浅葱の影   作:CATARINA

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破滅への足音


群れの裏切り者

「イカれてるぜアンタ」

「ふむ、どういう事だい?」

 

 イカれてるぞこのオッサン。

 

「自分の立場とか理解してんのかよ……護衛も付けずに歩き回り、火事に飛び込み……」

「いやぁ、生まれついての性分でね」

「そんな軍艦奉行様の行きつけが亀沢町の隅っこの飲み屋かよ……俺ァアンタがよく分からん」

 

 とりあえず素で狂ってるとしか思えねーぞ。

 簡単に命懸けて良い身分じゃないだろうに。

 

「ハハ、火事の件は全くの偶然だったんだけどね。そこに探し人までもが居合わせるとは……情けは人の為ならずとはよく言ったモノかな?」

「探し人ねぇ……ご奉行がわざわざ木っ端商人になんの御用で」

「謙遜は良くない。日ノ本広しと言えども君ほど広い視野と柔軟な考えで商いを出来る商人など居ないだろう……幕府方に属しておきながら攘夷思想に染まるでもなく、それを利用する度量__僕ァ君を買ってるんだよ」

「おあいそで、だったら代金を頂きてぇな」

「それもそうだ。ささ、飲んで飲んで」

 

 うわぁ、めちゃくちゃ偉い人にお酌されちまった。

 この人怖ぇ〜……なんというか、心の隙間にスルスル入ってくる。

 めちゃくちゃ偉いのに全く偉ぶらない、こっちの発言を噛み砕いて返してくる。

 天性の人たらしって奴だな……なるほど、上に登り詰めるわけだ。

 

「__しかし、流石に良い店ではあるな」

「だろう? それにいつも空いてるから秘匿性も抜群__「聞こえてるぞ麟太郎」……」

 

 奥で黙々と作業していた店主が目ざとくボヤく。

 なるほど、本当に地元も地元。

 幕臣として、というよりも勝海舟という男個人の行きつけであり縄張りなのだ、ここは。

 

「まぁそりゃ良い……それで、結局なんの用なんだ? 新撰組の面子にしたってわざわざ俺?」

「うん、そうだね。まず何処から話したものか……」

「最初から頼む、俺ァ今んとこ何もよく分かってないぞ」

「……じゃあ聞こう。君は今の幕府と倒幕を試みる連合軍、どちらが勝つと思う?」

「……いきなり大きく出たな」

 

 ……冷静に考えれぱ幕府が負けるというのは有り得ない。

 かつての家康公の時代とは比較にならぬとはいえ、この国の政を司る組織だ。

 弱い筈がない、ない……のだが…… 

 

 薩長は独自に異国と取り引きをし、装備を新調。

 更に近代化を押し進め、戦術も一新しつつあると聞く。

 その筆頭となるのは無論士族らだが、奴らの軍に町人や百姓上がりも少なくない。

 禁門の時ゃ高杉晋作の奇兵隊らに酷く苦しめられたのは記憶に新しい。

 

 銃や砲の時代。

 侍でなくとも敵を殺せる時代に、最早身分の差は戦力の差に在らず。

 となれば幕府方はどうだ?

 ようやく頭の硬いお上も焦り出したか、一、二年前から仏国式の訓練や兵法を取り入れ戦術の近代化が進み始めたがあまりに遅過ぎる。

 侍の中にゃ未だに馬に乗って槍刀に弓で戦の支度をしてる奴がいる始末らしい。

 そういう奴に限って銃など触れた事すらがない__信用ならぬ、連射が効かぬとか何とか。

 信長公の時代から価値観を更新できてねぇのだろうか。

 俺のリボルバーですら六発を絶え間なく速射でき、実に希少とはいえ外つ国から仕入れたレバーアクション式の小銃は更に素早い連射、装弾数を可能としているのだぞ。

 まさかまだ火縄銃で戦うつもりなのか、あの馬鹿どもは。

 

「…………」

「いや、良い。その沈黙が何よりの答えだ。そう、少なくとも圧勝とはいかないだろうね」

「そうはいってもやらねぇ訳にはいかんだろ。もう止めようがない。薩摩も長州も、幕府の人間だって久方ぶりの大戦を歓迎してやがる奴がいないでもなかろうよ」

「だが、そうなった時苦しむのは民草だ。違うかい?」

「……そうだな」

「拮抗した争いは泥沼化し、民を巻き込んだ大戦になる。だったら、最初から戦いにさせなければ良い」

「具体的にどうするってんだ」

「例えば事前に幕府軍を弱体化し、そもそも戦いに備えられないようにする……」

 

 懐から抜いた拳銃を勝の頭に突き付ける。

 

「……驚ぇたぜ、まさか幕府の中枢にまで裏切り者が入り込んでっとはよ」

「意外だ、君がそこまで幕府に忠誠心があるとは」 

「忠誠心なんざねぇよ……欠片すらねぇが、仲間はそれを信じてんだ。俺一人見て見ぬふりは出来ねぇ」

「真面目だねぇ……君たちの元仲間……確か、伊東くんだったかな。彼が出した提案書、読んだ事あるかい?」

「いいや……個人的に親交はあるが、流石に敵ではあっからな」

「よく出来てるよ。倒幕に際して公家中心の新政府を作り、広く天下から人材を求め、畿内五ヶ国を新政府の直轄領としつつ、新政府の政権に徳川家の人間も含める……彼は穏健な政権交代を良しとするようだ」

 

 なるほど伊東さんらしい。

 物事を俯瞰して見た上で、最も犠牲が少なくなるように治める。

 将軍らを新政府の要職に据えることで最低限溜飲を下げるように譲歩しつつ、穏便な移行を促す。

 

「最も、凝り固まった攘夷思想ばかりは中々変わらないらしいがね……」

「今や幕府も倒幕派も外つ国の技術を取り込んでる真っ最中なのにな……」

「だが、穏便な政権交代を良しとしない者もいる」

「…………ああ、なるほど。新撰組(俺たち)の事か」

「君らだけではないがね……倒幕側にも、薩摩藩のような過激派はいる」

 

 なんせ上がタカ派もタカ派、開戦上等のシグルイ共だからな。

 土方周りはともかく、戦いで名をあげることしか考えてない。

 例えその過程で何が犠牲となっても、必要だったと自らを納得させちまうんだろうさ。

 

 ……良いのかよ、それで。

 民を巻き込み、衆生を死なせて、仲間の屍の上で築く国に意味はあるのか?

 俺たちの目的は名をあげる事だったか?

 

 違ぇよ、俺たちゃその弱い民を守りたかったから戦ったんだろ。

 剣で、銃で、拳で。世の中の理不尽から皆を、京を守りたかったんだ。

 だから俺にはお前らがもう分からねぇよ…… 

 

「穏便に済ませるなら__新撰組は邪魔って事か」

「……残念ながらね。君たちの働きは評価しているけど、もうそんな時代じゃない」

「アンタが頭を下げるなよ、責任があんなら時流を読めなかった俺らの方だ……で、俺に何をさせてぇ」

 

 そう、本題はそこなのだ。

 新撰組に苦言を呈する上で話すのは近藤や土方でなく、俺。

 内勤取締などという名目の役職しかない俺にわざわざ話をする理由がある。

 そして勝海舟__このオッサンはそれを見事にはぐらかしている。

 

「あらら参ったなぁ……そんな分かりやすいかい?」

「俺ァ商人だぜ。目利きが出来なくてどうするよ」

 

 まぁ身内の体調不良に気付けなかったんだけどね、ハハ。

 ……いや、笑えねぇな。

 

「新撰組を内部から崩せ」

「……冗談だろ?」

「いいや、全く冗談じゃないさ。このままだといずれ必ず訪れる終わりに、新撰組は一気に瓦解する。そうなったらもうおしまいだ、隊士一人とて無事にはすまないだろう。だからその前に計画的に崩していく、破滅的な崩壊を避けるため、可能な限り緩やかに」

「火消しどもが家屋を叩き壊すようにってか」

「そうだね。そしてその役目を果たせるのは君の他にいないと僕は思うよ、秋無くん」

 

 買い被りすぎだ。

 俺はあくまで一隊士に過ぎない。

 

「上にも下にも、君の影響力は絶大だ。新撰組という組織が辛うじて形を成しているのは近藤くんという旗印の存在と、秋無くんという緩衝材があればこそだ」

「だからと言って俺にどうしろってんだ……」

「……難しい事じゃない。きっと隊士の中には足抜けを望む声が……或いは既に届いているんじゃないか? そういった彼らが穏便に抜け出せるようにするだけで良い。それを繰り返せば新撰組も勢力を落とし、交渉の席に着かざるを得なくなるだろう」

「それこそ裏切り者だ、俺になんの利益がある」

 

 既にやっている、とは言わない。

 それを開示するメリットは今はない。

 あくまで今俺がやってるのは脱隊を望む者へのお節介でしかない。

 表立って組織を弱体化、人を抜けさせていくなど最早……

 

「……しなければ皆が死ぬ、それだけさ」

「…………なるほどね」

 

 ああやっぱり、このオッサンはとんだ食わせ者だ。

 言外に隊士どもを人質に取っていると言ってやがる。

 勝海舟はきっとこれから幕府に、そして倒幕派にさえ同じよう迫るのだ。

 民草が血を流さぬよう全て終わらせる為に、双方から譲歩を引き出そうとする。

 

 ____賛同しない者は皆殺しになるとしても。

 土方や薩摩の西郷のような、決して考えを改めぬ戦狂いたちを。

 平穏を望む多数から排斥された不要な異物、賊軍として排除する。

 

 この話をされた時点で同じように、隊士の脱走を手助けしたらその時点で俺は……

 言われただけで、俺は詰んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても京に帰るんじゃなかったのか?」

「少し長めに休みを取ってたからな……折角なんで、出雲の社に詣でてみようと思ってな」

「ほーん、有名な割に行ったことなかったんだよなぁ……」

 

 江戸からの帰り道。

 凄まじい距離を歩き、或いは馬で越える途中で道を改める。

 江戸から京へは街道沿いで簡単に行けるが、出雲の社にもそれは同じこと。

 年に数多の人々が様々な祈りを込めて全国から訪れる。

 かつての親父たちのように。

 

「……実の所、俺も初めてなんだよな」

「マジで!? 名前がそれなのに!?」

「独立したガキの頃、行っときゃなぁ……遮二無二働いて、壬生浪士に入り、そっからは目が回るようだ」

 

 わざわざ旅行に行けるような休みはない。

 神戸や大坂、浦賀。それこそ江戸にも幾度となく行ったが全て仕事に由来するもの。

 完全に業務から解放されて何処かに行くなど考えもしなかった。

 

「随分と礼儀のなってない信者だが、まぁ許してくれるだろ」

「お前を見る限り許すどころかやたらと極端に加護をぶち込んでないか?」

「そうだな……」

 

 姓は秋無、名は出雲。

 大恩ある両親から貰った姓。

 偉大なる社の神から賜った名。

 

 俺の人生そのものが、誰かに与えられたモノだった。

 

 

 如何に雄大な社といってもやることは変わらない。

 作法を守って参道を歩き、賽銭を投げて念じる。

 無病息災、商売繁盛。何より皆の無事を祈る。

 ……誰にも死んで欲しくないんだ。

 齋藤や沖田みたいな若い奴らも、山崎ら内勤の部下たち。

 当然土方や、道を違えた藤堂らも含めて。

 

「何願った?」

「……そりゃあ商売繁盛よ、お前は?」

「ん〜内緒」

「なんだそら……さてと、我が家に帰るか……」

「……出雲」

「今度は何だよ」

 

「アイツに何言われた?」

「……いいや、何も」

 

 ……こういう時は本当に鋭い。

 隠し通せない自分の甘さも嫌になる。

 

「嘘だね、ホント分かりやすい」

「……そんなにか?」

「まぁ普通なら、気付かないんじゃない? でも私は誰よりもアンタの事見てるからさ」

「…………隠し事はするモンじゃねえな」

 

 俺は観念したように全てをブチ撒ける。

 あの男が軍艦奉行の勝海舟であったこと。

 仲間の為に、新撰組(仲間)を裏切れと言われたこと。

 そして俺がそれを断れなかったことまで、全て。

 

 珍しく俺の言葉を黙って最後まで聴き通した琴は神妙な顔持ちをしたかと思うと_

 

「はぁ……本当に馬鹿だねアンタは」

「うぶっ……」

 

 突如破顔して、真っ正面から強く抱き締められる。

 元々単純な膂力では負けていて、俺を食ってからその差は更に広がり、ましてこっちは隻腕。

 息が出来ない程に締め付けられ、堪らず手を叩いて降参の意志を示してもまるで止まらない。

 

「んがーっ! ははへ! ひきがへきはい!!!」

「ヤダね。今のアンタはこうやっても全く抵抗出来ないくらいに弱いんだ」

「んへぇあぁ……」

 

 やばい、ほんとしぬ。

 

 窒息で意識が吹っ飛ぶ刹那、拘束が僅かに緩み一命を取り留める。

 しかし緩んだのは僅かであり、抜け出すことは出来ない。

 未だに俺の視界は闇に包まれたままであった。

 

「好き」

「なんだ、急に」

「好き、好き、大好き。誰にでも優しくしちゃうところも、他人の為に自分を犠牲に出来ちゃうところも。全部、ぜーんぶ大好き」

 

 急にどうしたんだ。

 

「でもさ、もう良いでしょ出雲」

「……どういう事だ」

「……このまま二人で逃げちゃわない?」

「逃げるったって……」

「京都に帰ったら、今度こそもう逃げられなくなる。もう良いでしょ、これ以上他人の為に生きたってどうにもならないんだからさ」

 

 それは多分正しい。

 ……手を引くならここが最後の機会だ。

 

「俺の店、左衛門たちのこともある」

「お店は大丈夫でしょ、そう長く空けるワケじゃない。一年か二年か……ほとぼりが冷めた頃にまた戻ってくれば良いしさ」

「組はどうなる。年明け頃には多分デカい戦になるぞ、俺無しじゃ……」

「皆死ぬかもね、でもそれが何か問題?」

 

 問題って、お前……

 完全に頭部をホールドされてる俺にはその表情を伺う余地はない。

 しかしその声色から、決して冗談めかして言ってるワケじゃないのも理解出来た。

 

「あのね出雲、私はアンタほどお人好しで情深いような気質じゃないんだよ。確かに奴らは仲間だけど、ただそれだけ。私にとって出雲より優先すべき事にはなり得ないんだよ……」

「琴、俺は……」

「よいしょっと」

「うおっ!?」

 

 その状態から掬い上げるように持ち上がり、足を抱える格好で保持される。

 単純な筋力差に加えて脚まで持ち上がってしまった。

 こうなると俺に抵抗の手段はない。

 ……やっぱり俺を食ってから強くなってねぇか?

 片手でも俺を軽々担ぎ上げられるような身軽さだったぞ。

 

「……うん、良いね。問題ない」

「降ろせ降ろせ、人として男としてこの格好は辛い」

「このまま攫っちゃおうかと思ってさ」

「何言ってんだお前……」

「出雲、忘れたワケじゃないだろうね。()()()()()、気に入った人間を攫うくらい普通だろ?」

「……本気なのか」

 

 多分、本気なんだろうな。

 コイツがコイツなりに考えた一つの解決策。

 それを()()だと考える自分に心底嫌気がする。

 それを選べたらどんなに良いかと、考えてしまう。

 だから、俺は。

 

「好きにしろよ」

「え?」

「そうしたいなら、そうしろ。俺ァ元からお前に逆らえん、こうなっちゃ尚更な。だが……」

「……」

「お前は本当に俺の嫌がる事はしねぇ筈だ」

「……狡いな、出雲は」

「商人だからな」

 

 我ながら最悪の返しだと自覚している。

 その選択をする勇気がないから責任を押し付けた。

 好きにしろ、なんて言っておきながら自由意志の欠片もないような……

 悪いな相棒、俺にはまだ役目があるんだ。

 

「……そういうとこも好き」

「ありがとよ……で、そろそろ下ろしてくれないか?」

 

 話は終わった。なのでこの格好のままでいる理由はないのだが。

 早急に降ろして欲しい、普通に恥ずかしいぞこれ。

 

「出雲、いつまでに帰れば良いんだっけ?」

「……まぁ、あと十日くれぇ? 俺らの足なら二日もかからんか」

「じゃ、一日休むとしてあと七日あるね」

「?????」

 

 何だ何だ、急にどうしたというのだ。

 というか降ろせよなんだコイツ。

 

 俺を抱えたままずいずいと歩んで行き、気が付けば参道も抜け街道へ。

 出雲の社への参拝客相手だからか、この辺にはやや上等な店が多い。

 中でも一際目立つ宿場に乗り込むと、受け付けに金子を叩き付けていた。

 

「六泊七日で……出来れば離れだと助かるんだけど」

「あ____畏まりました、ご案内を」

「場所と飯の時間だけ教えてくれたらそれで良い」

 

 急かすように鍵を受け取り、声を掛けようとする中居たちを制して猛進。

 哀れな獲物もここで漸く自らの運命を悟る。

 

「……マジ?」

「ハハ、流石にここまでぶっ通しなのは初めてだな。楽しみだ」

「馬鹿かお前!? 俺は死ぬぞ……!」

 

 馬鹿である。大馬鹿野郎である。

 搾取側には搾取される方の気持ちが何も分からないのだ。

 

「知るか、()()()までやるだけだ」

「俺ァ厳しいぞ……そもそも異種間じゃ難しいんじゃ」

「遡れば幾らでもそういう話はあるだろ、産んでやるから観念しな」

 

 

 

 うわぁカッケェ。

 拝啓親父殿、俺の相棒ってば超美人で超男前です。

 ……思ったより早くそっちに行く事になったらごめん。

 




エンディング分岐……かもしれない。
多分ここで足抜けしてたら挿絵入って個別エンドだった。(適当)



でもそうはならなかった。
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