浅葱の影   作:CATARINA

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何だかんだずっと出したかった人。


鴨が葱と鍋背負ってやって来る

 澄み渡る空、夏の暑きを押し流す風。

 京の街は素晴らしい日であり、それは誰にとっても例外ではない。

 

 なにせ普段は寂しい筈の懐にはずっしりと重い財布。

 先月は遊びもせず黙々と依頼をこなしたかいがあった。

 結果として自己最高となる週八人もの斬殺__

 数が多く、金も使わなければそれだけ懐が潤うのも当然。

 

 さてまずは何をしようか、京には昼間から開いている飲み屋も少なくない。

 蟒蛇のように店中の酒という酒を高い順に空け尽くしてやろうか。

 普段なら流石に考えもしないが、今なら出来る。

 だがしかし、ただ酔うだけなら安酒でも出来る。

 それはこの金子の使い道として正しいのか?

 恐らくは今生、これ以上の財を懐に仕舞う事はそうあるまい。

 ならば当然見合った使い方、相応というのがあるだろう。

 酒も女子も思うがまま、使い方は無限大なれど正道とは。

 

 …………ん?

 街道の傍らでにわかに勘が冴えた。

 一見すればただの締め切られた軒先、しかし入口に立つ男は明らかに筋者。

 一喜一憂の声が微かに定期的に騒ぎ静まる。

 防音の類いもしてあるようだが、歴戦の直感がその正体を暴く。

 ____賭博か。

 気付けば足はその店へと進んでいた。

 

 入る直前にヤクザ者による確認、刀剣の預かり。

 まぁ当然だ、癇癪を起こされて暴れられては堪らないということだろう。

 いざとなれば匕首の一本でも奪い、皆殺しにする自信はある……

 

 手続きを済ませ、二重扉を開ければ後は見慣れた光景。

 賽子に花札、果ては見慣れぬ札を出し合う競技まで。

 素晴らしき光景が広がっている。

 賭博の熱気、人々の一喜一憂含む絶叫。

 良い、ここは良い店だ。

 

 さて、まずは手慰みに丁半でも……

 最低限の参加費を払い、壷を囲む座敷に割って入る。

 たった一つ壷、二つの賽に周りの気迫が向けられる。

 

「ようござんすね? ようござんすね! ……さ、張った張った!」

 

 壷が振られ、その中で賽の目が乱れ転がる。

 

「丁!」「俺も丁だ!」「三連続で半って事はないだろ……丁」

 

 なるほど、丁半というのは振り手の技というのもある。

 連続で半だったというのは確率的になくはないが、やや珍しい。

 意図的に賽の目を操作しているのだとしたら……確かにそろそろ丁を選ぶのだろう。

 

 心は決まった、半だ。

 丁の方が有望? 周りの意見を参考にする?

 バカバカしい、全ては自らの直感。

 何より今日の自分は全てに恵まれている__勝ちは必然と言えた。 

 

 ……このように自らを過信する者は大抵報いを受ける。

 それこそが世の必然、当然の末路と言えるのだが……

 此度ばかりはその限りでなかった。

 金子を投じた浪人風の男は神懸かり的な冴えで丁半を見抜き、花札でも連戦連勝。元より多かった軍資金はあれよあれよという間に倍々に増えていき、一と半刻もした頃には既に初期の五倍近くに膨れ上がっていた。

 

 とても使い切れない程の勝ちに喜色満面の浪人、今日はこの辺にしようと立った所で声を掛けた者がいる。

 

「あ、叔父貴!」

「その呼び方は止めろってんだろ……俺ァ一応カタギなんだよ……随分ツイてるなお侍さん」

 

 恰幅の良い、分厚い男であった。

 身の丈は七尺を超え、その身体の隅々まで硬質な肉が詰まっている。

 人の二、三人は殺して食っているのではないかという悪人面を見るに、賭場の元締めか。

 

「いんや、一応ただの商人なんだが……」

 

 絶対嘘だろう、あまりに風貌が厳つ過ぎる。

 

「ああいや、別にイカサマを疑ったりはしてねぇよ。俺も少しばかり見させて貰ったが単に今日はアンタがツイてただけらしい……羨ましい限りだ」

 

 当然だろう、初見の賭博でいきなり手癖の悪い手段に頼る程無謀ではない。

 頃合なのでそろそろ換金させて貰いたい__その旨を伝えると、商人は凶悪に笑う。

 

「まぁまぁ、お客さんも慣れ親しんだ遊びばかりじゃつまらんだろ? ここの名物を遊ばずに帰らすワケにゃいかねぇのさ……大丈夫大丈夫、遊び方は俺が教えてやるからよ……」 

 

 笑う商人に誘われるまま、浪人は店内の反対側……賭場の半分を埋める謎の土間へと歩むのだった。

 

 

 


 

 

 すげー、イカサマなしのバカツキじゃん。

 たまにいるんだよなぁ、こういう理由のない勝ち方というか。

 丁半なんかはそれこそ二回に一度はどうあれ勝てるから、なくはないんだが……

 花札でもチンチロでもここまで勝つことは中々ない。

 単に運営を任せてるダチに会いに来たんだが面白いモンを見た。

 

 帯刀した浪人、口調からして土佐者。

 ……攘夷志士だろうなぁ。

 まぁ、商人としての俺にはわざわざ取り締まる理由がない。

 新撰組の金庫番、鬼の組長としてなら別だが、金を落としてくれるなら構わん。

 さて、浪人さんのツキがどこまで持つものか。試してやろうか……

 

「なんじゃこれは……」

「遠く英国の文化である競馬、そして俺たち町人にゃ馴染み深い闘鶏。その二つを掛け合わせた新時代の博打、俺たちは専ら()()と呼んでる」

「競鶏?」

「読んで字の通りさ。鶏を一定の距離走らせ、競う。客はどの鶏が勝つかに賭ける……単純だろ?」

「ふむ……ほいじゃらけ、強い鶏が出走した時だけ賭けたら良えんか?」

「お、鋭いな。だが、そうとも限らない。あの札を見てみな」

 

『単勝 倍率一覧表』

 

・スナギモ 2.4倍

・テバサキ 3.7倍 

・ハツ   7.8倍

・ヤキトリ 1.2倍

・カシワ  12.1倍

 

「見ての通りで、より勝ちにくそうな鶏ほど払い戻しも多い。夢があるだろ」

「待てい、名前んが気になってそれどころじゃなかぞ」

「覚え易いように色々工夫したらこうなってな……ま、実際やってみたら早いさ。それに、連勝、三連単……一着だけじゃなく、二着と三着も揃えて的中させる札もあるぞ。こっちは凄まじい倍率になるぜ」

「んー……ほいじゃ、儂はあの赤の鶏に賭けるわ」

「おう。したら係りの者に賭け金を渡して後は出走を待つばかりよ、楽しんでな」

 

 さーて俺は目的のダチのところへ向かうか……

 賽の目以上に自由な鶏たちの同行はランダム性が強い。

 豪運がどれだけ持つか、後で聞いてみるか……

 

 

 

 

『何じゃあぁぁ!?!?!?』

 

__それから一刻後、土佐者の慟哭が響き渡ったとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

「よーう、紫鬼。景気はどうだ?」

「出雲兄ぃ、お陰で儲かって仕方ないさね」

「そりゃ何よりだ、俺にとっても、組にとってもな」

 

 賭博の運営はやはり、その筋の者……

 世間一般にはヤクザと呼ばれ、好まれない類の彼らこそが適任。

 何せそれで食い繋いできた組織なのだ、全てを放任しても勝手に稼いでくれる。

 

「……今更だが、上がりの三割で本当に良かったのか? 俺としちゃもう一割くれぇ取ってっても良かったんだが……いやまぁ、商人の俺がこんな事言うのも変だけどな?」

「兄貴は人が良過ぎるんだって……ここで動く金の母数を考えなよ、三割でも他のシノギは優に超えてるよ?」

「それもそうか……いやぁ、我ながら素晴らしいアイデア……思い付きだったぜ」

 

 馬は高価な一財産。

 走らせるのには相応に広い空間が必要。

 まだ物珍しく、初見は警戒する。

 

 未だ日本に広まらぬ競馬の弱点がこれ。

 それを皆の親しむ闘鶏と混ぜる事で色々解決した。

 既存の闘鶏よりも鶏の損耗が緩いから養鶏家からも好評。

 馬よりも世代更新が早いから血統を作りやすく、数も多い。

 

 まさに新時代の博打、いずれはこれを日ノ本中で広めてやる。

 実の所、既に江戸や大阪に出店の要望が出てるんだよな……

 管理も運営も向こう持ち、俺は何もせずとも上がりの一割を納めると……

 都合が良過ぎて恐ろしくなるな、俺の懐はほくほくだ。

 

 入店時に武器は預かり、内部での喧嘩はご法度。

 外でどんなに敵対してようと店ん中じゃただの客、お互い様で競い合え。

 結果生まれたのが幕臣や新撰組(ウチの)隊士、攘夷志士が揃って鶏に向き合う珍妙な絵面。

 ある意味では世界の平和か? 

 自由奔放な鶏たちの前では誰も彼もが金子を溶かされ、悲鳴を上げる。

 そして胴元の俺たちだけが無尽蔵に儲けると。

 

「兄さんこそ、こんなのを独り占めしないのが意外だけどね……」

「餅は餅屋、桶は桶屋、博打は博徒だろ? それに親父さんには恩もある」

「ジジイから盃受けろって煩いんだろ」

「俺はカタギでやってんだよ……新撰組としてはともかく、商人としてはな」

「因みに私は兄さんを口説いてこいって言われた、一発どう?」

「直球過ぎるだろ……というかあの爺はたった一人の娘を何だと思ってんだ?」

 

 紫鬼の親父さん……つまりは俺にも馴染み深い銀狼親分なのだが。

 あの爺は好色極まりないので同い年の孫と子供がいるのもザラである。

 そんな狸親父のたった一人だけの娘っ子が紫鬼だった。

 俺が競鶏の実現化に動き出した頃に独立、自らの組を立ち上げた古馴染みにこれ幸いと業務を投げつけた形にはなるのだが、結果として双方大得で良い結果になったのは幸いか。

 

「というかお前()()()だろ、言ってないのか?」

「流石に言い出し難くてね……立場ってのがあんだろう」

「別にあの爺はそんな事ァ気にしねぇと思うけどな。若ぇ頃は俺の親父とつるんで京の敵対組織を悉く焼き尽くしたとか何とか……ウチの親父も商人にしちゃだいぶおかしくない?」

「今更かよ……それでどう? 私正直兄さんなら男でも抱けるんだけど」

「気色悪ぃから止めてくれ……」

 

 嫌らしくニタリと笑う紫鬼は指でこれまた下品な仕草をする。

 こらこら止めなさい、お兄さんは悲しいぞ。

 育つ環境というか、やはりヤクザ者のところで育つとこうなってしまうのか……

 

「もうちょい相手は選べって、お前程の器量よしなら選び放題だろうに」

「まぁ流石に良い思いはさせて貰ってるけどさぁ……女子同士じゃガキは生まれないワケで」

「俺も変わらねぇよ……生まれが生まれだからな、多分だが」

「今まで()()()()事が無いだけでしょ? 試行回数が足りないんだよ素人童貞」

「終いにゃ殺すぞテメェ……ったくどうしてこんなんになっちまったんだ」

 

 妹分の今に大いに嘆く。

 真っ当な環境で育っていればその見目だけで国を落とせた程の美人なのだが。

 実態は女好きの色グルイである、悲しいね……

 

「アハハハ、ま、冗談冗談よ。流石に姐さんに悪いしね」

「何で琴の話になるんだ?」

「何でって……嘘、本気で言ってる? あんなに長らく住んでて間違いの一つもないと?」

「………………そりゃまぁ、そうだが」

「左衛ちゃんの事とか游雲くんの事とかばっか気に掛けてるけど、自分はどうなのさ」

「俺ァ良いんだよ俺ァ。そもそも本来俺は秋無の人間でもねぇし、俺の人生は俺のモンでしかねぇ。琴だってそりゃ同じ事だろ? 俺がどうこうする話じゃねぇ」

「でも姐さんはどう見たって……」

「あー、やめだやめ。その話はやめてくれ頼むから……」

 

 話を早々に切り上げて逃げるように去る。

 そういうのを振られても困るんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 そして数日後の晩。

 俺は一人で帰路をぶらぶら歩いていた。

 今日も今日とて仕事仕事。

 商人としての仕事に金庫番として経理全般の見直し、装備の在庫調整……

 やっぱり俺に仕事が集中し過ぎなんじゃないだろうか。

 

 夏とは言え緩やかに日は落つ酉の刻。

 正面から笠を深く被った男がふらふらと歩んで来る。

 なんだ、この時間まで飲んでる酒酔いか? 良い身分の野郎だな……

 

 ぼやぼや考えながら横を通り抜けた瞬間、閃光が煌めいた。

 

「ッ!?」

「……そりゃ悪手だろ、兄ちゃん。逆袈裟は生憎と見慣れてんだよ」

 

 一息に距離を詰めて刀の柄を押さえる。

 偶然だが身内が得意でね、なんせ()()()()()()()()もあるんだわ。

 空手になった右手で銃を抜くと同時に浪人は小太刀を抜刀。

 密着の体勢から不可避の一撃を放たれ、距離を離すしかなかった。

 

 銃を片手に刀の間合いにはやや遠い距離で睨み合う。

 先程の抜刀で良く良く分かった、コイツは相当な剣豪だ。

 沖田や彦斎と同じように弾もぶった切れるんだろうな。

 焦れた浪人が構えを変える。

 

 其方はまた、実に見慣れた。新撰組隊士として因縁深い構え。

 

「示現流……なるほど、薩摩か?」

「…………」

 

 何とか言えよ田舎者め。

 まぁ良い、生け捕りにして詳しく聞かせて貰うぜ。

 刀を大上段に、一撃の元全てを叩き割る事に特化した薩摩の気狂い剣術。

 近藤さんが隊士に教えてたなぁ『示現流の初太刀を外せ』とか。

 理論上は確かに分かる、分かるぜ。分かるんだがよ……

 

 実際対峙してみて……隊長らのような化け物じゃない俺らからしたらよ。

 『無茶言うな』と、そうとしかならねぇんだよな。

 だから俺はいつも若い隊士らにこう助言するのよ。

 

「じゃ、さいなら」

「は!? って……おい! 待たんか!?」

 

『示現流にゃ初太刀を振らせるな』

 思いっきり振り向いて逃げる!

 図体で誤解されがちだが脚力には自信がある。

 若い頃から御用聞きに京を走り回った脚、飛脚にすら劣らんよ。

 振り向いて全力疾走する俺と刀を持った浪人。

 速度には当然差があり、みるみる距離が開いていく……そこをこう、ズドンと。

 うわ、やっぱり切り落とされるか。嫌だなぁ剣豪。

 

「どいつもこいつも弾丸を豆粒みたいに弾きやがって!」

「待たんか! おんしゃあ誇りってモンはないがじゃ!?」

「ある訳ねーだろバーカ! 何が悲しくてお前らの得意でやらなきゃならねぇんだよ!」

 

 しまったな……弾持ってきてないから撃ち切ってしまう。

 だったらこうだ。

 木箱に酒樽、庭先の鉢植え、籠なんか。辺りの品を手当り次第に投げつける。

 弾丸よりずっと重いからな、足は止まるが弾き切れんだろ。

 

 堪らず浪人は小太刀をも抜き、二刀でもって投射物を滅多切りする。

 彦斎の抜刀に示現流、それから二刀まで……ああくそ、意味がわからん。

 

「「一体何なんだよテメェは!!!」」

 

 流石に焦れた浪人は咄嗟に小太刀を投げ放つ。

 咄嗟に弾き飛ばしたが当然一瞬視界が塞がる。

 戦闘では致命的な隙、それを見逃す剣士ではない。

 両脚を踏み切って跳躍し、刀を担ぐように振り上げて跳びかかる。

 変幻自在の構えに間合いを読み違え、あちらの射程距離に捉えられた。

 

 十手詰み? 否、否、否。

 それは偏に刺客側の選択ミス。

 恐らくは数多ある剣術、無数の択から唯一の悪手を選んだ。選んでしまった。

 

 ……ハ、俺相手に法神流(ソレ)かよ。

 ソイツはもっと見慣れてるぜ……!

 

 手を交差して上段からの打ち込みに備える。

 空中で一回転、回りの力と重力を乗せた唐竹割りが出雲の身体へ食い込む。

 

 

 

 しかし、皮と肉を僅かに断った刃は弱々しくそこで止まる。

 天晴れ也肉の宮。肉も骨も、断ち切るに薄鋼はあまりに心細く……

 鮮血を吹き出しながら出雲は最接近、面食らう剣士の水月へ渾身の蹴りを叩き込んだ。

 

「ぶげっ!?」

「クソが、痛ぇな……!」

 

 秋無出雲の戦いに技はない、純然たる膂力とカンによる破壊があるのみ。

 凄まじい勢いで水平に吹っ飛ぶ浪人にトドメを刺すべく一瞬辺りを見回し……

 手頃な品を見つけて掴む。

 

 消火防災用の巨大な水桶。

 火消しが鎮火する為に街の各所に設置した代物は、重さにして優に二俵を超える。

 出雲は全霊を持ってソレを放り投げた後、空中で殴り飛ばして更に加速。

 

「ぶっ潰れな!!!」

「うおおおおおお!?」

 

 大質量の激突による轟音、水爆による水煙。

 暫しの間視界が途切れ__晴れた頃には下手人の姿はなく。

 

 

 

 ああクソ。逃げられちまったか。

 やはり戦闘面ではアイツらにゃ及ばねぇな……などとボヤきつつ、浅過ぎる傷よりも切られた衣を嘆いて巨体の商人は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




土佐弁難し過ぎて出したのを後悔してるまである。
尚、組長はメイドカフェと競鶏の功績で知名度が成り立っている。
新撰組隊士であった事よりもWikipediaのページを埋めてるイメージ。
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