「っはあっ!?」
「おっ、起きたね」
すっかり真っ暗になった中で、ヘルファは息を荒くしながら飛び起きた。
「あっ、ご、ごめん、わたし気絶しててっ」
「いや、僕が眠らせたんだよ。辛そうだったから」
「あ、そう、だっけ」
混乱したまま、ヘルファはぐるりと辺りを見回す。
森の中だ。
すっかり暗くなってしまった雑木林のなかに、ヘルファは座っている。
ここだけ舗装されたように、ふかふかの芝生になっていた。
どういうことだろう、とまたあたりを見回すと、また別のことに気がつく。
「あれっ、ヒルフトさんは?」
「見回りだよ。そろそろ寝ようと思ってたらヘルファが起きてきてね。ふぁ……」
大きく口を空けて、五条悟はあくびをした。
「それで、大丈夫?」
おもむろに聞かれて、ヘルファは目を白黒させる。
「えっ、なんのこと……?」
「覚えてないなら別に記憶をほじくりたくはないんだけど。ほら、戦ったじゃん」
「あっ…………」
すぐに思い当たったように、ヘルファは小さな声を出す。
「そっ、そうだ……人を……」
「魔法使いやってるくらいだから、てっきりもういろいろと知ってたものかと」
「いや、はじめて、で……」
そんなヘルファを見て、五条悟は頬に拳を当てて思案した。
(やっぱり、魔法使いは呪術師とは違うのかな)
この世界に来てから3ヶ月。魔法使いをいくつか見てきた。そのなかでは、戦いを交える事もあった。
多くは依頼、時には個人的な趣味で。
その場で会った彼らは、魔物にせよ何にせよ、命を奪う事を知っていた者だった。
もちろん、その中でヘルファと依頼を共にしたこともある。
その時のヘルファは、慣れた手つきで猛獣を、魔物を、
(人を殺すのとでそりゃ差はあるんだろうけど)
ふう、と五条悟は息をつく。
(イカれてない)
五条悟はそう思った。
(やっぱり別世界…………僕が生きていた世界の感覚では伝わらないこともある。当たり前のこと、か)
かつて呪術師に向いていないと声をかけた同僚の顔が頭に浮かぶ。
そんな五条悟に、ヘルファが声をかけた。
「あの、さ、サトル」
「ん、なにヘルファ」
目を向けると、きゅっと唇を結んだヘルファが見えた。
「もう大丈夫。心、入れ替えたから」
「それは人殺しになったことに?」
「ゔっ……まだ、そう言われると抵抗あるけど……」
苦々しそうな顔をするヘルファ。
しかしもう一度、きっとヘルファは口にした。
「私だって、ちゃんと覚悟持って試験参加してるんだから。そりゃ、殺すのは抵抗あるけど。あの時は、不意打ちで覚悟できてなかっただけ。だから、大丈夫」
「そっか」
ははっ、と五条悟は笑った。
「やっぱ大丈夫みたいだね。ちゃんと――――」
そこまで言って、五条悟は口を止めた。
かつて、教え子に対して放ったその言葉だ。
しかし今は、その言葉が適当ではないように思えた。
この世界においては…………
前の世界では、『呪術師でいるために、そうでなくてはならなかった』価値観。
そうでなくては、自らを保てない精神の資質。
どれだけ向いていたとしても、そうでなくては、壊れてしまう。
その中には、かつての親愛なる者も。
しかし、生活が死に近いこの世界では……あるいは当たり前の価値観なのかもしれない。
「? サトル? 何いおうとしたの?」
「いや」
ふっ、と五条悟は笑った。
「ちゃんとしてるって思っただけだよ」
「そっか」
「だからヘルファは大丈夫」
「そう……?」
ヘルファがきょとんと五条悟の横顔をのぞく。
しかし、五条悟に反応がないのを見ると、かわりに彼女は上を見上げた。
その横で五条悟は考える。
『人を殺す』ということ。
自らにとっては、最早麻痺して当たり前の事象。
もちろん、人の命は大切である。
人の命は尊い。
守らなければならないもの。
強者が弱者のそれを守るのは、当たり前の責務。
かつて唯一の親友に教えられたこと。
しかし心の奥底では、どこか、溶けて薄くなってしまったような価値観だった。
五条悟にとって、自らの死すらも殺し合いによるものだった。
殺し殺され、そこに満たされることすら感じた。
しかし本来であれば。その行為は、一度だけめ永遠に恨禍を残すもの。
人生に大きな傷を残すべきもの。
「あ、サトル」
「ん、何?」
話しかけられて五条悟の思考は霧散した。
見ると、ヘルファが頭上を指さしている。
「結界。夜だと虹みたいで綺麗だね」
空を見上げる。
何かあるのだろうということは感じていた。しかし、呪力はそれほど感じない。
魔法によるものを包帯越しに六眼で捉えることは難しいことはよく分かっていた。
(設置型のものか。帳のような。攻撃魔法に比べると、込められる呪力が少ないから見にくいな)
五条悟は包帯を外して直接それを目にする。
それは光の天球だった。
数百メートル向こうの空に浮かぶ虹の天蓋。
まるでオーロラのように光り輝いていた。
「相当な結界術だね。すごい帳だ」
「これ、大魔法使いゼーリエ様が張ったものなんだって。すごいよね」
そう話し始めるヘルファは、先ほどまでのやりとりなど忘れてしまっているかのようだった。
「あ、見てサトル。雨降ってるよ。結界に弾かれて入ってこれてないの、不思議だね」
あはは、と笑うヘルファの横顔を、五条悟は静かに眺める。
そんな顔を見ていると、ふとあちら側の教え子の顔が出てきた。
(…………元気かな)
五条悟は誰にも悟られぬほどに口角を上げた。