ゴゴゴゴゴ…………
地揺れがする。
いくつかの呪力が爆ぜたことを五条悟は認識した。
遠い、かなり遠い場所だ。
目をやると、すぐにその原因を目にすることができた。
大地が盛り上がっていた。
「なんじゃありゃ」
呪術とすれば規格外の性能と呪力量。
直径数百メートルほどもある大地がまるできり取られた円柱のように、何十メートルもの高さにまでそびえ立っていた。
(呪力は……あまり込められていない。攻撃よりも隔離や妨害的な魔法の行使かな)
五条悟は六眼に集中する。
その大地の円柱の上に三つの呪力を感じた。
(男が一人、女の子が二人か。実力的にこの騒ぎを起こしたのは男の方。そして、女の子のうちの一人は湖を凍らせた娘か)
ちらりと五条悟は湖の方を見た。
直ぐそばに湖がある。しかしそれは、冷気を放ちながら全面が凍てついていた。
「ねえサトル、なんか向こうですごいこと起きてない!? 地面がすごい!」
「ちょっと待って、水取ってからでしょ?」
「なんでそんなに冷静なの!?」
直ぐ側で寝起きのヘルファが騒いでいる。
深夜に起きてしまったせいかついさっきまで惰眠を貪っていた彼女は、ぼさぼさの髪の毛を必死に取り繕おうとしていた。
騒ぐヘルファをよそに、五条悟は無下限呪術を行使する。
すぐ近くの湖に近づいて、その表面に触れる。
ピシッ、と音がした。
湖面に一平行メートルの四角線が入る。
五条悟が立ち上がると、きり取られた大きな氷の塊が持ち上がった。
「うわすっごい!? なにそれ!? 何の魔法!?」
「すごいでしょ。じゃ、ヒルフトのところに持ってて」
「えっわたし!? うわあ!?」
ひょいと放り投げられた氷塊を、ヘルファはなんとか魔法でキャッチした。
「わたし寝起き!!」
「行くよー」
必死の抗議を五条悟はガン無視した。
森に入っていくと、少し先に薪を用意していヒルフトが見えた。
「おお……!? 立派な氷塊だな。それもお前の魔法か、サトル」
「そ。お好みなら好きなカタチにできますよ。かき氷とかね」
五条悟はヘルファの杖先から氷塊をひったくる。
「ちょっと!?」
ヘルファをよそに、氷塊は鍋の上に移動した。
術式を発動するときに、ゴリゴリと氷塊が外側から削られていく。
ぱらぱらと落ちていく氷の破片はふわふわなかき氷そのものだった。
「本当にかき氷作れるのかよ。何でもできるな」
「何でもはやらないようにしてる」
「じゃあシロップを出す魔法は私が出しますねー」
「なんだその魔法は」
ヒルフトがヘルファにツッコんだ。
積み上がった氷へと杖を向けると、そこへとろーりとしたシロップがかけられていく。
「……あのなあ二人とも。かき氷用の氷じゃないんだぞ。これは飲水を確保するためだ」
「それは分かってますけど……」
しゅん、とヘルファはうつむいた。
「でも、もう昨日から甘いもの食べてないですし……シロップ出しちゃいましたし」
「おい今は試験中だぞ……。甘いものなら試験が終わってからでも」
「あ、僕も甘いの食べたーい」
「おいサトル」
すでに五条悟はスプーンを手にして準備万端だった。
「ヘルファヘルファ、それ何シロップ?」
「いちごシロップです!」
ふん、とヘルファは胸を張った。
「じゃあメープルシロップだせる?」
「もちろんです! このために『メープルシロップを出す魔法』も習得しましたから!」
「それ別の魔法扱いなのか……? ていうかおい待て!」
ヘルファはヒルフトが用意した別の氷にまで手を出そうとしていた。
いつの間にか削られかき氷と化している。
そこまではいいが、問題はヘルファがそこに杖を向けていることだった。
「ちょ、おいヘルファ!」
「えっ、ダメですか?」
「ダメも何もそれだけは飲料用の水! かけるな! メープルシロップを! 杖を引っ込めろ!」
「わーいわーい! ヘルファさんやっちゃってー!」
「サトル!?」
「よーし行くよっ! 『メープルシロップを出す魔法』!!」
もうヒルフトの話は全く聞かれていなかった。
ヘルファが唱えると、そよ杖の先から、とろとろ〜っと、今度は琥珀色で、甘い匂いを放つシロップが注がれていく。
それはかき氷を溶かさず、上に少しずつ乗っていき、形を変えて斜面を甘く染めていった。
「うわっ! このシロップめっちゃいい奴じゃん!」
「でしょ! でも発動条件が『かき氷にかけるとき』だけだから、私も久しぶりで!」
「やったぁ〜! 高級かきごおりだぁ〜!」
「おい………………お前らマジで……」
ヒルフトは最早何もできなかった。
二人はスプーン片手にかき氷パーティを開催しようとしている。
ヘルファがかき氷を浮遊魔法で器用に取り分けていく。
ヒルフトは理解し難かった。なぜ器が三つ用意されている?
「これは……?」
ヒルフトはわなわなと震える手で指を指した。
「これヒルフトさんの分! これ私ね! これサトル!」
「なんで俺の分まで……?」
「えっ、いらないんですか?」
「じゃあ僕が食べちゃうねー」
「………………食べます…………」
しぶしぶ、ヒルフトはかき氷を受け取った。
そんな彼に、五条悟が声をかける。
「そうそうヒルフトさぁん。甘いもん食べないと戦はできないよぉ〜」
「はあ……」
ヒルフトはこの際ガン無視した。
削った木で作ったスプーンを、かき氷に差し入れる。
しゃくっ、と音がした。
そして、とろとろのシロップが染み込んだ氷をすくい上げる。
それを、ヒルフトは一口食べた。
「……………!」
目を見開いた。
「あまっ……」
思わず口が動く。
あまーいシロップの芳醇な匂い。
甘いだけではない。芳しいコクもが覗いていて、甘ったるさを微塵も感じさせず、なるほど確かに、これは高級シロップと頷かざるを得ない。
そんな味が口のなかで一杯になって、思わず頬が緩んだ。
「どう!? ヒルフトさん、おいしいでしょ!?」
ヘルファがずずいっと顔を寄せてくる。
その口元にもシロップがついていて、やや頬が朱色になっていた。
「いや……まあ……その……」
「なーにヒルフトさぁーん、ツンデレしちゃってぇ〜」
おほほとわざとらしく口に手を当てて、五条悟は煽り散らかす。
「サトル、お前は黙って食べろ!」
「わ〜! ヒルフトさんが怒ったー! 逃げよヘルファー!」
「きゃー!」
「…………」
ヒルフトは黙ってかき氷に専念することにした。
食べれば食べるほど、この二人に煽られる苛立たしさが嫌でも引いていく。
「ねー、ヒルフトさんって愛想悪いよねー」
「ですよねー。もっと笑顔になればいいのにー」
「…………」
五条悟に出会ってから三ヶ月、この少女には完全に悪ノリが移っていた。
「おい、二人とも。せめて静かに騒いでくれ」
「きゃー、二級魔法使いヒルフトさんがおこってるー!」
ヒルフトはいよいよ声を荒らげた。
「だからっ、甘いもの食べるのはいいとして、まだ敵は――――」
その途端に言葉は打ち切られた。
ヒルフトの腹の底にどっと重いものがのしかかる。
(なんだ…………?)
そう思ったのも束の間。
「「「!!」」」
瞬間、全員が同じ方向を向いた。
かしゃりとヒルフトは器を地面に置く。
「サトル、これすごい魔力……!」
視界の先は、結界の中心だった。
林の隙間の向こうから、煌々と緑石色の光が漏れ出す。
「まぶしっ」
「これは……」
ヒルフトは、あり得ないというように、小さく喘いだ。
とっさに手にした魔法杖がふるふると震える。
ヘルファとヒルフトは魔力探知で捉え、五条悟は六眼によって呪力を認識する。
それから少しだけ包帯を解き、直接六眼で目にした。
「あの呪力は………」
五条悟には見覚えがあった。
昨晩、ヘルファと一緒に見た結界の天蓋、その術式構造。
それと相対するような術式構造が光源から目にできる。
「わっ!?」
結界の中心から光の柱が立ち上がった。
(光が結界に干渉している)
五条悟の六眼には、柱と結界が影響しあい、鮮やかな干渉網を作り出しているのが見える。
光の頂点が天頂に届き、そして両術式が噛み合い、接合する。
(破れる)
耳をつんざくような音。
「きゃあっ」
崩壊する魔力の余波が、全員の頬を吹き付けた。
ヒルフトが喘ぐように口にする。
「結界が…………!」
「えっ、崩壊した……!?」
「大魔法使いゼーリエの結界だぞ……!?」
慌てふためく、ヒルフトとヘルファ。
しかし五条悟だけは、そんな事を成し遂げた主を見た。
魔法の術式の中に、わずかだけ込もる術者の呪力。
あのとき試験の集合所で見た中の一人と同じもの。
白髪の白い肌の魔法使い。それが脳裏に浮かぶ。
「ははっ」
桁違いの魔法の規模だ。
呪術のそれで成し遂げる術式規模とすれば、間違いなく一級のそれ以上。
「どうなってんだよこの世界は」
噂に聞く呪術全盛の平安の世。
それはもしかすれば、このようなものなのだろうか。
「二次試験、俄然楽しみになってきたね」
ざくりと、五条悟はスプーンをかき氷に差した。