浅葱の影   作:CATARINA

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書くほどに辛くなる。
作者は辛い、耐えられない。

そしてこのタイミングで話す事じゃないですがブクマ2000ありがとうございます。
もうちょっとだけ続くんじゃ。


燃え落つる誠

 

「あーーーーーファッキンクソ忙しい……」

「口汚過ぎませんかね組長……」

「悪ぃね山崎くん、わざわざこっちの仕事まで手伝って貰って」

「いえいえ……やはり、例の件で?」

「そうなんだよなぁ……」

 

 十月も半ば、突如として幕府は大政奉還なるモノを出しやがった。

 要は政権の主たる統治者を天子様……天皇陛下に移譲するというもの。

 無論形骸化した今の朝廷に内政を行う余力は無いことから、一先ずの政権は朝廷が幕府に委任するという形で極めて穏便に……表立った争いなく執り行われた。

 

 でも俺たちは大騒ぎだ。

 何せ戦い続ける大義名分が無くなっちまった。

 立身出世の為に戦を望む新撰組(俺ら)のような過激な佐幕派。

 完全な倒幕の為に国を巻き込む大戦を望む薩摩のようなキチガイ共。

 

 両陣営の穏健派の一人勝ち……となるかに思われたのだが。

 幕府には幕府としての権力が尚も残っている。

 そこに目を付けた倒幕軍共は江戸や京で騒ぎを起こし……俺たち幕府方から先に攻撃してきた、というお題目を創ってまで最終戦争を望んでいるらしい。

 そんなに殺してぇか……

 

 案の定土方は荒れた。

 当たり前ちゃ当たり前なんだが……幕府が大政奉還により政権を朝廷に譲り渡した__つまり、幕臣という肩書が何の効力も持たなくなっちまった。近藤局長が大名への取り立てられると本気で考えていた奴からすりゃ、順調な筈の道程で突如足を掬われたようなモンだろう。

 

「だからって大政奉還に納得いかねぇ幕府の面子について戦争なんて正気じゃねぇよ……」

「あくまで最後まで幕府に殉ずる、というなら間違いでもないんですがね」

「倒幕軍どもの言い分は滅茶苦茶だ、そりゃ腹も立つだろうさ。日ノ本を荒し回り、衆生を人質に脅迫され__辛くも民を慮った慶喜公は大政奉還という大事に踏み切った。だと言うのに奴らは慶喜公を新たな朝廷に入れる所か、幕府の罪として処断するなど言い始めた」

 

 慶喜公の考えは実に理知的だ。

 考えなしに殺し回る薩摩や長州のクソ共にはどうもその心が分からねぇらしいが……

 いや、ウチにもそれが分からねぇ奴らが居るんだったな。

 

「これ以上民が死なねぇ為の政権交代だろ、今爆発したら酷い事になるぞ」

「……そういえば伊東先生がまた新たに意見書を近藤さんに見せに来るとか」

「あの人も頑固だなぁ……近藤さんが鞍替えするとは思えねぇのに」

 

 幾ら情勢が不利になったからといって返り忠。

 主君を変えるような軟派な人間ではない。

 それは恐らく新撰組全体がそうであって……そういう人間だけが残ったというのが正しいか。

 

「ま、実際奴らが政権の主体になったら否が応でも俺たちゃ皆殺しかもな」

「縁起でもない事言わないで下さいよ」

「薩長に土佐、何人殺したかなんてもう分からん。相当恨まれてるだろうよ」

「だから脱退したい隊士がここまで膨れ上がってると……」

「そゆこと。山崎くんもやっとくかい? まだギリギリ余裕あるよ」

「……考えておきます」

 

 勝海舟から依頼された新撰組の分断工作。

 その目的は幕府の弱体化による穏便な政権交代……との事だったが……

 俺が何をするでもなく足抜けを希望する者が増えてきた。

 もう二十は超えたか……ホント俺が内勤の取締で良かったぜ。

 

 隊士の不平不満、叛意。

 そういったモノが監察の耳に入らないワケがない。

 不幸中の幸いだったのは山崎が俺の部下であり、何より先に俺に報告しにきたこと。

 マジで良かった……あのバカに知られてたら皆殺しだぜ。

 

 仕方ないので山崎も巻き込んで大立ち回りである。

 最初こそ驚いた様子だったが、俺の気持ちを汲んで最後には協力してくれた。

 持つべきものは素直な部下だよなぁ……

 江戸から戻って以来、ずーっと皆ピリピリしてて悲しいぜ。

 

「伊東さんとめっきり飲んでねぇや……藤堂とは抜けた後二回くらい会ってんだけどな。今度服部くんも呼んで飲もうと思うんだけどさ、山崎くんも来ない?」

「お気持ちは有り難いんですが流石に体裁が……」

「元仲間だとしても今でもダチだろうに、別に良いと思うんだがね俺」

 

 酔うと面白いんだよなぁ、二人とも。

 伊東さんはベロッベロに酔うと泣き上戸になる。

 ウチの隊士、割と皆生い立ちが悲惨というか……捨て子だった俺が比較的マシってくらい。

 酔っ払うと誰かが身の上話をし始めて伊東さんが号泣する。

 そりゃもう酷い、宇治川に新しい支流が生まれたのかって思うくれぇには。

 服部くんは普段の真面目さが嘘みたいに陽気になる。

 懐かしいな……同じく酔っ払った沖田と琴に凍ってないのが不思議なくらいの冷酒と沸く間際に取り出したみたいな熱燗。それぞれ同時に勧められてよ…… 

 不憫に思ったんで助け舟を出そうとしたらアイツ『美人のお酌を断るなど男が廃る、有難く頂戴するで候』とか言い出して徳利二つイッキしたんだよね……そのまま満面の笑みで気絶した奴は真の男だったよ。

 同時に飲んだらただのぬる燗だって? 酔ってるからそんな事分からねぇんだ。

 

「とりあえず今日は上がって良いよ、お疲れ様……後は俺が残業すっから……」

「大丈夫ですか、全然休んでない気が……」

「死ぬまで走り続けたいタイプなのよ俺は、気を使わんでよく休みな」

 

 何か今度、伊東さんと近藤さんで飲むらしいし俺も混ぜてくんねぇかなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……すみません、組長」

 

 

 


 

 暫くして、近藤さんと飲み終わった後、他のメンツも連れて二次会で飲みに行くことになった。

 藤堂以外の御陵衛士の奴らとは本当に久しぶりだな……などと思いつつ、待てど暮らせどまるで来ない。

 さては向こうが盛り上がり過ぎて忘れてやがるな……

 仕方ないので一度店に詫びを入れて此方から出向く……が、御陵衛士の面子もいない。

 

 それが、不気味な程、静か過ぎて。

 不意にぞっとするような胸騒ぎがして、俺は走り出した。

 理由は分からない、理屈もない。

 しかし急がねばならない、確信だけをもって駆ける。

 

 喧騒と悲鳴と、金属がぶつかり合う金属音が耳に届いてくる。

 浅葱色に誠の一文字、ダンダラ模様の隊服をはためかせる皆の姿。

 そして現場には、血と骸……死体となった伊東さんが転がっていた。 

 戦闘は尚も続いており、逃げる御陵衛士の残党を此方が追うカタチで……

 その中に、一番見たくないモノが見えた。見えて、しまった。

 

「……避けろ藤堂!!!」

「うっ!? ぐぁ……秋無、さん………」

 

 藤堂が切られた、傷は深い。

 俺はただ見ているのに耐えかねて駆け寄る……それを嘲笑うように、一人の隊士が瀕死の藤堂にトドメを刺さんと。

 

「ッ!!! 止まれ! 止まれ馬鹿野郎!!!」

「終わりだ! 死ねェ!!!」

「ぁ……」

 

 刃が藤堂を捉えた瞬間__俺はその隊士を殴り飛ばした。

 全身全霊、全てを込めて振り抜かれた右拳は頭蓋を砕き、殴られた若い隊士は首が二回も捻れて即死した。

 ……初めて仲間を手にかけた。

 しかし、今の俺にそれを気にする余裕なぞあるはずもなく。

 

「藤堂ッ……! 藤堂、寝るな! 眠っちまったらもう起きれねぇぞ!!!」

「う……ぁ……」

 

 

 分かってる。

 分かっているのだ。

 致命傷だと、分かっていた。

 何人も見てきたから、理解してしまった。

 

 血溜まりに倒れる友人が、最早助からないという事に気付いてしまう。

 

「気をしっかり持て……!」

「すいま……ん、……行けなそうで……」

「今言う事かよ馬鹿野郎!!!」

「……ハハ____」

 

 身体が弛緩し、目から光が消える。 

 すっかり生命を吐き出してしまった躰を、出来る限り丁寧に横たわらせる。

 腕も、足も切り刻まれ無惨な姿になった元同胞に、せめてもの手向けとして目を閉ざしてやる。

 

 立ち上がり、周りを囲んでいた隊士らに問う。

 さぁてと……ん、どうしたよお前ら。化け物でも見たような顔して。

 まぁ良いや、一つ聞きたいんだけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近藤と土方、何処?

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の問いに素直に答えてくれた優秀な隊士たち。

 伊東や服部の死体が転がる中、二人の大将を見つけるのは容易かった。

 

「よう、お二人さん。夜中にお仕事ご苦労さん」

「……秋無、何故ここにいる」

「そりゃこんな市中往来で切った張ったしちゃ誰だって気付くさ……鬨の声なんかは江戸にも聞こえんばかりだったぜ全く……」

 

 努めて、努めて俺は平常を装う。

 装えている筈だ。

 

「……何でだ?」

「……すまない、秋無くん」

「アンタもだよ近藤、なんでお前が居て止められなかった。分かってんだろ、こんな事したってなんの意味が無えって事……! 何で殺した!? 何で奴らは死ななきゃならなかったんだ!?」

「御陵衛士は敵だ。新撰組としての活動に於いて間違いはない……」

「そうかい、なら教えてやるぜ。侍として間違ってなかったとしてよ、人として正しいかだ……! これがお前らの誠かよ、これが俺たちの理想かよ!!! 仲間の屍に塗れて! 一体何処に向かおうってんだ! あぁ!?」

「秋無!!! テメェ……!」

 

近藤に食ってかかる俺に激昂した土方が割って入る。

 上の者に逆らうのは士道不覚悟か? 知るかそんな事ァ、俺はただダチが道を踏み外したってんなら何をどうしてでもそれを正してやると決めてんだ……これは間違いだ。許されない過ちだった。

 

 少し距離が空いて不意に視界が広がり、冷たい外気で頭が冴える。

 開けた視野の片隅で、あるはずのないモノすらが見えてしまう。

 ____沖田?

 

「……何で、アイツがここにいるんだ」

「……伊東は強い。御陵衛士の面子も強者揃いだ、だから……」

「だから使()()()のか、あの子を。病床で、いつくたばるかも分からず苦しむ沖田を、お前らは」

 

 ____ああ、ホント。

 本当に嫌になる。

 なんでそんなことをしちまうんだよ……

 沖田の身体は限界を既に超えている、あれから数ヶ月……今や歩く事すらままならぬ程。

 それをお前らは利用したのか、ただ自分らの我欲の為に。仲間を殺す為だけに。

 

「沖田自身が望んだ事だ! お前が口を出す事じゃない!」

「新撰組の剣でありたい。常々言ってやがったよなぁ……でも、アイツは人間だ」

 

 病に倒れ、それでも誠に殉じようとしたあの子は。

 飯は食うし楽しけりゃ笑う、辛い時には涙も流す。

 剣でも兵器でもねぇ。齢二十そこそこの小娘なんだよ。

 それがこんなのって、あんまりだろ。

 

「……土方、歯ァ食い縛れ」

「あ?」

 

 行き場のない怒りとやるせなさを、八つ当たりに変えて。

 ついさっきを繰り返すように拳を振り抜く。

 神速の鉄槌は土方の顔面を捉えて殴り飛ばし、家屋をぶち抜いて吹っ飛んでいく。

 

 加減はした。

 土方の耐久力なら一日も休みゃ起きれるだろ。

 

「……すまない、秋無くん」

「それしか言えねぇのかよ近藤……コイツは、お前たちの罪だ。新撰組全体の、じゃねぇ。その長たるお前ら二人が死ぬまで背負い続けるしかねぇ事だ、分かるか?」

「……ああ」

「……遺体はどうする」

「晒し者として放置する……という算段らしい」

「却下だ、俺が許さん。んな事したら俺ァお前らを全殺しにするぜ……」

「分かっている……何度も頼ってすまないが、任せて良いか」

 

 当たり前だ。

 この襲撃に関わった誰もそれをする資格はなかろうよ。

 御陵衛士の残党も、死んでいった奴らも皆……納得しないだろ。

 こういうのは、いつだって勘定方の俺の仕事なのだ。

 

「…………」

「…………はぁ」

 

 やったのは、お前らだろうがよ。

 何でそんな辛い顔するんだよ。

 だったら最初から、やらなきゃ良かったってのに。

 

「……秋無組長、不躾な頼みを良いだろうか」

「……皆まで言うな。お前は組織の長だ、簡単に頭を下げちゃいけねぇよ」

「強めで頼む、トシに合わせる顔がない」

「安心しろ、ツラを気にする余裕はすぐになくなる」

「ハハ、流石頼もしい……」

「舌噛むぞ、ちゃんと食い縛れ」

 

 剛拳、再び。

 今度は近藤の顔面を捉えて吹き飛ばし、家屋の残骸に再度大男が叩き込まれる。

 誰もテメェを責めねぇってのは辛いよな。

 だから、これが俺の役割だ。

 山南さんも、伊東さんももういないから。

 

「……よーしお前ら、遺体を回収しろ。一先ず全員、光縁寺にだ」

「組長……御陵衛士の者どもは……」

「馬鹿か、全員一緒だよ全員。死ねば仏さんだ、等しく変わらねぇ……丁重に扱え、どっか欠いたりしたら俺が殺すぞ」

 

 まごつく馬鹿どもを急かし、俺は一人影を追う。

 七条の辻を曲がったところ、大通りから二、三本も外れた小汚ぇ路地の隅にそれはいた。

 

「よォ、沖田。随分、無理したな……」

「コホッ……カホッ……あ……あきなし……さん……」

「……思うところは沢山ある、言いてぇ事もあるが……今は帰るぜ、身体に毒だ」

 

 アイツらには任せてられねぇからな……

 血反吐を吐いて潰れてる沖田を慎重に担ぎ、街道へ出る。

 ……ぞっとする程軽い。

 あまりに脆く、あまりに薄い。

 こんな身体で、数多の剣士たちを切り伏せてきたのか。

 一体どれだけ無理をすれば、どれだけ犠牲を払えば……

 

 

 

 死ぬなよ沖田。

 お前が死ぬには早すぎるぜ。

 少なくとも俺みたいな悪党より先に、お前みたいな若えのが死んで良い筈がねぇ。

 大丈夫、きっと大丈夫だ。

 自分に言い聞かせるように呟きながら帰路を急ぐ。

 

 

 夜明けには、まだ遠い。

 

 




崩れ行く楼閣は、かくして制御を失った。
それが全て崩落するのかは、誰にも分からない。
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