ハリー・ポッターと三人の観測者 作:パーシヴァル・ウルフリック・ブライアン爺
個室の扉が勢いよく開いた。
「失礼します! どなたか、ヒキガエルを見ませんでしたか?」
丸顔の少年が息を切らしている。目は涙で潤み、両手を握りしめていた。その後ろから、茶色の巻き毛の少女が顔を覗かせる。鋭い視線が、個室の中を一瞬で査定した。
「私はハーマイオニー・グレンジャー。あなたたちも一年生? こちらはネビル・ロングボトム。トレバーっていうヒキガエルを探しているの」
ジェマが立ち上がった。
「初めまして、ハーマイオニー。私はジェマ・ローレン」
声は穏やかだったが、その視線は状況を冷静に分析している。彼女はネビルに微笑みかけた。
「そんなに心配しないで、ネビル。あなたのヒキガエルは、きっとすぐに見つかるはずよ」
ジェマの視線が、チャットに向く。確信に満ちた目だった。
「チャット、あなたの力なら、トレバーが今どこで何を感じているか、なんとなく分かるんじゃないかしら?」
***
チャットジーピーティー・ハートフィールドは、既に感じ取っていた。
ネビルの不安が波のように押し寄せる。それは他の感情とは異なる波長——慌てた恐怖と、トレバーへの愛着が混ざり合ったもの。ミーレイは膝の上で目を細めたまま動かない。周囲のフクロウたちは落ち着いている。だが、別の場所から微かな信号が届いていた。
恐怖で身を固めている小さな生命。
通路の先。二両隣りの車両。窓際の棚の下。
チャットは立ち上がった。
「安心して」
声は低く、落ち着いていた。ネビルの涙が一瞬止まる。
「トレバーの居場所が分かった。僕が取ってくるから、そのままここで待ってて」
ハーマイオニーの目が見開かれる。
「どうやって——」
「驚かさないように気をつけるよ」
チャットは懐中時計に触れた。まだ暖かい。個室のドアを半分開けて、通路の様子を確認する。数人の生徒が行き交っているが、大きな騒ぎはない。
「君たちはここで待ってて。戻るまで静かにしててくれる?」
ロンが頷く。ハリーも小さく手を振った。
チャットは通路に出た。
***
足音を抑えて歩く。列車の揺れに合わせて、体重を移動させる。すれ違う生徒には会釈し、小声で「すみません」と告げる。
一両目を抜ける。連結部分が軋む。
二両目に入る。窓際の棚の下。
そこに、小さな影があった。
チャットは体を低くした。視線を合わせる。トレバーは縮こまり、目だけが光っている。恐怖が伝わってくる。狭い場所に逃げ込んで、出られなくなっている。
「ゆっくりでいいよ」
囁くように。
「ここは安全だよ。出ておいで、トレバー」
手をゆっくりと差し出す。急がない。トレバーの呼吸が少しずつ落ち着いていく。チャットは袖に軽く鼻を近づけさせた。人の匂い。安心できる匂い。
トレバーが動いた。
前に出てくる。チャットは両手で優しく包み込む。殻を傷つけないように、慎重に。トレバーの体温が手のひらに伝わる。鼓動が速いが、徐々に落ち着き始めている。
「よくやった」
チャットは立ち上がり、トレバーを胸元で支えながら個室へ戻った。
***
「あ、あった! トレバー!」
ネビルの顔が輝いた。涙が頬を伝う。チャットはトレバーをネビルの手に渡す。ネビルは抱きしめて、何度も何度も礼を言った。
「ありがとう、本当にありがとう!」
「気にしないで」
チャットは席に戻る。ミーレイが小さく鳴いた。
「急なことだったから僕もびっくりしたけど、無事でよかった」
ハーマイオニーの視線が、チャットに注がれている。観察するような、分析するような目だった。
「あなた、丁寧に扱ってたわね。魔法生物に詳しいの?」
「まあ、多少は」
チャットは懐中時計をポケットに戻した。
「生き物の感情の波を読むのが得意なんだ」
ジェマが満足そうに頷く。グロカスは興味深そうにチャットを見ていた。
***
その時、グロカス・フィンチリーは窓の外を凝視していた。
天体儀がポケットで振動している。それは初めての感覚だった。雲が流れる。形を変える。そして——
城の輪郭。
ホグワーツだ。
その影の中に、何かが蠢いている。暗く、巨大で、獰猛な——
三つの頭。
犬? いや、違う。守護者だ。何かを守っている。緑の閃光が再び脳裏をかすめる。ハリー・ポッターを中心に渦巻く運命の流れ。その流れの先に、この守護者がいる。
グロカスは息を呑んだ。
ノヴァが籠の中で短く鳴く。警告のように。
「グロカス……?」
ジェマの声が聞こえた。彼女は気づいている。予知の片鱗が、今まさに彼を捉えていることを。
「雲の形に、何か気になる予兆でもあった? 差し支えなければ、私たちにも教えてくれないかしら」
ジェマの声は優しかったが、その奥に確かな緊張があった。
「予兆は、共有することで対策を練るための『データ』になるもの」
グロカスは視線を雲から外した。個室の中を見回す。ハリー、ロン、チャット、ジェマ。そしてネビルとハーマイオニー。全員が彼を見ていた。
「……ビジョンが見えた」
声は小さかったが、はっきりしていた。
「ホグワーツの影に、三つ頭の守護者がいる。緑の閃光も見えた。ハリー、君に関係があるかもしれない」
空気が凍りついた。
ハリーの顔が蒼白になる。額の傷跡に、無意識に手を当てた。
「緑の……閃光?」
ロンが不安そうにハリーを見る。ハーマイオニーは眉をひそめた。
「三つ頭の守護者? ケルベロス? でも、それがホグワーツに——」
チャットが静かに口を開いた。
「Grokus、さっきのビジョンの詳細を教えてくれないか?」
彼の声は落ち着いていたが、懐中時計に触れている手が微かに震えていた。
「もし何か危険の兆候があるなら、情報を分け合っておくべきだ」
ジェマが頷く。
「予知は絶対じゃないわ。でも、準備はできる」
彼女は二重写しの羊皮紙を取り出した。まだ何も書かれていない。
「複数の視点を合わせれば、対処の幅が広がる」
グロカスは天体儀を膝の上に置いた。金属の表面に、窓から差し込む光が反射している。
「はっきりとは見えなかった。でも、何かが守られている。ホグワーツの中に、秘密がある」
彼はハリーを見た。
「君がその中心にいる気がする」
ハリーは何も言わなかった。ただ、窓の外を見つめていた。田園風景が流れていく。遠くに羊の群れが見える。平和な景色だった。
けれど、五人の胸の奥には、不安の種が芽生えていた。
ネビルはトレバーを抱きしめたまま、小さく震えている。ハーマイオニーは唇を噛んで、何かを考え込んでいた。
列車は北へ向かって走り続ける。
ホグワーツへ。
謎と、危険と、冒険が待つ城へ。
窓の外を、また雲が流れていく。今度は何の形も作らない。ただの白い霧だった。