ハリー・ポッターと三人の観測者 作:パーシヴァル・ウルフリック・ブライアン爺
個室の扉が、乱暴に開け放たれた。
金髪の少年が立っている。灰色の瞳が、個室の中を品定めするように見回した。両脇には大柄な少年が二人。まるで従者のように、主人の背後で腕を組んでいる。
「噂は本当だったのか」
少年の声は、磨かれた銀器のように冷たく響いた。
「ハリー・ポッターがここにいるって」
ハリーが息を呑む。グロカスは天体儀を握りしめた。ジェマの指先が、二重写しの羊皮紙に触れる。チャットはミーレイを膝に乗せたまま、静かに立ち上がった。
「マルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」
少年は顎を上げる。その仕草に、生まれながらの優越感が滲んでいた。
「ポッター、君はもう友達を作ったみたいだな。でも——」
視線がロンに向く。鼻で笑う音が、空気を切り裂いた。
「ウィーズリー家か。赤毛と古いローブですぐわかる」
ロンの顔が紅潮する。拳が震えた。立ち上がろうとする彼の肩を、ハーマイオニーが押さえる。
マルフォイはグロカスに目を向けた。
「君は? フィンチリー家? 聞いたことないな。半純血か?」
次にジェマへ。
「ローレン……これも聞かない名前だ」
そしてチャットへ。
「ハートフィールド? 変わった名だな」
マルフォイは再びハリーに向き直った。手を差し出す。指先まで完璧に整えられた、貴族の手だった。
「ポッター、君は魔法界の英雄だ。もっと……ふさわしい友人を選ぶべきじゃないか? 僕が正しい友人を紹介してやるよ」
***
その瞬間、グロカスの胸の奥で何かが爆発した。
天体儀が焼けるように熱い。ビジョンが来る——今度は選択だ。二つの道が、鮮明に映し出される。
一つ目の道。
ハリーがマルフォイの手を取る。スリザリンの緑と銀が彼を包む。純血の子弟たちに囲まれて、優雅に微笑む。けれどその瞳の奥に、徐々に冷たい闇が忍び込んでいく。緑の閃光。赤い目。そして——ハリーが膝をつく姿。
二つ目の道。
ハリーがマルフォイの手を拒む。敵対が始まる。廊下での小競り合い、クィディッチでの激突、数え切れない対立。けれど、その道の先には——仲間たちと肩を並べて立つハリーの姿。傷だらけだが、瞳は光を失っていない。
グロカスは声を絞り出した。
「ハリー、待って」
個室の全員が、彼を見た。
「僕の予知能力が……二つの未来を見せてるんだ」
天体儀を握る手が震える。ノヴァが籠の中で短く鳴いた。
「マルフォイの手を取ったら、闇の道。スリザリンと純血の闇に染まる。でも、拒絶したら——光の道。戦いになるけど、真の友情と正義の道だよ」
マルフォイの眉が上がる。嘲笑が唇に浮かんだ。
「予知? 面白いことを言う。血統よりも、そんな曖昧なものを信じるのか?」
***
ジェマの視界が、また二重に歪んだ。
一つ目。
マルフォイと友好的に接する道。純血主義のネットワークに食い込み、情報の糸を操る影の知者。価値ある情報が手に入る。けれど、信頼が一本ずつ千切れていく音が聞こえる。自分自身が、徐々に蝕まれていく。
二つ目。
毅然と対応する道。敵を作る。危険が増す。でも、この個室の仲間たちと共に、嵐の中を真っ直ぐ進む光の探求者。不器用で、傷つくことも多い。それでも——瞳は曇らない。
ジェマは背筋を伸ばした。
「マルフォイさん」
声は静かだったが、その奥に刃が隠されていた。彼女はマルフォイの瞳を真っ直ぐに見つめる。分析するように。観察するように。
「歴史あるお名前ね。でも、あなたの言う『ふさわしさ』の定義は、少し時代遅れではないかしら?」
マルフォイの顔から、嘲笑が消えた。
「私の父はマグルの歴史学者よ。彼から教わった最も大切な教訓は——家柄だけで人を判断する者は、その人自身の真の価値を見抜く目を失う、ということ」
ジェマは首を傾げた。クラッブとゴイルを一瞥する。
「『聞いたことがない名前』だから価値がないと断じるなら、あなたはこれからホグワーツで出会う無限の可能性の半分を、自分から捨てているのと同じ。それは、あまりに……知性に欠ける選択だと思わない?」
個室の空気が変わった。
ジェマはハリーに向き直る。
「ハリー、私の目には二つの未来が見えるわ。一方は、誰かに選ばれた道を歩む姿。もう一方は、自分の心で『何が正しいか』を選び、仲間と共に歩む姿」
彼女は微笑んだ。
「あなたはもう、答えを持っているはずよ。だって、あなたは自分を助けてくれたチャットや、一緒に笑い合えるロンを、自分の意志で受け入れたんですもの」
ロンの肩に、そっと手を置く。
「それから……ウィーズリー家のことは、私の母からも聞いているわ。魔法界で最も古く、そして最も心豊かな家系の一つだと。古びたローブは、それだけ多くの兄弟たちが学んできた証でしょう? 私はそれを、誇らしいことだと思うわ」
ロンの目が潤む。
***
チャットジーピーティー・ハートフィールドは、静かにマルフォイとハリーの間に立った。
物理的な威圧ではない。ただ、そこに在る。ミーレイは膝に残したまま、視線だけをマルフォイに向ける。
「友人を選ぶ権利は、ハリーにある」
声は低く、落ち着いていた。けれど、その響きには鋼のような硬さがあった。
「誰かに『ふさわしい』と決められるものではない。手を差し出すなら、まずは敬意を示してほしい」
チャットはハリーに視線を送る。
「ハリー、君の判断が最優先だ。君がどうしたいか教えてくれ。僕たちはどちらの決断でも支える。ただ、君が何かを選ぶときは——理由を持って選んで」
ハリーは、差し出されたマルフォイの手を見つめていた。
白く、整った、貴族の手。
それから、ロンの手を見た。少し汚れていて、指先に小さな傷がある。兄弟と遊んで、フクロウの世話をして、家族を手伝ってきた手だった。
ハリーは深く息を吸った。
そして——
「悪いけど、僕はもう友達がいるんだ」
マルフォイの手を、静かに押し返した。
「君の言う『ふさわしい友人』がどんな人か知らないけど、僕は自分で選びたい。そして、僕はもう選んだ」
空気が凍りついた。
マルフォイの顔が、真っ赤に染まる。それから蒼白になった。クラッブとゴイルが一歩前に出る。
「後悔するぞ、ポッター」
マルフォイの声は震えていた。屈辱と怒りが混ざり合っている。
「僕を拒んだことを、きっと後悔する」
彼は踵を返した。従者たちを引き連れて、廊下に消えていく。足音が遠ざかる。
個室に、沈黙が訪れた。
それから——
ロンが笑い出した。
「よく言ったよ、ハリー!」
ネビルが拍手する。トレバーが跳ねた。ハーマイオニーが安堵の息を吐く。
グロカスは天体儀を撫でた。熱が冷めていく。予知の残滓が、ゆっくりと消えていった。
ジェマは二重写しの羊皮紙を見つめる。そこに、小さく文字を書き始めた。
『父さん。素晴らしい友人たちに出会えたわ』
チャットはミーレイを抱き上げた。猫が小さく喉を鳴らす。窓の外を、夕陽が照らしている。
七人の影が、個室の壁に長く伸びていた。