Nemo   作:参号館

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一体私は何を書いているのだろう。
樹家は3親等ぐらいまで名前を考えているが、全く出てこないことは必須であるのに、異様に凝った名前にしてしまい、とても後悔している。
しかし、我が焦げ付いた脳みそはこういう無駄な事を考えるという息抜きが無いと死んでしまうので業が深い。
またいつか図表にさせてくれ。


賢しい獣

樹 寧蒙(うえき ねも)という海底に沈みそうな名前を聞いて思いつくのは、手負いの獣だった。

深い山のなか、藪の隙間から、木々の虚から、木立の中から、静かにこちらを警戒している。

朝霧が立ち込め湿った匂い、どこからか穿つように視線が自分を貫き、待避か対峙かを迫られる。

賢く待避をすれば追ってこない、愚かにも対峙をすれば思い知る。

鹿に狐狸に鷹に山犬に熊に、獣に成った樹によって、"次"など何処にもないことを。

 

きっと今もどこかの山で静かに警戒している。

自分のテリトリーを犯すものがいないかを。

 

 

 

 

<実家のコンセントに繋いでおいてくれ。>

 

奴、樹寧蒙からの手紙は突然で唐突だった

信大の男子寮に大和の実家から届いた荷物、そこに"それ"は入っていた。

母親が息子の大和敢助宛の荷物だからと、祖父母の野菜を送るついでに入れた為、少し冷えてる所がミソである。

 

鬱陶しいことに樹は、大和と中高6年間同じクラスだった。

小学校より、学年内で学力的な均衡をとるためか、大和敢助と幼馴染みの諸伏高明は良くクラスを分けられた。

そして、それは中学で合流した樹寧蒙と、旧友の小橋葵にも当てはまるようで

ずば抜けて高かった諸伏と、4人の中では控えめな小橋

諸伏に一歩足りない大和と、気分によって上下する樹

其々が成績的理由で中高6年同じクラスだったのは奇跡だろう。

 

まあその均衡もコウメイが樹に発破掛けるまでだったが……

 

退っ引きならない理由で大和は樹の秘密をいくつか知っており、その遍歴から樹の成績がマジの気分で決まっていることも察せたので、高三の頃の記憶は、コウメイの発破を必死で止めていた記憶が半分占めている。

 

大和は嫌な記憶を思い出し、一旦思考に蓋をした。

といっても目の前に有るのは、その元凶からの荷物の為直ぐにその記憶の蓋は開けられるのだが。

取って付けたかのように乱暴にちぎられたガムテで、貼り付けられたメモを荷物からはがし、梱包材を剥がすと中身はノートpcだった。

 

はて、自分でそのまま持っていってコンセントに刺した方が早くないだろうか?

そう思ったが、そういえばあいつの近くには妙な奴がうろついていたよなと、樹周辺のゴタゴタを思い出して、また大和はげんなりした。

 

―――

 

中学に入学したら、クラスに異様にタッパの有る女がいて、入学以来ずっとバレー部の顧問の先生から呼び出され勧誘を受けていたことを覚えてる。

ただ、インハイ前の予選時期からパタリとそのしつこい勧誘は無くなった。

そしてバレー部の顧問だった教師は学校から消え少しバタバタした後、新しい教諭が来て話は雑踏に消える。

 

インハイに出れなくなった腹いせか、ただの噂好きなのか、バレー部の女子が噂するところ

勧誘が激化し、恫喝や脅しまで行っていたと。

然るべき人と場所、担任と警察に相談し、現場をしっかり押さえ、示談もなく逮捕されたらしいと。

放課後、幼馴染みの図書館帰りを待つ大和の耳にはそう届いていた。

大和にとってはそれ以上も以下もないただの噂だった。

本当であってもなくても、大和の生活に何ら変わりはなかったからだ。

 

次に樹の話が入ってきたのは夏前、林間学校が終わり、幼馴染みの諸伏の両親が殺されて直ぐだった。

樹の両親も死んでいるのだと噂が回ってきたのだ。

職員室から繋がる喫煙所で話す教師の声を生徒が拾ってしまったらしく、その噂は瞬く間に広がった。

そして樹の両親について誰もが知る頃に諸伏が帰ってきたため、話題はそちらに持っていかれたが、逆にその短い間だったため誰も樹に真相を聞けず、そして樹は何も弁解できず話が流れたのは、ちょっと流石にどうかと思ったのは良く覚えている。

 

そして渦中の諸伏が復帰して数日、樹は何故か、大和にコンタクトをとってきた。

その日も変わらず放課後に図書室へ行った諸伏の帰りを待っていた大和は、宿題を学校で片付けていた。

先生にはあまり言い顔をされないが、家でやりたいことがある大和はさっさとこの時間に終わらせるのが常だった。

数学の問題を解いてる大和の視界に影が差し、顔を上げたら樹がいた。

樹はそのまま前の席の椅子に座る。

 

宿題を片付ける大和と樹しかいない教室は少し異様だった。

樹の口が開かれ、アルトの落ち着いた声が教室に響く。

 

「諸伏くんの……友達だよね?」

 

そういう姿は少し自信がなさげだった。

大和と諸伏が放課後一緒に帰っているのは誰もが知っている話だった。

だから諸伏に渡りを付ける話かと、最近の事件の事だったら断ろうと思い、大和は少し怖い顔をしながら無愛想にああ、と答える。

 

 

「多分、もうやってるだろうから心配ないとおもうんだけどさ……その…………」

 

そう言って言葉を詰まらせながら、樹は言いにくそうに視線をうろつかせて、やっと内容を発する。

 

「諸伏くんの回りに厄介な記者がうろついてる。

なるべく家に帰るまで一緒にいてあげて。」

 

 

それは純粋な忠告だった。

"厄介な記者"と言うのは諸伏からも聞いていた。

それにより最近は放課後一緒に帰るのを拒否された位だ。

ただ、大和は諸伏と帰るのは変えるつもりはないし、むしろ変な奴の盾になる位はできるだろうと思い、拒否されてもついて行くつもりだったし、そうしてきた。

諸伏は呆れた顔をしていたが、結局折れて一緒に帰っていた。

 

しかし、状況はもう少し深刻だったらしい。

 

「出来れば、保護者のかたに朝夕どっちも送迎をしてもらった方が良い位なんだよね……

でも多分諸伏くん、遠慮して言えないんだと思う。

だから出来る限り一緒にいて被写体に写って、できれば遮ってほしい。

そうすれば価値が下がるし、雑誌に乗りづらい。」

 

雑誌と言う言葉に長野産の平和な脳みそが驚く。

あっても新聞ぐらいだろうと思っていたが、雑誌と言うことは県外からも来ている可能性が高い。

 

「あと、これは諸伏くんにも伝えてほしいんだけど、私のことを聞かれても、知らぬ存ぜぬで貫き通してほしい。

もっと厄介なことになるから。」

 

そして、悪いことだと分かりながらも最後に付け足された言葉に大和は、好奇心を我慢できなかった。

この場にいたのが諸伏なら、きっとこんなバカなことはしなかっただろう。

その言葉はただの言葉で、忠告してくれた樹の親切を、優しさを足蹴にする言葉だった。

 

「それは、あんたの両親が死んでる事に関係するのか?」

 

「そうだね。

私が人殺しって話だよ。」

 

そう、笑って言いきった樹はさっと席を立った。

 

「君たちのこれからの生活がかかっていそうだから忠告した。

この話をどうするかは君が決めな。

じゃあ、また明日。」

 

そう言って樹は席に戻って鞄を手に取り、すたすたと教室を去っていく。

"人殺し"と言う中学生ではまず聞かないワードと、樹の鋭い忠告に驚いて、大和は諸伏が教室に顔を出すまで何も出来ないでいた。

 

 

帰り道、大和は罪悪感にさいなまれていた。

失礼過ぎる事を聞いたと

弁解も何もなく、自分が悪いと

 

明らかに落ち込んでる大和に宿題で分からない問題でもあったのかと諸伏は聞くが、返答は「うーん」やら「あ゛ー」やら要領をえない。

しまいに諸伏はブチギレて大和を問いただす羽目になった。

 

「樹寧蒙って知ってるか?」

 

「まあ、噂は予々。」

 

耳が早いことで、諸伏は樹の諸々をもう知っていたらしい。

それならば話は早いと、大和は言葉を続ける。

 

「忠告してきたんだよ。

コウメイ、お前の回りに厄介な記者がうろついてるって。」

 

「なる程、でもそれに関してはもう型はついてます。

僕の保護者をしてくれている叔母夫婦が警察に届け出て、交番の警察が家付近のパトロールを強化してくれるそうです。

なので、敢助くんも送迎はもう大丈夫です。」

 

「お前と帰るのはやめない。

元々一緒に帰ってたんだし、序でにばあちゃんち寄るから母さんに色々言伝てやら何やら頼まれてんだよ。

だから今後も継続する。

ま、だけど警察が動いてくれるってんなら、もう大丈夫そうだな。」

 

ニカリと笑い、甲斐さんに会ったら宜しくと声をかけた大和に諸伏は安堵した。

先ほどまでの落ち込みは何だったのか、元気が戻ったようだ。

そして大和は、これはないだろうけどと、言葉を続ける。

 

「もし、樹寧蒙について何か聞かれても知らないふりをしてやってくれ。」

 

「それは……理由を聞いても?」

 

諸伏の言葉に大和は渋い顔を返した。

 

「あいつんちも色々有ったらしい。

俺からはそれしか言えない。」

 

大和は実際の所何も分かってなかったが、これ以上は流石に憶測であっても何も言えなかった。

きっとまた樹を傷つけてしまう。

 

 

諸伏は大和の言葉に理解はしたものの、納得はしてないようだった。

しかし、大和が聞くなとばかりに話を変えたせいで、その話は流れる。

 

 

その後、何ともない日々が続いたように思っていた。

しかし大和は、記者と探偵は諦めがとても悪い事を知らなかった。

 

記者は、それならばと標的を変えたようで、諸伏のクラスメイトそして、大和まで手が伸びていた。

学校側でインタビューには答えないようにと、連絡が回った頃には遅く、多くの生徒が取材に答えていたし、学校管理の名簿まで漏れていた。

 

知らない低い声に大和が声をかけられたときにはまた、真しやかに樹寧蒙の噂が回り始めていた。

 

「大和敢助くん、だよね君。」

 

記者と言うには身綺麗だった。

自分の想像していた漫画に出てくるような小汚ない中肉中背の少し腹の出た記者ではなく

ちゃんとスーツを着て、多少履き潰してる革靴、背が高く、時計も高そうなものをつけて、爽やかな笑顔である。

一瞬普通に道を尋ねられるのかと思うほどごく自然に話しかけてきた。

だが大和は、全く知らない大人に自分の名前を知られていることが不自然過ぎて、目の前に立ちふさがる人をよけて歩き出す。

通行を邪魔すると犯罪になりかねないと知っているのか、記者は止めはしないが、後を追うように着いてきた。

 

「自分は記者をやっているものでね、君の友人の諸伏くんの事件を追っていてね、あまりにひどい事件だったから、ちゃんと本当のことを記事にしたいと思ってる。

だから是非諸伏くんの親友の君に取材したいんだ。

君はあんまり読まないと思うけど○○っていう雑誌の記者をしてるんだ。

そんな難しいことは聞かないからさ、何秒か時間をくれないかな?」

 

優しく語りかける姿は中学生に配慮してる風を装っており、クラスメイトがそのぐらいならと話してしまうのも納得の自然な語り口だった。

だが、その違和感の無さが更に大和の不審感を大きくする。

 

「今回の諸伏一家惨殺事件についていろんな人から話を聞いたよ。

君はよく諸伏くんと推理勝負とかしてる、ライバルなんだってね?

ほら、諸伏くんから色々相談されたりするだろ?」

 

関係値がばれてるのは取材された生徒の数からも想像できた。

足早に進む道はもう2つほど折れたら交番だ。

焦る気持ちを押さえ、相手を刺激しないよう動く。

 

「どうかな、私の情報と君の情報を交換しないか?

君もきっと事件を追っているんだろ?

知らない情報があったら、お友達の諸伏くんと共有してあげたら良いよ。

調べるのは得意だからね

きっと君の知らない話も知ってる。

事件の容疑者に上がった人の事とか、当日の近隣住民の証言とか

 

樹寧蒙が両親を殺した証拠とか。」

 

 

突然出てきた名前に大和はドキリとした。

あの放課後、樹の言葉に繋がる文言だ。

いやな好奇心がもたげるも、大和はあの微妙な気持ちになるのは御免だとばかりに更にスピードを上げる。

もう、半ば走っているような早さで角を曲がる。

 

あと角ひとつ

 

「きみは友達想いなんだね」

 

急に腕を引っ張られ、掌に紙を差し込まれる。

大和が腕を振り払うと簡単に外れた記者の手。

紙(名刺)と記者を見比べたあと、大和は名刺を記者に突き返すが記者はハンズアップして一歩引き、受け取らない。

 

 

「あの女が無罪な事を証明したいなら、連絡することをおすすめするよ。

クラスメイトが犯罪者なのは嫌だろ。」

 

結局記者はそのまま薄ら笑いを浮かべ去っていき、大和はそのまま名刺をもって近くの交番に駆け込んだ。

 

その後大和は甲斐さんのいる交番まで行き

不審者から丁寧に名刺まで貰った大和は甲斐さんに全てぶちまけた。

 

 

―――

 

「俺一人が抱え込んでいい問題じゃない!!!」

 

「悪かったよ。

あんまり他人のお家事情を聞かされるのもどうかと思って。」

 

 

当事者として後日甲斐さんのいる交番に呼び出された樹は、不機嫌に出迎えた大和にへらへらと笑った。

そのまま勤務が終わり交番から帰る甲斐に連れられ二人は甲斐さんの家に向かう。

 

 

集まった面子は変な輩に絡まれて傷心中の大和と、頼りになる甲斐さん、そして話の中心にいながらノーダメージの樹だった。

 

「全部話せよ。」

 

ふてぶてしく腕を組んで甲斐家の畳にあぐらをかく大和。

まあまあと甲斐さんは慰めるが、視線は樹を厳しく追求している。

幼い頃から成長を見てきた子供に悪い虫が付くのは許せないのだろう。

それに参ったとばかりに樹は肩をすくめた。

 

「色々情報規制がある。

あまり質問に答えられないし他言無用で頼む。

勿論、君の親友にもだ。」

 

その言葉に勿論だと頷く大和。

更に言葉を重ねる樹。

 

「甲斐さん?だっけか。

あなたもだ。

あんたが善良な警察官だとしても話せないことがある。

チヨダ*1に目を付けられたくなきゃ、私が話す以上を聞かないことをお勧めするよ。」

 

大和は急に出てきた知らない名前に『?』を量産するが、甲斐さんが納得した姿を見て一旦横に置いておくことにしたらしい。

 

「まず、あの記者は私の両親の死を追ってるフリーの探偵で、」

 

「え、でも○○って雑誌の記者って……」

 

「おおよそ身元不明の探偵なんて信用されないからだろ。

調べてみろよ、そんな雑誌存在しないぜ。

あっても零細だ。」

 

樹の声に大和は携帯で検索するが出てこないし、甲斐さんのpcでも出て来なかった。

ゴシックであれ情報雑誌を刊行しているのに、簡単なHPさえないのは些か零細も頷ける……

 

「こいつは私の両親が死んで、其が新聞に載った時から事件を追ってる。

当時あまりにも酷いからって私の保護者がアメリカに逃がしてくれて、あんまり被害にはあってないが、厄介な奴と認識はしてた。」

 

大和は一瞬納得しかけたが逡巡の内、ワールドワイドな国名が出てきて「は?!アメリカ?!」と思わず口にだしていた。

大和の驚きに対したリアクションもせず樹は答える。

 

「一応アメリカでは大学院まで卒業してる。」

 

「大学ぅ?!

じゃあ、学校行く必要ねぇじゃねえかよ!」

 

「保護者の意向で日本の義務教育は卒業したほうが良いと言われて通ってる。

高校は考え中。」

 

「飛び級ってことか。

小学生でそこまで行くってことはギフテット、天才だなぁ。」

 

感心する甲斐さんを尻目に大和は、やべー話をする奴がやべー経歴を持ってて、脳みそが溶けそうだった。

 

「で、まあその記者は、私が両親を殺した証拠を持ってると言い張って私を脅して金銭を要求してくるので、保護者が今度裁判で争って勝ってくるし、接触禁止命令ももぎ取って来るので、後は待つだけなんだ。」

 

いや、溶けた。

 

「ちょちょちょちょっとまて。」

 

大分混乱している大和に更に追い討ちをかける樹。

 

「あと、私が人殺しなのは本当。

両親が死んだ理由がそれ。

此に関しては何も喋れない。」

 

はぁ?!と言った顔のまま固まった大和に、目を見開いて樹を凝視する甲斐さんの心は1つだった。

 

「「言えないなら喋るな!!!」」

 

気になるだろうと言う大和の声と、公安案件に巻き込むなという甲斐さんの心からの叫びだった。

 

「因みに、君はその殺人については法で裁かれて——」

「担当はチヨダだ。」

 

公安が始末を付けたんだな……と言うのは甲斐さんに十分伝わった。

ただ、今回の記者に関しては全くの無関係とまでは行かないが、部外者の大和達には関係はなかった。

 

脳が溶けた大和を置いて、甲斐さんと樹は話をまとめはじめ

・また接触があるやも知れんが、そのまま放置する。

・学校でも他人でいた方がお互いのため。

だとして、その場は解散となった。

 

記者がばらまいているのか樹寧蒙の人殺し説は狭い田舎の学校で瞬く間に広がって行ったが、それだけだった。

誰もが知る噂となれば、それは都市伝説のように全部本当の話で全部嘘になるのだ。

公然の秘密は田舎には多い。

そして、樹の保護者は裁判で勝ち、賠償金と接触禁止命令をもぎ取ったらしく、いつしか記者は見なくなり、誰もが知る噂は、また新しい噂に上塗りされていった。

 

その頃には樹の横には小橋葵がおり、諸伏を待つ大和同様、小橋を待つ樹が放課後よく見られた。

 

その姿を見ては嫌な笑みを浮かべる諸伏を放置していたら、何故か大和は樹が好きだと勘違いされ、お互いに何か特別な思惑もないため嫌な顔をしていたら、更に小橋までも勘ぐるようになる。

中学を卒業する頃には、大和と諸伏、小橋、樹の4人でつるむようになり、高2には、諸伏と小橋が付き合い始めていたし

 

高校最後の夏休みを境に、3人とも樹と音信不通になっていた。

だから今、高校の卒業式にも見えなかった相手から荷物が届くとは思わなかった。

 

 

 

 

閑話休題

<実家のコンセントに繋いでおいてくれ。>

 

実家というのは、一体何処なのだろうと大和は未だ連絡が取れない樹を置いて推理を始める。

 

放課後の暇な時間にいくつか話す内、樹の当時住んでいた家は現在の保護者が持つ別荘と言うのは聞き及んでいた。

その為一人暮らしとなるが、保護者と言えど他人の家に勝手に誰かを呼ぶことはできないとし、高校生の時4人で集まるときは専ら図書館で勉強するか、ファミレスに行くか大和の家か、のどれかだった。

独り暮らしの家が溜まり場になら無い稀有な例だと言うのは大学に行ってから知った。

 

流石に借り物の別荘を実家とは言えないだろう。

となると、樹の死んだ両親と住んでいた家になる。

樹が両親と住んでいた家は事故物件のため取り壊したか売り出したのだとばかり思っていたが、どうやら違うらしい。

持ち別荘と言い、当時から保護者の財力が垣間見えていた。家一件ぐらい残しておく財力ぐらいはありそうだ。

 

 

とりあえず、樹のことに一番詳しい小橋に話を聞く必要がありそうだ。

そうと決まれば、話は早い。

大和は同じ大学に在籍する小橋に連絡を取り、次の休校日に会うこととなった。

 

 

―――

 

「敢助くん!久しぶり!」

 

こっちこっちとばかりに手を振る小橋に気がつき、大和はお昼を過ぎて少し空いたカフェに入っていった。

 

2人の近状やら諸伏の東京での無双具合やら、文句を話したり聞いたりしている内に時間は過ぎる。

諸伏がいつまでも小橋を引きずってうるさい旨と樹と相変わらず連絡が取れない旨を話してスッキリした頃、大和はやっと本題に入った。

 

「この間樹から荷物が届いたんだが

それが実家のコンセント刺せって書いてあるだけのノートpcだったんだよ……

樹とそういう話をしなかったから、実家も分からなきゃ此が何を意味するかも分からねぇ。

小橋ならなにか分かるかと思ったんだが、樹の実家の場所って知ってるか?」

 

小橋は大和の説明に少し悩んだあと、恐る恐る口を開いた。

 

「私も寧蒙ちゃんの実家の住所は知らないの。

寧蒙ちゃんの保護者の別荘の住所は一応知ってるけど、連絡が取りづらくなった夏ごろから住んで無いようだったし……あれを実家とは言いづらいわね……

一応寧蒙ちゃんのご両親が亡くなる前からの友人ではあるんだけど……

親戚の家に行く夏にだけ会える友達だったし、詳しいことは知らないわ。

いつも会う時自転車で来ているようだったから、そこからそんなに離れてないはずだし…もしかしたら地域の新聞のお悔やみ欄に乗ってるかもしれない。

図書館へ行けば分かるはずよ。

ただ、その……詳しい日付は分からないから、寧蒙ちゃんが居なくなった夏を総当たりすることにはなるわ。」

 

「なる程な……絞れるだけましか。

小橋、助かっ―――

 

「勿論、私も手伝うから!」

 

 

突然ズイッと突き出された指を見て、大和はそうだ、こういう奴だったと思い出した。

 

諸伏の故事成語に臆することなくストップを掛けるし、態度ががさつで女子から嫌煙されやすい大和にも普通に話しかけるし

人殺しのレッテルが張られ、学校中から遠巻きにされていた樹を親友と紹介したのも小橋だし

 

高校入学してすぐの頃、人殺しと罵った同級生を正論で黙らせたのも小橋だった

 

「論も証拠もない噂に踊らされて人殺しと罵り揶揄するのは名誉毀損に値する犯罪よ。

どれだけ軽い思い付きの行動であろうとも、『人殺し』と言うからには、その言葉に責任が伴わない何てことは絶対にあり得ない。もう16歳なのにそんなことも分からないとも言わせないわ。

示談で許される事ではないことを理解しなさい。」

 

中一の時、樹が先生に恫喝されていた事がショックで、法律を猛勉強したのだと後で聞いたが、小橋の言葉はあまりにも正論で、大和と諸伏は後ろで口を開けて眺めることしかできなかった。

それに対して、流石は親友と言っていいのか、樹は小橋の肩に手を置いて止めた。

 

「葵がこの名も知らん奴らに心を砕く必要はないよ。

殺人の立証も出来ないクズどもに、葵の言葉は勿体ない。」

 

宥めるように、落ち着くように発せられた言葉は件の同級生と、周りで囃し立てた奴らへの煽りに聞こえたが、樹なりに小橋を落ち着けようとチョイスした言葉だったのだろう。

できるかは置いておいて。

 

「でも、寧蒙ちゃんが、友達が謂れの無い言葉で罵られるのは私嫌!」

 

そういって悔しそうに唇を噛む姿には、野次馬も黙るしかなかった。

苦笑した樹は諸伏に小橋を預け、駆け足で飛んできた担任と学年主任、そして件の同級生達と近くの国語準備室へ入っていった。

 

その日の放課後には解放されていたが、主犯格の数人は自宅謹慎をくらい、謹慎が明けても学校へ登校しなくなり、2年次に退学したと風の噂で聞いた。

 

上記から小橋は、友人、特に樹のことに関しては、意地っ張りと言うか頑固な面があるのを大和は知っていた。

 

 

 

「あー……樹の事情でちょっと厄介な奴があいつの実家付近を彷徨いている可能性がある。

安全を取ってなるべくおまえを関わらせたくない。」

 

大和は、おおよそ樹と探偵とのいざこざや、両親の死についてを加味して対応できるのが大和しか居なかったから自分に送ったんだろうと言うのは安易に予想できた。

こういうことをやってるから諸伏と小橋に関係を疑われるのだが、本人たちの脳内は合理で話が進んでいるので嫌な顔をして否定するしかできることはない。

 

「私の親友なのに!」

 

「頼まれたのは俺だ。」

 

何故か樹を取り合う様な会話になったが、あの探偵が小橋に目を付けるのは流石に困る。

幼馴染みの恋情的心配な意味でも、小学校から知っている小橋への友情的な意味でも、旧友の思惑的な意味でも。

 

「お前らが俺と樹に関して勘ぐってる理由の一つが今回の事に抵触する。

だから樹は俺に頼んだはずだ。

巻き込まないために。」

 

「そんな!!

寧蒙ちゃんだったら、大和くんが私に相談することも、私が一緒に調べたいって言うことも予測して頼んでる!

絶対に!」

 

大和はでかいため息をつく

確かにそうだとも思ったからだ。

 

「だが、小橋を危ない目には会わせたくない。」

 

「でも一緒に調べる事は出来るわ!」

 

大和は折れた。

 

後日過去の新聞が沢山残ってそうな市立図書館へ二人で向かう。

田舎らしく駐車場が広く完備されているので車で向かった。

 

図書館に入ると成る程、市立なだけある大きさで、受付のカウンターへ向かう大和の袖を誰かが引っ張っる。

 

小橋が泣いていた。

 

とてつもなく焦った大和は、Tシャツの上に羽織っていた冷房よけの開襟シャツを小橋の頭にかけて、急いで今入ったばかりの図書館を出る羽目になった。

 

 

 

外のベンチで二人は一息をつける。

夏の暑さを遮る木陰でポカリを飲んで落ち着いた小橋は大和に謝罪をする。

 

「ごっごめんっねっ」

 

全然泣き止めてなかった。

 

「気にしてねぇよ……

そりゃビックリはしたけど……」

 

「ねっ寧蒙ちゃんと会ったのはっ、この図書館なの……」

 

寂しそうに笑った小橋は、引きつる喉で少し話していいかと大和に問う。

大和は頷いた。

 

 

小さい寧蒙ちゃんって凄いかっこ良かったの

髪はショートヘアで癖が強くてくるくるしてた。

私立の学校にいってたのか制服のワイシャツにハーフパンツでサスペンダー良くしてて、其がハリー・ポッターみたいな海外映画の寄宿生みたいで……

私、中学校で再会するまでずっと男の子だと思ってたんだから!

ネモくんって呼んでも否定しないし!

そんなお人形さんみたいな男の子が、図書館カードを作る方法が分からなくてオロオロしてる私に優しく話しかけてくれて、レクチャーしてくれて、会えば何の本を呼んでるか話すようになって、お互いにおすすめの本を紹介して読んで感想を囁き会ってたの。

こんなの、惚れないわけないのよ……

 

そうよ、私の初恋は寧蒙ちゃんよ!

ほんとにカッコよくて、優しかったんだから

ほんとよ……今は連絡ひとつくれない意地悪な寧蒙ちゃんだけれども!

夏祭りも、花火大会も一緒に行ったわ。

はぐれないようにって手も繋いだ

中学校で再会した時、最初は気付けなかったの。

だって女の子の制服着てるんだもの!こっちは寧蒙ちゃんを初恋の男の子って思ってるんだから!

でも寧蒙ちゃんが話しかけてくれて目元の黒子と笑顔ですぐ分かったわ

それに最初に寧蒙ちゃんが私を見つけてくれたの。

これが男の子だったなら運命の出会い、理想の王子様、って所ね。

諸伏君と付き合ってないのは明白よ。

 

 

いたずらに笑い、段々といつもの調子に戻ってきた小橋に大和はほっと一息こぼした。

そして小橋は本当に伝えたかった言葉を紡ぐ

 

「私、高校3年生の夏休み前に、大和くんと似たようなノートパソコンを寧蒙ちゃんから預かったわ。」

 

「はあ?!」

 

突然のカミングアウトに大和は驚いて声をあげるが、小橋は言葉を続けた。

 

「家のコンセントになるべく差しておいて欲しいって言われた。

大和君のパソコンとおんなじで画面が壊れてるみたいでどうなってるかは分からなかった。

あと夏休み以降、連絡取れなくなるかもとも……。

生存報告は時々するけど期待しないでって言われて……多分大和君が受け取ったそれ、私への生存報告だとも思う。

だからって何も無いんだけど……」

 

大和は成る程と納得した。

小橋への生存報告と、小橋の暴走を止めるための俺かと。

大和は小橋に言葉を返す。

 

「まあ、何となく分かったわ。

ただここまで来たらモヤモヤするし、何なのか突き止めたいから最後までやるけど、小橋は探すとこまでだからな。

それだけは譲れねぇ。」

 

大和の言葉に小橋は大きく頷いた。

 

「何か思い出が沢山詰まってるとこに来たら感情がブワッて上がってきて、押さえきれなくなっちゃった。

ごめんね心配掛けたわ。

大丈夫、一回泣いたら何か気持ちの整理ついて元気出てきた!

話し聞いてくれて有り難う。」

 

にこりと赤い目で笑う小橋に、あれだけ泣いたらそうだろうよ、と大和は思いつつ、図書館へ戻った。

 

過去の新聞を漁れば、樹の家族の事件記事は比較的すぐ見つかった。

お悔やみ欄も同じように。

事件後結構時間がたってからのお悔やみ欄だったため、見つけるのに時間がかかったが閉館までには見つかったので上々だろうと大和は満足そうに息をつく。

住所も判明したので大和は後日伺う事にした。

 

 

 

後日、大和の車には小橋がいた。

 

「くそっ寮の前で出待ちとかありかよっ!!!!!」

 

「ふふふっ、刑事みたいでちょっと楽しかったわ。」

 

言葉の通り、刑事みたいにあんパン片手に張られていたのである。

大和の出席授業まで丁寧に調べられて。

後日、人文学部の令嬢(小橋)が大和の彼女と広がりそうになり、慌てて火消しをする羽目になった。

 

樹の実家は普通の住宅街にあった。

近所では公園もあり子供の声も良く聞こえる。

新しくは無いが古くもない一軒家の前で大和達は止まった。

 

「……一応インターホン押すべきか?」

「……一応押しておきましょうか…。他人の家だし……」

 

インターホンは鳴らなかった。

節電のために切っているのだろう。

顔を見合わせた二人は頷き、恐る恐る門から入る。

庭は時々手入れが入っているのかそんなに荒れていなかった。

この様子から行くと家の中も定期的にクリーニングが入ってそうである。

 

玄関でインターホンをもう一度押すがやはり鳴らない。

 

大和は『実家のコンセントに繋いでおいてくれ。』のメモ用紙に、同じく適当にちぎられたガムテで張り付けてあったカギを取り出して回す。

 

ガチャン

 

普通に開いた。

お邪魔しますと声をかけて扉を開けるが、やはり誰も返事はなかった。

二人は玄関の三和土に立ち尽くす。

冷房の無い空間は人の家の匂いが充満していた。

 

「……実家のコンセントに差してくれって、何処のコンセントなのかしらね。」

 

「……指定無いんだし適当で良いだろ。」

 

そう言って大和はスリッパを拝借して一番手前の引戸を開けた。

予想通りリビングダイニングだったようで、玄関にいる小橋からは扉の隙間から奥にキッチンが見えた。

少し古いが時間がたったものにしては綺麗なままだった。

家具や、物はそのままの姿で、きっと事件から使っていないことが伺えた。

大和はそのまま入っていき、ゴソゴソと壁際のコンセントにつないで電源が入ることを確認し、一応隠れるようにして玄関に帰ってきた。

 

「やっぱり画面が壊れてて何も分かんねぇな……

ここで着けたらなにか変わるかもと思ったが同じだ。

さっさとずらかるぞ。

あんまり長居したくない。」

 

長居すれば、あの探偵が待ち構えていると考えれば、さっさと立ち去る方が良いことは言うまでもない。

二人は来たとき同様カギを閉め、大和は少し悩んだ後、そのカギを小橋に渡した。

 

「お前が持ってろ。」

 

「え、でも」

 

「俺はいらない」

 

 

 

大和がそう言ってさっさと車に乗り込もうとした時、声がかかる。

 

「あの!

この家の、今の持ち主ですか?」

 

大和はヤバイっと焦って振り返ったが、あの辛気臭いスーツを着た記者では無かった。

隣の家から今まさに出てきたところのスウェット姿で、焦っているようにも見える。

小橋が男性に丁寧に答えた。

 

「いえ、私たちは用事を頼まれただけで持ち主ではないです。」

 

「今の持ち主をご存知なんですね?!

あの、突然で申し訳ないのですが、詳しく話を教えて頂けませんか?」

 

「いや、個人情報だ。

身元もわからねぇ奴の要望には答えられねぇ。」

 

藁にもすがる勢いの男性の言葉を、大和は突っぱねる。小橋が大和の脇腹を肘で突いたが大和は意見を変えることは無かった。

小橋をこの問題に巻き込みたくなかった。

あの厄介そうな探偵に繋がってしまうかもしれない。

 

しかし男性側は大和の言葉に、己の身元を証明しようとし始める。

 

「あ……そっそうですよねすみません。

えっと、私はここに以前住んでいた樹一家の親戚でして……いや、樹寧蒙の叔父に当たる者です。

あの子の両親が亡くなってから、寧蒙の事をずっと探しています。

少しでもいいので、お話を聞けないでしょうか?」

 

「あんたの身元をいくら言われても、俺たちにはそれが本当かどうか証明ができない。」

 

悪魔の証明だ。

意地悪な言葉を言う大和に、小橋の視線が突き刺さる。

大和は居心地悪そうにするが、意見を変える様子がないことを察した小橋は言葉を続けた。

 

 

「そうね、だから話を聞きましょうか。」

 

くそっ、だから嫌だったんだ。

 

続けた言葉に大和は苦い顔を浮かべ、男性は反対に安堵の息をついた。

小橋の意志の強い目が大和を貫く。

大和は、このライバルと同じ決意を持った目に弱かった。

内心悪態をついて一段下にある頭に声をかけた。

 

「本人のいないところでは俺は何も話さねぇぞ。

危なかったら担いででも連れて帰るからな。」

 

「ありがとう。

私もその予定よ。」

 

にんまり笑った顔は樹に少し似ているようだった。

二人の様子を見た自称樹の叔父は、不審者で申し訳ないがと前置きして家に二人を招く。

流石に外でする話ではないと二人はお邪魔することになった。

 

 

「私は寧蒙の母親の兄にあたる。」

 

そう言って渡された名刺には、世界的にも有名な大手企業名と、役職と共に名前が記されていた。

 

樹 比巴(UEKI HIWA)

 

 

「名刺はいくらでも偽造できるが、一応此でも役職付きだから今から会社の方に電話をかけて確認してもらっても良い。」

 

「いや、この番号が正しいか分からねぇし、本人確認できないから良い。」

 

 

大和の言葉に自称叔父は苦笑を浮かべ、『まず、』と樹の過去を話し始めた。

 

 

曰く

 

昔寧蒙の両親は、父親の入婿で、母方の叔父と祖父母と共に博多に住んでた。

が、寧蒙が五歳の頃、長野に住まう父方の祖母が亡くなった関係で長野に引っ越すことになったらしい。

時々来る寧蒙の母親からの手紙から、1年ほどで祖父の方も亡くなってしまった事は聞いていて、同じ頃に博多の方の祖父母も亡くなっている。

その後没交渉となっていたが、寧蒙の小学校入学に際して、比巴のもう使わないPCをお祝いにあげたことから話はおかしな方向へ進んだ。

 

「寧蒙が半年ほどでPCの使い方をマスターして……匿名性の高いダークウェブに入り浸り始めたんだ。」

 

昔から賢いことは両親、親戚共に認知をしていたが、数学にのみ、その才能を発揮するだけだと思っていたので、まさかIT関連でも才能を開花させていたとは誰も気づかなかった。

 

寧蒙は興味感心の向くままディープウェブに入っていき、両親の知らぬ間にお小遣いを元手にお金を工面してダークウェブまでたどり着いた。

そこで、半年ほど潜伏しハックの方法や逃げ方、遊びを学んでいき、小学2年生に上がる頃にはその知能をいかんなく発揮し、小さなソフトウェアを開発し売りさばく程度のことは遊びでやっていたと思われる。

 

しかし、それは小学二年生の夏には止まることとなった。

 

「いつからかは分からないが、寧蒙が腕試しに公安のサーバーをハックしてたんだ……。」*2

 

 

最初犯人は分からなかった。

それどころか最低半年は情報が抜き取られたことにさえ誰も気が付かなかったという。

しかし、丁度サイバー犯罪対策課が全国に広がる前で、知見を得るために幾人ものハッカーやPCに関わる仕事の人が警察庁へ呼ばれていたのが功を奏した。

その中に叔父である樹比巴が居たという。

 

「当時、ハッカーと言ってもアングラな人間でない限り、サーバー関連の職についていることが多かった。

その頃には両親も死んでいたし、私は博多の家を売って東京に出てサーバー管理の仕事をしていた。

そこそこ博多で警察にも捜査協力をしていたのが効いたのか、福岡県警から警察庁の公安にわたりがついて、呼ばれることになったんだ。」

 

最初に違和感を感じたのはちょうど同時に呼ばれていたハッカーだったという。

別室からわらわらと背広を着た人が溢れかえり、ちょうど見学していた樹比巴の耳にも話が入った。

 

情報が抜き取られている。

現在進行系で。

 

当時の警察の意識的には、ITに関してそこそこの知識があるということは、疑われることと同義だった。

すぐに呼ばれていたハッカーと樹比巴は勾留されて尋問が行われた。

 

いくら無実を説明してもITの分野に詳しくない警察は、ちょうど居たハッカー達に詰め寄る。

樹比巴は福岡県警の知人の刑事が間に入ってくれ、そこそこに解放されたにも関わらず、同時に呼ばれていたハッカーはやっても居ない犯罪を認めるところまで行っていた。

 

いや、彼が認めたから樹比巴が解放されたのだろう。

 

樹比巴は彼の無実を証明しなければならなかった。

でなければ、いつかまた同じようなことが起こったら無実の人間が捕まり、事を起こした犯罪者は野に放たれたままになる。

もし同じことが起きれば、次に捕まるのは自分である可能性が高かった。

 

 

「難しいことは君たちもわからないだろうから省くが、幸いにも、一箇所だけ綻びがあり、攻撃を仕掛けたPCのIPアドレスを確認することが出来た。

寧蒙へ私のお下がりのPCを渡したときに、ルーターやLAN設定もついでに手配したから覚えてる。

寧蒙のIPアドレスだった。」

 

比巴が真犯人を発見し間もなく、長野の樹家に公安が向かい、寧蒙は抵抗もなく確保されたという。

留置所にて公安に一から十まで全て話した寧蒙は至極冷静で、理路整然としていたという。

両親に代わって寧蒙と面会した比巴は警察にも話しただろう内容を一言一句違わず寧蒙から話された。

 

樹比巴が無実を証明しなければならない名も知らぬハッカーは、無実が判明する前に、拘置所で亡くなったという。

目を離した隙にネクタイで首を釣ったのだと比巴は聞き及んでいる。

 

「あの子は思わずやりきってしまったと言っていたよ。

後で怖くなって自分の足跡をわざと残したから、いつか裁かれる事もわかっていたとも。

自分の興味関心が人を殺してしまったことをとても、悔いていた。

でも、おじさんならいつか私を見つけるだろうと思ってたと言われて、私は……

寧蒙にPCを渡すだけ渡して監督責任を放棄していたんだとやっと気付いた。」

 

寧蒙の公安サーバーへの侵入は法律の整備が間に合わず、また寧蒙の年齢等から裁判まで行くことはなかった。*3

きっと法律が追い付いてから捕まるだろうと思ってたから、ずいぶん早かったと事もなく言った顔を覚えている。

 

国家の問題に当たるため、司法取引により秘匿とされたが

公安内では概ね寧蒙の頭脳の高さによる知能犯罪をこのまま放置して良いのかと言う声が多かった。

 

当時の法律では裁けないサーバーへの侵入という難しい問題で、寧蒙もそれに関して至極真面目に良くないものと認めている。

しかし問題だったのは、寧蒙がまるっと抜き出したそのデータは、寧蒙の堅牢な城にて公序良俗の元、完全に秘匿されていたところだった。

ダークウェブへの販売は1ミリも考えられていなかったのだ。

 

最初に侵入してから半年以上もの時間をかけて放置されたデータは、その無実を証明しているが、ダークウェブへの販売を公安に悟られないためだとも指摘されたりした。

樹比巴は犯人の叔父という血縁的関係者ながら、専門家として公安の会議に顔をだし、意見をのべる立場にいた。

これは、異例であったし、真犯人を見つけ出した樹比巴だからこそできる事でもあった。

 

「結局サーバーから拾ったデータへの至極冷静な対応と、間接的にも人を殺してしまった事への後悔、今後しないと言う反省の対応に、公安側は寧蒙へ厳重注意、当分の公安の監視とpcの使用の禁止で型を着けた。」

 

 

あまりにも知らない世界だった。

只々、若干7歳が起こした事件の規模でない話だった。

 

 

一通り寧蒙の起こした犯罪について告白した樹比巴は、麦茶を口に含み一息ついた。

だまって話を聞いていた二人の麦茶は汗をかき、テーブルに水たまりを作っていた。

 

大和は、寧蒙が己を人殺しだと言った放課後の会話を思い出していた。

拘置所での自殺を殺人にカウントするべきか否かは置いておいて、小学生の興味関心から、人一人を死に追いやった事件を起こしてしまった後悔は計り知れない。

 

 

「その後寧蒙は一旦家に返されたが、親の監督義務的な問題から、児相により寧蒙は保護され、私達は親権を一時的に喪失した。」

 

寧蒙の両親はその後、街外れにある倉庫で死体が見つかった。

検死の結果、硝子片で首を切り、失血での死亡。

当時倉庫は不良のたまり場として有名で、死体発見者も当然不良で、周りは現場を荒らされてしまった後だったため、詳しい情報は取れず、心中自殺として処理された。

 

 

しかし、

樹夫婦は寧蒙の親権について裁判で争う予定だったと言う。

自殺なんてするような時期ではなかった。

状況的には何かに迫られて自殺したことは明白なのに、警察は全く取り合ってくれない。

 

「妹夫婦が亡くなって潔く気づいたよ。

次に何か起こしたら消されるのは自分だって。」

 

そうしている間に寧蒙は児相から、降って沸いた保護者へ引き取られ行方知らずに。

保護者とは連絡が取れず。

児相に確認を取るも取り合ってくれず。

きっと裁判を起こせば妹夫婦と同じ道をたどるだろう事は目に見えていた。

 

せめて寧蒙の返ってくる家は残してあげなければと寧蒙の実家を抑えようとしたら、持ち主が変わっており、名義を辿れないようにされていた。

 

「最初は潜って犯人を見つけようと思ってたんだ。

でも、潜ったほうが危ないと知り合いの刑事に止められて……表の職を得て、隣の家に住むことにした。

いつか寧蒙が帰ってきたら…すぐわかるように。」

 

 

樹寧蒙が本当のところどういう人生を歩んできたか、大和は知らない。

でも樹比巴の話には”嘘”以外に、”本当”が含まれているだろう事も確かだった。

 

「もし、妹夫婦が自殺でなかった場合、

あと数年で時効が来てしまう。

それまでに、どうにか立証して、寧蒙とコンタクトを取りたいと思ってる。

だから―――」

 

だから、大和と小橋は彼に答えることは出来ない。

ここまでの話をすべて本当とするならば、守っているのは、護られているのは樹比巴だ。

樹比巴の声を遮って小橋が口を衝く

 

「あなたは今、護られているわ。

……おおよそですが、警察、会社員という立場、寧蒙ちゃんのご両親、

そして他でもない樹寧蒙に。」

 

小橋は慎重に言葉を選んでいるようだった。

護られている、それも死した人間や、庇護するはずの寧蒙本人という言葉に、樹比巴が納得行ってない様子なのは明白だった。

察しが悪い樹比巴に大和は、小橋の戸惑った言葉の続きを述べていく。

 

「樹寧蒙の両親が殺されたのは、あんたではなく、樹寧蒙への脅しだ。

確かに、あんたへ向けてもあったろうが、本命は樹寧蒙へ『逆らうと次に死ぬのは叔父だ』と言うメッセージの方だ。

それを知ったあんたの知り合いの警察官は、正しく理解してあんたを止めた。

暫定保護者に付け入られる隙を作ってしまわないよう。

あんたは自分の腕に自身があるようだが、その分だけ"お前の叔父が嗅ぎ回っているせいで損をした"とでっち上げて、樹寧蒙へさらなる要求をする隙になる。」

 

寧蒙の両親が樹比巴を思って、亡くなったかどうかは分からなかったが

結果論で言うならば、代わりに死んだとも言える立い位置に、樹比巴はいる。

暫定保護者側にとっては、残基が2つ一気に消えたのは惜しいが、まだ1基残っている。と思われていることは確かだ。

それも、公安に保護されるほどの、とびっきりが。

 

推測でしか無い。

確証のないことだ。

だが、上記を踏まえた寧蒙の現状を考えると、今さら樹比巴に引っ掻き回されるのは厳しいものがある。

きっと寧蒙は樹比巴に引っ掻き回されるのを計算には入れていない。

 

「警察は……いえ寧蒙ちゃんの案件を預かったのが公安なら、この場合公安というべきでしょうね。

公安は、きっとあなたを監視かつ、警護してるわ。

児相と法律の横槍で、ITの最先端に居た寧蒙ちゃんを逃してしまった罪は重い。

寧蒙ちゃんがその保護者によって、犯罪に加担させられているのかどうかはわからないけれど、寧蒙ちゃんのやったことを知っているならば、それに近いことは確実にやらされているでしょう。

あなたを人質に。」

 

人の驚愕と絶望のミクスチャーした表情を見るのは初めてだ。

いかに平和な世界を生きてきたのかがよく分かる。

言葉もない姿に大和は追い打ちをかけた。

 

「だから、公安はあんたの監視と警護をする。

樹寧蒙本人が求めているかは置いておいて、知能犯を放っておけないという観点から、樹寧蒙の逮捕、もしくは情報を得るために、あんたを管理したがる。」

 

樹比巴の今の職場は、十中八九公安が用意した椅子だろう。

監視がしやすいように、警護をしやすいように、周りに公安の協力者か、潜入捜査官がいるはずだ。

そして、樹比巴がどれだけの腕を持っているか知らないが、公安は樹比巴を絶対に離さないだろう。

公安は、一度逃した鯛を釣ることが確約されているエビを、わざわざ逃すほど愚かではない。

だからこんな詐欺のような檻に樹比巴を大事に入れているのだ。

 

そして

このままここにいると大和たちも巻き込まれかねない。

寧蒙にとって、あの6年は幻の6年だったのだろう。

大和たちは、18の夏に樹寧蒙が行方をくらますことで、監視の目を逃れた。

しかし公安の監視がついている樹比巴と接触した今現在、一番危ないのは寧蒙のPCを持っている小橋で、次点で荷物が送られてきた大和だ。

 

大和は早急にこの場を離れたくなっていた。

ここに来る前に聞いた、寧蒙のPCについて話されたら自分たちは確実に公安に拘束されるだろう。

先に聞いていてよかったと大和は安堵する。

絶対、小橋がPCのことを話す前に撤退しよう。

大和の心中を知ってか知らずか小橋は言葉を続ける。

 

「私たちは、公安を引いては警察を信用していないわけではないけど、あなたに協力することは出来ないわ。

あなたが公安の手の者だという確証は、100%ではないから。」

 

それに樹比巴が、暫定保護者側が樹寧蒙の逃走や裏切りを察知するために、用意した人間という可能性はゼロではない。

やはり、迂闊に答えるべきではなかった。

寧蒙はきっと彼らと自分たちが関わることを良しとはしていない。

声をかけられる予想は出来ただろうが、大和がいる限り断るだろうと予測していただろう。

やってしまった……と大和は悔いる。

 

唖然とする樹比巴が俯く。

そして小さく頷くと口を開いた。

 

「なるほど……確かに。

今まで、思い当たる節がないと言われれば嘘になる程度の違和感は、あった。

そうだな……もし監視をされているなら、君たちが寧蒙ちゃんの家に入れた時点で、公安の方は察知しているだろうな……」

 

大和と小橋は今後小さくだが公安にチェックされ続けるだろう。

それが2人の人生にどう関与してくるかは不明だが、あまり良くなさそうなのは雰囲気で感じた。

面倒くさいもん、押し付けやがって……と大和は舌打ちを打ちたくなった。

 

「我々は、公序良俗に反する予定はありませんが、樹寧蒙の命が危ぶまれるなら

寧蒙ちゃんを守るために、公安引いてはあなたに身元を明かすことも出来なければ、目的も話せません。

我々は今日聞いたお話を何処かに口外する気はありません。

お互いに忘れましょう。

それが、一番お互いの身を危険に晒すことがないでしょう。」

 

それが、結論だった。

寧蒙のお使いのせいで、いらぬ情報をぶち込まれた大和は、次会った時ゼッテー殴ると誓う。

 

静かに頷いた樹比巴は仕方ないと苦笑し、迷惑をかけたと静かに頭を下げる。

そのまま大和と小橋は家を後にした。

 

早々にこの場を離れたい大和は挨拶もそこそこに車に乗り込んだ。

それを慌てて追いかける小橋。

クーラーをつけたばかりの車内は、サウナのようで汗がよく出る。

無言で進む車に小橋は慌ててシートベルトを締めた。

狭く開けた窓から風が突き抜け、景色を後ろに追いやる。

 

「……やっぱり、寧蒙ちゃんがカギを預けたのは大和君なんだし、大和くんが鍵を持っているべきよ。

その方が寧蒙ちゃんも誰が持ってるか分かるだろうし。」

 

「要らねぇ。

お前のPCも、扱いきれなくなったらあっこに置くことになるかもしれねぇだろ。

どうせ樹の事だ、これも加味してんだろ。」

 

持っとけ、と言って大和は眉間にシワを寄せた。

小橋は少し悩んだ後、カギを財布にしまい、むすりとしている大和に声をかける

 

「ねえ、帰りどっか寄ってかき氷食べない?

コメダとかさ。」

 

「それお前食いきれんのかよ。

俺はコウメイみたいに優しくねぇからな。」

 

やっと元の調子に戻った二人は、帰りにコメダでかき氷を頼む。

大和は追加でカツサンドを頼んだし、小橋はシロノワールも頼んだ。

食べきれなかった小橋は結局大和に食べてもらった。

 

 

 

これ以上は何もなかった。

それだけの話。

*1
樹寧蒙達が会話している時点は1991以降であるため、公安が1991年に千代田区に移設された際の『チヨダ』の名称が使われる。

*2
すまん。公安のサーバーがいつから稼働していたかは調べきれなかったため稼働していることにする。ファンタジー最高。

*3
法整備が整う前(不正アクセス行為の禁止等に関する法律:1999以前)の出来事とする。





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