「ん…………ふぁ…………」
深い夜の中、ヘルファは目を覚ました。
(夜中に目覚ますの久しぶりだな。最近ずっと疲れてたから……)
手を組んで伸びをすると、肩あたりの骨がパキパキと鳴った。
くるりと、深夜の暗い部屋の中を眺め回す。
(サトルは対面の二段ベッドを独占。私の上の段にヒルフト……四人部屋料金かかっちゃった)
三人での旅は何かとかさばるなぁ、などと考えて、ヘルファはベッドから降りた。
魔力探知で視界を補って、机に腰掛ける。
手元にあったロウソクに魔法で火を灯し、手元に聖典を呼び出した。
それを開いてぱらぱらとめくる。
(ここかな)
ほとんど条件反射に、頭のなかにあった記憶と合致した良さげな場所で、捲る手を留める。
聖典の大半はもう暗記していた。手燭のロウソクでざっと照らして、そこにあるものに目を通す。
ロウソクを戻すと、ヘルファは手を合わせた。
幼少の頃から行っていた夜の祈祷はもう身体に染み付いていた。
みんなを起こさないように口で小さく呟くようにして、祈祷の言葉を紡いでいく。
「ん」
祈祷が半ばに差し掛かった頃、後ろから音がした。
振り返ると、起き抜けの息づかいが聞こえる。
上のベッドから、ヒルフトが体を起こしたのが見えた。
「ヒルフトさん」
ヘルファは小さくつぶやいた。
それに気がつくと、ヒルフトは眠そうに口を開く。
「ああ、ヘルファ……祈っているのか」
そう言うと、ヒルフトは目をこすって、ゆっくりとはしごを降りた。
「随分と敬虔だな」
「いえ、習慣のようなものですので」
部屋の端にあった他の椅子を出して、ヘルファは口にする。
「魔法でお茶でも淹れましょうか?」
「いや、いい」
そう言って、ヒルフトは椅子に座る。
「俺も祈らせてくれ」
ヘルファは意外そうな顔をした。
「もちろん、いいですけど」
「そんなタイプには見えないか?」
はは、とヒルフトはほくそ笑んだ。
「俺のいた村にも教会があってな。小さい頃はよくそこで遊んでいた。夜の祈祷も、まあ何度か親に連れられてやったことがある」
「そうでしたか」
一転、ヘルファは柔らかく微笑んで、ヒルフトの横に腰掛け直した。
「今日のお祈りの部分はここですので」
聖典をゆっくり指差し、ヒルフトに祈祷のやり方を説明する。
「聖典の言葉は読めますか?」
「ああ。一応それだけの学はある」
ヘルファが手を合わせると、それに続いてヒルフトも指を組んだ。
ヘルファが一節を囁き、それにヒルフトが続く。
暫く、部屋には二人だけの声が流れていた。
それが始まって数十分。
祈祷が終盤を迎える頃には、二人の顔には再び、眠気の色が戻ってきていた。
ぱたん、とヘルファは聖典を閉じる。
「今夜の祈祷は終わりです。ありがとうございます」
「ああ」
こくり、とヒルフトは頷く。
「しかし、ヘルファはこれをずっと前からやっていたのか?」
「はい。元々は床でやってたんですけどね。一回サトルに見られてビビられて……」
あ、とヘルファは口を抑えた。
「どうしたんだ?」
「なんか知らないうちに敬語になっちゃってた……」
えへへ、とヘルファはごまかすように笑う。
ふ、とヒルフトは微笑んだ。
「女神様に祈っていると、不思議と礼儀正しくなってしまうな」
「そう、ですね。シスターやってた頃はずっと敬語でしたし、その頃を思い出しちゃったのかもしれません」
「そう聞くと、ヘルファは驚くほど敬虔だな」
「まあ、よく言われます」
曖昧な応対をして、ヘルファは頷く。
「そういえば、なぜ冒険者になろうとおもったんだ?」
「それもよく言われます」
はぐらかすように、ヘルファは目を細めて微笑む。
「でも、私にとっては別に敬虔とか、そんなつもりはないん、ですよね。ただ、いつも通りに生活してるだけっていうか。そこに、冒険者っていう生活を、ちょっぴり上乗せしただけっていうか……」
少し目を伏せてそう言いって、言葉を続ける。
「逆に、ヒルフトさんはどうして冒険者になったんですか?」
「ああ、そうだな……」
こくり、とヒルフトはうなずいた。
「代々冒険者の家系でな。戦士として育てられたんだ。が、運よく魔法の才能があってな」
「ああ。それで、あんなに動けたんですね」
「ヘルファと同じだ。俺も戦士としての生活に魔法を上乗せしただけ」
「生粋の冒険者……憧れます」
そう言うヘルファの目は、もう閉じてしまいそうな程に細まっていた。その顔は、最早寝てしまう寸前の少女の緩みきった顔。
それに、ヒルフトは違和感を覚える。
(そう言えば、ヘルファの年齢はいくつだったか……)
こく、こく、と、少女の顔首から力が抜けていく。
「………………」
その顔を、ヒルフトは自分でも分からない理由で、しばらくじっと見ていた。
その時、コツコツと音が鳴った。
「ん?」
真っ先にヒルフトが気がつく。
「ん……んぇ?」
ヘルファも微睡みから引っ張り出される。
そこでは、窓の外でフクロウが窓を小突いていた。その脚に、丸められた手紙がくくりつけられているのが見える。ヒルフトが席を立った。
「大陸魔法協会の伝書か」
素早く窓を開けると、フクロウは机の上にひょいと入って来た。
すぐさま、ヘルファが脚についている手紙を回収する。
「フクロウで、今晩中に……送ってきたみたいですね。急ぎなんでしょうか」
「かもしれん」
ヒルフトは荷物袋に入っていた肉の塊を取り出し、フクロウに与えながら答えた。
「内容は?」
「えっと……」
ヘルファはロウソクを近づけて、その内容を見る。
「一級魔法使いゴジョウサトルに伝達。北部高原にて原因不明の行方不明者頻発のため、調査せよ。現場には魔族のものと思われる魔力の痕跡あり。急を要する事態のため、即座の対処を命ず。被害位置を示した地図を同封…………だそうです」
ヒルフトはフクロウを撫でながら言う。
「やけに仕事が来ないと思っていたら、今ごろか」
「これ、サトルに頼むってことは、相当の仕事内容ってことなんじゃ……」
「ああ、そうだろうな。起きたら早急に伝えるか。フクロウ、こっちだ」
フクロウを抱えて、近くの空いた服掛けに移動させる。
金属の皿に生肉を置いておき、その近くに即席で吊り下げておいた。すぐにフクロウはツンツンとついばみ始める。
「サトルが起きたら返事を書いて送り返そう」
「わ、分かりました」
(魔族…………)
少しの緊張の面持ちで、ヘルファは頷いた。
もし続きを書くとしたらどちらがいい?(2026/02/15より)
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