あーーーー死にそう。
無理だなコレ、強過ぎる。
単純な腕力なら自信はある方だが、そもそもの馬力で俺は琴に負けてんだよなぁ。
「忘れてねぇぞ畜生、局内の腕相撲大会ん時よォ!」
「■■■■■■!!!」
「決勝でぶつかったってのに! お前は加減もせずに! 俺の腕へし折ったよなァ!?」
手四つ、単純な力比べの構図。
体重では勝る俺が完全に圧倒され、砕けた身体から激痛が走る。
「あん時ゃ流石に人間か疑いもしたが……案の定化け物かよ!」
「…………!!!」
「……何とか言いやがれこのボケ!」
殴りも蹴りもまるで効かぬ、それでいて俺はあの暴風のような剣を受けたら即死。
最初っから規格が違う、所詮人の子でしかない俺と生まれついての魔性。
ホント嫌になる、体格差がここまで響くとは……
黒い煙のようなナニカに包まれてその大きさは更に青天井。
既に十二、三尺はあらんという怪物そのものになっている。
一番よく分からんのはあの剣まで伴ってデカくなってやがる事だが……
……唯一、唯一こちらに利があるとしたら。
今の琴は完全に正気を失っている。伴って、技を喪っている。
生まれ持った剛力だけを振りまく厄災だ、そこに理性はない。
それが隙になるだろう……多分。
残念ながら俺にそれを利用する技術がない、こんな事なら沖田を連れて来りゃ……
いや、それだと彦斎とは同席出来ないか……
生死の狭間のような戦闘の最中、必死に考えを巡らせる。
致命の斬撃、致命の打撃。
普通にやり合ったんじゃ絶対無理だ、何か弱点はないのか。
アレは鬼種、魔性の類い。なら多分酒や宝に弱い。
お決まりの倒し方ってヤツだ、御伽噺の良くある終わり方。
無敵のように思われたかの酒呑童子がそうであったように、特定の弱点があるのだろう。
尤も、今のアレに通用するかは別なのだが。
酒呑童子に振る舞われたのは神より賜った神酒……
かの悪鬼ほどの格はないにせよ、そこらの安酒は通用しまいよ。
「うお、危ねぇ……!」
「ッ!!!」
地に剣を突き立て、力任せに掘り起こす。
たったそれだけで拳大の礫が雨霰、頭に食らえば昏倒しかねん。
だが土煙で上手いこと視界が遮られた。
星も隠れる丑三つ時、俺の姿は捉えられまい。
全力疾走から直前で跳躍、両脚の踏み切りと体重に捻りを加えて。
全身全霊ドロップキック、三俵の体重を砲弾に変えて蹴り飛ばせば巨鬼も流石によろける。
隙がないなら無理やり作ってやらぁ。
怯んだところで背後に回り込み、思っきり引っこ抜く。
巨躯だが、体格の差はそこまで問題でない。
持ち上げるのは腕力に在らず、脚力と身体の捻り。
胴下を抱え込むように巻き込み、後頭部から地に叩き付ける。
「重いな……食い過ぎだぜ相棒」
「…………!」
「効かねぇか、厳しい」
言いかけたところで下方からの切り上げを食らう。
あの体勢から振ってくるかッ……!
地面ごと、真下に叩き付けて腕を一回転。
言葉にすればそれだけの、無茶苦茶な太刀筋。
傷は浅いが、ただでさえ不調なこの身体。
血を失えば更に動きは制限されていく一方だ。
止血もままならぬ状態では最早回避すら覚束無い。
起き上がりと同時に叩き付けられた刀身をヤケになって白刃取り。
辛うじて抑えることは出来たが、膂力と体力の差はあまりに歴然。
ずりずりと押し込まれていき、切っ先が僅かに肌を裂く。
「……間に合った」
「!?」
そのまま真っ二つにならんという瞬間、割って入った彦斎が抜きがけに切り付ける。
そのお陰で何とか俺は距離を取ることに成功した……また傷が増えちまったが。
驚くべくは琴の硬さだろう、まさに達人たる彦斎の居合でまるで切れていない。
彦斎もまた意外だったのか一瞬ギョッとしてから刀を撫ぜるよう一太刀。
それさえ効果が見込めないのを確認してから俺の隣へと移ってきた。
「……これは流石に計算外、硬すぎ。何で出来てるの?」
「全くだ……一度出直してぇところだが、こんなの放って置いたらどれだけの被害が出ることやら。幸か不幸かこの村一帯はあの馬鹿が一掃したらしい、こんだけの騒ぎでも人っ子一人いねぇ。それよか、お前さんの方は終わったのか彦斎よ。アレもアレで化け物のように見えたが……」
「……説明してる暇はない、だけど彼女の弱点も分かった」
「何? 何だってそんな……」
「暇はないと言った、角よ」
「……角?」
確かに今の琴には明らかな異形として、奇妙な双角が生えている。
左右は非対称ながら、今ひとつ子供の鹿のような印象を受ける。
嵐のような猛攻を避けつつ彦斎の言葉を反芻する。
「本来無かったモノを埋め込まれている、あの隊長さんにね」
「辞めろよ、あんなのはウチの身内じゃねぇ……要はアレをブチ折れば元に戻るのか?」
「……分からない、多分今の状況は奴にも想定外。埋め込まれたモノと極度の飢餓状態で暴走しているといった方が正確かしら……」
「分かった。何もやらねぇよりマシだ……あの角、切り落とせるか?」
「出来る。というより必ずやる……その代わり少し溜めが要るわ」
「上等、だったら死番は俺に任せて貰うぜ。向こうもどうやら俺狙いらしいしな」
鉄下駄を踏み締める。火花を散らすほどに強く。
迫る大剣に髪を掠めつつ顎にかち上げの一発。
次いで左腕を乱雑に叩き付けて二発。
打撃と同時に琴の背側に焙烙玉を落とす。
どんな化け物でも的確に末端を打ち抜けば昏倒する。
ここまでだと気絶しなくとも怯みはするだろ。
剣も届かぬ超至近距離、琴が選択したのは噛み付き。
咄嗟に左腕を噛ませて致命傷を避ける。
めきゃりと鋼鉄の篭手越しに骨がひしゃげ、潰れていく感触。
だが組み付ける位置につけた。
左腕を噛まれたまま琴を抱きしめるようにホールドし、オシャカになった方の銃を投げ飛ばす。
本体がイカれてても、まだ弾は入っている。雷管と火薬、火種くらいにはなるのさ。
地面に叩きつけられた銃は暴発、極々小さな爆炎を生み出し火薬玉に着火。
瞬間、凄まじい爆風に二人諸共吹き飛ばされる。
だが琴の巨体を盾にした俺の方がダメージは浅い……
吹き飛んだ先には納刀し、瞑目して気を高める彦斎。
俺に武の心得はなく、ましてや視界に捉えたのはほんの一瞬。
それでもつい見惚れてしまう程美しく……なんというか、堂に入っていた。
墜落した琴が起き上がろうと上体を起こした所で抜刀。
神速の一振りが巨鬼の歪角に食い込む。
しかし鬼種は強し。神秘侵し難し。
河上彦斎の居合はそれ自体が神秘を宿すほど人外の剣、絶対切断。
なれど
濃密な神秘の結晶たる幻想種、鬼種を討ち取るにはあと一押しが必要だった。
「なら、これで届くだろッ……!」
「!」
ボロボロの身体に無理を言って拮抗に駆け寄り、膝立ちの琴に飛び乗る。
相手の大腿を支点とし、そこから繰り出される飛び膝蹴り。
それは向かってくる相手にカウンターで突き刺す故に打撃に於いて最強。
後世に曰く、
一人の天才
刀を押し込む飛び膝で、くい込んだ刃が快音を供に角を千切り飛ばす。
満身創痍、勢いを殺す余裕もない、みっともなく地面に転がり、角折れの鬼を睨む。
「■■■■■■■■ォォォォォ!?!?!?」
絶叫し、咆哮に伴って奇妙に肥大化した黒い身体が萎んでいく。
モヤが晴れ、所々本来の姿が見え隠れしていく。
「ハァッ……ハァッ……やったのかしら」
酷く息切れした様子の彦斎が遠巻きに見える。
凄まじい一閃だった、集中具合も鑑みれば一太刀でどれだけの体力を奪われた事やら。
俺は……駄目だ。特に噛まれた左腕の感覚がねぇ。
装甲はとうの昔に噛み砕かれ、凡そ人の形すら留めていない。
今まで動いていたのが奇跡だったのだ。
岡田以蔵の襲撃、あの時咄嗟に挟み込んだ左腕。
結果的に心臓を庇い即死を防いだ。
代償として諸共に切り落とされてしまったが。
幸か不幸か、かの老医者は卓越した技術を持ち合わせていた。
それこそ未だ殆ど例の無い、千切れた腕の再接合を可能とする程に。
目覚めた俺は少なくとも見た目上、五体満足で再起する事が出来た。
無茶な施術は当然完璧とは言い難い。
指先は痺れ、精密な動作は最早現実的でなく。
拳銃の再装填すらもたつく始末。
老医者に曰く、反復訓練により回復する可能性はある……というが。
可能性しかない程の話なのだ、そしてこの負傷。
手を尽くしてくれた先生には悪いが、もう治らねぇかもな。
「そういうことは言うもんじゃねぇぜ……ほら、起きちまった」
「ッ…………!!!」
「痛ぇだろうな、角をまるっとブチ折られたんだから当然か……」
傷だらけになりながら一心不乱に突撃してくる。
全く、そんなに俺を食いてぇかよ相棒。
お前は食い意地の突っ張ったロクデナシだ……
家事は何も出来ねぇ、火の番をしたら家が燃えかける、仕事中から平気で酒をかっくらう。
剣を握りゃ一騎当千、どんな敵も圧倒的な暴力で叩き潰しちまう。
嬉しい時は目に見えて上機嫌だし、悲しい時ゃ萎んで見えるほど気力が落ちる。
屈託なく笑うお前は見ていて飽きねぇ。
だから俺は助けてやりたい。
最早我が身に在らぬ無感覚の左腕で最後の火薬玉を握り締める。
御守りとして持ち歩いていた旧い銃……まさか使う事になるとは。
さて、上手くいくか。弾が出るか。
やるだけやってみるさ。
不可避の距離、負傷した俺にとっては尚更致死の刹那。
飛びかかってくる影に彦斎が悲鳴を上げる。
迫る距離が近付いて、俺に食らいつこうと大口を開けたのを緩やかに見た。
「ほら、世界に二つとない二十七年モノだぜ……良く味わえ……よッ!!!」
京の外れに瞬間閃光が煌めく。
それはほんの僅か、一度限りに鳴り止んだ故に誰しも記憶に留めなかったけれど。
彼らの戦いの終わりを告げる狼煙であった。
あーーークソ重ぇ…………
気分良くスヤスヤ眠りやがってこの野郎……
正直俺の方が今すぐぶっ倒れて眠っちまいたいくらいなんだが。
流石にこの時間じゃどの店も閉まってやがる、真っ暗でよく分からん。
足は重いし目は霞む。口の中に溜まった血を吐き出すたんびに内臓まで戻しそうだ。
ブチ折られた角はその名残すら残さず綺麗さっぱり。
その代わりに頭蓋が割れたのか酷い出血と昏倒、早く医者に見せねば危うい。
そんな俺も全身木っ端微塵みたいなモンだがなぁ。
全身余すところなくマトモな骨の方が少ないだろうし、内臓も何個逝った事やら。
それから…………いやまぁ、良いか。
大した事じゃねぇ、俺らは今生きてんじゃねえか。
儲けも儲け、大儲けだ。そうだろ?
俺とした事がらしくもない、失ったモノを数えるなんてみっともねぇやな。
屯所までの見慣れた道がこんなにも長ぇ。
一瞬でも気を抜いたらそのまま彼岸に落っこっちまう。
ようやく西本願寺の、まるで品のない誠の提灯が見えてきた。
不寝番が立っているのを確認した安堵によろめきながら何とか門までは辿り着けた。
とはいえ限界だ、もう動けそうにない。
「秋無組長! それに中澤殿も……!」
「挨拶は良い、重傷者一名だ。申し訳ないが先生を叩き起こしてきてくれ」
「承知……! おい、お前らは中澤殿を!」
「任された。ささ、こちらに!」
担ぎ上げた琴の身体を番兵らは二人がかりで支える。
全く我ながら良くぞここまで来れたモンだぜ……
「傷口から土の毒が入ったかもしれん、沸かした湯で熱した清潔な布で拭って結束しろ」
「分かりました、組長は!?」
「俺を誰だと思ってやがる、掠り傷だよ。早く行け、間に合わなくなる!!!」
もたつく馬鹿どもを急かし、早々に中へと引き込ませる。
何、鍛えた身体だ、きっと問題ねぇ。
問題は、ないはずだ。俺も……
一度よろめいたら最早立て直す事すら叶わず。
壁にもたれ掛かるようにズルズルとへたり込んでしまう。
血の塊を吐き出してから煙管を取り出して……これじゃ火ィも付けられんな、ハハ。
「秋無組長!」
「おお、山崎くん……悪ぃ、火くれねぇか」
「! これは……」
へへ、悪いな。
一つの区切り。
後は新撰組の凋落を書いてくだけになりそう。
気が重いよ……