荘厳な鐘の音が鳴った。
純白の湖の上の都。
水上都市オイサースト。
その第三次試験が、始まろうとしていた。
「多すぎる」
玉座の間で、厳かな声が響いた。
「あってはならない実力者がいた。2名もだ。1人は葬送のフリーレン。もう一人は誰だ、ゼンゼ」
その言葉とは裏腹に、楽しそうな顔で、玉座に座る女は言った。
それに、試験官だったゼンゼが答える。
「…………名簿上では、四級魔法使い、ゴジョウサトル」
「やはり試験を突破してきたか。いいだろう」
にやりと笑いながら、彼女は隣に侍る老齢の魔法使いに言った。
「今回の三次試験、レルネン、お前は引け。私が直々にやってやる。構わんな?」
落ち着いた様子で、ゆっくりと、男は答えた。
「……ええ。ゼーリエ様のわがままは、今に始まったことではありませんから」
くくっ、とゼーリエは笑った。
「楽しみだ。他にも目にとまるものがいくらかいるようだからな」
「……楽しそうですね」
レルネンが言った。
「楽しくないわけがないだろう。あれほどの実力者。あれほどの高みに至った者は、この長い寿命のなかでもなかなか見られるものではない」
「…………そうですか」
「怖がっているのか? レルネン」
「そのようなことはございません。ゼーリエ様を超える魔法使いは、存在するわけがないのですから」
少しだけうつむきながら言うレルネンに、ゼーリエは見上げながら答える。
「お前は臆病な坊やのままだな。そのゴジョウサトルという魔法使いに、お前は一回会っただろう」
「…………通りすがりに、一目見ただけです」
煮え切らぬような面持ちで、レルネンは言った。
「どうだった?」
「…………魔力はゼーリエ様に遠く及びません。しかし、それ以上に…………何か、悪魔的で、暴力的なものを感じました」
独りごちるように、レルネンは言った。
「理不尽なまでに………………」
「私より強く見えたか?」
「…………………………」
沈黙。
長い沈黙の後で、レルネンはやっと口を開く。
「ゼーリエ様を超える魔法使いなど、どこにも」
ふっ、とゼーリエは鼻を鳴らした。
「まあ良い」
そして、玉座から立ち上がる。
その肩に、深紅の赤いマントがかけられた。
「私を超える魔法使いはいない。そうかもしれん。だが、アレは魔法なのかすら分からん代物だ」
場に、一級魔法使いたちのざわめきが広がる。
「私が直々に見てやろう」
軽やかな足取りで、ゼンゼは扉をくぐった。
✕
「第三次試験は面接だってさ。あのでっかい建物みたいなとこのなかでやるらしいよ。ゼーリエって人がやるって」
「えっ!?」
オイサーストの泊まり宿の中、ヘルファの高い声が響いた。
「ぜぜぜ、ゼーリエさま直々に!? 魔法使いの頂点が!? わたしに!?」
「え、そんなビビることある?」
五条悟はそう言って、手にしていた紙を机の上においた。
「ビビるよ!? 魔法使いの頂点!! サトルと同じくらい強いかもしれないんだよ!?」
「まあそうかもね」
ギシリ、と座っている椅子を傾けて、五条悟は言う。
「にしてもなんでそんな人が魔法使いの組織作ってんの? エルフなんだっけ?」
「うん。そうみたい。それに一級魔法使いは、みんなゼーリエさまの弟子になるんだって。つよい魔法使いを集めてるんじゃないのかな。自分に匹敵する魔法使いを育てたい、とか」
「ああ…………確かに」
五条悟の脳裏に、いくらかの馴染みある者の記憶が思い出される。
「気持ちは分かるね」
「…………分かるの?」
「え?」
顔を上げて、五条悟はヘルファを見た。
向かいのベッドの端に腰掛けるヘルファ。
その顔は、たいそう珍しいものを見るかのような目だった。
「…………僕のことなんだと思ってるの?」
「……
「否定はしないけど。でも無差別にやってるわけじゃないし、節度はあるよ、僕にだって」
「うーん…………節度、ってなんだろう」
ふう、とヘルファは息をついた。
五条悟は椅子をギコギコ浮かせ、暇そうに天井を見上げる。
少しして、ヘルファが口を開いた。
「…………ねえ、サトル」
それは、伺うような口調。
「なに? やけに改まって」
五条悟が見ると、ヘルファは顔を隠すように俯いた。
「なんでさ、私を拾ってくれたの……?」
「え? 気になる?」
「うん…………」
少し思考してから、五条悟は答える。
「いや、拾われてんの僕じゃない?」
「…………え?」
面食らったように、ヘルファは顔を上げた。
「それはどういう……?」
「こっちがヘルファの家に居候してたんじゃん。なんでって聞くべきなのむしろこっちじゃない?」
ヘルファはぴたりと停止した。
その頭のなかに、ここ3ヶ月間の五条悟との生活が蘇る。
走馬灯のようなフラッシュバックを終えて、ヘルファはようやく口を開いた。
「…………ほんとだ。そういえばあの時家賃から食事代、生活費に至るまで全部私が払ってる……」
五条悟は頬に汗を垂らした。
「…………なんでそれでそっちが拾われた認識なの? 悪い男にだまされるよ?」
「いや、魔法使いとして戦い方いろいろ教えてくれたのサトルだからさ。感覚的にはこっちがずっと与えられっぱなしで……」
「そりゃ、お金出してもらってなんもしないのはマズイでしょ」
ヘルファは顎に手を当てて、しばらく思考した。
「…………あれ、もしかして私、全然拾われてない?」
「結構ちゃんと等価交換の関係よ? それに今こっちの宿代は僕が払ってるし。四級魔法使いで収入あるし」
すると、ヘルファはバッと手を前に出した。
「…………じゃあ今のなしで。もっかい聞く」
「うん」
「なんで私だったの?」
「ぱっと見でそのへんで一番魔力あったから」
五条悟は即答した。
ヘルファの顔が、小さく色めきだつ。
「えっ、そ、それって、その場で一番強かったってこと……?」
期待の目線を込めて、ヘルファは聞いた。
「いや町中だったし。そんとき魔力とか知らなくて同族の呪術師かと思ってた」
「……ああ」
ヘルファは肩を落とした。
「誰でもよかった、ってこと…………?」
「………………」
五条悟は微妙な顔をした。
「……なに?」
ヘルファは朱に染まった顔で、五条悟を見上げて言った。
五条悟の微妙な顔は、目隠しのせいでヘルファにはうまく伝わっていなかった。
そんな彼女に、五条悟は口を開く。
「あの、ヘルファ。もっと同年代の男の子とかにしといた方がいいよ……?」
心底からで、五条悟はそう言った。
「ッッ――――――――!!」
ヘルファの顔がボンッと赤く破裂した。
目にも留まらない速度で部屋を横切り、バタンと扉を空け放つ。
どどどっ、と激しく階段を駆け下りる音がした。
「………………」
目隠しの下で、五条悟は目を細めた。
「まずったな…………」
(まあ、最初に顔使ってそそのかしたのはこっちなんだけども)
ふう、と五条悟は息をつく。
(機嫌取りにあとで甘いもの買っとこ)
そう思って、ゆっくりと席をたった。
✕
「はあ…………」
(まあ、薄々わかってはいたけどね)
昼下がりのまちの中、ヘルファは息をついていた。
(こっちは10代。向こうはもうすぐ三十路。釣り合うわけないかぁ。年齢にしても強さにしても)
爪を片手で弄くりながら、ヘルファはゆっくりと街を歩く。
「ん…………」
(魔法店……オイサーストにはどこにでもあるな)
木製の家で、けっこう骨董そうな魔法店。
ふと気が向いたので、ヘルファはそこに入ってみることにした。
「おじゃましまー…………」
そこで、ヘルファは言葉を留めた。
そこに、見たことのある姿があったからだった。
「……えっと……二次試験で会いましたよね……? 魔法具店、やってたんですね……? えっと、お名前……」
「リヒターだ」
無愛想に、顎の下に小さく髭を生やした男は答えた。
店の奥の作業机に腰を下ろして、不機嫌そうにヘルファを見つめていた。
「す、すみません、あんまり名前覚えてなくて」
「謝らなくていい。こっちもお前の名前は知らん」
「あ、はい……ヘルファ、です」
「そうか」
(…………気まず)
「どうした。帰るなら帰れ。見るなら見ろ。突っ立ってたら客の邪魔になる」
「す、すみません、お邪魔します…………」
(…………道の傍に落ちてるゴミとか蹴っ飛ばしてそうだな……)
心の中で悪態をつきながら、ヘルファは入店した。
心を入れ替えて、あたりを見回してみる。
(魔法具店…………さすがオイサースト。いいものが揃ってる……)
一つの棚の前に、ヘルファは立ちどまった。
「ん…………?」
(これって…………)
そこにある指輪の一つを、ヘルファは手にする。
「あの、すみません、えっと……リヒターさん」
「なんだ」
不機嫌そうにリヒターは返事をする。
(性格悪いなぁ、この人)
「この指輪、って」
「魔力補助の指輪だ。魔法初心者向けだぞ。お前には必要ないだろう」
(寄ってきた猫とかの耳引っ張ってそうだなぁ)
「いや、これ。どこから仕入れました?」
「なんでそんな事を聞くんだ? お前には関係ないだろう」
(…………)
「輪っか部分と宝石部分別ですよね? 仕入れたの」
「……なぜ分かる?」
「教えてくれますか?」
「…………宝石の方は中央諸国からの商人から仕入れたものだ。輪の部分は俺が作った」
「間違ったもの仕入れませんでした?」
「…………なんだ」
リヒターは、ヘルファをキッと睨んだ。
「俺が騙されたとでも言いたいのか?」
「………………」
(鳥に油かけて燃やしてそう)
「…………聖都シュトラールからやって来た統一王朝期の魔法術式が入ってますよ」
「……なに?」
「結果的に魔力操作補助になりますけど、本質は魔力放出の容量増大です。多分三倍くらいの出力増強になります。この小ささで三倍は結構ですね」
ヘルファは棚に指輪を戻す。
「知ってました?」
「…………いや」
リヒターは首を小さく振った。
「お前何者だ?」
「教えません。この店待遇悪いので」
「…………」
そう言って、ヘルファは出口の方へ足を運ぶ。
「じゃ、失礼します」
「待て」
ヘルファはピタリと足を止めた。
「なんですか」
不機嫌そうな顔で、ヘルファはリヒターを振り返った。
「受け取れ」
ぽい、とリヒターは小さいものを投げた。
「わっ」
それをヘルファは危うく受け取る。
手にしたそれを、ヘルファは見た。
日光に反射して、キラリとそれが光る。
「これ……指輪」
ついさっき、ヘルファが手にしていた指輪だった。
「どういうつもりですか」
すると、はあ、とリヒターはため息をついた。
「俺が見破れなかったものをお前は見破った。お前にやる。取っておけ」
「え? いや待ってください」
「俺がそうと見切れなかったものを客に売るわけには行かん。持っていけ」
「…………どうも」
一礼をして、ヘルファは店から出ていった。
しばらく歩いてから、ヘルファは口にする。
「…………鳥に油かけて燃やすは言い過ぎたかな」
その指輪を、ヘルファは丁寧にポーチにしまった。
次回は面接です(予定)
もし続きを書くとしたらどちらがいい?(2026/02/15より)
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