枯葉が舞い落ち、風が徐々に冷たさを帯びていく秋の朝。アイドル学校、『スターライト学園』の講堂はいつにも増して騒めきに満ちていた。
全校集会の定刻よりまだ少し時間がある状況だが中等部、高等部共に多くの生徒達が席に座しており、隣接した者同士お喋りに花を咲かせていた。周りの生徒と同様に、1人の少女が横を向く。
「
明るいブラウンのセミロングヘアにピンク色のリボンを結んでいる彼女の名は
「なんだろうね……新しいライブの発表とか?」
薄い藤色の長髪に青色のリボンを蝶々結びしている少女、
「新オーディションの受付開始! とかもありそうじゃない?」
イエローゴールドのショートヘアーで前髪を三つ編みに結び、星型のヘアピンを留めている女子生徒……
『皆さん、おはようございます。今日は皆さんにとって重要なお話があり、ここに集まっていただきました』
辺りを見回し、織姫は一呼吸置いた後に言葉を紡ぐ。
『単刀直入に申し上げます。……我々スターライト学園は、ボディーガード養成学校、『プロテジェ学園』と提携いたします!』
「プロテジェ……学園……?」
聞き慣れない学校名、ボディーガード、提携。織姫の発表に講堂全体に騒めきが走る。あかりは織姫が口にした学園の名を復唱してみるが、そんな学校は自身の記憶領域のどこにも見当たらなかった。
『プロテジェ学園は都内にあるボディーガード養成学校で、優秀な人材を多数輩出しています。そのプロテジェ学園内で新たに『ジュニア・ボディーガード・アライアンス』……通称『JBA』が設立され、このJBA所属のボディーガードに、皆さんの護衛業務をお任せする運びとなりました!』
「ボディーガードの人が、スターライト学園に……」
「おお〜。これは驚きですなあ」
スミレとひなきも驚いた様子でスクリーンに映るプロテジェ学園の外観を見てみる。スターライト学園と負けず劣らずの広大な敷地内に白を基調とした校舎が建てられており、西洋の建造物のような荘厳さを感じる。生徒達の騒めきが鳴り止まない中、スクリーンに3名の男女の顔写真が映し出された。
『護衛を担ってもらうのはこちらの3名となります。
「えぇっ! 明日から!?」
「明日からもう、わたし達にボディーガードが……?」
突然の告知に、あかりとスミレは思わず顔を見合わせる。まだプロテジェ学園のことを何も知らないというのに、明日になればもうJBAとやらがスターライト学園に来て、その翌日から生徒達の護衛が始まるというのは予想外であった。こういった急な連絡は今に始まったことではないが、にしても話があまりに突飛で大半の生徒は現実味を感じていないようだった。
『それに伴い、本日の午後からこの3名がスターライト学園を訪れ、寮に荷物の搬入を行います。敷地の案内はジョニー先生と、清掃の
いつの間にか壇上に姿を現していたジョニーが首を縦に振った後に親指を立てる。
「グッモーニンハニー達! 今後は彼らが、ハニー達を色んな面で守ってくれる。『Junior Bodyguard Alliance』の理念は、『依頼人にとっての良き隣人となること』だと伺っている。ハニー達はぜひ彼らとコミュニケーションをとり、互いに良い関係を築くんだぜ! Yeah!」
マイクを通さず、よく通る声でジョニーが生徒一同にそう伝えると騒めきはすぐに静まり、全員が前を向いた。
『ジョニー先生が今おっしゃった通りです。彼らは協会から公認されたボディーガードではありますが、3名共皆さんと同じ中学生。年齢が近い者同士仲良く、時には刺激や学びを与え合える……そんな良好な関係を結べることを、私は祈っております。どうか彼らを拒まず、暖かく我が校に迎えてあげてください!』
熱を持った織姫の言葉に、誰も否定的な気持ちを持たなかった。自分らと同年代のボディーガードを派遣させるというのも、きっと自分達を想ってのことであるに違いない。生徒達の知る『織姫学園長』は、そういう人なのだ。彼女の願いに首を横に振る生徒は、1人も居ない。
「「「はいっ!」」」
乱れなく揃った生徒達の返事が、織姫の願いに賛同する何よりの証明であった。
「ボディーガードかぁ。なんだか、すごいね」
集会を終えて講堂から出た後、午前の授業を受ける為に校舎へ移動している最中、あかりが横に並ぶスミレとひなきに声を掛ける。織姫やジョニーが言った通り、ボディーガードとしてスターライト学園にやってくるあの少年少女と良い関係になりたいとは思うが、アイドルとしての道を進み始めて間もない自分達にこんな早くからボディーガードが護衛に就くというのは些か夢見心地のようで、いまいち実感が湧かない。
「うん。今まではあまり気にしたことがなかったけど、わたし達も芸能人だもんね」
スミレは学園にボディーガードが派遣される事にピンと来ていなかったが、よくよく考えてみると自分やあかりとひなき、その他大勢の生徒達は駆け出しではあるものの皆等しく芸能人の立場であり、著名な芸能人はボディーガードを雇っていると耳にしていた為、アイドルに護衛が就くのは自然なことだと理解したようだった。
「ですなあ。ボディーガードといえば、大人の人がやってるイメージだけど……ひな達と同い年の子がボディーガードになるなんて、新しい! 早く会ってみたいね! あの3人に!」
ひなきはスミレと対照的に初めから『JBA』の派遣に好意的であり、年若い人達がボディーガードを務めるのは今までにない試みだと心を躍らせている。彼女の表情からもワクワクが伝わってきて、あかりは微笑みながら頷く。
「そうだね! 『JBA』か……一体、どんな人たちかなぁ」
あかりは頭上に広がる晴れ空を見上げて、午後から訪れる3人の少年少女達のことを思うのだった。
同時刻。ボディーガード養成学校『プロテジェ学園の校門前にて、学園長の
「皆、おはよう。今日からスターライト学園でお世話になり、明日には早速護衛に就いてもらうが……心の準備は大丈夫かな?」
制服ではなく護衛業務用の黒いスーツに袖を通して桑折の前に並び立つ少年少女は、背筋をピンと伸ばした直立の姿勢のまま返事を返す。
「勿論です。いつでもやれます!」
「頼もしいね、あいむ」
「問題ありませんわ。この日が来るのが楽しみすぎて……夜しか眠れませんでしたから!」
「ははっ。しっかり眠れてるみたいでなによりだよ、リリス。ハルキも大丈夫かい?」
「はい。問題ございません」
気合い充分のあいむとリリスとは反対に、表情を変えずにハルキは静かにそう伝える。彼の言葉通り、その態度や振る舞いに緊張や不安は特に見受けられなかった。
「良かった。いつでも繋がるようにしておくから、困った時はいつでも連絡しておいで。この前伝えた通り、その日に起きたことや業務内容は毎日メールか電話で報告してね。手間をかけさせて申し訳ないが……頼むよ」
「はい。承知しました」
3人を代表し、ハルキが桑折の指示を承る。
「いつ、どこで、誰が、何をして、その後どうなったか。これらが伝わるものであれば、内容はなんでも構わない。今のうちから物事を簡潔に報告する癖をつければ、将来の役に立つ。どの警護業務にも、報告書類の提出はつきものだからね」
「分かりました。毎日欠かさず報告させていただきます!」
「その意気だよ、あいむ。大変なこともあるだろうけれど……君達ならやれる。安心して行ってくると良い。定期的に面談の時間も作るから、思うことや感じたことはその時に話してくれたらありがたい」
笑みを湛えた目を崩さず、柔らかな声音で桑折はそう言った。ボディーガードになる為にこれまで過酷な訓練を乗り越え、圧倒的な成績を収めたこの3人なら、不安なく業務を任せられる。そして叶うのなら……スターライト学園で色んな経験を積み、今より更に成長したハルキがまた笑顔を見せてくれるようになることを信じ、期待を乗せて続ける。
「3人の活躍を、心から期待しているよ。頑張ってね」
「「「……はい!」」」
静かだが熱の籠った桑折の激励を受け、ハルキ、あいむ、リリスの3名はぴったりと声を合わせるのだった。
「けっこう山の方にあるんだなぁ、スターライトって。周りに何もなさそうだぞ……?」
3人を乗せた車が走り続けること数時間。もう間もなくスターライト学園の敷地に到着するのだが、左右の車窓から見えるのは緑色の葉が茂る木々ばかりで、あいむは近くに建物等がないとごちる。隣で聞いていたリリスも窓の外を見て顎に手を当てた。
「困りましたわね……これでは買い物に行くのも一苦労ですわ。まぁ、トレーニングとでも思えば苦ではないかと」
「だな。あっちの寮に住まわせてもらえるんだから、ワガママは言えねぇ。ってか、星北はそもそも寮に住めんのか? スターライトは一応全寮制の女子校って聞いてたけど」
車に乗ってから終始無言で窓から見える景色を眺めていたハルキに話しかけると、彼はようやくこちらに目線を向けた。
「わからない。おそらく別になると思うけど、詳しくは聞いてない」
「まー、普通は別になるよな。無害そうなカオしてっけど、オマエも思春期真っ盛りの男なワケだし」
「どういう意味かな? それは」
疑問符を浮かべたように問うハルキに、あいむはカチンと来る。相も変わらず冗談や軽口が通じない彼の態度に機嫌を損ね、溜息混じりにレスポンスする。
「意味って、今言った通りだろうがよ。コッチが全部言わなくてもニュアンスくらい汲め」
あいむに強い口調でそう言われ、ただ無言で彼女を見つめ続けるハルキ。リリスを間に挟んで一触即発の状況の中、彼はすっと前を向いた。
「そう。おしゃべりは、もう止めにしよう」
「あん? オマエ、まだ話は……」
「着いたよ」
あいむの言葉を遮りながらハルキが指差した方向に、スターライト学園の校門が見えた。目を凝らすとそこに数名の人影もある。自分達を案内してくれる先生方と思われ、あいむはネクタイを、リリスは髪を整える。ハルキもきゅっとネクタイを締め直し、車が完全に停まったのを確認してから静かに降りる。
外から見るスターライト学園の校舎は、自分達が通う学園と同じかそれ以上に荘厳で大きなものに映った。ハルキは眼前の建物を見上げ、暫し見つめていたところに2人の男性が3人が居る方へ近付いてきた。
「JBAの諸君。スターライト学園へようこそ。オレはこの学園で教師を務めている、ジョニー
「清掃の
年季の入った緑色のジャージを着たダンディーな男性はハイテンション且つ熱く自己紹介を行い、清掃員らしくベージュ色の作業着に身を包み、前髪で右目を隠した青年は淡白に名乗る。2人の自己紹介を受け、ハルキ達3人も彼等の前に並ぶ。
「プロテジェ学園から参りました。星北ハルキと申します。これからよろしくお願いいたします。別府先生、涼川さん」
「ノンノン! それじゃあカタい。オレのことは、『ジョニー』と呼んでくれ!」
メトロノームのように人差し指を左右に動かし、ハルキに名前で呼ぶように伝えるジョニー。そう言われてハルキは一瞬躊躇うが、彼の熱い眼差しに思わず目を逸らしながらも小さく喉を震わせた。
「……では、ジョニー先生」
「センキュー! 期待してるぜ
「ルーキー……」
『ルーキー』。恐らく『ハルキ』という名前から付けたあだ名であると理解するが、顔を合わせてたった数分でそのように呼んできたり、英語を混じえた独特極まる話し方にハルキは既に少々置いてけぼりを喰らっていた。
「初対面からノリが軽すぎますよ。まぁ、いつもか。お前らのことは学園長から聞いてる。東雲と西城は俺が案内するから、星北はジョニー先生に着いていくといい」
ジョニーのノリに半ば諦観する姿勢を見せる涼川は早速、スターライト学園の敷地を案内すると伝える。訓練の恩恵でその人の声音や口調でハルキは相手の気持ちが大体把握できる故に、涼川が今何を思っているのかが大体分かった。手持ちの仕事が残っているのか、単に人と付き合うのを好んでいないのか、どちらにせよ早々に案内を終わらせたい様子であった。
ここに留まっている訳にもいかないし、無駄に時間を使わせるのも忍びない。ハルキはあいむとリリスに目線を送ってから頷く。
「承知いたしました。ジョニー先生、よろしくお願いいたします」
「オフコース! 張り切ってレッツゴー! Fooッ!」
「……別府先生、この数分で星北とは絶対合わないことだけはわかったな」
「そうですわね。星北さんのそっけなさは、どこへ行っても変わりませんのね」
「おーい。お前らも早く来い。時間もったいないだろ?」
小声で話しているあいむとリリスに涼川が声を掛け、2人は瞬時に姿勢を正す。
「「はい! ただ今!」」
2人は涼川の後ろに着き、ハルキはジョニーに着いて行く。校門の左右に居る屈強な体格をした男性警備員とハルキの目が合い、警備員はぺこりと会釈する。今日よりスターライト学園の関係者となるハルキ達を快く迎え入れたい気持ちが見て取れるが、ハルキは警備員に礼を返した後に少し俯く。警護業務を担う者の大半は、自分とは違い上背や身体の筋肉に恵まれているということを浮き彫りにされたみたいだった。
「……良いなぁ」
誰の耳にも届かない小さな声で、ハルキは1人そう呟くのだった。
出会いは、彼に何をもたらす。