「んぁ…………」
(朝か…………)
覚醒。
ヘルファは重い頭を引きずり上げるように体を起こした。
「くぁ…………」
大きくベッドの上で伸びをしながら、だらしのない寝起きを満喫する。
「ん……」
たいそう寝くずれた寝間着を直し、少なくとも乙女としての体裁を取り繕う。
それを見せるべき唯一の相手は、まだベッドの向こうで寝息を立てていた。
(寝癖わっる)
最強、五条悟。
今日はその寝姿を見ることができた数少ない朝だった。
世界に来たばかりの頃、この最強の睡眠時間は、(ヘルファが眠気に鞭打って24時間監視してみたところ)三時間ほどしかなかった。
今となっては慣れからか、最長10時間近くの惰眠を貪るようになっている。もちろん毎日ではないが。
今日は大きなイベントが終わったからだろうか。やけに気を抜いて寝ていた。
目の前で上半身シャツをご開帳し、ぐっちゃぐちゃにして寝ている五条悟に不徳の感情を抱いてから、ヘルファは我に返った。
(宿今日までだった。早く出ないと)
一級魔法使い試験が終わって、もうオイサーストに留まる理由はない。
大陸魔法協会の一級魔法使いとしての役割が五条悟にはあるはずだったが、なぜか全くお咎めがないので、普通に旅立つ予定になっていた。
棚から外着を取り出しベッドの上に放って、胸元のボタンに手をかける。
「んがっ」
「!?」
五条悟の寝言。
振り返ると、最強がかーかー寝息を立てているだけだった。
「…………」
ヘルファは何も言わず空中に聖典を取り出す。
ぼそぼそと小声でつぶやくと、魔法が発動され、ヘルファの周りが半透明の神秘のカーテンで覆われた。
(ごめんなさい女神様。こんなことに魔法使っちゃって)
流石に仮にも好意を寄せている人に、だらけきった着替え姿を見られるわけにはいかない。
起きているときなら外に出てもらったりしているのだが、今回ばかりはこうするしかなかった
年頃のヘルファにとって、これは重要な乙女の尊厳だった。
「ふう」
数分して、着替えが終わる。
いつも通りの魔法使いとしての装い。
中古で買った年季の入った長衣に、これまた古着屋で値切って買った黒い長靴。
全身の装いでたった銀貨5枚。ヘルファの密かな自慢だった。
魔法を解いて神秘のカーテンを上げると、ちょうど五条悟の目元がゆっくりと開くところ。
「ん……」
「っ…………」
ヘルファは自分の顔が熱くなるのを感じた。
(なんでこいつこんな……)
先程までのだらけきった寝姿。
しかし、起きた途端、朝日に照らされる同居人の姿は、なぜかとても良く見えた。
眩いまでに無垢で白いまつ毛。
それが意図されたかのような速度でゆっくりと開き、息を呑むほどに美しい鮮烈な青の瞳が現れる。
ぽーっと見惚れていたヘルファは、そのの目が自分の方に向いたところで、あわてて顔をそらした。
(なんでこの最強はこんなにツラがいいんだ)
高鳴る心臓を抑えて息を整えていると、そんな同居人は床から体を起こす。
「ヘルファ何してんの?」
自分に背を向けしゃがみ込んでいるヘルファを見て、五条悟は言う。
「諸事情っ!」
息を荒くして肩を揺らしているヘルファ。
それを見て、寝起きのぼーっとした頭がそのような結論を導き出したのは、致し方のないことだった。
「…………あんま俺がいない時とかにやった方が」
「そういうことじゃないっ!!」
明朝起き抜け、ヘルファは全力で叫んだ。
×
「それで、これからどこ行くの?」
昼下がりの空の下、二人は歩いていた。
手には宿屋からまとめた荷物。力のある五条悟が持ってあげていた。
「北の方かな」
「北? なんで?」
「魔族と戦ったことがなくてね」
「ああ……」
(そういえば、この人の思考回路それだった)
強い奴と戦う。そのために五条悟は生きている。
少なくともヘルファはそう思っていた。
「それにフリーレンたちの話によると、あっちも北の方に行くことになってるんだってさ」
「え、そうなの?」
「理由は知らないけどね」
(フェルン……)
同年代の友だち。
(聖都でシスターやってた時、周りみんなおじさんおばさんばっかだったからなぁ……)
初めてできた女の子の友だちだった。
顔を思い浮かべると、少しうれしくなる。
あれだけ楽しそうにお話を聞いてくれて、話してもくれる人には出会ったことがなかった。
それに聖典のお話もあう。
(あのハイターさまの養子っていうんだから、すごい子だよね)
「また出会うこともあるのかな」
「まあ似たような旅路にはなるでしょ。寒冷地域じゃ人の住める場所は限られてる」
「だったらいいけど」
ふう、とヘルファは息をついた。
「あ、そういえば、サトル」
「どしたの?」
「あの魔導書、もう読んだ?」
「読んだよ。バッチリ習得した」
「へえ。ってことは、魔法も?」
「うん」
ぐ、と五条悟はこぶしを握った。
ヘルファが見ると、そこにごくわずかだが、魔力を感じられる。
「まだ出来立てだから量はそんなに多くないし、六眼でも見えないから操作がムズイけど、ま、魔法使いとしての体裁は取り繕えるかな」
「すごい。じゃあ、サトルに魔法も教えてもらえるね」
「それはそっちが教えてくれるんじゃないの?」
「あ、そうなるのか」
ヘルファはごまかすように微笑んだ。
「……ヘルファは基本的に自己肯定感低い感じ?」
おもむろに五条悟は口にする。
「まあ、一応、自覚は」
「なるほどね」
五条悟の脳裏に、かつての記憶がよぎる。
「でもこっから行くのはより危険な地域だ。ちゃんと強くはなってもらわないと」
「そ、そっか。サトルの力だけにかまけてちゃダメだよね」
こくりと頷いて、ヘルファは真剣な表情をする。
(自己反省はちゃんとできるのが強みか)
そう思って、五条悟は前を向く。
そこにはもう、オイサーストの出入り口があった。
巨大な城壁に空いた大きな口。
「サトルか?」
「あれ、ヒルフト?」
呼ばれて振り返ると、そこには見慣れた姿があった。
「あ、ヒルフトさん。久しぶり……って感じでもないですか」
「会えてよかった。元気してるか? サトルは受かったんだな」
急くように、ヒルフトは問いかけた。
「受かったよ。もちろんね」
「流石だな。なあ、一つ相談があるんだが」
「なに?」
一つ咳ばらいをして、ヒルフトは言う。
「良かったら、お前たちの旅に仲間として加えてもらえないか」
「いいけど」
「そりゃ、そんな簡単にいかないことは」
ヒルフトはぴたりと動きを止める。
「……え? いいの?」
「いいけど」
なんのためらいもなく、五条悟は言う。
「えっと、ヘルファは……」
ヘルファに目を向けると、彼女もなんの躊躇もなく首を縦に振った。
「逆にいつ声かけてくれるのかなって。もう声かけてくれないからそのまま別れるものかと思ってました」
「……ほんとに?」
ヒルフトは目をしばたたかせる。
「はい。そもそも北側諸国の旅に、パーティ二人だけって危なすぎますし……」
「……じゃあ、よろしく頼む、ってことで、いいか……?」
硬い顔でそう言うと、ヘルファはにこりと微笑んだ。
「もちろんです。行きましょう。それに、教えてほしいことたくさんありますし」
おもむろにヒルフトの手を取って、優しく握る。
「そ、そうか。よかった」
戸惑いながらも、ヒルフトはうなずいて握手を返した。
「パーティの基本って、前衛、魔法使い、僧侶あたりだっけ? これで三つ揃ったね」
前へ歩を進めながら、五条悟は口にする。
ヘルファは呆れたように苦笑した。
「やっぱりサトルって自認前衛なんだね」
「変わらないな」
ヒルフトも呆れたようにうなずく。
三人は門をくぐり、陸へと続く長い橋を渡る。
五条悟の目はそこに映る、二つの残穢を目にしていた。
「何かとご縁があるみたいだね」
前を五条悟は指さす。
橋を渡りきったところに、見慣れた影が三つあった。
「フェルン!」
ヘルファはすぐに駆け寄っていく。
「ヘルファさま!」
それを目にした友人も、ためらいなしに名前を読んだ。
フェルンの手を、ヘルファはぱしりと取った。
「フェルンにしてもらったお洗濯の魔法、めっちゃよかったよ。使い方も教えてくれてありがとう」
フェルンもぎゅっと握り返す。
「こちらこそ、便利な魔道具を教えてくれて、ありがとうございました」
「フェルン、これから北を目指すんだよね。私たちも同じ方角行くからさ、また会ったら、ね」
「はい。必ず会いましょう」
こくり、と二人は強くうなずきあった。
「良い友達ができたみたいだな」
近くのシュタルクが、微笑みながら言う。
「そうだね。とっても楽しそうだ」
フリーレンは優しく微笑した。
ちらりと、シュタルクは五条悟を見る。
「…………」
なぜか、ものすごく露骨に距離を取られていた。
「なあフリーレン。俺、なんか悪いことしたか?」
「さあ…………あ、おっさんって呼んだから?」
「はっ……!」
その場でシュタルクは膝をつき、声を張り上げた。
「すみませんゴジョウサトルさんっ! おっさんて呼んでっ!」
「いや、気にしてないからいいよ」
距離を取ったまま、五条悟は無表情に口にする。
「じゃ、じゃあなんで!?」
「…………」
「なんで無視するんですか!?」
それを見たフェルンは、心配そうに声をかけた。
「シュタルクさま、立ってください。服が汚れてしまいますよ」
「シュタルクさん、お洗濯の魔法かけます?」
ヘルファも横から口をそろえた。
「いや、俺、なんであんなに避けられてるのかなって……」
しょぼくれた顔でシュタルクは立ち上がる。
うーんと考えたフェルンが言った。
「シュタルクさま、たまにデリカシーないので……」
「そんなに言う!?」
「フェルン、たまにはっきり言うよね」
シュタルクは露骨にべそをかき、ヘルファは苦笑した。
「ほら行くよ、シュタルク」
「うう……悲しい……」
フリーレンに続いて、シュタルクはとぼとぼと歩いていく。
それについていく前に、フェルンはヘルファに向きなおった。
「ヘルファさま」
「うん。じゃあね、フェルン」
笑顔でヘルファは手を振る。
「はい。それではまた、ヘルファさま、サトルさま、ヒルフトさま」
手を振り返して、フェルンは笑顔で踵を返した。
彼女たち三人が、向こうへと歩いていく。
それをしばらく見送って、ヘルファは口を開いた。
「フェルンってなんであんなにいい子なんだろうね」
「僕としてはあんまこくいう職業に向くタイプとは思わなかったけど、まあ天性のものなんだろうね」
「そっか。才能の塊だもんね」
ヘルファは間を置いて、再び口を開いた。
「ねえ。サトルもこんな感じの友達、居る?」
「…………ヘルファって、たまにドストレートに人の核心突くよね」
「え? そう?」
見上げると、五条悟の顔は日光の影になっていた。五条悟の表情は、目隠しも有ってうまく見えない。
その横からヒルフトが話しかけた。ヘルファの目線はそちらの方に向く。
「確かに俺もそう思う。やはり僧侶職だったからか。人の心を見るのが得意なんだろうな」
ヘルファはうーんと唸った。
「一応、懺悔室とかの担当はしてたけど……」
五条悟は口を開いた。
「まあ、居たよ。友達も教え子もね」
「なんで過去形?」
「…………」
ヘルファをみて、五条悟はニッと笑った。
「異世界転生しちゃったから! 残念なことに、誰にも会えない!」
ばっ、と五条悟は諸手を挙げた。
「ああ、悲しいなぁ。天涯孤独の最強、五条悟。んん、悲しい」
「冗談なのか本当なのか分からんな」
ヒルフトはそれを見て、困惑気味に苦笑した。
すたすたと、五条悟は歩いていく。
その背中を、ヘルファはしばらくじっと見ていた。
「…………」
両手を合わせて、目を閉じる。
(なんか切なくみえちゃったな)
その背中に、多くの過去の何かが見えたような気がした。
(戦場に生きた強者の背中……よく似てる)
「ヘルファ? 何してんの?」
「あ、うん」
ぱっと顔を上げて、ヘルファは駆け寄っていった。
五条悟は話しかける。
「しばらくは魔族についての噂頼りにいろいろ見ていこうと思うんだけど、どう?」
「良いと思うよ。私も実践とか、経験詰まなきゃだし」
「最初に吐いてた奴とは思えないな」
ヒルフトが冗談めかして言った。
「う……。でも私だって、ちょっとはマシになったよ!」
「そういや第三次試験でも吐きそうになってなかった?」
「サトルなんで知ってんの!?」
「見えたから」
「結局全部で吐きそうになってるのヒルフトにバレたじゃん!?」
「二次でも吐きそうになったのは今初めて知ったんだが……」
呆れるヒルフト。顔を真っ赤にするヘルファ。そして、笑う五条悟。
三人の足跡は、北部の魔境へ向かう。
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これにて一応この編はおわりです。
直ぐに続くかもしれませんしずっと書かないかもしれません。
私はフリーレンも呪術も大好きで、少しでもその魅力を表現できたでしょうか。
フリーレンも呪術もアニメが佳境に入ってきましたし、皆様良きサブカルライフをお楽しみください。
この作品は作者のノリと勢いで書いているので、続きが出るときは全く予告せず適時に投稿されます。もし見つけたその時は、よろしければ。
しかし、ここまでエタらずに書き続けられたのは、一重に呼んでくれた皆様のおかげです。
ありがとうございました。
もし続きを書くとしたらどちらがいい?(2026/02/15より)
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