「転生か」
ははっ、と五条は笑った。
散った魂が円環に乗る感触はあった。
なんとなく、この魂がまた、遥か遠い何処かで形を変えて、新たな誰かの魂となるであろう感覚はあった。
五条悟はぐっと手を握った。
確かに、そこに実体はある。
変わらぬ六眼の青の瞳に写る情報は、確かにこれが、変わらぬ自分の手であると言っている。
「転生っていうよりは、転移なんだろうね」
理屈はわからない。
ただ、魂で、ここが何処か別の場所であるということがわかる。
きっと、遠いところである元の世界から、そうではないここへ来てしまったに違いない。
生まれた頃から今まで、永遠に自らに『真実』を教えてくれた六眼。
空を前に向ければ、この世を構築しているいくらかの理が、かつての自らの世界とは全く異なっているということがわかった。
呪力? いや、違う…………似ているけれども、何かが。
にやり、と五条悟は頬をゆがませた。
「面白いね」
五条悟はあたりを見回した。
自分一人だけだった。
どこかの草原の真ん中だった。
少し前まで誰かと一緒にいたはずだったけれども、ここに当人はいない。
それだけほんの少しの寂しさを感じたけれど。五条悟は顔を前に向けた。
「まだ、ちょっとだけ満足してないみたいだね」
五条悟は、自らの体を術式で包み込んだ。
そして、空へと、自らの体を高速で飛ばす。
遥か空の上。五条悟は、森に包まれた大地の新緑を目にした。
その地平線の少し向こう、おそらく六眼でなければ捉えられないほどの、超遠方の場所。
そこに見えた構造物へ、五条悟は術式を行使した。
✕
「✕✕✕✕✕✕✕」
「✕✕、✕✕✕✕✕」
「✕、✕✕✕✕」
(まいったな、言葉がわからない)
五条悟は至極当たり前なはずだったことに気が付いて、若干動揺した。
ここが異世界、いやもし現実だとしても、日本から遠く離れた場所で言葉が通じるはずはないのだ。
「あー、えくすきゅーずみー! まいねーむいず、ごじょーさとる! あいむじゅじゅつしー!」
「…………?」
この街の人々は、五条悟の言葉を全く理解していないようだった。
少なくとも、話している言葉は英語ではないらしいかった
五条悟は目の前の、その人間に六眼を向ける。
それは女性で、薄い色素の髪色の女性だった。
動揺している彼女からは、ある程度の呪力のようなものが感じられた。だから、呪術師として、なにか言葉がわかると思ったのだが。
言葉が伝わらないかわりに、五条悟は少し逡巡して、にこりと笑顔を見せた。
「っ…………!」
すると、その女性はぽっと頬を赤らめさせた。
(おっ、この世界でも意外といけるかんじ?)
どうやら美的価値観はまあまあ据え置きということらしい。
「✕✕、✕✕✕✕、✕✕!」
と、何やら女性が言う。
それから、彼女は五条悟の腕をつかんで、歩いていこうとした。
一応少しだけ無下限を薄く貼り、不意打ちの可能性にも備える。
「ん……? どっか連れてってくれるの?」
敵意はまだ感じない。ならば、ついて行っても損はないだろう。
(この街並み……お誂向きの異世界って感じだな。でも、テンプレ異世界なら言葉くらい伝わってもよくないか?)
女性はしばらく歩くと、一つの家に入った。
どうやら集合住宅的な大きな建物のようで、その階段を上がり、女性はそのうちの扉の一つに入室する。
そこにあった机の椅子に五条悟を座らせると、女性はなにやら忙しそうに準備を始めた。
(部屋から、彼女の呪術の残穢を感じるな。それもかなり濃い。彼女の家か…………)
部屋にはベッドがあり、身の回りに必要な色々なものがそろっているようだった。
しばらくすると、机にコトリと物が置かれる。
紅茶だった。
「これ、飲んでいいの?」
指をさして、五条悟はたずねる。
すると、こくりと女性は顔を赤らめて頷いた。
まず六眼で、そのお茶を覗き込む。
(毒物はないな。でも、どこからお湯を出したんだ?)
部屋には水回りのようなものは存在していないようだった。
しかし先ほど少し、この娘が呪術を使ったような感覚がある。
(このお茶は呪術で生成されたもの? 構築術式? でも、それにしては……)
とりあえず、五条悟はそれを一口口にした。
「……おいしいね」
この世界の文明レベルからすれば、もう少し荒いお茶が出てくるものかと思っていた。
しかし、何の魔法を使ったのか。出てきたのは、舌触りもまろやかで、口当たりも香ばしい、温度も最適な温かいお茶だった。
「……?」
戸惑っている彼女に向けて、五条悟は、にこりと微笑んでみせた。
「…………!」
ぽんっ、と顔を赤らめる女性。
(何かわからないけど、この娘に助けられたらしいね)
女性は顔を隠すように、部屋の端の方に寄ってしまう。
それをよそに、五条悟は思考した。
(すぐに助っ人に会えたのはかなり運がいい。この子、年齢はかなり若い。いくらイケメンでも初見の僕を助けてくれるなんて、かなりお人好しの娘だ。それに、呪術らしき物も使える……)
ごくりとお茶を全て飲み込んで、カチャリと机にもどす。
(…………しばらくはここのお世話になるか)
ギシッ、と五条悟は体重を椅子に乗せる。
「まったり異世界無双ライフかと思ったけど、そうもいかないみたいだね」
その言葉とは反して、五条悟はニッと笑った。
✕
三ヶ月後――――
「あっ、おはようサトル!」
「おー、おはようヘルファ」
五条悟は、三ヶ月で意思疎通を可能にした。
「今日も早いねサトル。どこ行くの?」
薄髪色の女性、魔法使いヘルファは、嬉しそうな顔で、朝隣の扉から出てきた五条悟に声をかける。
「これからオイサーストにね。一級魔法使い試験を受けに行くんだ」
「えっ、すごいね。つい一ヶ月前に4級魔法使い試験を受けたばっかりじゃない?」
「うん。意外とあっさり合格しちゃったしね。というわけで、しばらく家を空けるよ」
「そっか……ついにお別れの時期か」
寂しそうに、ヘルファは笑顔を見せた。
五条悟の手には、既にいろいろと荷物をまとめられた袋が握られている。
それを見て、ヘルファはためらいがちに口にした。
「また、用があったら訪ねに来てよ。一応、長い付き合いだしさ」
「え?」
五条悟は不思議そうに眉を上げた。
ただし、その表情は目元に巻かれた包帯によって見えづらくなっている。
「ヘルファ、行かないの?」
「へ? 行くって?」
「オイサースト。三級魔法使いでしょ? ヘルファ」
「え、うん。そうだけど」
「じゃあ参加できるじゃん」
「え…………っ」
ヘルファの顔は、みるみるうちに赤くなっていった。
「わ、わたしも、一緒に行っていいの……!?」
「ダメなの? っていうか、目指してるって言ってたじゃん」
「そ、そうだけど……まだ早いっていうか、合格できるわけないっていうか」
「そうかな。実力的には遜色ないと思うけどね」
五条悟は、目の前の、ここ三ヶ月を親身に手伝ってくれた女性を目隠し越しに見た。
そこから立ちのぼる
もしかしたら、育てる価値があるかもしれない。
そう思って、五条悟は口にした。
「それじゃ、荷物まとめるの手伝うよ。どうせまた合格したら帰ってくるし、少ないでしょ」
「う、うんっ……!」
✕
また時は飛び、水上都市、オイサースト…………。
「すごいね。ほとんどが魔法使いだ」
道行く人々をその六眼で捉えながら、五条悟は口にする。
「うん。でも、サトルは一ヶ月ぶりでしょ」
その隣を歩くヘルファも口にした。
「いや? はじめてだけど」
「え? そうなの? でも、三級魔法使い試験はここで受けたんじゃ……」
「前回は中央諸国の方に行ったからね」
「えっ、めっちゃ遠くない……? 家からだと、半年くらいかかるけど」
すると、五条悟はほくそ笑んだ。
「まあ、魔法だよ」
そして、五条悟は前へと目を向ける。
三階建ての高い建物が左右に広がる街並み。
賑やかに往来する人々。
その向こうには、巨大な構造物がみえた。
天を高々と突く純白の尖塔。
大陸魔法協会北部支部、その建物だった。
(……似てるな)
すこし、嫌な記憶が五条悟の脳裏にチラついた。
しかし、その思考はすぐに別のものに切り替えられる。
(すでに、何かに見られている)
その予感がしてならない。
五条悟はそう思った。
あの向こうに、何かがいる。
純白の構造物の中に、入ってきたばかりの自らを捉えた、かなりの実力者が。
(この世界でも、まだ退屈しなさそうだ)
五条悟は、また笑みを深めた。
そんな彼に、素知らぬヘルファは問いかける。
「ねえ、サトル。サトルはさ、なんで一級魔法使いになりたいの?」
「どういうこと?」
ヘルファの言葉に何か含みを感じで、五条悟は問い返した。
「一級魔法使いになったらさ、特権とか、地位とか得られるでしょ。あと、危険な制限区域でも行き来できるようになるし」
「特権……?」
「え、知らないの? 何でも好きな魔法を手に入れられるってやつ」
「そうなんだ」
「そうだよ。大魔法使いゼーリエから、なんでも好きな魔法を貰えるんだよ」
「ふーん」
そう返して、五条悟は天を仰いだ。
(なんでも好きな魔法を手に入れる、か)
五条悟。
彼は、自らの人生をかえりみた。
生まれてから、すべてを手にしていたと言っても過言ではなかった。
もちろん、生きているうちに取りこぼしたものもいくつかある。それがかなり大きなものであったことも、痛いほどにわかっている。
しかし、それと同等以上に、新たなものを生み出した事も覚えている。かけがえのない花束たちを。
(あんまり意識したことなかったな)
何かが欲しい――――
生み出すことはあっても、与えられることはあっても、失ったことはあっても。
何かが欲しい、手に入れたいと足掻いたことは…………最期の戦いを除いて、何かあっただろうか。
そんな最期の戦いでも、得たかったものはあらかた吐き出してしまった。
「そうだね、考えとくよ」
小さく呟くように、五条悟は口にした。