浅葱の影   作:CATARINA

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本格的にマジカルでオカルトな感じになってまいりました。
今までは意図的に抑えていたので違和感あるかも……


軍学者或いは魔術師

「……ああ、こっちだ」

「何で分かるのかしら?」

「さっきまでは危うかったが近付いて分かった。こっちの方から琴の気配がする」

「気配って貴方ね……」

「分かるんだから仕方ねぇだろ。間違いなく居る、近付いてるぞ」

 

 一重に琴が残した気配だけを辿り追い掛ける。

 流石というべきか、たった一人で黒幕に辿り着いたらしい。

 ひと月も潜伏出来る執念はとても俺にはないモンだな……

 

「……ん、何だ。お前かよ観柳斎」

「……おっと、これはこれは秋無組長。凶弾に倒れたと聞き及びましたが」

「生憎とまだ休ませて貰えないらしい、嫌な話だよなぁ」

 

 新撰組隊長、武田観柳斎とばったり出くわす。

 秋無が蘇生した事は未だに沖田と近藤程しか知らぬ事実であるから驚くのも無理はない。

 我が事ながら今回ばかりは流石に人として死んでおくべきだったとさえ思う。

 これで死なないならどうやって死ぬんだよ俺は……

 

「それでどうしてこんな所で? それに其方の方……」

「ああ、少し野暮用でな」

「……やれやれ、好色も男の甲斐性ですが程々になさいな。中澤さんが悲しみますよ」

「何か勘違いしてねぇかお前……違ぇよ、コイツはウチの用心棒だ。流石に病み上がりなんでな……」

 

 お互い冗談めかしての談笑。

 甲州流軍学を学んだ知識人である武田と秋無は局内で言わばインテリ側。

 内部の問題に対処するという意味で共に頭を悩ませる仲であり、元々それなりに仲の良い組み合わせである。

 

「そうだ観柳斎、お前に聞きたいことがあってよ」

「ふむ……畏まって相談ですかね?」

「ああ、大した事じゃねぇんだけどよ……」

 

 肩を組み合う距離から即発砲。

 銃口を押し付けるように放たれた弾丸は観柳斎を襲い、その表皮を削りながら弾かれる。

 

「……全く、痛いじゃないですか秋無組長」

「普通痛いで済むかよ馬鹿野郎。奴らがやたら組織だった行動をし始めたり、貴重極まりないガトリングなんぞ持っていたのかこれで合点が行ったぜ。お前が取り仕切ってんなら脅威な筈だ」

「なるほど……後学の為に聞きたいのですが、いつから?」

「長らく寝坊する少し前だな、ウチの監察を舐めちゃいけんよ。お前さんが攘夷組織と繋がってる事自体はずっと前からバレてたんだぜ……山崎から聞いた時、俺ァてっきり間違いだと思ったが……」

「今でも間違いだという可能性は?」

 

 なわけねーだろ。

 

「琴の気配を追っかけたらお前がいた。そんでもって、俺と琴が游雲の店にいる瞬間を狙えた志士ども……内部から情報が漏れてたと考えるのは自然な事だろ? となりゃ後はお前しかいねぇ」

「……やはり貴方は良く頭が回る、新撰組などにいるのが惜しいほどに」

「おう、もっと褒めろ。そんで琴の居所を吐きゃ楽に殺してやるよ、同僚のよしみだ」

 

 正直言って小手先の策を講じたところで琴が負けるとは思えないのだが……

 観柳斎は決して弱くない、新撰組隊長を任されるだけの実力はある。

 その上で決して強くない。俺がそうであるように、単純な腕より頭の貢献を買われているから。

 

「……本当、随分と彼女にご執心ですね組長。そういう貴方は彼女の正体を知ってますか?」

「正体だ?」

「数年余りも連れ添っていながら、貴方は何も分かっていない。何もね?」

「アイツは中澤琴、生まれは俺と同じで天保十年。出身は上野国利根郡利根村の穴原で、身の丈は八尺一寸の目方は三俵弱。好物は鯛の天麩羅と新鮮な鯉の洗い、嫌いなモンはないが強いて言えば野菜はあんま喜ばない。平日も出勤ギリギリまでどうやっても起きないし休日は正午近くに起きて昼間っから酒を入れてる事も少なくない。一人じゃ髪も結えないし身体も洗えない、洗濯をやらせてみたら力を入れ過ぎて桶屋が儲かったし……「申し訳ない、もう良いです。勘弁して下さい」

 

 正直話そうと思えばまだまだ話せるんだけどな。

 

「……そういう話ではなかったのですが、その……だいぶ重いんですね組長」

「破れ鍋に綴じ蓋というヤツかしら」

「粉微塵の鍋に粉微塵の蓋が付いてるようなモノかと」

 

 素で引いてんじゃねぇよ馬鹿ども。

 そして彦斎は何でそっち側なんだよ、いつからそんなに仲良くなったんだ。

 

「それもそうね、私は戻るわ」

「これはどうもご丁寧に……さて」

「さて、じゃないが?」

 

 本当にご丁寧に一礼までする奴があるかよ……

 話が完全に脇道に逸れたな、どういった話だったか。

 

「……実の所、貴方も違和感くらいは感じたのでは?」

「違和感だ?」

「普通に考えておかしいでしょう? 八尺の長身、建屋を絹のように引き裂く剛力……そんな人間など居ること自体がおかしいんですよ」

「案外いるんじゃねえか? 例えば俺とか……あ、悪い、話の腰を折っちまったか」

「いえいえ、確かに身の丈は確かに、家屋ごと切るのは永倉隊長辺りなら出来そうな話でした。私の例え方が悪い……なら、そうですね、心当たりはありませんか? 彼女が人ならざる行いに走った記憶が、貴方にはあるのでは」

 

 ……それならある。

 初めて彦斎とかち合ったあの時、斬られた俺を見て奴は目の色を変えた。

 ヘバる俺を押し倒して今にも食いつかんばかりに狂っていて……

 アレから暫く経ったが、今のところアレは二度と起こっていない。

 しかし、あの瞳。明けることのない狂気に苛まれた目は忘れようもなかった。

 

「どうやらあるようですね。アレこそが彼女の歪み、世界から切り離された神秘の発露」

「難しい例え方は止めてくれ、つまりどういう事だ?」

()()、人の世を蝕む悪と呼ばれし者」

「……鬼ってのは角が生え、人を食う伝説のアレか? 俺ァにわかに信じ難いんだが」

「極々稀ですが鬼子として生まれ、生を受けたその時から身に魔性を宿した者。そういった者も居ます、大半は生まれを認められずに()()され、運良く永らえても多くは人と魔の境界で狂気に呑まれる」

 

 鬼子か。

 俺の知る限りそりゃよくある口減らしの口実だ。

 生まれつき糸切り歯をもっていただの、目が開いたまま生まれ落ちただの……

 何らかのこじつけで産婆どもが絞めて殺しちまうんだ。

 そればかりは一概に責めることも出来ない、皆が皆明日を生きるのがやっとって事もある。

 そんな苦しい俗世に生まれるくらいなら……という慈悲もあるのだろう。

 

「……奴には角も牙もありゃしねぇぞ」

「一度たりとも人喰いの業を冒しておらぬのならそれもおかしくはありません。それゆえ内なる魔性は抑えられ、同時に秘めた狂気は更に混沌を極めていくのです」

「……なら、お前の目的はなんだよ観柳斎。何故わざわざ俺に伝えた?」

「それは勿論。中澤さんに続いて貴方を勧誘する為ですよ秋無組長」

「俺をか?」

 

 何で?

 いや実際、本格的に謎なんだけど。

 琴が化け物みたいに強い……なんならもっと強くなる余地がある、だから引き込んだ。分かる。

 俺を誘う理由が分からん、俺が同調する訳もないんだが。

 

「我が宿願、我が野望、それこそ神秘の復権! 鉄と火薬に暴かれた秘匿を再び人の手から奪い返す! 今や日ノ本のみならず外つ国からも神秘は完全に失われようとしている……私はそれを真に憂う者」

「だったら俺を殺すような真似するかね普通よ」

「それはまぁ中澤さんの方が優先度高かったので、生き残ったなら生き残ったで私は嬉しいですよ」

 

 コイツは死ぬほど胡散臭いが、こういう時に嘘はつかん。

 恐らくこれが偽らざる本心なのだ。

 俺を殺そうとしたのも事実なら、生存を喜ぶのも本気。

 二つ相反して共に在ればこそ、真の狂人なのだろう。

 

 尤も、俺の答えは決まっている。

 だから二度は言わない。

 無言で再度銃口を観柳斎に向ける。 

「交渉は決裂、ですか」

「交渉ってのは少なくとも、お互いの利益が対等な時に発生するんだぜ。商売を勉強してくるんだなヘボ士族がよ」

「なら仕方ありませんねぇ……田中さん、任せますよ」

「■■■■ォォォ!!!」

「うおっ!? なんだコイツは……見りゃ分かるな、薩摩か?」

「田中新兵衛……そう、貴方も巻き込まれたのね」

「知り合いか彦斎……否、()()()()()

 

 突如現れた青白い巨躯の男に混乱しつつ、自らの部下、従業員ではなく。

 かつての攘夷志士、伝説の人斬り。ヒラクチの彦斎へ問う。

 

「……私と同じ攘夷側の人斬りよ。少し前に腹を切ったはずだけれど……」

「だったらコイツは幽霊だな、随分実体が凄そうなモンだが」

「■■■■!!!」

「! 薩摩の初太刀……」

 

 薩摩は初太刀を外せ。

 近藤局長が隊士の端々に至るまで徹底させた戦法。

 奴らの示現流は実際、大振り極まりない初撃に命を乗せた一振。

 あらゆる防御、障害を無視して万物を叩き割る。そんな代物。

 ……全く簡単に言ってくれる。

 隙だらけの構え? 否、否、否! これは奴らの覚悟。薩摩隼人の狂気。

 斬られ、突かれ、撃たれ、爆撃を受けようとも瞬きすらせぬ不退転。

 振り上げた刀を一心に振り下ろすのみだ。

 

 だから薩摩に初太刀は振らせない。

 よく知ってるさ、こうなったお前らは何をどうやっても止まらないと。

 だから狙うべきは更に上!

 

 拳銃を上方に発砲。

 一発撃って残りは五発、全て一点に叩き込む。

 初弾に突き刺さるように次弾、五発連ねて極厚の太刀を穿つ。

 根元で割れた太刀に構わず振り下ろしてくるとこで腕を交差して受け止める。

 今回は襲撃側なんでな、左腕には確と鋼鉄の戦篭手を装備してきた。

 示現流の剛力と戦篭手の硬さに耐え切れず、穿たれた刀が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 

 それでも尚装甲越しと腕骨にヒビを入れながら大いに空振り。

 その隙を見逃す彦斎ではない。

 逆袈裟一閃、抜刀と同時にマトモな一撃が田中の身体に食らいつく。

 

「……だいぶしっかり入ったように見えてたが、硬ぇな」

「……彼は私が、貴方はアレを追って」

「なに……? うお、野郎逃げやがったのか!? 悪いが任せるぞ」

「ええ、組織こそ違えど共に攘夷の夢を見た同志……ここで眠って貰うわ」

「■■■■■■■■!!!!!」

 

 建物を殴り潰し、吹き飛んだ刀の代わりを手にした人斬りが再度上段に構える。

 魂なき屍人形、死後の尊厳すら辱める鬼畜の所業。

 ヒラグチの彦斎は激しい怒りを秘めつつも、かつての同胞と対峙する。

 

 

 

 同時に秋無は観柳斎に追いつく。

 瞬足にあらぬ秋無の亀の歩みは、しかし商人の健脚でもって短距離を走破した。

 凍てつく冷気が支配する京の辻で、薄らと汗ばみつつも再び二人は相対する。

 

「全く、貴方もしつこいですね……」

「今更かよ、俺ァ殺すと決めたら絶対この手で仕留める事にしてんだ」

「……この際、正直に言いましょうか。私は貴方が嫌いです」

「奇遇だな、俺もだ」

「神秘消えゆくこの世界を憂うでもなく、寧ろ鉄と火薬を広めその秘匿を暴かんとする。まるで人間のようなやり口を取る貴方がまるで理解出来ないのですよ……!」

「……俺は秋無大吾郎の息子にして新撰組の金庫番、秋無出雲だ。それ以外の何でもねぇよ」

「それどころか貴方は彼女を巻き込んだ、人の世から隔絶され特級の神秘として花開くはずであった彼女を、人に留めんとした……貴方がそんなだから、彼女も人の身に未練を残している!!!」

 

 逆上する観柳斎の言い分はしかし、実に自分本位で勝手なモノ。

 ……人間の近代を否定する奴からしたらなるほど、俺は差し詰め悪鬼か。

 奴の欲するモノを歪め、育み、拐かす悪そのものなのだろう。

 

「んな事ァ俺の知った事かよ!」

「なら貴方に見せてあげましょう! 覚醒に至らずとも、真の神秘として目覚めた鬼種の魔を!」

 

 絶叫と共に奴の背後から轟音。

 異様な程に厳しい蔵の扉が緩やかに開け放たれていく。

 なるほど、俺を誘い込んだのか……

 

 蔵戸が全開となれば封じられていた空気もまた解放されていく。

 夥しい血と腐りかけの肉の香り、一度でも嗅げば忘れ難い人肉の、悍ましい臭気。

 光一つない蔵の闇から、よろよろと何かがにじり出てくる。

 

「琴!」

「………………」

 

 見間違う筈もなし、探し求めた相棒の姿に秋無は一瞬警戒が緩む。

 次の瞬間その姿は掻き消え、最後に見えたのは眼前にて処刑剣を振るう刹那。

 音すら遅れるほどの瞬間移動、横殴りの一閃。

 彼の者の剛体すら両断する巨剣の一振りは、拳銃が挟まった事で吹き飛ばすに留まる。

 身体をくの字に曲げ、家屋を三つ四つも貫きながら真横に吹き飛んで漸く止まった。

 全身の骨や内臓がひしゃげる激痛に悶えつつ、秋無は下手人を睨む。

 

「……ゲホッ……クソッタレ、痛ぇじゃねえか……」

「…………」

 

 防げたのは偶然だ、そして砕けた銃は最早使い物になるまい。

 気に入ってたんだがな__どうでも良い事を浮かべ、痛みから気をそらす。

 気を抜けば瞬きの間に黄泉の国に攫われてしまいそうだった。

 

 一撃で深手を負う秋無を見て、観柳斎は大いに喜んだ。

 何と素晴らしい。何と美しい。

 これぞ神秘、これこそ魔性!

 世界から失われた畏れそのもの、この国を救う最強の化生!

 感涙すらした。未だ完全体とはならずとも、最早日ノ本にアレを御せる存在はおるまい。

 

 そうやって空を仰いで恍惚としていたから気が付かない。

 狂鬼と化した琴の標的が変わっている事を。

 吹き飛ばされた秋無の次に近い自らが、既に射程に入っていた事を。

 

 先程同様の瞬間移動を見せた鬼は跳躍しながら縦一閃。

 観柳斎の身体を縦に引き裂くと、手首を返して更に両断する。

 凡そ四つに刻まれ、地に落ちた骸を力任せに踏み躙る。

 かくして武田観柳斎は自らの死に気付く間もなく地面の染みとなった。

 

 制御者すら喪い、血と殺戮の狂気に呑まれた中澤琴は夜に吠える。

 額に生やした一対の角を宙に突き立てながら。

 

 

 

 




組長は組長で結構重いタイプ。

観柳斎との掛け合いはクレしんの映画をイメージして書きました。
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