ゴゴゴゴゴ…………
地揺れがする。
いくつかの呪力が爆ぜたことを、五条悟は認識した。
遠い、かなり遠い場所。
しかし、目をやると、すぐにその痕跡を目にすることができた。
大地が盛り上がっていた。
「なんじゃありゃ」
呪術とすれば、規格外の術式性能と呪力量。
直径数百メートルほどもある大地が、まるできり取られた円柱のように、何十メートルもの高さにまでそびえ立っていた。
(呪力は……あまり込められていない。攻撃よりも隔離や妨害的な魔法の行使かな)
もう少し、五条悟は六眼を集中させた。
その大地の円柱の上に、三つの呪力を感じる。
(男が一人、女の子が二人か。実力的に、この騒ぎを起こしたのは男の方。そして、女の子のうちの一人は、湖を凍らせた娘か)
ちらりと五条悟は湖の方を見た。
直ぐそばに湖がある。しかしそれは、冷気を放ちながら全面が凍ってしまっていた。
「ねえサトル、なんか向こうですごいこと起きてない!? 地面がすごい!」
「ちょっと待って、水取ってからでしょ?」
「なんでそんなに冷静なの!?」
騒ぐヘルファをよそに、五条悟は無下限呪術を行使した。
湖に近づいて、手で湖の凍った表面に触れる。
ピシッ、と音がした。
五条悟の手を中心に、一平方メートルほどの綺麗な四角形の線が入る。
五条悟が立ち上がると、手にくっつくように、大きな氷の塊が持ち上がった。
「うわ、すっごい。サトルの魔法って万能だね。色んな事できる」
「でしょ。じゃ、ヒルフトのところに持ってこうか」
氷を持って森のなかに入っていくと、少し先でヒルフトが薪を用意しているところだった。
「おお、立派な氷塊だな。それもお前の魔法か、サトル」
「そ。お好みなら好きなカタチにできますよ。かき氷とかね」
五条悟は氷塊を浮かばせ、薪の鍋の上に移動させると、そこでゴリゴリと無下限呪術で削り始めた。
「本当にかき氷作れるのかよ」
ヒルフトが呆れた顔で言う。
「じゃあシロップを出す魔法は私が出しますね」
それから、ヘルファがうきうきしたような顔で言った。
「なんだその魔法は」
ヒルフトがまたツッコミを入れた。
言っている間に氷が削り終わり、鍋の上にこんもりといっぱいに盛られた。
「あのなあ、サトル。かき氷用の氷じゃないんだぞ。これは飲水を確保するためだ」
「それは分かってますけど……」
しゅん、とヘルファはうつむいた。
「でも、もう昨日から甘いもの食べてないですし……」
「おい、今は試験中だぞ……。甘いものなら試験が終わってからでも」
「あ、僕も甘いの食べたーい」
「おいサトル」
ヒルフトは五条悟に目を向ける。
しかし当の本人は全く気にしていないようだった。
ヒルフトは大きなため息をする。
そんなヒルフトをよそに、ヘルファは魔法の杖を呼び出した。
「じゃあ、私がシロップかけちゃいますね」
それを、鍋に向かって構えている。
「ちょ、おいヘルファ」
「わーいわーい! ヘルファさんやっちゃってー!」
「おい無視するな!」
「いくよっ、『かき氷のシロップを出す魔法』!!」
もう全くヒルフトの話は聞かれていなかった。
ヘルファが唱えると、そよ杖の先から、とろとろ〜っと甘い匂いを放つシロップが注がれた。
それはかき氷を溶かさず、上に少しずつ乗っていき、形を変えて斜面を甘く染めていく。
「うわっ! このシロップめっちゃいい奴じゃん!」
「でしょ! でも発動条件が『かき氷にかけるとき』だけだから、私も久しぶりで!」
「やったぁ〜! 高級かきごおりだぁ〜!」
「おい………………」
ヒルフトは力なく手を伸ばして、二人のかき氷パーティを見守るしかなかった。
ヘルファがしゃりしゃりと器にスプーンで分け、それぞれに手渡していく。
「はい、これヒルフトさんの分! これ私ね! これサトル!」
「わーいいただきます!」
「いや俺は別に……」
しぶしぶかき氷を受け取るヒルフト。
そんな彼に五条悟は声をかける。
「お〜いヒルフトさぁん。甘いもん食べないと戦はできないよぉ〜?」
その態度に、ヒルフトは一瞬むっとした。
「そっちは逆によくこんな状況で食べれるな。緊張しないのか?」
そう言いながらも、ヒルフトは削った木で作ったスプーンをかき氷に差し入れる。
しゃくっ、と音のする、とろとろのシロップが染み込んだ氷。
それを、ヒルフトは口にした。
「……………!」
ヒルフトが目を見開く。
あまーいシロップが芳醇な匂いで口の中をいっぱいにして、頬が緩んだ。
「どう!? ヒルフトさん、おいしいでしょ!?」
横で嬉しそうな顔をするヘルファ。
「いやまあ……その……」
「なーにヒルフトさぁーん、ツンデレしちゃってぇ〜」
おほほ、とわざとらしく口に手を当てて、五条悟は煽り散らかした。
ピシ、とヒルフトの額に青筋が走る。
「黙って食べてくれ!」
「わ〜! ヒルフトさんが怒ったー! 逃げよヘルファー!」
「きゃー!」
同じように乗るヘルファ。
五条悟に出会ってから三ヶ月、この少女には完全にその悪ノリが乗り移っていた。
「おい、二人とも! せめて静かに騒いでくれ!」
「きゃー、二級魔法使いヒルフトさんがおこってるー!」
「だからっ、甘いもの食べるのはいいとして、まだ敵は――――」
その途端に言葉は打ち切られた。
ヒルフトの腹の底に、どっと重いものがのしかかる。
(なんだ…………?)
そう思ったのも束の間。
「「「!!」」」
その瞬間に、全員が同じ方向を向いた。
「サトル、すごい魔力……!」
結界の中心の方だった。
林の隙間の向こうから、煌々と緑石色の光が漏れ出す。
「まぶしっ」
「これは……」
ヒルフトは、あり得ないというように小さく呟いた。
手にしたかき氷の器が、ふるふると震える。
ヘルファとヒルフトはそれを魔力探知で捉え、五条悟は六眼によって呪力の発生を認識する。
それから少しだけ包帯を解き、直接六眼でそれを目にした。
「あの呪力は………」
そして、五条悟は見覚えを感じる。
昨晩、ヘルファと一緒に見た結界の天蓋、その術式構造。
まるでそれと相対するような術式構造が、その光源からは目にできた。
「わぁっ」
ヘルファの嬌声。
光の柱が立ち上がった。
結界の天頂へ向けて。
(光が結界に干渉している)
五条悟の六眼には、柱と結界が影響しあい、鮮やかな干渉網を作り出しているのが見えた。
光の頂点が天頂に届き、そして両術式が噛み合い、接合する。
(破れる)
耳をつんざくような音。
「きゃあっ」
ヘルファの悲鳴。
崩壊する魔力の余波。
「結界が…………!」
「崩壊した……!?」
「大魔法使いゼーリエの結界を……!?」
慌てふためく、ヒルフトとヘルファ。
しかし、五条悟だけは、そんな事を成し遂げた魔法の主を見た。
魔法の術式の中に、わずかだけ込められた術者の呪力。
あのとき試験の集合所で見た中の一人が、同じものを発していた。
白髪の、白い肌の魔法使い。それが、脳裏に浮かぶ。
「ははっ」
桁違いの魔法の規模だ。
呪術のそれで成し遂げる術式規模とすれば、間違いなく一級のそれ以上。
「どうなってんだよ、この世界は」
噂に聞く呪術全盛の平安の世。
それはもしかすれば、このようなものなのだろうか。
「二次試験、俄然楽しみになってきたね」
ざくりと、五条悟はスプーンをかき氷に差した。