「………………!!!」
ヘルファは震えた。
爪の先から産毛に至るまでが恐怖しているようだった。
脚がガクガクと動いてしまう。
理不尽だった。
目の前にあるのはその権化だった。
この世界に生まれてしまった理不尽。
その前に、ヘルファはぺたりと膝をついてしまう。
「っ……あ………」
最強。
その言葉がどれだけ重いのかヘルファ初めて理解した。
ヘルファはずっとその側にいた。
その間に感じていたのはとてつもない安心感。虎の威があった日常が、どれほど楽だったことが。
しかし今、まるでその裏返しのように。
安心感それすべてが、絶望となって帰ってきた。
今目の前にいるのは、『最強』の敵。
「がっ」
「ひっ」
ゴドン、と隣にいたものが倒れた。
ヒルフトだった。
反撃をする間もなくやられていた。
倒れた彼の身体から、血溜まりが少しずつ広がっていく。
ヘルファには見えなかった。なにも。
「あっ…………あ…………………」
胸の前で、ヘルファは杖をギュッと握る。
手が、体中が、小刻みに震える。
最強が、自分を見下ろしていた。
「ひゅっ」
目が合った。合ってしまった。
全身の震えが、ピタリと止まる。
最強と、目が合ってしまった絶望。
それだけで、生まれてきたことすら間違っているように思えるほどの絶望が、全身を支配した。
目が離れない。
全身全霊で、凝視していた。
一挙手一投足全てが即死になりうる恐怖。
なんとか生きるために本能が行う凝視。
自らを殺すであろう存在を前に、目が動かせない。
しかしきっと殺される。どうしたって。絶対に。
それを自覚した瞬間、下腹部に温かいものが広がった。
全身に、力が入らなくなる。
顔中から制御できない液体が流れ出してくる。
涙が頬に伝い、びちゃりと膝に跳ねた。
「……ごっ、ごめっ、なさっ、あっ、あっ……」
複製体は何もしていない。
しかしもう、ヘルファは何もできなかった。
言葉を解すこともない複製体に対して、意味もない謝辞を口にすることしかできない。
「っ、あっ」
呂律が回らない。
舌を動かすことすら至上に恐ろしいことだと感じられてくる。
最早呼吸すら難しくなってくる。
そんなヘルファを、複製体はじっと見下ろしていた。
「ヘルファさんっ、瓶を割ってくださいっ」
焦ったフェルンの声が耳に届く。
びくりとヘルファは震えた。
複製体は、その声の主を振り返る。
「早く! ヒルフトさんの分も!」
「あっ、ちから、はいらな」
「っ……!!」
フェルンは杖を動かす。
じわりと、自分の杖に手汗が広がるのが分かる。
それに気が付かないふりをして、フェルンはゾルトラークを放った。
「あっ」
血飛沫。
鮮烈な痛み。
自らの肩を、何かが貫いていた。
手にしていたはずの杖が、真ん中から二つになり、がらんと地面に落ちる。
杖もろとも、五条悟の手刀がフェルンの肩を貫いていた。
どさり。
虚しく、その身体は地面に横たわる。
「えっ」
放たれ軌道を変えたゾルトラークは、ヘルファの方へと向かっていた。
胸元をかすめて、パリンと音を立てて消滅する。
胸の下に隠されていた瓶が割れた。
土の像が空中にぼんっと姿を現す。
ヘルファの頭に、ほんの少しの希望が差した。
ドッ
ゴトリ
ヘルファの足元に、その頭部が転がった。
「…………へっ」
最後の希望。
最後の保険。
命を保証してくれるはずだった、たった一つの存在への信頼。
それ全てが終わる恐怖。
それらが自分に襲い来て、死の感覚がはっきりと体中を包み込んだ。
「お゛え゛っ」
ヘルファは背を折った。
「ぇ゙っ、あ゛っ、え゛っ」
ぐぷっと胃液がこみ上げてくる。
びちゃびちゃと、地面に酸味の強い液体が飛び散った。
手で受け止めようとしても、ただ手をすり抜け、地面に虚しく飛散する。
「はあっ、はっ、あっ」
息も絶え絶えに、ヘルファは上目で、
(殺されたくない)
ただ唯一残った生への執着で、ヘルファは五条悟を見上げる。
策略も希望もない。
ただ本能的に残った、自分を殺す相手を認識しなければならないという、わけもわからない強制力。
それだけだった。
完全に萎縮しきった魔法使い。
それを見る最強の眼差し。
それは、まるで潰すまでもない虫を見ているかのように。
ヘルファの目に映ったのは、何の興味もない瞳で彼女を見て、手を下しもせずに歩いていく最強の姿だった。
もし続きを書くとしたらどちらがいい?(2026/02/15より)
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五条悟が全てをねじ伏せバトルしまくる
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上二つをいい感じにバランス取った話
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好きにやっていいよ
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そんなことよりプリン食べたい