それでもと言い続けろ。
俺の処分はひと月の謹慎__意外ちゃ意外だ、腹切りでもさせられかねんかと。
俺としちゃ好都合ではある、年明けの開戦までにやる事が山積なんだ……
……何気に傷付いたのは、油小路の事を皆知っていた事。
琴も山崎も、知った上で、俺に黙ってたらしい。
知ったら俺が止めに入っただろうからって……
何だ、そんなに信用ねぇかぁ?
止めたに決まってんだろうよ……はぁ……
寺で預けていた御陵衛士たちの骸を、遺族が引き取りにきた。
服部くんと毛内くんの死体を引き渡し……順繰りに伊東さんの番。
来たのは驚いた事に御陵衛士残党、伊東さんの弟である三樹三郎だった……
「久しぶりだな……いや、驚いたぜ。この状況で良く来たな」
「ハハ、兄さんを寒空の下置いていく訳にも行きませんから」
「……そうだな」
「……秋無さん、それは……」
「ん? ああ、水ぶっかけられちまってよ。流石にこの時期は堪えるな」
当たり前っちゃ当たり前だろう。
向こうからしたらなんせ仇そのものだ。
流石に新撰組の羽織は着てないが、そんなのは関係ねぇやな。
この世に存在するありとあらゆる罵詈雑言をぶっつけられ、水やら石やら……
まぁ、俺ァ丈夫なモンでどうって事ァない。
生まれてこの方一度たりとも病など罹った事がないもんで。
「……すいません」
「謝んなよ、こうなるって分かってて俺はここに居るんだ。刺されも撃たれもしねぇだけ上出来よ」
「……一つ聞いてもよろしいですか、何故……?」
「ダチと最期の別れだぜ……それに、仲間が一人もいないんじゃ寂しいじゃねぇか。なぁ?」
「…………ああ、やっぱり。兄の眼は正しい、貴方とは一緒にやりたかった」
「悪ぃな……俺も俺でやる事があんのさ。気ぃつけて帰れよ」
「勿論……秋無組長こそ、偶には身体を休めてご自愛ください」
良い奴だよなぁ。
残念だ、本当に残念だ。
すまねぇ、伊東さん。
アンタは賢いから、多分
ありがとよ……それでも俺ァ、アイツらを助けてやりてぇのさ。
「三樹ちゃんよぉ、もし全部ぜ〜んぶ終わってお互い生きてたら。飲みにでも行こうや」
「……店は?」
「伊東さんと服部くんが好きだった酒、取り置きして貰ったままなんだよね」
「……必ず。必ず行きます、お達者で」
「おう、またな」
日が高く登り、暮れて半分も隠れた頃。
残る骸は一つ。
……藤堂。伊勢津藩藩主、藤堂高猷の落胤。
ああ、分かってた。分かっていたさ。
生まれを認めなかったガキの事など、誰も見向きもしねぇのだと。
分かっていても、俺は納得出来ない。
妾の子、不義の子、例えそうだったとしても……自分の子供だろうが。
死んですら無関心なのかよ。
父の落胤、そして母を早くに亡くした天涯孤独の身。
……藤堂は多分、居場所が欲しかったんだろ。
誰にも求められず、誰にも必要とされず。
ここに居て良い、そう言って貰える場所が欲しかったんだ。
ああ……すまねぇな。新撰組はその場所じゃなかった。
そして新しい居場所も……俺たちが寄って集って潰しちまった。
「住職……悪いが、コイツを焼いてくれねぇか」
「……良いので? ご遺族は……」
「来ねぇよ……代わりに俺が見届ける」
白装束の亡骸を、綺麗に清めてやる。
ずたずたに千切れた腕や足も可能な限りは回収した。
細っけぇ身体だな……食い足りねぇと俺は日頃言ってたんだが。
棺に入れて担ぎ上げ、火葬場に運んでやる。
そのまま火ィ付ければ、たちまちのウチに燃え盛っちまった。
肉の焼ける嫌な香り、人体から出る煙はやたらと目に沁みる。
それも暫くして済んじまえば、後は終わり。
灰の中で、ずっと小さくなった藤堂の身体を拾い集め、壺に納める。
このまま光縁寺に預けるのが筋なのかもしれないが……
俺の中で場所など一つしか考え付かなかった。
ぶらぶらと歩き、歩いて、歩き着く。
先に死んで、家族のいないような同志が何人もここにはいる。
御陵衛士として独立した藤堂としちゃ複雑かもしれねぇが我慢してくれ。
流石に御陵衛士の群れに俺ァ入れない。三樹くんがおかしいだけだからな……
昔からずっと馴染みの住職に頼んで藤堂の遺灰を託す。
懐から十両ばかり取り出して押し付けるのも忘れない。
「……秋無殿、お気持ちばかりとは言いますが。流石にこれでは多過ぎる……」
「取っといてくれよオッチャン。アンタらにゃ随分と迷惑かけたしな……だってのに、俺たちが仏サンを持ち込むたんび丁寧に最期の別れを助けてくれた。多過ぎなんて事はねぇさ」
「然らば、お預かりという事で」
頑なだねぇ……
こういう人だから、俺たちも信用している。
訓練中、境内で爆発事故起こした時は流石に雷が落ちたケドネ!
本当に申し訳なかったと思ってる。
「おう……近いうち、デカい戦いがある。そん時俺らが負けたら、奴らの墓を暴きに来るかもしれない。だからこれは詫び賃の先払いでもあるんだ……また迷惑かけちまうな」
「何を仰るか……例え江戸の将軍、御所の天子様とて彼らの安寧を妨げる事は御仏がお許しにならないでしょう。その様なご心配は無用、というものです」
「俺ァ神道信者で大国主……こっちで言うなら大黒様の氏子なんで仏教には疎いが、アンタみたいな坊主ばかりなら仏さんの教えってのも案外捨てたもんじゃないらしい」
「ハハ、改宗はいつでも受け付けておりますぞ。仏の教えは皆に開かれておりますから」
「俺の名前分かってる? 祟りで死ぬぞ終いにゃ」
ここで多くの仲間を見送ってる。
墓や塚は別の所にあるやつが殆どとはいえ、だ。
……懐かしいなぁ。
そんな昔の事でもないってのに、ずっと前のような気がする。
商人としての十数年よりも、新撰組としての五年そこそこがあまりに密で……
『秋無君、最近どうだね。予算繰りで君には無茶を強いているが……』
__まぁ、局長命令なら仕方ないんで。浅葱のデザインは随分金が飛んだけど。
『秋無くん……その、申し訳ないんだけど、ね? 松原くんがさ……』
__またかよ……人妻好きはどうにかならねぇのか。いずれ身を滅ぼすぜ……
『組長、この間爆散した大砲の新調費です終わりです破産です死』
__俺らが諦めてどうするよ……一先ず予算案から一度先延ばしに出来そうなの探せ。
『組長殿、貴殿は組でも有数の酒豪と聞く。いざ尋常に勝負!!!』
『すまないね秋無くん……申し訳ないけど受けてくれるかい』
『面白そうじゃないですか、僕も混ぜてくださいよ秋無さん』
____ああくそ。くそったれが。
雑音が響く頭を黙らせる為、自分のこめかみに銃を突きつける。
黙れ。
カキンッ……!
音が一つして、シリンダーが回転する。
……そりゃそうだ、弾ァ入れてねぇしな。
境内の冷え込んだ空気の鎮まりに、鼓動の音だけが高らかに響く。
もう何の音も、聞こえやしない。
暁のように凪いていた。
最後の休暇は飛ぶように過ぎて十二月____
復帰して早々、近藤さんが撃たれた。
下手人は御陵衛士の残党……つまりは生き残った三樹三郎たちだ。
結局身内で殺り合うしかねぇのかね、俺らはよ……
「よっす、近藤さん居るか?」
「組長! ……傷は深いですが幸い、急所は外れたようで……今は局長室にて安静に」
「流石に頑丈だな……意識はあんだよな、こんな時に悪いが少し話がしてぇ」
「勿論です……さぁどうぞ」
見慣れた屯所、何度も何度も通った局長室への道。
いつものように障子を開き、寝込む近藤の枕元に座り込む。
「よぉ……聞いてたよりゃ随分元気そうじゃねぇの?」
「ん……秋無組長か……そうだね、当たり所が良かったらしい」
「何よりだ、年明けにやり合うだろう戦いの支度はまぁまぁってとこだ。俺らの配置は伏見の辺りになるか……? 倒幕派……否、新政府軍とでも言うべきか。奴らやる気だぜ、俺たちを全殺しにして天子様を奪い取ろうと躍起になってやがる」
「……慶喜公は?」
「今はまだ動きはねぇが……大阪城ん中じゃ、会津やら桑名の藩士……果ては幕閣に至るまで殺る気だとよ。争いを好まないお人だろうが、最早決戦は避けられねぇやな」
悲しいねぇ。
大政奉還に王政復古の大号令、ここまで朝廷に譲歩した動きを見せてるってのに。
薩長のボケ共は未だに俺ら旧幕府方が憎くて仕方ないらしい。
侍の……否、人の本懐とは結局『舐められたら殺す』である。
お互いにお互いの手札を読み違え、侮り合ってやがるのだから。
後はどっちかがくたばるまで殺し合うしかねぇ。非効率だが、実に人らしい。
「……慶喜公の母方の実家は、朝廷のお方だ……この戦いに前向きとは思えない」
「馬鹿馬鹿しくなるぜ……向こうはこっちを鏖殺すりゃ勝ちだが、こっちにゃ明確な勝利条件がねぇんだからな。幾ら幕府再興を願ったって天子様を殺すわけにゃあいかん、そして錦の御旗ある限り薩摩も長州も。俺たちを賊軍として糾弾し続けるだろうな」
勝ち目のない戦い、どころではない。
言わば
こんなことをしてる暇があったら各藩に働きかけて旧幕府勢の処遇を見直すようにと。
生まれたてで実権無き朝廷に圧力を掛けた方がずっとマシだろうになぁ……
「……わざわざ来たということは、何か話があるんだろう?」
「……ああ、そうだった。悪ぃな、思ったより元気そうな近藤さんを見たら気い抜けちまってよ……」
苦笑いをかき消しながら俺はたった一枚。
新撰組を終わらせる、たかが一つの悪逆の塊を差し出した。
そこには数えて三十数名……足抜けを希望する隊士どもの署名を集めたモノ。
……近藤には、話す事にした。
それが義理であり、筋であると。
土方のように頭の硬い人でもない、もし拒絶されたなら俺は陰腹を切る覚悟すらあった。
紙面に記された表名や但し書き、メンバーを見た近藤さんは意外にも顔色を変えることもなく……
「……そうか、あいわかった」
ただ短くそれだけ言ったもんで、気ぃ抜けちまったよ。
「いやいや、あいわかったじゃないが……お前フツーこういうのは止めるモンなんだよ」
「ふむ……だったら引き止めた方が良かっただろうか」
「そりゃまぁ、止められたところで俺はゴネるけどな。腹切ってでもお前を説得する覚悟だったぜ」
「それは困るな……多分一人残らず中澤さんに皆殺しにされてしまうよ」
「そこまでは……いや……やりかねんなアイツは……」
本気でキレ散らかしたアイツがもしまた
その時ゃもう止まらない、誰にも止めらられない。
「……年明けに、伏見での戦い。その勝ち負けを問わず終わった後にゃ全員隊を脱する」
「ああ、寧ろ今までよく着いてきてくれた……秋無組長、君はどうする?」
「俺? なんで?」
「ここに君の名前がない」
「……少なくとも、京が戦場になるならな。お前らに取っちゃここは登ってきた舞台かもしれねぇが、俺からしたら生まれ育った地元よ……自分で守らなきゃ話にならねえだろ」
その後は……どうだろうな。
京都に愛着はある、当然仲間たちにも。
游雲や左衛門、紫鬼。俺の築き上げてきたもの。
走り抜けた数年間、今や少なくなった壬生の狼ども。
俺にとっちゃかけがえのないもの、守るべきもの。
……それなのに。
あの日の琴の姿がどうしてもチラつく。
傲慢な野郎だ、相棒と仲間を秤に掛けてやがる。
「……俺自身、どうしてぇのかも分からん」
「そうか……だったら、一つ良いだろうか。局長としてでなく、一人の友人として」
「なんだよわざわざ」
「……
「良いのかよ、俺がいなきゃ防具一つ買えない連中だぜ」
「……実の所、総司を江戸に送ってもらった時…………君と中澤さんは戻って来ないと思っていたよ。いや、寧ろそうなれば良いとさえ、勝手に思っていたんだろうな」
……なるほどね。
道理で随分と余裕のある日程で行かせたワケだ……
沖田を江戸に送るのに、どう遅くても二十日程。
そっから更に約ひと月もありゃ、果ては蝦夷地にまで行けらァ。
近藤は俺らに居なくなって欲しかったのだ。
疎むワケでもなく、ただ身を案ずるばかりに。
「…………ま、考えとくさ。まずは初戦を生き残るかだ、他の連中も……とりあえず開戦までは残るよう言ってる」
「……そうだな。よくよく考えたら君にはここで商売があるんだった。急な判断は難しいか」
「俺の心配よか、一先ずオメーはちゃんと休んで治せよ。開戦の時ゃ万全な体勢にしてやっから」
「ハハ、頼もしいな」
「んじゃ、俺は沖田んとこ寄ってから帰るわ……」
「ああ、宜しく頼む」
精一杯の笑い顔で部屋を去る。
帰り際、土方とすれ違ったんで声を掛けた。
……うっわ、シカトかよ。
愛想のねぇ野郎だぜ全く……
しーらねしらね、沖田んとこ行こっと……
あ、山崎くん丁度良かった。
ちょっと頼みがあんだけどさ……
エンディング分岐……?
何処でどう分岐するかは、タイトルでなんとなく察して貰えれば……