浅葱の影   作:CATARINA

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視点切り替え多め。
読みにくくて本当に申し訳ない。
どの視点も一話独立には短過ぎて……

後半は時系列が巻き戻ってます、以蔵の為に書いた部分。


鬼に呪いを侍に誉れを

 ……まぁ、あんな劇的な終わり方しといて気まずいんだけどよ。

 普通に生きてたわ、流石俺。

 毎度毎度話のオチがワンパターンだって? それはホントにそう。

 

 兎にも角にも出雲神様に感謝感謝、生まれついての凶運が俺を守ってくれてるぜ。

 結局また二週間くれぇ寝込むことになったけどな! 先生にもめちゃくちゃ怒られたし。

 当の琴は未だに目覚めない……鬼種であるコイツにとって角をブチ折られるのは相当なダメージだったんだろう。

 

 実の所心配はそんなにしてない、この程度でくたばるタマじゃないのは良く分かってる。

 それよか俺はぶっ倒れてる間の仕事で目が回りそうだ……局内のも本業のも、地獄かな?

 これでも俺以外には出来ない業務は割り振った後らしいから恐ろしい、どんだけあるんだ……

 ……新撰組(ウチ)が抱える今一番の問題点なんだよなコレ。

 二百はいようかという大所帯にも関わらず、どいつもこいつも替えが効かない。

 旗印の近藤無しにこの組織は成り立たないし、土方の恐怖政治も行き過ぎない範囲なら無くてはならない。沖田や永倉らは新撰組の武力の象徴であり、齋藤や藤堂なんかは若い層との緩衝材……

 自惚れだが俺も新撰組の金庫番として替えが効かない枠なんだよなぁ。

 膨大な資金繰りや内勤の統括、俺以外に出来るやつがいない。 

 

 行き過ぎない範囲、とわざわざ言及したのはまさにここなのだ。

 土方の奴は隊長格でも平然と腹切りを命じ、逃げ出せば粛清する。

 それを諌める山南さんは、もういない。

 伊東さんは賢人でこそあれ、故に土方に進言などはしないだろう。

 新撰組の大半を占める試衛館組は近藤の……ひいては土方の傀儡だ。

 ヤロウの気分次第で誰でも殺すし、誰にもそれを止められない。 

 松原や谷もそうやって殺されたようなモンだ。

 それから河合の奴まで……

 

 俺にとっちゃ、たった二人の直属の部下だったんだぜ。

 それを俺が眠りこけてるウチに殺されてたなんてよォ……

 病弱だった尾関も少し前に死んじまって、俺がたった一人生き残っちまった。

 詰んでるなぁこの組織、嫌んなっちまうぜ。

 新撰組は元より波打ち際が砂上の楼閣だったのだ。

 志と見てくれだけ立派でも、それを運用するに足る組織足りえなかった。

 

 

 ……何で俺は見限らないんだろうな、ホント。

 正直言ってこの組織、お先真っ暗崩壊寸前、商人なら躊躇いなく損切りすべきだろうに。

 分かっちゃいるんだ、ここで俺がいなくなりゃ、本当にぶっ潰れるだけになる。

 俺がいた所で破滅は避けられないかもしれないが、ちっとは穏やかになるかもしれない。

 崩れ落ちる楼閣からせめて仲間くれぇは生かしてやりてぇじゃねえか。

 特に沖田や齋藤、藤堂みたいなのは死ぬにゃ早すぎるぜ。

 

「ん……んぅ……」

「お……? 漸くお目覚めか眠りヒメサマは」

「んん……もう一杯……」

 

 琴が身動ぎしたのを確認して立ち上がり、どがりと勢いそのままにすっ転ぶ。

 コイツ本当……本当に我が道を往き過ぎだろ……

 

「んぅん……すぅ……すぅ……」

「そのまま寝るのかよ!? 流石にそこは起きとけよ人とし痛でででで……」

 

 転んだ勢いで繋がりかけの骨や傷が痛む。

 ひと月前以蔵に切られた傷も完治ではない……というより、アレはまるで治らない。

 酷い傷痕になってるとこは身体が突っ張るように痛むんだよな……

 流石は当世有数の人斬りというか、殺しの技だけには長けてやがる。

 あの騒動の裏で密かに見廻組に逮捕され、今は獄中だと聞いたが……

 流石に打首獄門となるだろうなぁ、殺し過ぎたが故に誰も擁護出来まい。

 

「ん……起きてる……起きるから……あと半刻……」

「そりゃ起きない奴の発言だぜ相棒……」

「うん____? 出雲?」

「おう、正真正銘混じりっけ無しの俺だ。ようやっと目覚めたか」

「……出雲、出雲__ああそっか、夢だったんだ」

「夢だァ? やれやれ、人の気も知らねぇで呑気な野郎だぜ……」

 

 琴はぱちくりと目を瞬かせ、虚ろな意識と記憶を擦り合わせながら覚醒していく。

 秋無らは新撰組お抱え医の指導の元、二人とも家にて療養、という事になっている。

 激務の内勤取締たる秋無はそれでも山積みの書類と格闘する必要に迫られていたが……

 

「長らく眠りこけやがって、起きたんなら手伝え。飯にするぞ」

「……ご飯……お腹空いた……」

「寝言でむにゃむにゃ言うくらいだからなぁ、とりあえず身体に優しいモンからだ。あんま期待すんなよ」

 

 ぐぐっと身体を伸ばすように立ち上がった秋無の背中に酷く安堵した琴は力が抜ける。

 何やら酷い悪夢を__自らの狂気に呑まれた遍く全てを殺し尽くし__出雲さえも手にかける。

 そのような内容だったと記憶しているが、もはや仔細など思い出せぬ。

 

 襖を開き、台所へ向かういつも通りの姿。

 それはほんの僅かに琴の記憶と違っていた。

 速度、歩幅、歩き方、重心……超人的な感性がその違和感を強烈に際立たせている。

 そんなハズはない、有り得ない。そう自身に言い聞かせつつも生まれた一抹の不安を振り払う為、すくりと立ち上がって直ぐ出雲の裾を掴む。

 ぶらりと振られたやや長いような袖口、半袖の羽織からすら見えなかったソレ。

 掴んだ裾に無い感触と、近寄って確信した明らかな異常感。

 

「あ………………」

「なんだお前、急に固まっちまって」

「ああぁ、ああああああああああ_____!」

「どうした、どっか痛むか? キツいならまだ寝てても良いが」

「__違う。違うッ__! い、出雲、その、それ、それが!」

「? ああ、もしかして面の傷の事か? 嫌んなるよなぁ、唯でさえ人相悪ぃのに」

「そんなワケないだろッ!!! …………出雲、隠さないで言って。その腕のこと」

 

 ……………………

 まぁ、流石に誤魔化すのは無理筋だったか。

 こういう時ばっかり勘が良いんだからよ。

 

 バツが悪い、溜め息をつき、傷口を掻く。その左肩から下にあるはずの腕はなく。

 ぶらぶらと黒羽織の袖を持て余し、錯乱する琴を宥める方法を模索する……

 とりあえず適当に冗談めかしておどけてみるか。

 

「二十七年も無給で仕事したんで愛想尽かされちまってな……実家に帰るとか何とか」

「…………出雲」

「……わーったよ、分かった。俺の負けだ、ちゃんと話すからそんな目で見るな」

 

 失敗……言うしかないか……

 

「……まぁ、お前さんが夢で見たってなら、大体そんなんだ」

「じゃあ、その腕は……」

「お前に食われた……って事になるか」

「____」

「……いやまぁ、そんな驚愕するような……いや、泣くほどか!?」

 

 急に真顔になったと思ったらそのままぼろぼろ泣き始めた。

 すんごい大粒の涙を土砂降りの雨のように零し、布団に染みを作っていく。

 慌てて手ぬぐいで涙を拭いてやるも、距離が近くなると尚更号泣が酷くなる、どうしたものか……

 

「__だって、だって……」

「分かった分かった、ほら泣くな。鼻チーンしろ」

「んんっ…………治らないのに、傷とはまるで違う。もう二度と……」

「そりゃそうだろ、腕が生えてくるなんて聞いた事ねぇし」

「だったら何で! 何でそんな軽いんだよ!!! 無くなったんだぞ!」

 

 何でって言われてもなぁ……

 いや、実際大事だとは思うんだよ。

 お袋は卒倒したし左衛門もただ呆然としてた。

 游雲は自分のせいだと思い込むだろうからまだ見せてないけど……

 左腕欠損、しかも肘の手前から食い千切られてぶっ飛んだ。

 大事も大事、大問題だ。

 もう丼持って飯を食うのも出来なきゃ、片手で算盤弾いて帳簿を作るのも出来ない。

 確かに不便だ、これから先幾らでも不都合は増えるだろう。

 とはいえ、だ。

 

「たかが片腕で大袈裟なんだよ……」

「たかがってお前な……!」

「別に良いだろ、腕一本よりずっと大事なモンが返ってきた。実にお買い得だと思うぜ?」

「!」

 

 自分で言っといてだが、言葉にするとすごく……凄い苦しくなってくるなコレ。

 

「……この際だから言っとくが、俺ァ人の世話焼いてないと堪らん性分でな。だってのに人間ってのは皆段々と成長して独り立ちしていく、手元から離れて行っちまうんだよな……お前以外は、だが」

「いや待てそれは悪口じゃないか?」

「見方によっちゃな……俺からしたらいつまでもガキ同然、要介護生物だよ」

「悪口じゃねぇか!!!」

「それが俺にとっちゃ必要なんだよ!」

 

 うわヤバい、俺自身の意志と関係無く口が滑っていく。

 

「んーーーーーああ、よし! 止めだ止め! まどろっこしいのは性に合わん」

「…………」

「よくよく考えりゃそんな遠慮、俺らに必要あるはずねぇんだよ……ったく」

 

 まぁ良いや、滑り倒すか。

 ここまで来たらもう変わらねぇよ、そうだろ?

 

「鬼、鬼種、観柳斎が言い残した言葉を俺なりに調べたよ。つまりお前人間じゃなかったって事で良いか」

「…………ごめん」

「責めてはねぇよ、マトモな人間か怪しいのは俺も変わらん。あの時俺の事を食おうとしたのもそれか?」

「……分からない、初めての事だったから」

「そうか……古い本によりゃ鬼はまつろわざる者、自らの意志を問わず破滅へと突き進む魔性。故に愛しいものが、愛しければ愛しい程貪り喰らおうとしてしまう、なんてのもあるらしい」

「!」

 

 反応アリ……つまりそういう事だよな。

 

「……良いぜ」

「……は!?」

「食いてぇならそうすりゃ良い、お前なら俺ァ構わん」

 

 瞬間世界が反転する。

 知覚出来ぬほど素早く跳ね起きた琴に押し倒され、上下が逆転した。

 そう判断出来たのは既に不可避の距離になったからだ。

 

 上から押さえつけられ、身体はこそとも動かず。

 瞳孔は震え、目から涙、口から涎を垂れ流して顔にびちゃびちゃとかかる。

 ……にしても前より強くなってねぇか? 俺が弱くなったのもあるだろうが。

 少なくとも()()()の男一人じゃ跳ね飛ばすのは土台無理な話のようで。

 俺の生殺与奪は全て琴に握られている。

 

「……まぁ待て、落ち着け。逃げやしねぇよ」

「……なんで、なんでそんなことッ……! 私はこんなに我慢してるのに!」

「悪いな、今すぐってワケにゃいかねぇんだ」

「なっ……」

「俺にはまだやる事がある、やらなきゃならん事がある、やりたい事もある……だから取引といこうぜ。もし俺が死んだらそん時ゃ俺を食え、骨一本血一滴残してくれるなよ?」

 

 どうせ死んだなら屍を晒すだけなのだ。

 墓なぞ作られて毎年毎年神妙に涙を流されるなどガラじゃねぇ。

 俺は俺だ、この世に俺は全身全霊で存在している。

 

「……そんなの、そんなのってあんまりだろ」

「構わん、大人しく墓に入る性分に見えるか? まぁ、そうだな、もう一つ条件があった」

「条件……この上何かあるの?」

「知ってると思うが俺ァ馬鹿だ、無鉄砲で顧みない。だからいつ死ぬか分からねぇ、次の瞬間にも攘夷志士共が踏み込んで来て次こそ死ぬかもしれん、或いは老いさばらえてくたばるかも……実の所、自分でもどう死にたいのかすらが分からねぇんだ。だから……」

「…………」

「目ぇ離すなよ。俺がくたばるその時までずっと傍で見てろ」

「!」

 

 ああ言った、言っちまった。

 相手を縛る呪いの言葉。

 それだけはやりたくない、御行儀よくそんな風に考えてたってのに。

 

 

 

「……出雲、それって」

「勘弁してくれ、二度は言わねぇぞ。死にそうだ」

「……私、可愛げもない女だぞ」

「知ってる」

「家事とかなんにも出来ないし」

「知ってる」

「寂しいから一人じゃ寝れない、髪も結えない」

「……お前の事で俺が知らんことがあると思うのか馬鹿め」

 

 それを踏まえて、全部ひっくるめてお前に居て欲しいんだよ。

 

「……また馬鹿って言った!」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪ぃんだよ馬ー鹿」

「やろうぶっころしてやる!」

「ハハハ止めろ止めてくれ、今のお前が本気を出したら俺は秒で死んじまう」

 

 割とシャレにならないのだ。

 万全な時でも力比べなら歯が立たないのに今は絶対無理。

 

「……出雲」

「どうしたよ、あと力強いからもうちょい離してくれ」

「お腹空いた」

「だったら尚更離せって、飯も作れねぇぞこのままじゃ」

「大丈夫、必要ない」

「必要ないってお前な……」

「……言ったろ、腹減ったんだって」

 

 意味が分からん、腹減ってるのに飯は作らなくて良い……?

 問答というか、答えのない問いになっちゃいないか。

 少し思考してみてもまるで思い当たらない。

 答えを求めて押し倒す琴を見返してみる……

 

 微妙に蕩けたような瞳に、どことなく湿っぽい熱を感じる。

 さっきよりかは抑え込む手足は優しげだが、身体の密着はより密に。

 ……いや、多分気付かないフリをしていただけで理解してたんだろうな。

 俺が幾ら鈍くても流石に察する。

 

「……病み上がりだぞお前」

「関係ない、私は今食いたい。それに……」

「それに?」

「取引ってなら、私の望みも聞いてくれなきゃ困る」

「……参ったな、お前に言い負かされるとは」

 

 うーん困った、普通にもっともな意見が出てきた。

 どうやら俺の負けらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「……夕には快気報告したいから程々にな」

「善処する……出来なかったら諦めろ」

 

 

 

 

 

 

 


 

 発狂した琴の口内で炸裂した火薬玉の効果は壮絶。

 狂気の残滓によって出雲に食らいつこうとした琴を猛烈に打ち返した。

 しかし、その対価はあまりに重く。

 滝のように血を吹き出し、さしもの豪傑も膝を着く。

 

「秋無!」

「……心配ねぇ、お前は、先に戻ってろ。琴を医者に見せてやらねぇと」

「馬鹿なの!? 誰よりも貴方が医者にかからなきゃ……動いたらそのまま死ぬわよ」

「だからと言ってお前が来んのは無理だろ、新撰組お抱えんとこだぞ」

「と言っても動くのは無茶よ……誰か人を寄越すとかは?」

「その前に俺も琴もくたばっちまうぜ……游雲と左衛門……弟たちを頼むぜ」

 

 出雲は羽織を縄状にして雑に止血を済ませると無事な右腕で琴を担いで歩き出す。

 その右腕すら複数骨が砕けているのだが。

 

 フラつきながらも力強く本願寺へ歩む出雲を止める事が出来ず、呆然とする彦斎。

 他者の心配が出来る余裕すら無く、体力の限界で意識は飛びそう。

 自らもまたよろめきながら立ち上がり……先の戦いを思い返す。

 

 屍兵となった田中新兵衛との戦いを無傷で制する事が出来たのは乱入者のお陰。

 行方不明になっていた岡田以蔵が影より現れ、新兵衛に決定的な一打を与えた。

 異様な肉体強度を誇る薩摩隼人の剛体ゆえに、それは十分ながら絶対とはなり得ず、返す刀で以蔵は負傷。

 続く二の太刀で眼前の我々を諸共両断しようと振りかぶる。

 彼らに痛覚はない……死体が元なら当たり前か。

 

『おい、新兵衛。いつまで眠っちょるつもりじゃ』

『……■■■■ォォォ!!!』

 

 気合一閃、暴風のような太刀は大きく踏み込んだ分我々を通り過ぎ。

 背後に群れていた屍の雑兵どもを一薙ぎに消し飛ばした。

 斬撃の一太刀で、破片も残さず木っ端微塵とは……

 いや、それを食らった以蔵は平気なのか?

 

 新兵衛の屍は辺りを見回して私たちを見やる。

 その瞳には確かに理性の光が宿っていた。

 死して尚、志は折れず。

 ……ああ、薩摩隼人とはそういうモノだった。異常者め。

 

 何を言うでもなく、その巨躯に見合わぬ上品さで正座すると躊躇いもなく刀を自らに突き立てる。

 以蔵は何も言わず此方に頷くばかり。

 承知した。

 

 抜刀し、一太刀の元に首を落とす。

 誇り高く強き同胞への、最後の弔いだった。

 

 以蔵は潜伏し、観柳斎の計画を暴いたのだと。

 中澤琴に殴り倒された瀕死の以蔵にトドメを刺さなかったのが間違い。

 そもそも死体を操る力なら、普通以蔵程の強者を見逃すのもおかしいのだが……

 中澤を捕らえた事が余程嬉しかったのだろう。その事が頭からさっぱり消え失せていた。

 

 以蔵が発見したのは観柳斎の手記。

 奴のおぞましい計画と、下卑た野望が記された書物。

 

『__人喰いを躊躇うが故か、鬼種としての力の象徴たる角が発現しない。あまり無謀な賭けはしたくないが……場合によっては外科的に角を付ける必要があるかもしれない。器が持つかどうかが問題だ、最終手段としたいが……』

『__角の定着は成功した! これは奇跡だ……! 用意した屍を躊躇いなく喰らい始めた。新撰組の活動のかいあって強者の骸は多数揃っている、期待大だ』

 

 僅か数日間でここまで調べあげるとは…… 

 同じく攘夷を志した者でこそあれ、以蔵との関係は浅い。

 彼がそう言った感情で動くという事すら始めて知ったくらいなのだが……

 もし私が共に戦った同胞をああも愚弄されたら、まぁ同じ事をするだろう。

 

 ……今やるべきは、とにかく生きて帰ること。

 武田観柳斎が攘夷志士と繋がっているのだとすれば、それを殺した我々へ報復が来るのが必定……今の私は用心棒だ、攘夷志士ではない。

 

「貴方はどうするの。その傷、もう長くないでしょ」

「余計なお世話じゃ……野暮用じゃけ、さっさと去ね」

「そう……思い残すことのないよう、祈っておくわ」

 

 元より全身の骨という骨が砕けんばかりの重傷。

 動けるのが奇跡的な程だ……そこに新兵衛の一太刀。

 示現流の斬撃は一撃必殺。故に常に初太刀と呼ぶ。 

 既に以蔵の命は数えるばかりの時間しか残っておらぬだろう。

 __だが、その使い道を決めた者に掛ける言葉はない。

 彦斎は一人で街へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 更に半刻後。

 ぐずぐずと肉塊が募り、集まり、ひと塊に収束していく。

 吹き飛ばされ、塵すら残らぬ大半は失われど奇跡的に首が原型を留めていた__

 つまり、武田観柳斎復活である。

 

「ふー……参りましたね、油断したつもりはありませんでしたが……」

 

 計画は破綻し、身体はぐずぐずに崩れた肉塊となって尚魔術師は不敵に笑う。

 想定内の想定外、あれぞ神秘、鬼種の魔、理の外に在る者。

 自らの考えが甘かった、しかしそれを知れた事は何より素晴らしい。

 まだこれからだ。

 落ち目の幕府に縋り付き、未だに殺しに飢える士族ども。

 将軍を追い落とし新たな政権を樹立せんとする志士ども。

 どちらも最早引けない引かない、お互いの理想が食い違うなら殺し合う他にはない。

 

 大戦争になる。

 今より遥か昔、島原の地獄よりも更に混沌とした破滅が。

 幕府の凋落、かの応仁の乱より始まる戦国のように死が蔓延るのだ。

 皮肉にも神秘を追い落とした鉄と火薬がその犠牲を高め、増え過ぎた人間を間引く。

 そうなってこそ、新たな秘匿をこの日ノ本に敷くのだ。

 美しき平安以前、人と魔性、神秘が密であった黄金期……

 

「おお、これはこれは。随分と惨めな格好になったのう武田センセ」

「!? 以蔵さん、暫く姿が見えなかったので心配しましたよ」

「あん化け物に吹き飛ばされて暫く寝込んでてのう、酒も抜けたわ」

 

 生きていたことすらが意外なくらいではあったが……丁度良い。

 以蔵は馬鹿だ、騙すのは難しくない。

 失った身体の変わりとして使うには十二分な強さもある。

 

 バラバラになった自らの腕を遠隔で操り、落とした刀を掴んで飛ばす。

 屍操る死霊魔術師の隠し玉、自らの身体だからこそ出来る芸当でこそあるが。

 回転しながら首を撥ねんと迫る刃が間近に迫り、その産毛を払った。

 刹那の後に首が吹き飛び、新たな身体を手に入れる。

 悪意の悦楽に観柳斎の口角が嫌らしく歪む……と同時に以蔵は腰刀を観柳斎に突き刺した。

 悲鳴を上げる間もなく額を貫かれ、そのまま空に放り投げられると十文字。

 見事に四分割され、魔術師は絶命した。

 

「儂を舐めるな、おまんが儂を嘲笑ってた事は知ってるんじゃ……にしても流石神秘殺しの刀、よう効くのう」

 

 同胞らの、そして新兵衛の仇。

 観柳斎は岡田以蔵という男を見誤った。

 男は侍としてあるにはあまりに愚かで、短慮で、そして優し過ぎた。

 

 復讐を果たすと同時に不意に辺りを照らされ以蔵は目を細める。

 暗闇に光る提灯と照る文様は見まごうなき京都見廻組のソレ。

 新撰組の競合であり、此方も多くの攘夷志士を手に掛けた……

 

「此方は京都見廻組である! 人斬り以蔵! 神妙にすれば縄打つだけに留める!」

「ほざけ」

 

 一体何人切った? 今捕まったところで重罪人として裁かれるのみ。 

 腹切りなど許されず、犬のように首を落とされて晒されるのが精々だろう。

 口を開けばビチャビチャと滝のように血が溢れ出す。

 出血で鈍る身体が、激痛だけで感覚を取り戻す。

 そもそも捕まったとして持たないだろうが。

 だったら、最期は侍として。

 

 観柳斎にトドメを刺したナマクラは最早使い物にならない。

 都合良く奴が持ってきてくれたのは幸運だ。

 流石は新撰組隊長だ、良い剣を差している。

 

「繰り返す! 刀を捨て、投降せよ!」

「…………キェェェェ!!!」

 

 以蔵はかつての同胞のように雄叫びを挙げ、見廻組の群れへと吶喊していった。

 

 

 

 京都見廻組、死者十数名。怪我人多数。

 岡田以蔵の死によって土佐勤王党残党は壊滅__後の明治維新では、他の志士らだけが名を残す事となる。

 見廻組はこの失態を隠蔽すべく、『捕縛したのちに打首』という話を造り上げた。

 

 一人の侍の最期の戦いの結果は、誰にも知られることはない。

 




隻腕になり、戦闘力が大きく落ちました。
新撰組には隻腕の剣士が至って話を元にしています。
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