俺、この後崩壊してくの辛くて……
「あー……」
「これ? はいよ」
「助かる……ホント仕事が終わらんなマジで……」
「ん、そこ多分数字間違ってる」
「マジ……あこれ五か、九かと思った……助かるわ」
「もっと褒め讃えると良い、今回は特別に私に昼を食べさせる権利をやろう」
「いつも通りじゃねぇか」
「ふぃーご馳走様、出雲は食べ終わってないのか」
「無茶言うな、片腕でお前に食わせてんだから俺が食う余地がないんだよ」
「それもそうか……ほら、高さはこの辺で良い?」
「ありがとよ。隻腕になって一番不便なのはこれかもしれんな……丼を持って食えた日々の有難みを知れたぜ……」
「出雲眠い。屯所まで連れてって」
「お前なァ……普通
「でもあの時は京外れから屯所まで担いで来たんだろ」
「火事場のクソ力って奴だよ……お前重ぇし」
「あー! 言ったな畜生! 言っちゃならん事を言ったなぁ!? 流石に怒ったぞ、おんぶしてくれるまで動かないからな!」
「ガキか!!!」
勤王党残党を主とする騒動から数ヶ月、早くも年明けの頃、
こんな様子が秋無らの日常であった。
失った左腕の代わりになると豪語した琴は四六時中……それこそ朝起きてから床につくまで僅かな時すら開けずに秋無に張り付いたままなのである。
元々内勤としての業務が忙しく、今や隻腕となった出雲は本来前線に出る必要もないのだが……
如何せん琴が離れないので、同行せざるを得なくなる。
正規の割り振りとは隔絶し、自由に動ける遊撃隊。その長である彼女を遊ばせる余裕がないからだが。
「……ちゃんと捕まれよ、片腕じゃお前を保持しきれねえんだから」
「おうとも、私が落ちるより先にお前の背中がひっぺがれるだろうよ」
「冗談じゃなく出来そうなのやめてくれ」
「……あの、ツッコミ待ちだったりしますか?」
オキタは困惑した。必ず、このクソバカップルを除かなければならぬと決意した。
オキタには恋愛がわからぬ。オキタは、一番隊の隊長である。
刀の腕を磨き、攘夷志士を切り刻んで生きていた。故に男女に対して人一倍無知であった。
「何が?」
「いや、心底不思議そうな顔されても困るんですが……自分で歩くって選択肢はないんですか?」
「あるわけないだろ」
「うわぁ一切曇りなき眼、心の底から自らが正しいと思ってなきゃ無理な顔ですね」
「今更……本当に今更だろ、言うて腕が吹っ飛ぶ前とそんな変わらんぜ」
「それは確かに……いや何でその勢いなのかはともかく……」
局内には俺の腕は観柳斎らと戦った時に爆発に巻き込まれて吹っ飛んだ事になってる。
なんせ嘘は言ってないからな嘘は。
(発狂して人喰い鬼になった琴の口内に爆弾諸共腕を突っ込んで)腕が千切れ(てそのまま食われ)た。
意図的に一部を話してないだけで何の偽りもない。
「それはそうと、私までご馳走になっちゃってすいません」
「気にすんな。お前は他のに比べりゃ金がかからなくて本当良い奴だよ……」
「む、出雲の目移りを検知した。絶許」
「……また馬鹿が馬鹿な事を言い出したな」
「問答無用だ、私だけ見てろ」
「うーん、ご馳走様ですって感じ」
秋無の言う通り、実際彼の世話焼きと琴の社不具合に大きな変化はない。
寧ろ隻腕になった秋無を補助すべく多少なり働くようになったくらいなのだが……
……まぁ、ともかく凄まじい。お互い好意を自覚するだけでこうも変わるのかと。
「あークソ重ぇ……」
「お前よりは軽いだろうが」
「当たり前だ! 片腕が無くなって尚体重がそんなに変わらねぇからな、驚いたぜ……」
「というか全体的にデカくなってません?」
「腕に頼れない分他を動かす事が増えたからな……良い感じに負荷がかかってるんだろ」
ぼやぼやと話し込むうちに屯所まで到着。
番兵らも最早慣れたモノである、誰一人無粋はしない。
「今晩は巡回か……流石に引退させて欲しいぜ……」
「大丈夫でしょ、私が居るんだから」
「男らしいこった、女なら惚れてるぜ相棒」
「今は惚れてないのか?」
「さぁ、どうだろうな……」
「お二人とも。イチャつくのは良いんですけど見えない所でやりましょうよ……」
「ん、藤堂か」
二人とすれ違い、いつもの夫婦漫才にげんなりする藤堂。
五つ歳下の藤堂にとって秋無と琴はどちらも尊敬する兄貴分、姉貴分なのだが……
正直くどいほど最近はポワポワしている。
一番よく分からないのはこの空気感のまま殺しの腕は寧ろ上がってるところ。
この状態のまま平然と人を撃ち殺すのでかなり恐ろしいのだが。
「そういや砲術練の音、どうにかならねぇか?」
「……一応注意は払っているんですが、やはり火薬は火薬ですからね」
「音の響きで境内が損傷したらしい……間借りしてるような身だからなぁ」
「砲に限り別の試射場を用意してみるというのはどうでしょうか」
「金はかかるがな……馬術と砲術はとかく場所を取る、上手いこと探してるとこだ」
やはり何もかも屯所で賄うのは無理があった。
人数は増える一方だし、壬生村の旧屯所を利用出来ねぇかと試行中。
あっちの人らとは今も交流があるんで、まぁそこまで嫌な顔はされないと思う。
「京のど真ん中で大砲ぶっぱなすのがそも無理あるんだよな……」
「それはまぁ……確かに」
「私思うんだが、砲術って必要か? 全部ぶった切れば終わりだろ」
琴の不躾な問いに俺たちは小さく唸る。
それは
近藤局長とか沖田も同じようなとこあるんだよなぁ……
隊長どもはどいつもこいつも
自分と同等のスペックが誰にでも備わってると多分本気で思ってたりする。
無理だろ普通に、何をどうやったら鉄を切ったり飛ぶ弾を切り落としたり出来るのか分からん。
「それに、実際の戦場じゃ個人の殺傷力は頭打ちなのさ。その点銃や砲ってのは誰にも彼にも最低限、一定の殺傷力と殲滅力を平たく全員に持たせることが出来る」
「底上げですね……例えば、平隊士が百居ても中澤さんには叶いっこないでしょうが、百の銃口があれば十人程切られてもどれかは届くでしょう。銃砲はそういった弱者の為の武器ですから」
「……確かにな。数を揃えたらそりゃ脅威だが、そんな事あるかね」
「何がだ?」
「禁門の時は酷かったけどさ、あれ以上の大戦が起きるとも思えないんだよな」
最早にわかに懐かしい禁門の変。
国家転覆を目論む志士どもと俺たち幕府方が京を舞台にドンパチやり合った戦いである。
恐らく応仁の乱以来初めてだろうな、御所の真ん前で撃ち合うなんて。
酷ぇ戦いだった。
どちらかが圧倒し、即座に収束する戦というのはそこまで被害が出ない。
しかし、長らく平穏を甘受して弱体化した幕府と考えなしに周りを巻き込む攘夷志士。
両者の戦力差はそれなりに拮抗してしまい、戦火は想像を遥かに超えた。
奴らが死ぬのは良い、それが与えられた役割だからな。
巻き込まれるのはいつだって市井の民だ。
何百、何千の町人らが巻き込まれ、吹っ飛んだ家屋も百はくだるまい。
今俺の店で働いてるガキ共の多くはこん時に家族を失った奴ばかりだ。
……あんなのは二度とごめんだ。
「……知ってっか琴、ここ京は俺らが取り締まってるからまだ幕府の威光もそれなりって所だが……江戸の方はもう酷いらしいぜ。街を歩きゃ幕府の侍を見るより攘夷志士にぶつかる方が多いとか」
「将軍のお膝元だってのにか?」
「最早多過ぎて取り締まりようもないんだとさ、それだけの志士どもが一斉に幕府に楯突いたら……」
「……考えたくもないな。禁門の変が可愛く見えるくらいじゃねぇか」
「じゃ、逆に考えよう。そんなギチギチの緊張状態なのに何故今すぐ弾けない? 藤堂なら分かるか」
「天子様のお膝元には僕らが、そして将軍様の城下には尊王攘夷どもが……お互いがお互いの王将の喉元に刃を突き立てているような状態。だからこそどちらも明確な行動に移れない」
「正解。緊張の糸ってのは張り詰めてる時ゃ案外丈夫なモンさ。問題はそれをぶった切ろうとする輩が出た時にゃ
プツン!勢い良く弾け飛んでお終いだ……それだけは避けなきゃならん」
それだけは絶対にあっちゃならねぇんだ。
死ぬ。皆死んじまう。
天子様も将軍も、俺らと志士どもに市井の多く。
海の向こうにゃあんなデカい船を作る国があるってのに、内で揉めてる場合かよ。
「何やら興味深い話をしているね」
「伊東参謀、何か御用で?」
「藤堂くんも居るのか……そうだな、少し良いかい?」
「……口ぶりからして多分出雲に用があるのか。なら私は一回出るよ」
「すまないね中澤くん、半刻程度だと思うから」
琴は馬鹿だが空気が読めないワケではない。
さらりと了承し、本来自らの部屋がある方向へ歩んでいく。
俺たちは一先ず俺の部屋に移動し……茶を出すでもなく伊東さんが一言。
「単刀直入に言う。秋無くん、僕らと一緒に来ないか」
「端的すぎるだろ、順繰り頼むぜ」
「……それもそうか、我々はもうじき新撰組を去り新たな組織を作るつもりだ」
…………マジ?
「局中法度その二」
「局を脱するを許さず、だね。しかし実際のところ足抜けした者は少なからず居る」
「ただの足抜けじゃない、新しい組織を作るんじゃ裏切りにもなる」
「……知っての通り元々僕は尊皇攘夷に寄った思想の人間だ、新撰組の前身……浪士組がそうだったようにね。それでも近藤局長の器や組織としての力を認めて籍を置いていたけれど、元鞘に戻る時なんだ」
「しかも敵対組織かよ……土方が許すわけねぇ」
「ふむ、その言い方だと君は反対しないと」
「内に秘めた志、そればかりは個人の自由だ。誰にも何にも脅かす事は出来ねぇさ……」
新撰組の古参幹部たちも一人一人に思惑があるように。
その心の奥までは何人たりとも揺るがす事は出来ないだろう。
例えば俺などは次の商売への布石、というのがやはり第一にあるしな。
「実の所、近藤さんの許可は出てるんだ」
「……ホントかよ、というか良く話したな」
「尊皇攘夷と言ってもいきなりここと事を構える気もない、僕は可能な限り波風立たぬ終わりを模索してる」
「なるほど、なるほど。話が掴めてきたぜ、それで俺を巻き込みに来たわけか……
「……分かりますか」
「そうじゃなきゃここにいさせねぇだろうよ、他にゃ誰がそっちに行くんだ?」
「藤堂くんを始めとして服部くんや齋藤くん、その他十数人が賛同してくれている」
アイツらもか……
とはいえ主力の錚々たる面子だ、戦力の弱化は勿論名誉にも関わるだろう。
隊士に逃げられ敵にしてしまったなど、笑い話にもならない。
「土方はどうすんだよ本当に、ありゃ話聞かないぜ」
「彼はそれでも近藤の信者だ、明らかに逸脱した行動は出来まいよ」
「そうかね……なんだって俺を?」
「……秋無くんには才がある、それこそ商い一つでこの日ノ本を支配するほどの才能がね。新撰組は……否、幕府は最早泥船だ、このまま乗っていても沈み行くだけだとは思わないか?」
「……まぁな」
少しづつ、しかし確実に滅びへと向かっている。
身内の粛清で多くの隊士を失い、お上の幕府は金すら出し渋る始末。
幕臣として取り立てるなどお飾りだ、今更士族になってどうするんだよ。
土方らは本気で近藤を押し上げて大名にしようとしてる……ホント、いつの時代の考えなんだ。
今の幕府が定めた大名の、何に意味がある。
外つ国の船一つ跳ね除けられない弱体化した幕府の、その下に在る意味はない。
それを誰一人として理解しないのが、新撰組の今であった。
伊東参謀は賢い……藤堂も、頭が回る。
だから気付いちまったんだろう、浅葱の狼どもが共有する熱狂から冷めてしまった。
「商人として大成したい、というなら寧ろ鞍替えするのが正しいと僕は思うよ」
「確かにな、最大の利益を求めんなら実のとこそっちの方が適切な気は最近してたんだ」
「なら……!」
「……悪いが断らせて貰う。すまねぇな」
「秋無組長……!」
流れ的に断られると思わなかったのか、伊東も藤堂も揃って呆然としている。
確かになぁ、今勢いあるのは実際そっち側だよなぁ……
元々春夏冬亭や俺の傘下じゃ思想を問わず商売をしているしな。
「……理由を聞かせて貰っても?」
「理由ねぇ……正直理由らしい理由ってのもないんだが、強いて言うなら義理ってとこだ。自分で言うのもなんだが俺が抜けたらここは潰れるだろ。そうと分かりゃ俺ァ最後まで居残るしかねぇのよ」
「商売人の君が利益よりも一時の感情を優先するか」
「ハ、利益だけを追求するんじゃ二流止まりよ。ホントの超一流ってのは義理も利益も通すモンさ」
「……とことん惜しいね。君のような人が居てくれたら心強かったのだけど」
「客として買いに来い。いつかは軍艦から簪まで何だって取り揃えてやるからよ」
「ああ、そうさせて貰うよ。邪魔したね、行こうか藤堂くん」
「はい、不躾な誘いだったかもしれませんね……」
「ハハハ。ま、他の連中より俺に目をつけたのは悪かない……その日まで土方には注意しろよ」
新撰組鬼の副長は仲間殺しに躊躇いがない。
これ以上仲間を失うのはごめんだぜ……
片腕でも射撃に問題はない男。
銃が旧式になったのと合わさってリロードは出来なくなったが……