「蒼」
蒼の虚空が空に形成された。
膨大な呪力によって形作られた、莫大な引力を持つ虚空。
それへと、万物は引き寄せられる。
「ゴガッ」
ガーゴイルたちは吠える。
その引力に引かれぬよう、逆の方向へと向かって飛ぼうとする。
しかし、蒼い虚空は動いた。
一人ひとりのガーゴイルを追うように、移動し、飲み込み、吸収し、押し込める。
「ギギギイッ」
――――出力増強
蒼の虚空の中でも、抜け出そうと試み暴れるガーゴイル。
それに、蒼の虚空は収縮した。
ガギィッ、と。
十数のガーゴイルは、押し込められ、ひしゃげ、そして互いの硬度に傷つけ合う。
五条悟は、楽しそうに、頬を吊り上げた。
蒼の虚空は空間をむさぼる。
辺りの空間が目に見えてよじれる。
光をねじ曲げ、空間をねじ曲げ、その中心部は最早黒く、入った光すら逃さない。
バギンッ
石の躯体が弾ける音。
「ギイイイイイイ――――」
ゴギンッ
ガーゴイルの身体が破断する音。
蒼の引力は、全てを分解する。
原子レベルに、すりつぶすまで。
その虚空の中で、あらゆる物質はねじれ、よじくれる。
形を保つことは叶わずに。
五条悟は、『蒼』を解除した。
押し込められていた石の塊が乱舞する。
ゴトゴト音を立て、粒となったものはキラキラと光を反射して。
ガーゴイルの原型は、最早どこにもなかった。
戦いの後の中で、しばしの沈黙がもたらされた。
紫髪の魔法使いが、それを破る。
「フリーレン様、これって」
「……呪いだね」
フリーレンは静かに口を開いた。
ガーゴイルのいるところにうっかり踏み込んだと思ったら、早々に五条悟が戦闘を開始。
およそ一分足らずで、ガーゴイルを単独で殲滅した。
「何者なの?」
その言葉には、強い響きが込められている。
フリーレンは今目にした、『物体を引き寄せる魔法』の全容を把握しようとする。
千年生きてきた、魔法使いとしての研鑽。
目にしてきた、あらゆる術式構造、自ら体系化してきた、数々の魔法理論。
しかし、そこには。
(術式構造が全く見えない)
その目を持ってすら。
つまり、それが意味するものは一つだった。
「それは、呪いと呼ばれるものだ」
「え? やっぱりわかっちゃうものなの?」
聞く五条悟に、フリーレンは口にした。
「人類には解明できない、魔物や魔族の扱う類の魔法の総称。私たちはそれを呪いと呼んでいる」
五条悟は微笑んだ。
「でもさ、君たちも使ってるじゃん? そういう魔法。ゾルトラーク、ってやつ。確か、魔族の魔法なんだよね?」
「……確かにそうだ」
フリーレンは、一瞬だけ思案する。
「でも、あれは人類にとって長い時間をかけて、多くの魔法使いたちが解析し、実用に転じさせた魔法だ」
フリーレンは、『ゾルトラーク』の魔法陣を小さく空に描く。
青白く複雑な術式模様。それはゆっくりとフリーレンの杖の上で回転を始める。
「それに、そもそもこれは、最初から人類の魔法理論で解明できるほどに洗練されていたものだ。だから、私たちはこれを使えている。でも、
フリーレンは静かに言う。
「術式構造が、まったく見えない」
「……そうだね」
(もう隠してもしょうがないか)
五条悟は、頷いた。
「これは、呪いだよ」
五条悟は拳を握る。
それが薄い蒼色で包まれた。
すぅっ、と風が起こる。
そこへと、空気が吸い込まれていた。
フリーレンはそれに目を向ける。
千年の経験がそれを覗き込む。
しかし、やはり何も見えない。
その一端すらもが。
フリーレンの生きてきたなかでの
五条悟は口にする。
「これが僕の呪い。生まれた時から身体に刻まれる、魔法みたいなものさ」
「……随分とあっさり認めるんだね」
フリーレンは一瞬の逡巡をした。
「やっぱり、呪いなんだ」
「この呪いは、解明なんてできやしない。僕のこの目でも、ある程度扱いには難があるよ。でも、
ぱっ、と五条悟は手を開く。
蒼い虚空は、空に溶け消えた。
結局一端も解き明かすことができない。フリーレンは五条悟の手から目をそらした。
「僕のいた世界では、この力を持つ人は
「……その呪いを使う人間は、他にもいるの?」
少しの興味が込められた声色で、フリーレンは問う。
「いるよ。でも、きっと会うのは難しいかな。複雑な事情があってね」
五条悟の脳裏に、その姿が思い浮かぶ。
「でも、みんな人間だ。魔族じゃない」
コツン、と五条悟は自分の頭を叩いてみせた。
「ほら、角もないでしょ。君たちをだますつもりもないよ。それに君のいろんな魔法なら、幻影魔法を使ってるかどうかも見破れるでしょ?」
そんな彼を、フリーレンは見つめた。
千年間、魔法を見極め続けてきた金の目が、五条悟を凝視する。
例え全部は見えなくても、その奥にあるものを少しでも見ようと。
(……こいつ、とんでもない死臭がする)
フリーレンは思考する。
今までに出会った、幾多もの魔法使い、戦士……そして、魔族。
歴戦のそれには、必ず死の匂いがつきまとっていた。
それは、今までに当人たちが屠ってきた、その自らの方手に掛けてきた、こびりつく命の匂い。
人間でも、魔法使いでも。
関係なく、あるもの。
恐らくそれは、
しかし、フリーレンは思う。
(こいつは、魔族じゃない)
角もない。そんな気配もない。それに、言葉の裏にあるはずの無機質さも感じない。
ただ、呪いを使うということ、一点を除いては。
(――――もっと、異質な何かだ)
五条悟を覗く目が、ついにそのごく一端を、わずかに垣間見た。
(だって、魔力を全く感じないから)
魔族ならば。自らを誇示するために、必ず魔力を放出する。
どんな魔族でも。今まで会ってきたものは。
目の前の魔力の感知に、フリーレンは集中する。
五条悟を包み込む、その力に。
天へと立ち上るそのオーラ。
ごうごうという音でも聞こえてきそうなほどに、隠そうともせず場を包み込むそのオーラ。
そのシルエットが薄くはあるけども、フリーレンには見える。
(薄く見えるのは、隠蔽魔法か……?)
魔力と言っても差し支えはない、この男の実力に見合った膨大な力。
でも、明らかに『揺らぎすぎている』その力に。
(魔力に見えて、魔力じゃない)
フリーレンはそう結論づけた。
(魔力に似た、違う何か。だって、魔力であるにしては、これは出力のブレが大きすぎる。こいつの自分のテンションに合わせるように、オーラの量が激しく上下する。本来魔力というものは、そういうものじゃない。逆に、これだけブレるほうが難しい)
今まで、千年の旅をしてきた。
しかし、目の前にいるこの存在は。
明らかに、異質で。
(なんだ、こいつは)
そして、未知だった。
✕
「暗いよーーー!! 怖いよーーー!!」
「ええ…………」
フリーレンは、宝箱にハマっていた。
「いや、僕、『それ宝箱じゃないよ』って言ったよね」
「くらいよこわいよっ、だれかーーーっ!」
「聞いてない」
五条悟は頬に汗を垂らしていた。
ミミックだった。
三つ並んだ宝箱の中を、先ほどまで凝視していたフリーレン。
そのうちの二つは、しっかりと宝箱だった。
しかし、最後の一つ。
五条悟も、フェルンも。
口をそろえて、『宝箱じゃない』と口にしていた。
しかしフリーレンは『いや、魔導書かもしれない』と口走り。
「たっ、たすけてっ、おいてかないでっ!」
現時点、このザマであった。
そんなフリーレンに、慌てて駆け寄ってくるフェルン。
「ふっ、フリーレンさま!
「フェルンー! 助けてーっ!」
「何回目ですかフリーレンさまっ!?」
慌てたフェルンが、がしっとフリーレンの脚を掴んだ。
そして、力を込めてひっぱる。
「うぐっ、うぐぐっ……」
ぐいーっ、と伸びるフリーレンの胴体。
しかし、それだけだった。
ミミックの牙は、フリーレンの体を掴んで話さない。
「んん〜っ、ぬ、抜けないっ」
「痛い痛い痛いっ! フェルン裂けちゃうっ」
うめくフリーレン、頑張るフェルン。
「えぇ……君たち、魔法使いだよね?」
そして、立ち尽くす五条悟がいた。
「そっ、そうですけど、何が関係あるんですかっ」
キレ気味に答えるフェルン。
しかし、フリーレンを引張る手は止めない。
「いだいいだい、いだいーっ」
「……? ………??」
そして、そんな二人を見る、一人の姿があった。
試験官ゼンゼ。
困惑した様子で、二人の有様を交互に眺めていた。
「ついてく人……間違えたかな…………?」
そのポーカーフェイス的な無表情が、今は困惑の色に満ちていた。
「え、ヒルフト、私の見てるもの、間違いじゃないよね……?」
「あ、ああ…………」
困惑しているのは、奥にいた二人も同じ。
「三級魔法使い試験を史上最年少で突破した魔法使いが、ミミックにハマった魔王を討伐した最後の大魔法使いを、引っ張ってる…………」
「うぐぐぐぐぐ」
そして、当の本人は情けないうめき声をあげている。
「いや、君たちミミックにハマったって、抜け出せるでしょ、魔法とかで」
そんな二人に、五条悟は苦言を呈した。
しかし、フェルンはまたもキレ気味に返す。
「ミミックの内側はスカスカですよっ! 魔法なんて使ったら、フリーレンさまが吹き飛んでしまいますっ!」
「うぐぐっ、フェルンっ、痛い痛いっ」
「ええ…………」
ミミックの口には、鋭利そうな大きな牙が生え、それがフリーレンをがぶがぶと噛んでいた。
(いや、甘噛みじゃん)
五条悟は内心でツッコミを入れた。
全然ダメージが入っていなかった。
フリーレンを捕らえているミミックの牙。はむはむと、フリーレンの胴体を捕食している。
その牙はなぜか、フリーレンの身体に刺さらず、当たっていてもぐにゅぐにゅと柔らかく、端に逸れるだけだった。
(逆に、なんでこの魔物はこの世に存在してるんだ……?)
はあ、とため息をついて。
五条悟は一歩二人に近づいた。
「ちょっと下がってて、フェルンちゃん」
「なんですかっ、ていうか、ちゃん付けしないでくださいっ、ふっ……!」
「痛いっ、痛い痛いーっ」
「………………」
何とも言えない顔をしながら、五条悟は術式を行使する。
右手に少しだけ、蒼い虚空を形成して。
そしてその右手を、ミミックの方に向けた。
「な、なにをする気ですか」
「いいから、ちょっと待ってて」
ぴとり、と五条悟はミミックの
そして、ぐいっ、と。
力いっぱい右手で引っ張った。
「ふんっ」
ぐぐぐっ、と。
ミミックの口の力が、緩まっていく。
五条悟の手が引っ張るにつれて、ミミックの口はだんだんと開いていっていた。
そして…………
ぽんっ!
「わっ」
フリーレンの身体が、宙を舞った。
「うぐっ!」
どさりという音、うめくフェルン。
勢い余って、フェルンがクッションと化した。
「おりゃ」
五条悟は右手を素早く振りかざして、ミミックへと向けて振り下ろす。
鈍い音、そしてミミックの頭に土手穴が空く。
衝撃とともに、ミミックは魔力の塵となって、その場から消えていった。
「痛い……」
フェルンは頭をさする。
「ごめーん、こんな勢いよく抜けるとは思わなかったー」
五条悟は手を合わせて、軽い調子で謝った。
「抜けた……」
退屈そうに体を起こすフリーレン。
「うわべっとべとだ……」
奥にいたヘルファは、心底嫌そうな声を出した。
キレ気味のフェルンが、五条悟に目を向ける。
「あの、口開けるなら、早く言ってください……」
そして、半ば睨み顔で不満を口にした。
「ごめんごめん。だって普通、ミミックにハマった人間助けることないじゃん」
「それは…………そうですけど」
一点、フェルンの目はフリーレンに向けられた。
その批判の顔色が、今度はフリーレンに向く。
「……やっぱり考えてみたら、フリーレンさまがミミックにハマったのが悪いですよね」
「ごめんて……」
フリーレンはしょぼーん顔をする。
そんな中で、彼女は五条悟のほうに顔を向けた。
「……ありがと」
「どういたしまして」
にっ、と五条悟は笑顔を作った。
「あの、お礼言うのは良いんですが……フリーレンさま、降りて…………」
結局、一番の被害者はフェルンであった。
「あ、ごめんごめん」
「はぁ……」
フェルンの腹上から離れるフリーレン。
そして、不機嫌そうにため息をつくフェルン。
「フリーレンさま……?」
ビクッ、とフリーレンは肩を震わせた。
フェルンの顔には、影が落ちていた。
「わたし、ミミックだって、言いましたよね」
「あ…………」
念を押すように言う、フェルンの低い声。
(終わった)
フリーレンは、長い人生の走馬灯を見た。
「一体、何回言えばわかるんですか。ミミックです、って。それで、今回パーティの皆さんにも迷惑をかけてしまっていますよね」
「あ、あのフェルン、ごめん、って」
「いつもそれ言ってますよね。でも、なおってませんよね」
淡々と付け加えるフェルンの声。
「それは…………」
「自覚があるんですよね?」
「……はい」
「自覚があるならなおしてください」
「いや……その……」
「なんですか?」
フェルンは顔を上げた。
ビグッ、とフリーレンはしょぼん顔のまま、大きく肩を震わせた。
フリーレンにとって、そこには虎の睨みにすら等しい怒りの表情が込められていた。
「…………ごめんなさい」
「もうフリーレンさまなんて知りません」
「あぁっ」
すくっと立ってどこかへ行ってしまうフェルン。
そんな後ろ姿に、空を虚しく切るフリーレンの手。
「ごめん、ごめんよぉフェルン、機嫌直してよぉ」
「知りませんったら知りません」
「ごめんてぇ」
そしてそんなフェルンの後を、フリーレンは追いかけていった。
「あっ、サトル、私たちも追いかけたほうが良いんじゃない!? 二人だけだと危ないよ!」
「確かにそうだな、俺たちも行こう」
一緒に走って行くヘルファとヒルフト。
「えぇ………………」
唖然と見るゼンゼ。
「あっははっ」
その一部始終を見た五条悟は、心底から笑った。
「……なんで笑っているんだ?」
訝しげに、ゼンゼは視線を上げた。
「いや、ちょっとね。ははっ」
五条悟はなおも笑う。
「楽しいね」
「……楽しい? これは、一級魔法使い試験だ。それに、今のは楽しいことでもないだろう」
「知ってるよ。でも、楽しいんだ」
「…………分からんな」
「え、何が?」
五条悟は眉をつり上げる。
ゼンゼは歩を進めながら、五条悟へ語りかけた。
「受験者名簿によると、ゴジョウサトル、だったか」
それに、五条悟はついていく。
「うん。サトルでもいいよ」
「ではサトル。私はお前を最初に見た時からずっと理解し難い。多くの面でな」
「まあよく言われるよ」
「このダンジョンで、何が楽しいと思ったんだ?」
プラチナブロンドの髪の毛の隙間から、ゼンゼは五条悟を見上げた。
「……まあ。そうだね。このダンジョンの潜り方が、僕には楽しいのかな」
「……やはり、分からん」
「まあ、自分の感情をすぐに口に出せれば苦労しないよ。みんなでわちゃわちゃしてるのが楽しいのかな。知らんけど」
「……知らないのか」
訝しげに、ゼンゼは五条悟に目を向ける。
(やっべ、前の世界のそういう奴は伝わらないか)
取り繕って、五条悟は言った。
「ま、それは僕じゃなくて、フリーレンにでも聞いてみなよ。僕はパーティでダンジョンなんてしたことはないからね。……そもそも複数人でやるのが久々だ」
「……そうか。では、そうさせてもらうとしよう」
そう言うと、ゼンゼはそのまま、カツカツと早足で前に歩いて行った。
ふ、と五条悟は笑う。
(理解し難い、か。逆に簡単に理解されてくれれば、楽しいのかな)
脳裏に、かつての存在の記憶が浮かぶ。
自らと、唯一並んだ唯一の存在。
(理解して欲しい、か……)
そして、人生の最後に挑んだ、あの存在を。
全てをぶつけて、そして敗れた。
もし、肩を並べられる相手がいるのなら。
また、自らの全てをぶつけられる相手がいたのなら。
(また、理解して欲しいと思えるのかな)
ほんの小さくだけ、笑って。
賑やかにする、パーティの一番後ろ。
五条悟は、静かに歩いて行った。
もし続きを書くとしたらどちらがいい?(2026/02/15より)
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五条悟が全てをねじ伏せバトルしまくる
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フリーレンぽく人の心を知りながら旅をする
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上二つをいい感じにバランス取った話
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好きにやっていいよ
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そんなことよりプリン食べたい