文字数が想定より長くなってしまったため、今回は中編とさせていただきます。よろしくお願いいたします。
「グッドイーブニンッ! 待ってたぜ、ルーキー!」
スターライト寮へ到着し、寮の中へ入るひなきを見送ったハルキは『J×Jハウス』へ向かうと、ハウスの前には今日もいつもと変わらぬ緑色のジャージに身を包んだスターライト学園の教師、ジョニー
「ジョニー先生。お疲れ様です」
「今日も無事に護衛を終えられたようだな。エクセレンッ!! 学園マザーもお喜びだ!」
ひなきの護衛を無事に終えたことは既にジョニーや
「いえ、ボクは何も。ただ周囲を警戒しながら
そう言うハルキに、ジョニーは微笑を浮かべる。相変わらず真面目で固いが、傲ることが決してない振る舞いは好感が持てる。
「フッ。ちゃんとボディーガードとしての役目は果たしてるじゃないか。ルーキーが居てくれるだけで、ハニー達も安心するものさ」
「そう……ですか。それで、ジョニー先生はどうしてハウスに?」
「おっと、ソーリーソーリー。早速本題に入ろう。ルーキーは明日、あかりハニーの護衛以外に予定はないな?」
「はい。追加の依頼があればそちらも対応可能ですが、何かありましたか?」
明日はジョニーの言う通り『PON_PONクレープ』の宣伝ポスター撮影を行うあかりの護衛以外に予定はなく、それが終わればあとは空き時間となる。ハルキ個人としては1日にもっと業務を入れてほしいところだが、その調整はスターライト学園側に任せている為に口出しはできない。ジョニーがわざわざ聞いてくるということはもしや追加の依頼かと思うハルキだったが、ジョニーは軽く首を横に振った。
「ノンノン! 仕事のオファーじゃあない。あかりハニーにはもう伝えているが、明日はひなきハニーが新しいリップグロスのお披露目イベントでライブをするんだ。良い機会だし、ルーキーもあかりハニーと一緒に見に行かないか?」
「新条さんの、ライブ……」
「ルーキーはこれからも、スターライト学園のハニー達と関わることになる。だからアイドルとはどういうものなのか、実際に見て知っておいた方が良いとオレは思う。無理にとは言わないが……明日までに行くかどうか考えてみてくれ。ルーキーにとって良い勉強になるハズだぜ!」
ハルキはまだ、アイドルというのはどういうものかをあまり知らない。都度調べて情報収集はしているが、所詮は本やインターネットでの情報に過ぎない。実際のライブを見れば色々学べることも多いだろうが、自分がアイドルのライブに赴くというのは些か気が引ける。追加の護衛業務に勤しんでいる方が気持ちが楽なのは違いない。
「承知しました。考えておきますね」
「センキュー! よろしく頼む! あ、オレはこれからひとっ風呂浴びに行く予定だが、ルーキーもどうだい?」
「そうですね、早めに入浴を済ませれば書類作成の時間が多く作れますし。ジョニー先生がよければ」
ハルキの返答を受け、ジョニーはにんまりと口角を上げる。
「オフコース! そうと決まれば、早速着替えの準備だYeahェッ!!」
「は、はいただ今……」
いつでもどこでもハイテンションなジョニーに圧されながら、ハルキは急いでハウスへ入って準備を始めるのだった。
「ふぅ……今日もいい湯だな。身体が芯から温まるように、肩まで浸かれよルーキー!」
「ええ。そうします」
スターライト学園近郊の銭湯へ到着し、2人は身体を洗った後、ゆっくりと湯に浸かっていた。頭に乗せた手ぬぐいの位置を直しながら、ジョニーが隣のハルキに声を掛ける。
「ん、どうしたルーキー。何か考え事か?」
そう問われたハルキは、今自身が感じていることをジョニーに話してみることにした。何かあれば彼にも頼るよう
「桑折学園長から言われたんです。もっと色んな人と話をしてほしい、と」
「ほう。Mr.アイスがそんなことを言っていたんだな」
桑折の名を出す際にジョニーは毎度『Mr.アイス』という渾名で呼ぶので、もはや口出しするのも野暮な気がしたハルキはそのまま話を続ける。
「スターライト学園の皆さんとどんな話をすれば良いのか……わからなくて。ボクの立場で言えることは少ないですし……ボディーガードとしての役目を果たすことしか、ボクにはできないと感じていて」
「そんなのイージーだぜ。他愛ない話や、私生活のことでもなんでも良い。時には、ルーキーがハニー達にアドバイスをしても良いんじゃないか?」
ジョニーからの返答に、ハルキは俯く。私生活を話そうにも、自分の生活はなんの面白味もないし、聞き手を退屈させてしまうのが目に見えている。それに、自身の立場からアイドルに助言をするなんて身の程知らずにも程がある。そんな道理が通る筈ないだろうと彼は思う。
「業界のことをあまり知らないボクに、アドバイスなんてできません。「偉そうなことを言うな」と、反感を買ってしまいます」
「ノンノン。少なくとも、我が校のハニー達はそんなこと言わないさ。知らないのなら、知れば良い。オレも皆も、聞けばいつだって教えられるぜ! 悩むことなんてナッシング!」
「……ありがとう、ございます」
ジョニーは自信を持って、ハルキの想像を否定してみせた。スターライト学園の生徒が、助言した相手にそんなひどい言葉を浴びせるような者は居ないと。アイドル業界のことならジョニーでも他の生徒もハルキに教えられるし、悩む必要はないのだと告げる。
「それに、ルーキーの助言がハニー達の力になることは必ずある。あかりハニーとひなきハニーが、昨日はルーキーのお陰でベストなパフォーマンスをできたと話していたよ」
それを聞いた彼は、思わずジョニーの方を向く。水気を含んだハルキの長い髪が、重力に従って垂れる。
「昨日のこと、ジョニー先生にもお話されていたんですね」
「それはもう、嬉しそうに話していた。だからノープロブレム! ルーキーが選ぶ言葉が、それに託された思いが……ハニー達の道を開くことがこれからたくさんあるだろう。オレは、そう信じてる」
「ボクが選ぶ、言葉で……」
ハルキの呟きにジョニーは優しく微笑んで、頷く。
「ああ。ただハニーを守るだけでなく、向き合って、考えて、関わって。より良い関係を築いていくんだ。Mr.アイスも、それを望んでるはずさ」
ジョニーの言う通り、桑折もきっとスターライト学園の生徒達と良い関係を築くことを願っている。その願いは、直接本人の口から聞いていることだった。ジョニーもまた、ハルキが彼女達と仲良くできることを望んでいた。だからこそ、明日は彼にとって良い機会と言えるのだ。
「その為にも、ひなきハニーのライブに行ってみるのをおすすめする。ライブに食指が伸びないなら、ひなきハニーの様子を見に楽屋へ行くのもアリだぜ。Yeah!」
「あぁ、そのくらいでしたら……」
「フッ。そうこなくっちゃな! ハニー達と良好な関係を築くには、自分から踏み出すのも大事だ。ルーキーのペースで、スターライト学園やアイドルのことを知っていけば良い。時間ならまだまだたくさんある。だからそんなカオするな! なっ?」
こうして話している今もずっと、憂いを帯びた表情をしているハルキの肩にジョニーは手を置いてニカッと笑う。護衛業務を担う為にスターライトに派遣されているからか、ハルキは同期のあいむとリリスと比べて特に自身の立場や分を弁えることを徹底しているように見受けられる。責任感が強い人物だとは桑折から知らされていたが、想像以上かもしれないとジョニーは感じる。
なればこそ、自分やスターライトの皆に対して遠慮する必要はないと教えたい。ハルキも、あいむも、リリスもスターライト学園所属の仲間であり、隣人なのだから。ジョニーは笑って、隣で湯に浸かっているハルキを見つめる。彼に優しい眼差しを向けられたハルキは思わず目を逸らすが、どこか安堵したようにそっと瞼を閉じる。
「ありがとうございます。ジョニー先生」
一言礼を言って、ハルキは眼を開ける。ひなきが今日打ち明けてくれた悩みに、的確な答えを持たないと伝えてしまったが、的確でなくともかける言葉を考えることはできる。JBAとして、そしてよき隣人を目指す為に。彼はひとつ、心に決めるのだった。
「『PON_PONクレープ』第16代目キャンペーンガールの、
「精一杯頑張りますっ! よろしくお願いします!」
翌日。『PON_PONクレープ』のキャンペーンガールを務めるあかりの最初の仕事……ポスター撮り本番を迎えた。
専用の衣装に着替え、スタッフの音頭にあかりは緊張でやや上擦った声を出しながら頭を下げる。その様子を彼女の後ろから見ていたハルキだったが、急にこちらへ振り向いたあかりと目が合う。何か言いたげな視線を送られた為、彼は静かにあかりに近付く。
「大空さん、どうかしましたか?」
「えへへ……ちょっと緊張しちゃって……わたし、上手くできるかなぁ……」
「昨日、新条さんと練習したのでしょう? その時のことを思い出して、跳んでみては?」
「うん、そうだね! せっかくひなきちゃんが練習付き合ってくれたんだし、頑張らなきゃ!」
「その意気です。撮影にはトランポリンを使うみたいですが、くれぐれも怪我にはお気を付けて」
「ありがとう! でも大丈夫! トランポリンなら、もう跳び慣れてるから!」
そう言って、あかりは笑ってみせた。緊張がある程度和らいだように見えたので、ハルキは1歩後ろへ下がる。
「頑張ってください。大空さん」
「うんっ! 行ってくるね!」
あかりはハルキに手を振って、カメラの前へ移動する。月並みなことしか言えなかったが、こういう感じで生徒達と言葉を交わすと良いのだろうか。彼はいくつもの照明に照らされるあかりを見つめながらひとり思う。
業界についてまだそんなに知識はない以上、伝えられるのは最低限の励ましや祈り。それらは果たしてアイドル達が欲しい言葉達であるかは分からないが、スターライト学園の皆にとっての良き隣人になる為にも日々模索していく他ない。JBAなのだから、「やりたくないからやらない」は到底許される筈もない。今はただ、進み続けるしかないだろうとハルキは考えつつ、周囲を警戒しながらあかりの様子を見守る。
撮影が始まって1時間が経過し、スケジュールが少々押しているものの撮れた写真の出来映えは良いようで、最後に1度シャッターが切られる音が響き、スタッフが撮影終了の合図を出した。
後半はあかりがクレープを食べているところを撮っていることが多く、スタッフの反応も側から見れば好感触のように感じた。
「いや〜、跳びながらクレープを食べた子は初めてだ! 最っ高!」
カメラマンの男性が親指を立ててあかりを称賛し、そう言われた彼女は満面の笑みで頭を下げ、手に持っているクレープに口を付ける。
「ありがとうございました! ……んん〜! ほんとにおいしい!」
スタッフ達の拍手に見送られながら、あかりはハルキと合流する。何事もなく撮影が終わり、ハルキは少し肩の力を抜いた。
「お疲れ様でした。大空さん。上手くいったようで、良かったです」
「ありがとう! 無事にポスター撮り終わったし、ひなきちゃんのライブに行かなくちゃ! ハルキくんも行く?」
そう問われた彼は、少しの間の後に口を開く。
「ライブを見るつもりはありません。……ですが」
昨日ジョニーと別れてから今に至るまでひなきのライブに足を運ぶか否か考えたハルキが出した答えは、『ライブ自体は見ない』。けれど、そこに更に付け足すように言葉を続ける。
「新条さんの様子が少し気になります。なので、ボクも同行します。よろしいですか?」
昨日自分に話してくれた悩みについてもう少し詳しく聞きたいのと、それと単純に本番前で緊張や不安が表れていないかが気掛かりで、楽屋へ行ってひなきの様子を確認したい気持ちがある。故に自分も同行して良いか聞くと、あかりは嬉しそうに笑みを溢す。思っていた通り、彼はやはり真面目且つ律儀で、きっと根底にあるのは他者を思いやる気持ちなのだろうと確信し、強く頷きを返す。
「もちろんっ! 一緒に行こう! ハルキくんっ!」
「ええ。行きましょう」
「……あのっ、ボディーガードさん!」
あかりとハルキの2人が並んでスタジオから出ようとしたところに、背中から声が聞こえる。振り向くと、声の主は『PON_PONクレープ』の店舗主任を務めている女性だった。今回の撮影の為にクレープを作ってスタジオに運んでおり、そのままあかりのポスター撮りを見続けていたのをハルキは目にしている。だが何故撮影とは無関係の自分に話しかけてきたのか。もしや、この場に居たことが気に食わなかったのだろうか。そう考え、彼は少々身構える。
「はい? どうしました?」
出てくるのは恐らく、文句か何かだろう。撮影の邪魔にならないようにスタジオの隅にずっと居たが、警戒の為に終始周囲に視線を巡らせていたのは事実で、それが不快に映った可能性は充分ある。それが自身の役目なのだから苦言が出るのは致し方ないし、そもそも最初からJBAをすんなり受け入れてもらえるだなんて思っていない。どんな文句を言われようと受け止め、内容を上席に報告しよう。そう決めてハルキは女性の返答を待っていると、彼女は肩に掛けていたクーラーボックスを開けた。
「もし良かったら……クレープ、食べてもらえませんか? 撮影の為に多めに準備したので余ってしまって……」
「……はい?」
予想していたものとはまったく異なる返答に、ハルキは思わず聞き返してしまう。しかし、ボディーガードである自分がそのような施しを受ける訳にはいかない。
「既にスタッフの方全員にお渡ししましたが、それでも2つ余っちゃいまして……処分するくらいなら、どなたかに食べていただきたくて。いかがでしょうか?」
「いえ……ボクがいただくのは……」
「ハルキくん、もらっちゃいなよ! こんなにおいしいクレープを捨てちゃうの、もったいないよっ!」
「そうなんです! ですので、ぜひ食べてもらえませんか!?」
「うっ……」
あかりは両手に持っているクレープを見せながら訴え、女性もあかりの意見に賛同してハルキにクーラーボックスを近付ける。両者の後押しにハルキは揺らぐ。自分がもらう訳にはいかないが、かと言ってクレープが廃棄されてしまうのはもったいないというあかりの意見も一理ある。ボディーガードとしての自制心と、今後のJBAの発展。それらを秤にかけるのなら、自分がとるべき行動の最適解は、1つだった。
「では……お言葉に甘えます」
「ありがとうございますっ! 1個とは言わず、2個共持って行ってください!」
「えっ……あ……」
クーラーボックスから1個手に取ろうとしたつもりが、半ば強引にクレープを2つ両手に持たされるハルキ。主任の女性とクレープへ交互に目をやる彼に、あかりはくすりと微笑んだ。
「今日はありがとうございました! これからも『PON_PONクレープ』をよろしくお願いします!」
「こちらこそ! ありがとうございました!」
「ありがとうございました……」
女性にお礼を言って、2人はスタジオを後にした。何か、苦言や嫌味を言われると思っていたが予想の斜め上……且つ差し入れまでもらってしまった。厚意を無下にする訳にはいかないし、そうした方がJBAの心象も悪くならないと思ったのでそのまま受け取ったが、果たしてこれで良かったのか。着替えの為に更衣室へ向かうあかりの背を見送って、ハルキは両の手に持っているクレープを食べずにただ見続けるのだった。
「おーい! あかりハニー! ルーキー!」
制服に着替え終えたあかり達を外で待っていたジョニーが出迎え、2人は送迎用ワゴン車の前まで小走りで向かう。
「お疲れ様です! ジョニー先生!」
「ポスター撮り、上手くいったようだな。ルーキーも、あかりハニーに付いてくれてセンキュー! さ、乗った乗った!」
「はいっ! お願いします!」
ワゴン車のドアをスライドさせたジョニーにそっと、ハルキが話しかける。
「ジョニー先生、先方からご厚意でクレープをいただきましたが……1人では食べきれないので、先生も食べませんか?」
「おぉっ! ちょうど小腹が空いていたところなんだ! ルーキーが良いなら、ありがたくいただくとしよう! ベリベリセンキュー! ルーキー!!」
大仰なリアクションと共に目を輝かせ、ハルキが差し出したストロベリーフレーバーのクレープを受け取るジョニー。1人で2個のクレープを食べずに済んだハルキは安心したように息を吐く。食べられなくはないが、満腹と胸焼けで思うように動けなくなるリスクが大きいと判断し、1つはジョニーに渡すことにした。クレープをもらった彼のテンションの上がりようから、喜んでくれているのは確かであった。
順番にワゴンの中に入ると、既に1人の少女が後部座席に座っていた。
菫色の双眸に薄紫色の長髪、艶やかな髪に結ばれている青色のリボン。あかりと同じくスターライト学園の制服を着用し、手には小さめの占星術の本が開かれている。その少女に、ハルキは覚えがあった。
「あっ、スミレちゃん! おつかれさま!」
あかりは声を弾ませて、本をぱたんと閉じた彼女に挨拶をする。
「あかりちゃんもお疲れ。ポスター撮り、どうだった?」
「上手くいったよ! スミレちゃんも練習手伝ってくれたおかげ! 本当にありがとう!」
「ふふっ。役に立てたなら、良かった」
あかりとスミレは笑い合い、両者のやり取りをあかりの後ろで見ていたハルキだったが、こちらを覗くように身体を動かしたスミレとぱっちり目が合った。
「こんにちは。ハルキ君。また会えて、嬉しい」
スミレがハルキに話しかけ、柔和に笑む。何故自分と会えて嬉しいと思うのか理解し難いのと、何より彼女がわざわざ名前を覚えていたことに驚くばかりであった。
「こんにちは……ボクのこと、覚えていたんですね」
「もちろん覚えてるよ。もしかして、この前あかりちゃんが話してたのって……」
ハルキの言葉に何かピンと来たのか、顎に人差し指を当てて、スミレがあかりの方を向く。
「そうそう! ハルキくん、自分のことは覚えなくていいって言うからほんとびっくりしちゃったよ……」
どうやらあかりは『PON_PONクレープ』のキャンペーンガールオーディション時の出来事をスミレに話していたらしく、今のハルキの発言であかりの言っていた話が繋がった様子だった。
「実際、ボクはそう思っていたので」
淡々と事実だと口にするハルキに、スミレが微笑む。
「わたし達以外の生徒も、皆ハルキ君を知ってると思う。そう簡単に、忘れられないよ」
誰かに覚えられたとて、嬉しさはない。たとえ覚えられなくたって、悲しみもない。二度と自分という存在を肯定しない……そういう生き方を選んだというのに。あかりもひなきもスミレも、自分に優しい言葉を伝えてくれる。それがなんだかむず痒いし、そう言ってもらえる資格が自身にあるとは到底思えないけれど、言われること自体は、ハルキにとって嫌ではなかった。
「そうですか……不本意ですが、仕方ないですね」
「もう、絶対忘れないよ! ねっ、スミレちゃん!」
「うん。……2人とも、ここ空いてるよ」
スミレは両隣のシートをぽんぽん、と軽く叩いて、2人をそこに座るように促す。あかりとハルキがそれに倣って座り、全員がシートベルトを締めたのを確認したジョニーはアクセルを踏んでワゴン車を発進させた。
道を走っている最中、あかりはもう1個持っていたクレープをスミレに渡し、2人が一緒にクレープを食べ始めたのを目にしたハルキも、それを真似て小さく口を付ける。甘いホイップクリームと、ほんのり苦味のあるチョコレートがマリアージュを生み、飽きの来ない美味しさを実現している。運転席のジョニーも信号待ちの際にクレープを頬張っており、その度に「ん〜ッ! デリシャスッ!」などと味のリアクションが漏れていた。そうなるのも無理ないくらい、このクレープは大変美味である。
ジョニーとは対照的に黙々とクレープを食べているハルキに気付き、隣に居るスミレが唇を動かす。
「ハルキ君。甘いもの、好きなの?」
「……ええ、まぁ。しかし、業務中にクレープを食べるなんて……」
「糖分補給は大事だよ! 今は車の中だし、少しリラックスしても良いんじゃないかな?」
「そうそう。ずっと気を張ってると、疲れちゃうよ」
ハルキはクレープを飲み込んでから、2人に言葉を返す。
「では、食べている間は少し気を緩めます。早くクレープを食べ終えて、警戒に入ります」
「あはは……やっぱりめっちゃ真面目……」
どんな時でも態度を崩さないハルキにあかりが苦笑するが、スミレは口元に微笑を湛えていた。
「でも……ハルキ君の気持ち、わかるな。わたしも、お仕事はしっかり真面目にやらなくちゃって思うから」
「たしかに! でも、もうお仕事じゃないよハルキくん!」
「寮へ帰るまでが業務ですから」
一言そう言って、小さな口でかぷりとクレープを噛むハルキは、あかり達にとってなんだか可愛らしく映った。彼が何かを食べているところを初めて見たし、一口が小さいのも微笑ましい。普段の立ち居振る舞いや言葉遣いがとても大人びている彼が見せた一面に、自分達と同年代なのだと再認識する。あかりとスミレは顔を見合わせて、互いに目を細め合った。
「お2人とも、どうしました?」
「あ、ううん! なんでもない!」
「クレープ食べてるハルキ君、
「けほっ……こほっ……」
「あ、大丈夫!?」
スミレの発言により、飲み込もうとしたクレープが気管に入り咳き込むハルキ。呼吸を整えてからスミレの方を向くと、彼女は先程と変わらない柔らかな笑みでこちらを見ていた。
「すみません……おっしゃっている意味がよくわからず」
「えぇっ!? ハルキくんかわいいねって、スミレちゃんとそう思って……」
「あの、申し訳ございません。理解が少し難しく……ボクが『可愛い』だなんて……どこにそんな……」
「んー……色々?」
『色々』。あかりの言葉で、尚更よく分からなくなった。ひなきから言われた『新しい』も理解できなかったというのに次はスミレからの『可愛い』にハルキの頭は既にショート寸前であった。
「答えになっていないような気がしますが……」
「えー。でもかわいいって理屈じゃないんだよ! こう、直感で『かわいい!』って思う、みたいな?」
「理屈じゃないとは……難解ですね……」
「いや、そんな難しく考えなくて良いんだよ!?」
「あ……ハルキ君、ほっぺにクリーム付いてるよ。拭くね?」
『自分で拭く』と言おうとしたが、既にスミレがハンカチを取り出しており、彼女はハルキの右頬に付着していたホイップクリームを拭き取る。
「すみません。ありがとうございます」
「そういうところも、わたしは可愛いと思うよ」
「っ……!? 氷上さん、また……」
またもやスミレに『可愛い』と言われ、ハルキは言葉を詰まらせる。きっと今まで言われたことがないからか、微かだが彼に動揺の色が宿っている。
「わたし、まだハルキ君のことあまり知らないから……知らない一面を見れて、嬉しい」
「ボクを知ったところで、なんの意味もありませんよ」
「意味、あるよ。お互いのことを知ると……仲良くなれるから。あかりちゃんやひなきちゃんと、仲良くなれたみたいに」
「えへへ……わたしも、ハルキくんのこともっと知りたい!」
「うん。ハルキ君のこと……教えてほしいな」
「……」
『何故?』が7割、『調子が狂う』が3割。ハルキは2人の言葉に何も言い返さずにそっぽを向き、それを受けて楽しげに笑うあかりとスミレ。平常心、平常心、平常心……ボディーガードとして、どんな状況でも冷静に、尚且つ取り乱さないようにする為の精神訓練を受けている筈なのに、心臓の鼓動がばくばくと嫌にうるさい。
どうして、自分と仲良くしたいのか。こんな自分を知ることに、なんの価値があるのか。ハルキは脳内に絶えず浮かぶ疑問符に翻弄されながら、残り半分ほどになったクレープを食べ進める。後ろに居る3人の様子をちらりと見やり、信号が青に変わったことでアクセルをベタ踏みするジョニー。
「フッ。やっぱり悩むことなんてナッシングだったな、ルーキー」
ハルキがスターライト学園の生徒達と問題なくコミュニケーションがとれるかどうか、本当はほんの少し心配していたジョニーだったが、それが杞憂だと分かったジョニーは安堵しながら、ワゴン車を走らせる。子供は子供らしく、出会えた者同士仲良く過ごした方が良い。仕事だけが人生ではないのだから、今しかない青春を随まで味わい尽くした方がきっと楽しい。
それこそ、皆が食べたクレープのように……舌に残るような甘さを抱いて。
教えて 仲よくしたいの