く。そんな周りの人間からすれば自殺行為のようなソレをした相手を見てさらに血の気が引いた。

 

「何すんだ、テメェ!」

 

『囀るな。黙って跪け』

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

 モルディアがそう口にすると、怒りで立ち上がったベートは急に跪き立ち上がらなかった。まるで強大な何かに押さえつけられているかのように。立ち上がるのを本能的に拒んでいるかのように。

 

「ローガ君、俺は君の感性や行動に文句をつける気はないんだ。君が発破かけてくれたおかげで、あの子は今日確かに前に進むために必要な一歩を刻んだ。そのことには感謝しているよ?でも、それ以上は駄目だ。俺が俺を抑えられないからね」

 

 煙管を口にするモルディアの瞳が金光を宿していた。その瞳を見た誰もが本能的な恐怖を隠せなかった。自分とは隔絶した絶対を目にしたかのように、自分では勝てないと心に刻み込まれるかのように。その瞬間、誰もがモルディアに対する恐怖を感じずにはいられなかった。

 

「俺には嫌いなモノが幾つかあってな。その内、三つだけ明かしてやるよ。一つは自分の領分を弁えない阿呆。一つは大言壮語をほざく馬鹿。もう一つが――――俺の家族をけなし笑うカスだ」

 

「……………っ」

 

「ふむ。俺は別に口を閉じろとまでは言ってないんだがな。まぁ、いいか。

 ローガ君、君のスタンスは否定しないよ?震えて怯えて縮こまるような奴が強くなれることなんてない。だから、誰かが尻を蹴り飛ばしてでも立ち上がらせなきゃならない。望んで悪役を演じる君にとやかく言う気はないんだよ。

 

 でもね?俺も我慢の限界というものがある。俺はあの子がいなくなった状態であの子を笑うというなら、ソレを抑える気はないんだ。俺は家族に対する侮辱を放っておけない質だからさ。家族を笑う身の程知らずの愚か者を放っておく訳にはいかないんだよ」

 

「愚か者、だぁ……?」

 

「そうだよ、道化の眷属。お前らは何をしていた?先達から最強の座を引き継ぎ、このオラリオの、いや下界の未来を背負わされることになった者たち。かつての最強の後塵を、その影を踏む事しかできていない者たち。お前たちに本当に黒竜が倒せるのか?」

 

 『隻眼の黒竜』。それはこの下界に残された最大の試練と言ってもいい。かの最強の眷属ですら壊滅させられた相手を、その影しか踏むことが出来ていない者たちが勝てるのか?いいや、できようはずもない。彼らでは、いやこのオラリオに生きる全冒険者の戦力を用いても届くことはないだろう。

 モルディアはソレを断言できる。何故なら――――

 

「黒竜を直接(・・)見た俺が断言しよう。無理だ。今のお前たちが死力を尽くしても、【フレイヤ・ファミリア】と共闘したとしても。絶対に勝てない。そんなお前たちが、何故あの子を笑える?今の自分では絶対に勝てない相手に怯えることの何が悪い?恐怖することの何が悪い?諦観に支配され震えることの何が悪だ?

 ――――調子に乗るな、弱者。かつて、お前たちがそうだったように。今のあの子がそうだった、というだけの話だ。お前らにあの子を笑っていられるほどの余裕があるのか?今のお前たちに自分の力量に安堵していられるだけの時間があるのか?ないよ、そんなものはどこにも」

 

「……あ、あなたは黒竜に会ったの?」

 

「ああ。そして、確信した。今の俺とアレがぶつかれば、世界は滅びると。だから、ぶつかることを避けた。そこまでの義理はなく、同時に守るべきものもなかった当時の俺に、アレとぶつかり合う選択肢はなかったからな」

 

 その口ぶりは犠牲さえ度外視すれば、黒竜を討伐できるというモノだった。それ即ち、最強の証明。かつて神時代の結晶と呼ばれた彼らさえも、彼の前では木っ端と変わらぬとそう告げる不遜の極みだった。それでもソレを疑わせない圧力を感じずにはいられなかった。

 

「まぁ、そんな事はどうでもいい。焦れよ、悶えろよ、悩めよ、考えろよ。他者を笑っている暇などない。他者に気を配っている時間もない。ましてや他者を嘲笑う余裕などどこにもないんだ。走り続けろとは言わない。休むなとも言わない。だが、進み続けろ。今あの子がそうしているように、進むことを止めるな。そうでなければ、誰が【救世(マキア)】など謳えようか」

 

 それは予言。この言葉で火が着くことなくただ震え縮こまるのなら。それはもうその道を進むこと自体が間違いであったという証左に他ならない。この予言を踏破せんと立ち上がることが出来ないなら、それは英雄候補などと呼ばれることが間違いだったのだ。

 ■■■から贈られる言葉。これは祝福であり呪い。お前たちにはソレができる筈だという期待とそうすることも出来ないというのならば死んでしまえという宣告。下界の悲願を見ずに死んでしまった方がその身のためだろう、という優しさにも似たソレ。

 

「これだけ言っても変わらないのなら、どうしようもない。看板など下ろして仮初の平和を楽しめばいい。世界は期待する相手を間違えた。ただそれだけの話なのだから」

 

「……けんな」

 

「うん?」

 

「ふざけてんじゃ、ねぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 狼の咆哮が本能に課せられた恐怖を打ち破る。好き放題語ってくれた男を黙らせてやると言わんばかりに襲い掛かる。それを無謀と思いつつも、ソレが出来たベートに心を揺らされる。

 

「ほう……アレを破るか」

 

「死んだほうがマシだぁ?寝ぼけてんじゃねぇぞ、ボケが!最強気取りが、動くことを止めた腰抜けが、好きに語って気持ちよくなってんじゃねぇよ!」

 

 襲い掛かったベートだったが、瞬きの間に鎮圧された。瞬間的に加速された拳はLv5の近接特化職ですら捉えることのできない速度で打ち放つことも容易だ。地面に寝転がる羽目になったベートを見下ろしながら、モルディアは言葉を紡ぐ。

 

「好きに語らせたのはお前らだろうが。さっきも言ったろう?調子に乗るなよ、弱者。俺からすればお前もあの子も何も変わらない。飢えろ。足りていないことを自覚しろ。ただでさえ時間が足りていないのに、何をちんたらしているんだ?」

 

 モルディアからすれば分からないことだらけだ。こんなに目標は明確なのに、こんなにするべきことは決まっているのに、こんなにやるべきことが山積みなのに、何故安穏としていられるのか?目を離してまだ大丈夫なのだと安堵することが出来るのか?

 

「挑めよ、冒険者。それがお前たちのやるべきことだろう?命を捨てろと言うんじゃない。強くなるために、成長するために、挑むことを止めるなと言っているんだ。それが輝く星に並び立たんと決めたお前たちの役目だろう。目標になれ。お前たちのようになりたいと思う者たちの背を駆り立てるように」

 

 かつて、自分がそうだとは思わなくともそう振る舞ったように。力がない人々にもあの人のようになれたらと思わせるように、弱者を駆り立てる存在になれ。そうなることが出来ないのなら、せめて後塵にその席を譲れと。強者ゆえの傲慢を、強者とならんと足掻くものへ告げる。そうでなければ、お前たちの存在価値はないのだと。

 その言葉と共にモルディアの瞳から金光は消え失せ、元々の黒色の瞳がそこにはあった。それと同時に先ほどまであった圧力も消え失せた。

 

「ふぅ……神ロキ」

 

「な、なんや?モルやん」

 

「しばらく……そうですね。怪物祭(モンスター・フィリア)が終わるまで、Barと喫茶店は出禁にするんで認識しといてくださいね」

 

「えええぇぇぇぇっ!?んな、殺生な!」

 

「当然でしょう?寧ろ、期間制限付きな点を感謝してほしいくらいですよ。それに別に酒を飲むなって言ってるわけじゃないでしょう?」

 

「そうは言ってもやな……モルやんのところで飲む酒は格別やんか。皆が帰ってくるまで楽しみに待ってたんやで?皆で打ち上げに使わせてもらおうかな~って思ってたぐらいなんやで?」

 

「そう仰られてもね。今の心境では中々おもてなしをしようとは思えませんので、諦めてください。怪物祭の後は好きにしていただいて結構ですので。まぁ、いつ開けるか分かりませんが」

 

 ふぅ、と煙管から口を離して煙を吐き出す。モルディアが煙管を口にしている姿が珍しいためか、ロキは首を傾げる。

 

「モルやんって、煙草吸っとったっけ?」

 

「普段は吸いませんよ。それにこれは煙管じゃなくて、ただの魔道具ですよ」

 

「へ?それも魔道具なん?」

 

「ええ。俺は体質上、市販で販売されているほぼ全ての薬品が効きません。俺の分解能力が高すぎて、効能が発揮される前に無害化してしまうんですよね。だから、その分解能力を上回る薬効を取り込まないと薬の効果を発揮できないんですよ」

 

「……………なんや、ソレ」

 

「ああ、ちなみに普段から吸ってるのは鎮静作用のある薬効でしてね。でも、ローガ君は流石だ。ローガ君に吐き出したのは興奮剤にも似た効果がありましてね。それも俺の体の中で大半の薬効が分解されているのに、彼は立った。その薬効を限りなく微量だとしても取り込み、彼は俺の前に立った。素晴らしい事ですよ、コレは」

 

「モルやん、それは……」

 

「俺は家族以外のことなら沸点高いんですけどねぇ。どうも、そのことにだけは沸点低くて。前にこの店でヘスティアを侮辱した輩がいたんですけど、コレ忘れてきちゃって――――つい半殺しにしちゃったんですよね。家族を貶す奴は許せない。この感情、分かりませんか?神ロキ」

 

 先ほどの金光ではないが、モルディアの瞳に危うい色を感じたロキ。狂人ではなくとも、ソレにほど近い何かをモルディアから感じずにはいられなかった。無論、モルディアからすればそれも計算のうちだったのだが。

 ミアが警戒していたのはコレであり、店の中での争いにはならなかったがその有様は半殺し程度で済む様ではなかった。四肢は砕けるか罅が入り顔面はボコボコ、終いには何があったのか当人は欠片も覚えておらず、思い出そうとすると体が震え出すというオマケ付きだったという。

 

「すまないね、モルディア君。件の彼にはこちらからまた謝罪に向かわせてもらうよ」

 

「不要だよ、フィン団長殿。俺も言いたい事を言いましたし、何より酒場での罵詈雑言など聞き流すぐらいで丁度いい。謝罪する必要もそれを受け入れる必要もない。俺の戯言だって聞き逃したって何ら構わない。ただ、先達としてこれだけは忠告させてもらおう」

 

「……聞いておこうか」

 

「平和に酔いしれるのは結構だ。だが、常に世界の脅威はどこかに渦巻いているものだ。それに対抗できるのか否か、それは総て君たちのこれまで積み重ねで変わってくる、ということをお忘れなく」

 

 その言葉の重みはフィンの肩に重くのしかかってきた。モルディアの言葉は至極当然の事でしかなく、事実他人からその言葉を伝えられたとしても頷くだけだっただろう。しかし、モルディアから紡がれる言葉には軽々と頷くことが出来ない想いを感じられた。

 

「……まっ、所詮は老兵の戯言。気にしすぎる必要もない。君たちは君たちなりの冒険をすればいい。俺にはそこまで君たちの未来へ関与する資格なんてないんだからな」

 

「そんな老兵である君は手伝ってはくれないのかな?今回の埋め合わせも是非やらせてほしいと思うんだけれど」

 

「……ふぅー。こんな老兵を働かせようだなんて、中々鬼畜だねぇ君は」

 

「あんた、団長に向かって……!」

 

「黙っていろ、ティオネ。今は僕が話している」

 

「団長……?」

 

 フィンの厳しい顔つきを見て顔を歪ませるティオネ。それに対し、フィンはこの会話が数少ない、いや唯一と言ってもいい目の前の男を協力させる機会だろうと思っていた。モルディアは優しい雰囲気を出しつつも、中々他人を内には入り込ませない。協力などもっての外だ。

 これまで何度も接触を図ってきた。だが、モルディアは常に一線を引いて内側にこちらを招き入れることはなかった。それはモルディアにとってソレが必要のない事であったからだ。オラリオのトップファミリアの力を必要としていなかったからだ。そんな協力がなくとも自分がやっていけるという自信だった。

 今のやり取りを見ていて感じた。この男の力がファミリアには必要だと。この男の力があれば、さらにファミリアとしての実力を上げることが出来ると。男の語った下界の悲願、【黒竜の討伐】へグッと近づくことが出来る。その確信がフィンにはあった。

 

 そんなフィンの思惑が見えたのか、さてどうしたものかと思っていると袖を引っ張られるのを感じそちらに視線を向ける。そこには少し怯えているエリスの姿があった。そんなエリスの頭をなでながらモルディアは思考を放棄する道を選んだ。正確に言えば後回しにすることにした。

 

「悪いな、フィン団長殿。この話はまた後日にさせてもらおう。団長様や主神殿を交えて話をさせてもらった方が良いだろう。そうさな、怪物祭の翌日の昼にうちの店を訪ねてくれ。こちらでセッティングしておくからな」

 

「……しょうがないか。分かった、その時にはこちらも謝罪させてもらうよ」

 

「まっ、そんな大層なものは必要ないだろう。あの子は英雄が好きだから、君と言葉を交わせるだけでも喜ぶだろうしな」

 

 その言葉と共にぐしゃぐしゃにしてしまったエリスの髪を手櫛で直して店を去ったのだった。




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