浅葱の影   作:CATARINA

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土壇場で解釈違いになるかもしれない……


商人よ大志を抱け

 十二月三十一日、大晦日。

 明日の新年に備えて皆ひと段落つく時間。

 あるものは行く年と来る年に想いを馳せ……あるものは年明け前最後の搔き入れ時とばかりに精を出し。

 あるものはどうにか今日をやり過ごせば返済は来年に繰り越しだと頭を悩ませる。

 そんなよくある、見慣れた年の瀬の夕。

 

 新撰組は年明け早々の開戦を予知し、恐らくは最後の休暇__

 今日ばかりは番すら付けず、全ての隊士が身体を休めていた。

 多分新年早々に決起集会を開いて、その後伏見に布陣するだろうしな……

 流石に俺は街に残る……かたわの内勤隊士なんて着いてっても仕方ねぇよ。

 同様に琴も俺やガラ空きの屯所を守るため、前線には行かないこととなった。

 ……近藤局長の采配だろう。気を遣われちまった。

 

 そんでもって俺は今日も今日とて沖田のところを訪ねていた。

 謹慎中マジで暇過ぎてな……二日に一回くれぇ来てた。

 今の沖田は先生のとこの離れに強制入院__娘さんらが付きっきりで診てくれている。

 相当な負担だろうに快く引き受けてくれた爺ちゃんには感謝してもしきれないぜ。

 

「ういうい……沖田は起きてる? ああなんか語呂が良いなこれ」

「秋無さん……日中は案外起きておられますよ」

「センキュ、じゃあこれお年玉。妹ちゃんらと分けてよ、俺ら新年から忙しいからよ……」

「私たち貰う歳でもないんですけど……」

「良いんだって、暫く俺が見てるからちょっと休みな」

「……だったら、お言葉に甘えて。父さんにも会ってって下さいね」

 

 娘ちゃんが居なくなって、俺は襖を開ける。

 沖田といい近藤さんといい、最近こんなのばかりで辛気臭くなっちまうぜ……

 

「よォ、年末なんでちょいと話に来たぜ。元気か?」

「……秋無さんですか、そうですね……ぼちぼちですか」

「なら良い方だな、死にかけ寸前よかマシって事だ」

 

 ……強がっちゃいるが、症状は日に日に悪くなっている。

 今でさえ身体の内から八つに引き裂かれるような苦痛に苛まれているハズだ。

 

「秋無さんが来ると心做しか楽になるんで、分かるんですよ」

「ハハハ、出雲ノ神様のご加護よ。俺ァ生まれてこの方病気になった事もねぇしな」

 

 大国主神は国創りの神であると同時に医療の神でもある。

 その寵愛をちと大幅に受けてる俺は当然というか頑強な身体を持つ。

 傷の治りが早いのも多分その影響だ……

 

「開戦は年明けすぐ、布陣は伏見に決まったぜ」

「そうですか……なら私も……」

「馬鹿かお前は、無理に決まってんだろ」

「冗談ですよ、この有様じゃ足手まといがやっとでしょうし」

「むぅ……」

 

 しまった、話の流れが重苦しくなっちまった……

 俺のミスだ、こういう時は明るい話題を振らなきゃならねぇんだが。

 

「そういや、謹慎中に長年あっためてた計画を纏められてよ……何年後になるか分からねぇが」

「計画?」

()()ってヤツだ。陸を走る船って感じのモンで……英国なんかじゃ随分と発展してるらしい。今度関東の新橋と横浜間を繋ぐ鉄道を引く計画を朝廷の方じゃ立ててるらしいが……」

「……凄い時代になりましたねぇ」

「全くだ、しかし俺の野望はそんなコマいモンじゃねぇ」

 

 新橋ー横浜だ? そんなの歩きでも行ける距離じゃねぇか。

 それに使う車両は英国からの輸入品……仕方ないとはいえ、それに依存してちゃ伸びねぇ。

 国産だ。

 国産の車両、国産の線路。

 一から百まで日本で作れてようやく欧州の国々と張り合えるってモンよ。

 

「江戸から、京都まで」

「へ?」

「大阪を経由して、一本の線路で繋いでやるのさ。覚えてるか? 二週間近くかかったあの道程」

「まぁそりゃ……街道が整備されてるとはいえ、あまりに距離が離れ過ぎていますから」

「蒸気機関の力は凄ぇぞ。人や馬と違って餌も休みも要らねえ、ただ燃料と水がありゃ幾らでも走り続けられる……しかもそれらよりずっとずっと速え、それこそ江戸なんか一息だぜ」

 

 江戸の民が、ちょっと京都で祇園祭に参加したい。

 そう思い立った日の内に汽車に飛び乗り、次の日には京都に。

 長過ぎるこの道を、ずっと短くしてやる。

 人だけじゃねぇ、全国津々浦々から荷物の集まる江戸と大阪。

 その二つを繋ぎ合わせれば、商いはもっともっと加速する。

 例えどれだけ時間がかかっても、私財を投げ打ってでもやる価値はある。

 

「まぁ何年かかるか分からねぇけどな……」

「なるほど……壮大な野望ですね」

「ハハハ、しかし実現してやるさ。俺ァやると決めたら必ずやりとげる事にしてんだ」

 

 それでこそ商人だ。

 より良く、より速く、より大きく。

 派手にくたばるのを覚悟で高みを目指すくらいの大望がなきゃ、商いは出来ねぇさ。

 

「マ、無事に新政府軍のクソボケどもを皆殺しにしてよ。平和が戻ってきた時にゃ皆で江戸観光でも行こうぜ。二十年か、三十年後になるかもだけどな……」

「……そりゃ、楽しみです。今のうちに予定を考えとかなきゃ……ゲホッ!ケホッケホッッ!!」

「沖田!」

「ガホッ……大丈夫、大丈夫です。それより秋無さん、血が……」

「んなもんどうでも良いだろ、先生呼ぶか?」

「もう、いつもの事なので……すみません、汚しちゃって」

「洗えば大体落ちる……それに仲間の血を汚ぇとは思わねぇよ、俺は」

 

 血が通っている、生きてる証だ。

 今にも朽ち果てて消えちまいそうな沖田も、まだ熱い血を宿しているのだ。

 

「感染ったりしたら……」

「馬鹿、俺が病気になるわけねーだろ。病の方が俺から逃げてくんだ。ほら寝てろ」

「……ありがとうございます」

「辛い時にわざわざ世間話しに来て悪かった、気晴らしになるかと思ったが……」

 

 今はそんな場合じゃないのだろう。

 これ以上長居して、沖田に気を遣わせるワケにもいかないし。

 何より容態が変わったところで騒ぐくらいしか出来ない俺が居ても仕方ない。

 

「……待ってください」

「どうした……やっぱ人呼ぶか?」

「……やっぱり、私も……連れてって下さい……」

「まだ言うかこのタコ助、無理に決まってんだろ。次は本当に死ぬぞ」

 

 もう自分の脚で立つことも出来ねぇだろうが。

 俺は知ってんだよ。

 先生からずっと聞いてるから、お前の身体の事はお前以上に分かっている。

 お前はもう、次の瞬間死んだっておかしくねぇんだ。

 やめてくれよ。

 見てると辛ぇんだよ……

 代わってやれたら、どんなに良かった事か。

 

「……今のお前が、何の役に立つってんだ」

「……何でも、何だって良いんです。処理する道具でも、構わないんです」

「お前……」

 

 何言ってんだコイツ……笑えねぇぞ。

 

「駄目ですかね……へへ、見た目は悪くないと思うんですけど……」

「笑えねぇぞ馬鹿野郎。冗談でも若え娘がそういう事を言うんじゃねぇ」

「やっぱ感染ったりしそうだから無理ですかね……」

「そういう問題じゃねえよ」

「ああでも、最近動いてないので少し緩いかも……」

「……マジでお前何言い出してんの!?」

 

 女の下ネタって怖いよな……

 生々しさと面白さを履き違えてる感じというか。

 紫鬼のアレとか滅茶苦茶おぞましく感じるし。

 とにかく反応に困るんだよな……

 

「やっぱり駄目ですか」

「良いわけねぇだろ。若い娘っ子がそんな話するの、兄ちゃん許さないぜ」

「うーん……手厳しい……だったら秋無さん、使っていきませんか?」

「何言ってんだお前」

 

 何言ってんのコイツ、話聞いてた?

 

「いや……秋無さんなら感染ったりしないなら、良いかなって」

「良くねぇわ。何お前未だに俺の顔だけ見て判断してる?」

「……中澤さんには、内緒にしますよ?」

「内緒にしてもバレるわ、そして俺は見るも無惨な姿に……ああ恐ろしや」

 

 アレの勘と嗅覚は恐ろしい。

 ウチの系列でやってる飲み屋があってな……半年くらい前、行ったのよ。

 そこで働いてんのは昔面倒みてた娘っ子らでな、久しぶりなモンでまぁまぁ呑んだんだが。

 先に言うと誓ってやましい事はない……というか妹分にんな事出来んだろ……

 

 勘で行く先を当て、嗅覚で女子の気配を察知。

 嫉妬心に駆られた狂オシキ鬼を御する術は俺になく。

 ホント……ホント恐ろしい目にあった。

 残った右腕まで食い千切られるかと……

 その琴は今日はお休みである、ここ数週間体調崩してるんだ……

 気分悪過ぎて食欲がないという奇跡、悪いモノでも拾い食いしたんじゃないか。

 飯を残すという概念が奴に存在するとは、このイズモ……

 

 倒れていた沖田が不意に起き上がり、目線が近くなる。

 冬場だってのに薄手の寝巻姿で……確かに部屋は火もあるから暖けぇけども。

 病人に言うことじゃねえけど風邪でも引いたらどうすんだよ。

 

「白装束で寝るのやめろって言ったろ、縁起でもねぇ」

「いつ倒れても志は侍でありたいので……」

「死ぬまで取っとけよ……まだ早すぎるぜ」

「……まぁ確かに、やめた方が良いですか」

 

 びっくりするくらい細く、薄く、色白い。

 無垢白の死装束と肌との違いがまるで分からねぇ程に真っ白だ。

 鎖骨とはだけた服の境界が俺の目にはまるで…………ん?

 

 凄まじい勢いで首を反対に捻じる。

 鈍い音と激痛、しかし辛うじて人としての尊厳は守った。

 

「ぎゃあああ首がァ!?」

「何してるんですか……」

「こっちが言いてぇわボケッ! 普通に脱ぎ出すんじゃねえ!」

「今更……前に死にかけてた時は全部見たじゃないですか」

「ありゃ緊急時だったからだろ……何? もしかして根に持ってる?」

「そんな訳ないでしょうに……よいしょ……」

 

 反転した俺に覆い被さるように沖田が抱きついてくる。

 いつもの黒の羽織越しに感じる感触……コイツ、服着てねぇ。

 絵面ヤバ過ぎる、助けて琴……いや、来たら俺が殺される。詰みでは?

 

「……本気か?」

「……流石に冗談じゃやりませんが」

「……あのなぁ、お前錯乱してんだよ。役に立ちたい気持ちが行き場を失って奇行として発露してんだわ。後々冷静になってから振り返ってみ? 自分の頭をぶち抜きたくなるだろうぜ」

「正気ですよ、ずっと」

 

 ………………ッハァ〜……仕方ねぇか。

 

「止めろ、俺ァ今のお前とそういうのをする気は無えよ」

「……中澤さんに負い目があるからですか」

「そういうんじゃ……いや、それもあるが……何って言うのか分からんのだが」

「……」

「正気だってんならまず治せ。身軽になって頭も冷静になってからだ。そうやって後顧の憂いがなくなって尚、まだそういうつもりだってなら……そん時考えてやるよ」

 

 冷静さを欠いているだけだ。

 暫く休んで、頭冷やせばまともに戻るだろうよ。

 

「……意気地無し」

「知らなかったのか、商人は大胆かつ臆病な生き物なのよ。優しくしてくれ」

「まぁ、良いです。その代わり、眠くなるまで一緒に居てくれませんか」

「……それくらいなら構わねぇが……このままか?」

「このままで」

 

 ……テコでも動かないだろうな、こりゃ。

 降参だ、帰って琴に八つ裂きにされるのはもう受け入れよう。

 沖田が冷えないように布団を被って横になってりゃ、暖かい部屋で俺も睡魔に飲まれていく。

 

 ……俺も少し休むか……どうせ今日は寝れなくなるだろうし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 起きた。夜中。やばい、ころされる。

 除夜の鐘がなる前に戻らねぇと……

 沖田を起こさぬよう全身の神経を総動員して抜け出すと、外はザァザァの雨降り。

 まぁ雲見た感じそんな気はしたんだよなぁ。

 笠はちゃんと持ってきてある、差す方の傘だと片手が埋まっちまうから便利なんだこれが。

 

 冬の雨。

 大晦日の寂しさもあって人気は殆どない。

 

 氷混じりのみぞれのような雫が時折隊服にかかる。

 炭のように真っ黒な俺の羽織も随分色褪せた。

 アレから何度か、取っ替える機会こそあれ未だにこれを着ている。

 最早この黒の羽織が俺を象徴する形式になりつつあるからな……

 遠方からでも、集団の中でも俺だと分かるのは便利な事だ。

 

 道すがら、口寂しくて煙草に火を付ける。

 隻腕じゃ持ち続ける煙管は不便でな……二年ぶりに来日したジャックの奴が譲ってくれたんだ。

 舶来の紙煙草に着火具(ライター)。実に西洋被れの商人らしい組み合わせだ。

 

 吐き出した煙が、雨の中に溶けていく。

 それをぼうっと眺めてりゃ自分もまた、どこかに飛んで行っちまいそうで。

 俺にゃ羽根も翼もないから無理な話なんだけどな。

 悪くない……中々不思議な組み合わせのようで、見事に調和している。

 

 …………拾われたのも、こんな夜だった。

 凍り付いた雨ん中、俺は一度死んだ。そして。

 名も与えられぬまま凍え死んだ赤子が、秋無出雲って存在に。

 俺は今日死んで今日生まれたのだ。

 

「はァ……おう、吸い終わったぜ。悪ぃな、待たせちまったか?」

「…………」

「…………」

 

 ……全くよぉ。

 こんな年の瀬に、そんな武装してどこ行くってんだよ。

 なぁ土方、齋藤。

 良けりゃもう一服がてら、教えてくれねぇか?

 




そうして、賽は投げられた。
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