浅葱の影   作:CATARINA

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重ね重ねになりますがブクマ等々本当に感謝します。


うららかなる日常

 江戸に渡った局長や藤堂らが戻る前に、屯所の移転計画が出た。

 なんせ新撰組は今や大所帯、江戸組と勧誘された奴らが揃ったら凄い事になる。

 それを鑑みると、壬生村のこの屯所はあまりに狭苦しかった。

 

 予算に関しては松平様から直々に『一先ず度外視で……』とのお言葉を頂いている。

 池田屋、禁門の変での活躍に報いる報奨の一つと考えているようだ。

 局長不在とはいえ副長の土方、山南総長、原田に武田……頭の回る面子で場所を吟味。

 江戸の近藤にも文を送り、場所の下知を願いつつ、京都組では一つ候補が出ていた。

 

 西本願寺。

 今や攘夷志士どもの溜まり場となっているそこに、敢えて屯所を置く。

 奴らの大拠点を潰すと同時に京都市中様々への順路を確保出来る。

 当然広さは申し分なく、元からあった建物を流用すれば費用も浮く。

 勘定方としては一切申し分ない立地である。

 かくして俺は単身、現地の偵察に赴いたのだった。

 

 新撰組の者であると気取られぬよう、黒の羽織は無論置いていく。

 俺は通りすがりの商人……誰がなんと言おうと商人なんだ……

 最近は俺の名が広がってるらしく、『新撰組の黒服』として名指しで狙われたりする。

 どうも俺が奴らの死体から着物や刀を剥ぎ取ってるのが気に食わないようで……

 やれ『骸漁り』だの『守銭奴鴉』だの酷い言い草だ。

 新撰組とやり合って返り討ちにあった身元も分からねぇ浪人。

 場合によっちゃ土方やガムシンにバラバラにされた惨い死体を処理してるんだよ。

 わざわざお寺さんまで運んで供養して貰ってんだ、感謝くらいしてくれ。

 坊主だって無賃奉仕してくれる訳じゃないんだぜ……

 

 そろりそろりと近寄り、中を見張る同胞に声を掛ける。 

 

「うい山崎くん、偵察お疲れさん」

「秋無組長ですか、これしか取り柄がないもんで」

「立派な長所だと思うぜ俺は……で、中どんな感じ?」

「あー……多分見てもらった方が早いですかね」

「ふむ? なるほどなるほど……」

 

 見てわかるヤツだ、ヤカラじゃん。

 昼間っから酒かっ食らってら縛った幕府の役人に火を付けたり。

 片やせっせと爆薬の準備をし、片や境内の隅を試し斬りで割っている。

 民度ヤバない? 壬生狼時代のウチかよ。

 

「とりあえず死んで当然の奴らなのは良かったというべきか……」

「問題はモロにここ普通に寺院の敷地内なんですよね、どうやって追い出すか」

「流石に殺して回って奪う訳にもいかないからな……半殺しならなんとか」

「全員木刀……は駄目か。隊長たちは当たり前のように撲殺しだすんで」

「そもそも何で寺院に攘夷志士どもが居るんだよ、教えはどうなってんだ教えは。分かってんのか? きょうび世の中が乱れてるのは奴らが暴れてるせいだろうがクソッタレ」

「ま、あの狼藉具合なら寺の方も脅されてはいるんでしょう。どう崩したもんか……」

「しかし立地は良いな、是非欲しいとこ。あ、これ差し入れね。監察の皆で食べて」

「恐縮です……いやホント、組長くらいですよ。ヒラのヒラまで気に掛けてくれるの」

「皆余裕ねぇからなぁ……もうちょい広い視野と緩い心で生きるべきだと思うがね」

 

 山崎たちに差し入れを渡し、そそくさと立ち去る。

 羽織脱いでるとはいえ顔は割れてるしな。

 俺の店に押し掛けてきた事もあった、一度は居合わせた俺、もう一度は左衛門。

 幸い鉄火場慣れしてる面子がいて良かったが、妻子持ちの左衛門は気が気じゃないだろ。

 撲殺死体はそれはそれは惨い有様で家族への愛を感じたね。 

 出来ることなら手を汚さないのが一番だが、商売は命懸けだからなぁ……

 

 何のかんの言って俺は京の街を愛している。

 じゃなきゃ自警団まがいの新撰組に商売とはいえ所属しないしな。

 街行く人、流れる雲、威勢の良い客引き、行倒れの侍、槌を振るう職人、稽古へ急ぐ舞妓。

 見慣れたいつもの光いやちょっとまったおかしいモノが映ったな。

 舞妓、職人、侍、商人、雲、商人、侍、侍!?

 何で倒れてるんだこんなとこで。

 

 帯刀故に侍……と断定したが、やや身なりが貧しい。

 浪人の一人? よく見たら割と小柄だし……女か?

 ん……? どっかで見たなコイツ……何処で見たんだったか、んーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! テメェ俺の事ぶった切った女剣士か!?」

「…………」

「何でこんなとこで倒れてんだよ、路銀でも尽きたか?」

「…………」

 

 全く反応ないんだけど、何があったんだ。

 とはいえツイてる、ここで会ったが百年目という奴だ。

 フハハハハ、残念ながら真っ向勝負じゃ勝てそうになくともこうなりゃ此方のモノよ。

 


 

 「ん…………」

 

 凡そ一刻の後、女剣士__河上彦斎が目覚める。

 知らない天井だ。

 凍えはしない、暖かな部屋である。

 何処からか食欲を唆る香りがしてきて、腹の音が鳴った。

 

「そうか、私は__」

 

 勤王攘夷を志すからといって皆が皆最後まで同じ熱を共有出来るわけではない。

 私は既に彼らの同志ではなかった。

 勤王、倒幕の志こそ共なれど、私のように極端な程の攘夷思想……

 須らく外つ国を認めぬ人間は最早時代遅れであるのだ、そう思われていたのだろう。

 疎まれ、放逐されて流浪のまま、どれほど歩き回ったか。

 疲労と空腹とで動けなくなって倒れた。

 なるほどここで死ぬのか。

 道端で誰の目にも留まらず、犬のように野垂れ死するのだ。

 

 『誰も彼も切り捨てていたら、いつか報いを受けるだけだ』

 そう言ったのは誰だったか。

 最早どうでも良い、ただ頭のてっぺんから指先まで泥のように動かぬ。

 ただ眠りたかった。

 

 

 

 そして、今。

 ここはどこだ?

 寒空の下投げ出されたわけでもなく、閉め切られた部屋を火鉢が温める。

 身体に僅か熱が戻ったからか、それを認識する事は出来た。

 なるほど。私のような者でも浄土というのは迎えてくれるらしい。

 だってあまりに都合が良過ぎる。

 身元も分からず、武装して小汚い、血の香りのする瀕死の流浪人。

 誰もが見て見ぬふりをするだろう。

 誰もが目を背け、記憶から消してしまうだろう。

 誰がそれをわざわざ介抱などするだろうか。

 精々女日照りで気をやった浮浪者などが屍を慰み者にする程度だろう。

 それを誰が____

 

「ん、死んでなかったか。流石に丈夫だ……」

「…………?」

 

 切った相手の顔は一々覚えていない。

 死ねばそこまで、私の中では終わりだ。

 しかし、切り損ねた相手だけは。

 殺せなかったその男の顔は決して忘れない__!

 

 

 

 

 

 

「うおお危ねぇな!? 枕を武器にするんじゃねぇ!」

「ッ__!?」

 

 ようやく起き上がった行き倒れの女剣士が目覚めた。

 同時に攻撃してきた、恩知らずめ。

 だが自身の体力を把握してないようだな。

 鋭い振り一度だけ、振り回した枕に引っ張られて前のめりに倒れる。

 俺を叩き切ったあの姿は見る影もない。

 

「落ち着け落ち着け、取って食おうってワケじゃない。組に突き出すつもりもない、今んとこはな」

「……何が目的? 言っとくけど、仲間の事は吐かない」

「ご立派だな。ま、俺には関係のない話だが」

 

 思ったより元気そうで何よりだ。

 行けると判断して、障子の向こうから膳を持ち出す。

 貝の出汁を取った汁、梅の粥、漬物。

 質素な飯だ、しかし病人に食わせるならこれ以上のモノはない。

 

「……!」

「……腹減ってるだろうが、汁物からゆっくり腹に入れろ、身体に毒だからな」

「……要らない、お前たちから施しは受けない」

「腹を鳴らしながら言うことじゃねぇな……それとも俺が毒でも仕込んでると思うか? 殺す気ならわざわざそんな迂遠な方法をとる必要も無ぇだろうが」

 

 目の前で汁椀に口をつけて一口飲み込む。

 素晴らしい味だ。

 流石俺、飯屋でも天下を取れると思うね。

 

「……まぁ食え、話はそれからだ」

「……………………」

 

 膳を突き出すと何も言わずゆっくりと啜り始めた。

 田舎侍にしちゃ悪くない行儀だ。

 うむうむ、良い顔で食いやがる。

 本人は嫌がるだろうが、何処となく琴と似てて面白い。

 どういう形であれ、人が幸せそうな顔をしてっと嬉しいんだ俺は。

 食う速度はどんどん加速していき、病人には多すぎたか? という量を瞬く間にたいらげる。

 

「……ご馳走様」

「おう、お粗末さん……良い食いっぷりだ、作り手としちゃ嬉しいね」

「…………それで、何のつもり?」

「何が?」

「……行き倒れの、それも自分を切り付けた敵をわざわざ介抱するなんて有り得ない。普通に考えたら何か良からぬ考えがあると推測するのが普通でしょ?」

 

 そういうモンか?俺には良く分からん。

 左衛門や他のガキどもがそうだったように連れて来て、飯を食わせた。

 俺にはいつも通りの事なんだがな。

 まぁ流石に……ここまでデカいのも居なかったし、敵対者というのも初めてだが。

 

「言っとくけど、貴方が期待する反応はないわよ」

「?」

「経験もないし、多分上手くない。慰みものにしても面白くないと思う」

「待て待て待て待て待て、なんでそうなるんだよ、」

「……違うの? ずっと下卑た眼差しで見つめてくるからそういうのだと思って」

「もしかして俺の面の悪口言ってる? 泣くぞテメー、人が気にしてる事を」

 

 いきなり酷くない?

 結構傷付くからやめて欲しいんだけど。

 出雲ノ神の寵愛受けしこの身体は玉鋼より頑強なれど、心は硝子(ギヤマン)なのだ。

 沖田と団子食ってたらさ、子供たちが来るのよ。

 アイツ人気あるからさ……で、その子供たちが俺を見ると凍り付く。

 そんで『秋無さん顔怖いからあっち行ってて下さい!』と言われて追い出される。

 俺は辛い、耐えられない。

 

「人をいきなり女衒扱いするんじゃねえ! ウチは健全経営で通ってんだ」

「……いや流石に礼を失する物言いだったわ。謝罪する」

「大丈夫、慣れてっから。身内からもこんな扱いだぜ俺ァ……」

「……苦労してるのね」

 

 わぁ敵から同情されちゃった……!

 泣きそう、俺の苦労を分かってくれるのは一部のマトモな奴らだけなんだよ。

 マジで頼むから問題起こさないでくれっかなアイツら。

 

「一人でももう音を上げそうなんだよ……殺されちまうぜ……」

「あら、妻帯者だったかしら?」

「そういうわけじゃないんだが、長らくウチに住み着く寄生虫が居てな……」

「出雲ー! お腹空いた! ご飯ご飯!」

「……まぁ、見ての通りだ」

「ああ、あの時の……なるほどね」

「______」

 

 空腹に耐えかねて琴がにじり出てきた。

 暖かな部屋の中、一瞬時が止まる。

 

「____試し斬りには丁度良いか」

「待て待て待て待て待て! 止まれ! 部屋ん中でそんなもんを振り回すな!」

「どいて出雲そいつ殺せない!」

「やめろっての!!! 俺が拾ってきたんだよ!」

「貴女には切れない、弱いもの」

「ああ!? ぶっ殺す!!!」

 

 しまった、先んじて説明しときゃ良かった。

 巨大な処刑剣を振り回し、家財や家屋諸共を切ろうとする琴。

 そしてそんな事を何故か煽り散らす河上。

 対立する乙女二人に挟まれて俺は必死に琴を宥めすかす事に苦心する事となった。

 

 

 

「浮気だ浮気! こんな事は許されない!!!」

「お前は何を言ってるんだ」

「私以外にご飯食べさせたんだろ!? 信じらんない!」

「普段から原田とか藤堂とか……組の奴らが食いに来るだろうが……」

「皆は良いけど! コイツは別!」

 何だってこんなに突っかかるんだ……あ、大太刀の事か?

 今の処刑剣もお気に召したとはいえ気に入ってたもんな。

 

「いやそうじゃなくて……それもあるけど……」

「?」

「……出雲、コイツは敵で、アンタを斬った相手なんだよ?」

「まぁそうだな……それと関係あるのか?」

「関係あるって……」 

「それを言ったら俺ァ初対面の沖田に切られてるぞ。確かに敵ではあるかもしんねぇが……俺は腹減らして倒れてるような奴を見過ごせる性質じゃねぇ、左衛門たちがそうだったしな。俺を拾ってくれた親父に顔向け出来ないだろうが」

 

 親父からの教えだ。

 商売とは他者を幸せにする事、困ってる人を助けて正しく生きれば必ず恩が返ってくる。

 俺のお人好しさの殆どは父の教え。

 持てる者は持たざる者に与えてしまえば良いのだと。

 

「ハァ……アンタって本当……」

「悪いな。コイツばかりは新撰組も何も関係ねぇ、俺の生き方だ」

「……分かった。分かったよ、好きにしな。でも怪しい真似をしたら叩っ斬るからね」

「分かってくれて助かるよ、河上彦斎……面倒だな、ヒラクチの」

「……何?」

「お前に何があったかは聞かねぇ、お前がこの先どうすんのかは知らねぇ。流石にそこまで面倒見切れんからな。ただ、羽織を着た俺と敵として相対したなら容赦なく殺す。今はそうじゃねぇから見逃してるにすぎん。分かるか?」

「……当然。世話になったわね、大きな借りが出来た」

「おう、夜道にゃ気をつけろよ」

「もし誰か、切って欲しいなら言って。一度だけ貴方の頼みを聞くわ、例えばそこの男女とか」

「アァ!? やってみろよ!」

「どうどう、お前さんも煽るなって……」

 

 出来ればアンタとは戦いたくねぇけどな、俺。

 どうして剣豪ってのは揃いも揃って銃弾を切り、瞬間移動するんだよ。

 俺はただの人間なので本当に恐ろしくて仕方ねぇよ……

 




ただの人間(当社比)
二回も叩き切られて軽傷のこの男は……?
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