浅葱の影   作:CATARINA

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今日から投稿します、ストック切れまでは毎日投稿……できたら良いなぁ


鬼の金庫番

 元治元年 新撰組屯所____

 

 池田屋事件により、京の民に知らぬ者居らずとされた新撰組。

 曲者ばかりの人切り集団を束ねる局長、近藤勇。

 そしてそれを支える鬼の副長、土方歳三。

 攘夷志士たちが見れば震え上がる怪物二人。

 その二人は今、板張りに正座し実に気まずそうに目を伏せていた。

 

「……まずは一応。そうだな、一度話を整理しようか」

「……はい」

「近藤、俺ァ言ったよな?どう考えてもありゃ贋作だって……」

「だが店主が早い者勝ちだと……」

「あのな、虎徹は国宝だぞ。あんな露天商に扱える品な訳ねェだろうが!!!」

 

 男の怒号が部屋を震わせる。恰幅の良い男であった。

 ともすれば太り肉にすら見え、とても相対する大男らに指図出来るようには見えぬ。

 しかしてその着物の下は一切無駄なく商いに鍛えられ、はち切れんばかりの筋肉を搭載していた。

 

「秋無、その辺に……」

「土方、俺が手前も呼んだ理由が分からんワケでもないだろうな」

「…………」

新撰組(ウチ)の予算で花街に行くんじゃねぇ! 何が会合費だボケッ!!!」

「う……だ、だが、治安を守るのが俺たちの役目で……花街も……」

「別に俺もよ、予算の私用もたまにゃ許してやる。許してやるが……」

 

 正座するもう一人の男に怒りの矛先を向けた男は帳簿を叩き付ける。

 並のお座敷遊びより更に零が一つ多い支払いが記された会計に、然と新撰組副長の署名が為されている。

 こうなってはもう払うしかない。

 侍には面子というものがあり、怒鳴る男____秋無も商人として帳面を違える訳にもいかず。

 部下に命じて山のような金子を運ばせたばかりである。

 怒髪天であった。

 

 ただでさえ金が足らぬのだ。

 二百人が見える程の人員を抱える巨大組織となった新撰組。

 名は既に皆の知るところであり__その隊士が飯も食えぬとなれば大恥。

 直接の部下である河合、尾関と共に勘定方がどれほど苦心しているか……それをコイツらは……

 

「取り敢えず近藤、お前はもう少し考えろ……暫く非番の時は齋藤か山南を付けるからな」

「…………すまない。」

「次に土方、お前は当分座敷遊び禁止な。三ヶ月くらい」

「なっ……!? そりゃ違うだろ……!」

「違うも何もあるかいこのサンピンが! お前の給金から引いても良かったんだからな!?」

「ぐ……」

「金のことで金庫番たる俺に逆らえると思うなよ! 文句言う暇があんなら稽古でもしてこいッ!!!」

 

 トボトボと肩を落として歩く二人を見やり、俺は頭を抱える。

 予算計画が台無しである。

 平隊士の給金もギリギリだし……

 鴨さんがいた頃みたいにまた力士が喧嘩売ってきてくんねぇかな。

 それかなんかこう上手いこと不逞浪士が大金抱えてたり……無理か。

 近藤や土方も……というか、皆良いヤツではあるんだが。

 如何せん刀を振り回してばかりの田舎侍上がりである。

 組織の金が無から生じているワケでない事を理解していないのだ。

 近藤の浪費は実費とはいえ、新撰組局長ともあろう者が呆気なく騙されるなよ。

 

「ああ、河合くん。松平様からはなんと?」

()()、一先ず一時の増額には応じるが……出来れば今の支給で何とかしてくれないかと」

「だろうなぁ。集まりが違うだけで不逞浪士の集まりと大差ない人切り集団なんかに金出したいと思う奴ァいないだろうさ普通。商家からの()()()()も中々滞ってるしなぁ」

「……要はカツアゲですよね?やり口がやくざ者と大差ないッスよ」

「皆まで言うな、取り敢えず不足分は俺んとこの利益で補填しとく……何で俺ァ非番の時に必死に稼いでその金を足りない予算の補填として捨てるような真似を……?」

 

 冷静に考えたら意味わからん、何で俺がこんな目に?

 段々腹立って来たな、アイツら全員畑でも耕させようか。

 そんで出来上がった作物をウチの飲食店で売りゃ相当な金に……

 何せ人件費0だ、儲かって仕方ないんじゃないか?

 そんでもって沖田の奴には男装させて……若い女はほっとかないよな?

 おお完璧だ。これでいこう。

 

「どうしたよ出雲、まーたロクでもないことを思いついたツラだね」

「琴、女装とか興味ない?」

 

 俺の頭に鞘付きの大太刀が振り下ろされる。

 因みに俺、斬り合いは超弱い……というか出来ない。

 生まれは最悪、育ちはずっと京だけど商人だし。喧嘩は日常だけど殺し合いはやらんのよ。

 刀とか鑑定しかした事ねぇよ……化け物みたいな攘夷志士とかと切り合うとか絶対無理。

 薩摩隼人とかマジで狂ってやがる。大口径弾を六発叩き込んでも奇声上げながら切りつけてきたんだぞ。

 琴が助けてくれなかったらそのままずんばらりで真っ二つ。怖過ぎる。

 

「ぎゃあああ」

「意外と余裕あるじゃないか」

「全然ねぇよ、この間合いで俺がお前らに勝てるワケねぇ」

「潔いんだか情けないんだか……」

「冗談とかじゃねぇのよ、本当の本気で金がない。ヤバい」

「そんなに?」

 

 俺は帳簿を睨みつけている尾関を指で呼び寄せる。

 無言だし無愛想だが真面目な奴だ、それに裏表がないから信頼出来る。

 新撰組の惨憺たる財務状況、そして土方が新たに作った馬鹿みたいなツケ。

 その二つを見た琴の顔が驚愕、間もなく非常に優しくなる。

 仏の如く慈愛に満ちた顔で肩を叩き『大変だね……』などと呟いて去った。

 同情よりも金をくれ。

 

 前に鴨さん発案の浅葱色隊服を発注した時も、本当に酷かった。

 今よりは数少なかったとはいえ数十人分の隊服を。

 しかも切った張ったに耐え得る素材に、見栄えする質感。

 凄いかかった、金が。

 しわ寄せとして俺は試作で終わった黒の隊服を使っている。

 数着分の費用すら惜しい……幸いそこまで前線には出ないので差し支えはないが。

 

 ああ、それにしても金がない……

 攘夷志士どもも新撰組の馬鹿どもも、どちらも国を想う故に殺し合う。

 何とも非効率的な事だ。

 その為に費やされる金と無駄にした命にどれほどの価値があると思っているのか。

 若い女なら安くて四、五十両。健康な働き盛りの男なら百両は堅い。

 

 実際のところ、俺だって流石に何人か殺してるのだが。

 命あっての物種だと分からんかね。分からないからこそ侍なんだろうが。

 

 

 

 所属不明の不逞浪士……二日前に永倉んとこの二番隊が始末した数人。

 まぁどうせ薩長か土佐か、そこら辺んとこの浪人だろうけど。

 遺品の鑑定が終わったと報告を受けて質屋にぶらぶらと出向く。

 よく分からん奴らにしちゃ悪くない装備だったらしく、そこそこな額になった。

 ただなぁ、永倉とか土方が始末した骸は酷いんだよなぁ。

 沖田とか齋藤みたいに綺麗に仕留めてくれないかね。

 状態が良けりゃ査定額も上がるし、ぐっちゃぐちゃの死体を無縁仏として寺まで運ぶのも裏方の仕事なのだ。特に新人の隊士などは上体が半ば爆散した凄惨な亡骸を見て吐き戻す。

 どいつもこいつも本当に自分勝手なバラガキどもであった。

 

 とはいえまぁまぁ足しになるか……自転車操業も良いところなんで、一つデカく稼ぎたいよなぁ。

 実の所案は幾つかあるんだが……そのための元手が足りん。

 あと半年くらい何とか……用途不明金の名目で少しずつ横領してはいるんだが。

 横領は良くない事だって?これは必要悪、正義の横領だから……

 

「組長!!! 組長ッッッ!!!!!」

「うるせぇな、落ち着け。江戸のおっ母も引っくり返らァ。どうした」

「永……永倉隊長が……」

「あー……少し待て、待てよ。多分このまま聞いたら俺は耐えられん、待ってくれ」

 

 落ち着け、落ち着いてな。

 深く息を吸い、吐く。

 そうだそうだ、奴らが問題を起こすなんざいつもの事じゃあねぇか。

 一々目くじら立ててたらキリがねぇ、そうだろ?

 

「よし、話を聞こう。」

「永倉隊長が茶屋で浪人と乱闘を……! しかも藤堂隊長、原田隊長まで混ざって……」

「______」

「その、そのですね。件の茶屋が、崩壊しました………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _________よし、殺そう。

 

 

 


 

「呼ばれて来てみたけどこれは……」

 

 山南敬助。

 別名を『新撰組の良心』『唯一の真人間』『切りサーの外付けストッパー』(後にカルデアにて命名)

 気狂い集団の中にあって極めて理性的な判断が可能な貴重な人材___

 基本あらゆる隊士に当たりの強いかの秋無をして全幅の信頼を置く優男。

 何せ局長と副長がそれぞれ別々に問題を抱えているのでさもありならん。

 

 平隊士が大慌てで屯所に駆け込んできたのを宥め、向かってみればこれは酷い。

 茶屋が崩壊した。

 その報告が真ならば、ここには恐らく茶屋があったのだろう。

 否、あったはずだ沖田君や秋無君と共に訪れた記憶がある。

 つまりこの広がる瓦礫の山が茶屋()()()ものと推測されるが……

 

「これは酷い……」

「ん、山南先生か。どうでい、勝ったぞ」

「勝ったぞじゃないのよ永倉君。どうするのこれ……」

「すいません山南さん、止めたんですが聞く耳持たんで……」

「原田君、隊士から君も一緒になって暴れてたと聞いたけど?」

「……組長には内緒で頼んます」

「これはもう無理じゃないかな……」

 

 自分のところに報告が来てるなら、彼のとこにも届いてるだろう。

 新撰組の前身。壬生浪士組の頃から彼自身が平隊士らに厳命していた筈だ。

 

『良いか、近藤や土方。隊長も含めて誰かがアホな事やらかしたら速やかに俺に報告しろよ。立場や身分の差なんか気にすんな、俺なんか商人だしな。お前らに代わって俺が地獄を見せてやる』

 

 その頼もしい姿からついた渾名が『組長』

 問題児ばかりの新撰組の経済を極小数の隊士で支える勘定方の長。

 恐らくは毎日胃痛に苦しむ彼に更なる苦痛の種を与えてしまった。

 その怒りは察するに余りある。

 山南は日頃から彼に同情的であった。

 

「藤堂君、難しいとは分かってるけど君が止めてくれないと」

「難しいんじゃないですかね……永倉さんが壁を叩き壊した時点で諦めて僕も参加しました、言い訳もありません。楽しかったです」

「楽しかったじゃないんだよ……」

「なんだ、ビビってんのか左之助、平助」

「そりゃビビるでしょ……」

 

 新撰組最凶は誰か?

 沖田総司?永倉新八?鬼の副長やそれとも局長の近藤勇?

 否、断じて否。

 局内での強さ、畏れ。それはやっとうの強さでも立場でも在らず。

 財布を握っているモノには勝てぬ。

 更に長たる秋無という男には一つの特徴があった。

 普段の切り合い、殺し合いという場では殆ど役に立たず……

 銃を持たせれば百人力だがどうしても即応性には欠ける。殺傷力も頭打ちだ。

 

 例外として、キレた彼は喧嘩でのみ無類の強さを誇った。

 剣のみならず棒や無手での戦いを是とする天然理心流。

 故に試衛館組は武器を選ばず強者であるが、こと喧嘩では彼に敵わない。

 一本取れば終わりの試合とは違う、何度倒れても起き上がる耐久と場馴れ。

 やくざ者からシマを奪い、時に抗争すら辞さない染み付いた暴力が身内に牙を剥く。

 鉄火場だと銃に、後は煙管など持ち歩いているが。

 最も恐ろしいのは怒り任せの暴力である。

 

「アイツには散々煮え湯を飲まされてきたからな、ここらで一発分からせてやらァ」

「永倉君、君の場合それは大体逆恨みじゃないかな……」

 

 金銭的な問題を起こすのは近藤と土方。

 これは新撰組局内の共通認識である。

 特に土方には組長の密命を受けた隊士が四六時中張り付いて監視しているとか……

 そして建物の破壊、町商からの恫喝などで問題を起こすのは永倉、原田、藤堂である。

 なお土方は言うまでもなく、シモの問題も酷いのだが。

 つまるところ、大体彼の怒りにはそれなりの正当性がある。

 今回のは……いやまぁ、怒るだろうなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギュリッ!!ギュリッ!!ギュリッ………!!

 

 瞬間、その場に居た全員が凍り付く。

 圧倒的な殺意、そして肌がひりつく程の怒気。

 油の切れた絡繰人形のように軋みながら振り返れば明らかに怒髪天の秋無。

 終わりである。

 一切情け容赦なくこの場にいる馬鹿者を鏖殺する、その覚悟を決めた面であった。

 

「「お先」」

「あ!テメェら早々に……!」

 

 いち早く弾かれるように逃げ出したのは原田と藤堂。

 共闘くらいは期待していた永倉は面食らい、一瞬秋無の方から目を逸らしてしまう。

 それはあまりに致命的。

 再度向き直った頃には秋無は踏み込んでおり、永倉の顎を下から強く強打。

 体格の良い永倉が宙に浮く程の衝撃を与えた後に、跳び上がり更に追撃。

 諸手を金槌のように紡ぎ合わせ、浮いた躰を地に叩き付けた。

 尚、永倉は初手の一撃で既に気絶している事をここに追記する。

 

 確実に意識を刈り取った事を確認し、山南の方を一瞥だけして加速。

 脱兎のごとく逃げ出した原田らを立ちはだかる全てを薙ぎ倒しながら追跡し始めた。

 特徴的な鉄下駄の響きが遠くなり、間もなくして地響きが如き衝撃二回と共に静かになる。

 

「………さて、人を呼ぼうか」

 

 山南も慣れたモノである。

 未だ伸びている永倉を運ぶ為、取り敢えず隊士を呼ぼう。

 ぼんやりと日差しを感じながらこの後(秋無)を襲う大量の事後処理を想い、黙祷した。

 

 

 




身内には超強い男。なお刀は握れない……
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