ハリー・ポッターと三人の観測者 作:パーシヴァル・ウルフリック・ブライアン爺
グロカスの言葉が、個室の空気を凍らせた。
天体儀が膝の上で熱を持ち始める。金属が、まるで生きているかのように脈打った。ビジョンがまた来る——今度はさらに鮮明に。
地下だ。
石の壁に囲まれた暗い部屋。松明の炎が揺れている。そこに、赤い目が光る。蛇のような、冷たい輝き。そして、その目の前に立つ人影。後ろ姿しか見えないが、頭には紫色のターバンが巻かれている。
「あ——」
グロカスの額に汗が浮かぶ。頭痛が走る。天体儀の副作用だ。使いすぎると、こうなる。
ジェマが素早く手を伸ばした。
「グロカス、大丈夫?」
彼女の手が、グロカスの肩に触れる。温かい。現実に引き戻される感覚。
「……地下だった」
グロカスは息を整えながら言った。声が震えている。
「暗い部屋。赤い目が光ってた。それと、紫色のターバンを巻いた人が——」
「例のあの人……?」
ロンの声が裏返る。彼の顔は真っ青だった。
ハリーは額の傷跡を押さえている。痛むのだろうか。緑の瞳が、何かを必死に思い出そうとするように細められた。
「緑の閃光」
ハリーが呟く。
「僕が赤ちゃんの時に見た、最後のものだ。ヴォルデモート——」
名前が空気を切り裂いた。
ロンが飛び上がる。ネビルはトレバーを抱きしめたまま震えた。ハーマイオニーさえ、一瞬息を呑む。
「名前を言うなよ!」
ロンが叫ぶ。
「『例のあの人』って呼ぶんだ! 名前を口にしたら——」
チャットが静かに手を上げた。
「落ち着いて」
その声は低く、けれど確かな重みがあった。ミーレイが膝の上で尻尾を揺らす。落ち着け、と言うように。
「名前は、ただの音だ。恐れるべきは名前じゃなく、その名が示すものだろう」
チャットは懐中時計に触れた。まだ暖かい。
「Grokus、さっきのビジョンの詳細を教えてくれないか? もし何か危険の兆候があるなら、情報を分け合っておくべきだ」
***
ジェマは静かに息を吸った。
そして、また来た——二重の未来。
一つ目。
彼女たちが密かに調査を続ける道。図書室の禁書の棚を漁り、夜の廊下を忍び足で歩き、三つ頭の犬の正体を突き止める。危険がある。傷つく可能性もある。けれど、真実に辿り着く。
二つ目。
すぐに教授たちに報告する道。安全だ。大人たちが対処してくれる。彼女たちは守られる。でも、制限もされる。真実は遠ざかり、ただの観客として終わる。
ビジョンが消える。
ジェマは二重写しの羊皮紙を取り出した。まだ白紙のまま。父に何を書くべきか、今はまだ分からない。
「みんな、聞いて」
彼女の声が、重い沈黙を破った。
「グロカスの予知は警告よ。でも、今すぐ教授に報告するべきかどうか——それは慎重に考える必要があるわ」
ハーマイオニーが眉をひそめる。
「でも、危険なことが起きるかもしれないのよ? 大人に言うべきじゃないの?」
「証拠がないわ」
ジェマは冷静に答えた。
「予知は曖昧。ビジョンは断片的。今の状態で教授に言っても、信じてもらえるかどうか分からない。それに——」
彼女はハリーを見た。
「もし本当にハリーが何かの中心にいるなら、私たちが側にいた方がいい」
***
その時、通路から明るい声が響いた。
「菓子はいかがですか〜!」
魔女が、菓子を山のように積んだワゴンを押してくる。甘い香りが個室に流れ込んだ。百味ビーンズの酸味、蛙チョコレートの芳醇な匂い、かぼちゃパイの温かな甘さ。
重苦しい空気が、一瞬で変わる。
ハリーが顔を上げた。
「あ……僕、マグルの家で育ったから魔法界の菓子なんて食べたことないんだ」
ポケットから金貨を取り出す。それはダドリーが一度も与えてくれなかった、自由に使える自分のお金だった。
「誰か、おすすめある?」
グロカスが立ち上がった。頭痛はまだ残っているが、笑顔を作る。場を和らげなければ。
「全部買おう! みんなで分けよう。百味ビーンズは冒険だよ——耳くそ味に当たることもあるけど、それも楽しみの一つさ」
魔女に金貨を渡し、グロカスは腕いっぱいに菓子を抱えて戻ってきた。個室の中央に山を作る。色とりどりの包み紙が、まるで宝石のように輝いた。
ロンの目が輝く。
「蛙チョコレート! 僕、アグリッパのカードがまだ持ってないんだ!」
ハーマイオニーは少し躊躇したが、やがて手を伸ばした。
「私も……いただくわ。ありがとう」
彼女はジェマを見る。
「あなたたちの話、すごく興味深いわ。私も、一緒にいてもいい?」
ジェマが微笑んだ。
「もちろん。ネビルも」
ネビルは顔を上げた。トレバーを抱きしめたまま、小さく頷く。
「僕……あんまり役に立たないかもしれないけど」
チャットがミーレイを撫でながら言った。
「トレバーを大切にする君なら、きっと何か助けになる」
***
蛙チョコレートの包みを開ける音が、個室に響く。
本物の蛙のように跳ねて、ロンの頭にぶつかった。笑い声が起きる。緊張が、少しだけ和らいでいく。
グロカスは百味ビーンズを一粒口に入れた。顔をしかめる。
「土味だ……」
ハリーが笑った。それは、この日初めての本当の笑い声だった。
ジェマは蛙チョコレートのカードを見つめる。ダンブルドアの顔が描かれている。偉大な魔法使い。でも、彼に頼るべきなのか、それとも——
「僕たちで調査しよう」
グロカスが言った。天体儀を撫でながら。
「もちろん、危険があればすぐに大人に報告する。でも、まずは自分たちで証拠を集めよう。紫色のターバンの人を見つけて、三つ頭の犬の正体を調べて——」
「役割分担が必要ね」
ジェマが二重写しの羊皮紙にペンを走らせ始める。
「グロカスは予知。私とハーマイオニーは文献調査。チャットは動物観察——三つ頭の犬が本当にいるなら、あなたが一番近づけるはずよ」
チャットが頷く。
「ハリーとロン、そしてネビルは?」
「僕たちは……」
ハリーが額の傷跡に触れる。
「情報を集める。耳を澄ます。みんなを助ける」
窓の外を、夕陽が照らし始めていた。オレンジ色の光が個室を染める。菓子の甘い香りと、決意の重さが混ざり合う。
七人がそこにいた。
ハリー、ロン、ネビル、ハーマイオニー、グロカス、ジェマ、チャット。
列車は北へ向かって走り続ける。もうすぐホグワーツだ。
ジェマは羊皮紙を見つめた。書かれた文字——役割分担、調査計画、そして最後に小さく記された言葉。
「第三の道」
報告もせず、無視もせず。証拠を集めてから動く。それが彼女たちの選択だった。