浅葱の影   作:CATARINA

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昨日の反響凄かったです、本当にありがとうございます。
皆様の悲鳴、真に励みになります。
もう少しだけお付き合い下さい。


狂熱の終わり

 あーあー、傘も差さねぇで……

 冬の雨は流石に堪えるんじゃねぇか?

 そうは言っても俺は貸せねぇけどな。

 悪ぃな二人とも、この笠は一人用なんだ。

 差すタイプの傘だったとしても貸さないけど、野郎三人で相合傘はきちい。

 

「気付いてたのか」

「お前逆に気付かないと思ってたのか? 尾行のやり方を監察組から良く習っとくんだな。特に齋藤、お前はウチの隊士の中じゃ密偵とかもやる方なんだからそれじゃあな……」

「ハハ……善処しますわ」

「過ちを気に病むことはねぇ。ただ認めて次の糧にすりゃいいさ……じゃ、俺は帰るぜ、良いお年を」

 

 いそがねば、年明けまで放置なんて事になったらどんな目に遭う事か……

 

「待て」

「んだよもう、そんなに琴にギタギタのメタメタにされた俺が見たいワケ!?」

「……惚けるなよ、俺たちがここに居る理由は分かってるハズだ」

「年末の挨拶か? 借金取りから逃げてきたようには見えねぇしな……」

「局中法度第一条、士道ニ背キ間敷事。お前が倒幕派と内通しているという話があった。申し開きはあるか?」

 

 ほーん……なるほどね、()()()()()になってるのか。

 くだらねぇなぁ……何が武士道だよ、そんなモンもうこの国にゃ存在しねぇってのに。

 

「知らん、誰かと間違えてんじゃねえの……? そりゃ俺の店には幕臣も攘夷志士も来るがよ」

「更に第二条、局ヲ脱スルヲ不許。お前の手引きで足抜けを試みる者が複数いると言うのも掴んでいる……これは隊への裏切りに他ならない。新撰組副長として即刻切腹申し付ける」

「……俺の手引き? 違ぇよ、奴らは皆辟易としてんだよ。攘夷志士との戦いで死んだ仲間よりずっと、内輪揉めで人が死ぬ組織なんざ正しいワケねぇだろうが! お前らがそんなだから、アイツらは誰にも頼れねぇんだ……だから俺ァ奴らが一人でも生き延びれるように手を尽くした」

「……お前は組織の規律を乱す。俺や近藤さんに手を挙げ……若い隊士を中心に独自の派閥を作り上げている。それは新撰組全体の統率を……組を脅かす行いだ」

「テメーの求心力が足りねぇのを棚に上げてんじゃねえぜ……ったく」

 

 結局のところつまりだ。

 土方は何をどうやっても俺を排除したいのだ。

 

 近藤局長は右も左も分からねぇ平隊士たちの旗印、その采配一つで死兵となって戦えねばならない。

 一種の洗脳、侍どもの常套手段。

 恐怖と支配という極限環境によって思考能力を奪い、都合の良い駒とする方法。

 そうなりゃ俺は邪魔なワケだ。

 下にやたらと慕われ、上にも躊躇いなく噛み付く俺は……奴らの人間性を担保しちまってる。

 俺がいる限り、平隊士どもは忠実な捨て駒にならねぇから。

 そしては俺自身もまた、奴らを切り捨てるような考えには反発するだろうよ。

 

「ごちゃごちゃ理屈ばった言い方は止めてよ、素直に言えゃ良いだろ。俺が邪魔で、気に食わねぇから殺すんだってよ……その辺り、攘夷志士どもの方がずっと素直で健全だぜ」

「秋無組長……」

「そんなに殺してぇか、そんなに死にてぇかよお前らは。死にたがりの生き死にを口出しする権利は無ぇ。だがよ、死にたくないって奴らがいるんだ……!」

「それはお前が惑わせたからだ! 俺たちはこれから……!」

「終わりなんだよ! 分かってんだろうが土方!!! 新撰組は仲間の血と屍で築き上げた脆い楼閣だ、いつまでも長続きするモンじゃなかったんだってよ……!」

 

 今まで何人死んだ。

 何人殺してきた?

 粛清された隊士たち、皆が皆死んで良い人間じゃなかった。

 これからの新撰組に、日ノ本に必要な奴らを皆殺しちまった。

 

 目立たぬよう浅葱は脱ぎ捨て、今は地味な着流しだけを着る二人を睨む。

 俺の着古した真っ黒な隊服だけが自らを誇るのみで。

 背中に背負った一文字も、随分褪せちまった。

 

 誠なんてモンは、無えんだ……芹沢局長を、山南さんを、藤堂たちを……

 仲間たちを殺した時からずっと、ずっと。

 

「もう、止めようぜ。今ならまだ、間に合う。どうしても死にてぇ奴以外は逃がしてやれるんだ……」

「今更……今更止まれるか! だったら何のために……!」

「ようやく本音が透けたな馬鹿が、道を違えた時にお前らは後戻り出来なかった……既に死んじまった仲間たちの犠牲が、無駄だったと認められなかったから」

「ッ…………!」

「……お前らの自殺に、死にたくねぇ奴らを巻き込むな! 一人で死ねねぇテメェの臆病さを、奴らに押し付けるんじゃねぇよクソッタレ!!!」

 

 ああ、本当に、本当に馬鹿だよお前ら。

 俺ァ言ったろ、本心から組のことを、近藤さんを思うならこんなやり方をするなって。

 俺たちの殺し合いに一番心を病んでるのはあの人だって事すら分かってねぇ。

 芹沢局長を始末して、実権を握ったあの時。

 やっぱお前を撃ってでも止めてやりゃ良かった。

 それならまだ、止まれたかもしれなかったってのに。

 

「こんな事する暇があるなら近藤さんの傍にいてやれよ、あの人がどれだけ……どれだけ俺たちを案じてると……」

「……それでも俺は、新撰組を守らなきゃならねえ。あらゆる障害、外敵から」

 

 そうかいなるほど、俺は敵ね。

 残念だよ、面と向かって言われっと傷付くぜ。

 ま、薄々勘づいちゃいたがな。

 

「おっと、動くなよ齋藤……話に夢中になってるとこを狙うのは悪くねぇが、俺の得意は知ってるよな。不意を打たれるよりも、勝算があるからわざわざ声を掛けたんだぜ俺ァ」

「ありゃー……流石、抜け目ない」

「こちとら商人。目だけならお前らよか自信あるのさ、舐めんな」

「……侮ってるワケないでしょ、だからこっちも全力です」

 

 

 

 まだ遠い。

 まだ此方の距離だ。

 

「……にしてもお前らだけとはな。酔っ払った伊東さんにも七、八人は持ち出したのに俺は二人かよ」

「確かに二人だ、だがこれで十分過ぎる」

「やり方を忘れたのか? ウチの戦いは基本三対一だろ……全く、どうも舐められてるようで悲しいぜ……」

 

 包囲するでもなく、真正面に二人。

 用意周到な土方らしくもない……これじゃ、俺が本気で逃げる気なら取り逃がす可能性もある。

 まぁ少なくとも齋藤は俺よか速いんで、この差で振り切れるかは微妙だが。

 それでもその退路を潰さないという采配ミス。

 

 ……罠だな。

 アイツがそんなくだらない失敗をするとは思えん。

 逃げた先で誰か伏兵を置いている……或いは、既に詰みだから。

 だから姿を表したのだと、そう推測する。

 

 気配はしないが、銃を持った複数人で狙っている?

 一番ありそうなのは、その辺か……

 

「埒が明かねぇ、ここはお互い見なかった事にしねぇか」 

「何?」

「俺たちゃ何もなかった。会いもしなかったし、気付きもしなかった。俺は無事に家に帰りつき、琴に半殺しにされ……お前らはそうだな、野郎二人で年越しに蕎麦を啜って帰った」

「……それは通らんでしょ、組長」

「それでまた、いつもの日常に戻る。俺たちも……問題だらけで、惨めで、不愉快極まりない、相性最悪の友人同士として……明日からまたいがみ合いながら向き合う。それでどうだ」

「……皆の為に、俺たちはお前を消さなきゃならねえ。それは、変わらん」

 

 そっかー、残念。

 じゃあ、やるか。やるしかないかぁ……

 

 さっきより僅かに距離が詰まって四間半。

 刀の間合いまで、あと少し。

 それでも俺は、最後まで続ける。

 

「……止まれ、やめろよ……俺ァお前らに殺されんのも、お前らを殺すのも御免だ」

「…………」

「齋藤よォ……こんなのがいつまで続くんだ? いつになったら俺たちは前に進める?」

「…………すいません、俺はその答えを持たないもんで」

「そうかい………………恨むぜ」

 

 

 ゼロ。

 抜刀した二人が弾かれたように走り出す。

 選択の余地はない。

 撃つなら____

 齋藤は若い、出来るなら傷付けたくない。

 それに人が良い奴なら、土方が負傷すればきっと止まる。

 逆に何をどうやっても止まらないのは土方の方であると。

 短く、長い付き合いでそれを理解していた。

 

 羽織の下で拳銃を掴み、抜き撃つのに刹那の時すら必要がない。

 天性のモノに非ず、一重に磨き続けた絶対の特技。

 瞬き一つの時間さえがあまりに長過ぎて。

 剣士たちの踏み込みは、あまりに遠過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 ドズッ……!

 

 

 

 ____あ?

 

 引鉄を引く刹那、胸から鈍色の銀が生え出ずる。

 背中から心臓を一刺しに貫かれ、全身から力が抜け、思考は停止。

 僅か一瞬、しかし余りに致命的な一瞬。秋無出雲の時間が止まる。

 

 

「ッ!!!」

「ケホッ____」

 

 ボヤけた視界が開け、ようやく銃の感触を取り戻した時には時すでに遅く。

 形無き無敵の剣は、既に間合いに入り込んでいて。

 すれ違ったと認識した時には二刀で以って切り裂かれていた。

 僅かな時に都合八ヶ所の斬撃。

 全身から土砂降りの雨のように血が流れ落ちる。

 

 それでも尚、男の意思は消えず。

 銃口共々虚ろな瞳が、ただ真っ直ぐに標的を捉えていた。

 

「ウォォォォォァァァ!!!」

「ッ____」

 

 ぞぶり。

 鈍い音と共に、土方の刃が秋無の額を割る。

 名刀、和泉守兼定。

 息を呑むような美しさと慈悲なき実用を兼ね揃えた刀が深々と食い込む。

 

 

 あぁ、駄目か。

 

 真っ白になった視界が、滲むように赤く染まり、瞬く間に黒く落ちていく。

 

 

 一太刀で致命傷となる猛撃を、束ねて数回。

 さしもの剛体とて、人として限界を超えた傷では最早助からず。

 気付けば霙から雪に変わりつつある曇天の中、巨躯の男はゆっくりと力尽き____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____逃げちゃわない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、男は再起する。

 倒れ込む格好の、落下する力を前に踏み込み、力任せの前蹴り。

 蹴りと言うよりかは踏みしだくような勢いのそれは齋藤を捉え、その全身を粉々に砕いてしまう。

 一撃で十数ほどの骨と内臓を破壊された齋藤は突如出現した激痛と苦悶に失神し、血反吐を吐いて転がる。

 

 次いで眼前に未だ立ち続ける土方。

 咄嗟に刀を引き抜き、首を断とうと渾身の力で放った横薙ぎ。

 片手で容易く受け止められ、そのまま刃を握り割られてしまう。

 困惑する間もなく土方の顔面に叩き込まれる、割られた額。

 超人的な膂力を持って打ち込まれる頭突きが土方の頭蓋を砕き__

 更に隻腕が放つ上げ突きは的確に顎を捉え、その巨躯を遥かへと殴り飛ばす。

 

 

 

 秋無に意識はない。

 感情も、記憶すら最早。

 男の身体を突き動かすのは自意識とは全く異なるモノ。

 神造ノ五体が為す生存本能と、殺戮衝動。

 それは凡そ秋無の、温厚な人格に抑圧されていた人ならざるモノ。

 寵愛受けし人でなしの咎。

 

 

 

 

 

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 感じるすら出来ない。 

 

 ああ__なんだっけ。

 なんで俺は殴って__これは誰だ?

 俺は何が、何だ。

 声が聞こえた気がした、けれど。

 ああもう、なにもわからない。

 

 まぁ、いいか。

 今は狂おう、そうしよう。

 心地好い殺戮の快楽に、破壊の狂奔に身を任せていたい。

 

 倒れんとした際に取り通した拳銃が、地に溢れ落ちる前に拾う。

 下手人の姿は見えず、しかし突き刺さった刀身がその位置を教えてくれる。

 緩慢な動き、間違いなく当たる。 

 背後に向かって引鉄を引く。

 

 山勘だけで放たれた弾丸がただ正確に、無機質に標的を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____沖田?」

「ッ__!!!」

 

 

 

 振り返った瞬間、目にしたのは血塗れの妹分。

 もう歩けやせず、ましてや刀を握ることなど__

 自らのと俺のと、混じりあった朱に染まりながら。

 

 

 

 カキンッ…………

 聞き慣れた、甲高い音。

 旧式の拳銃(リボルバー)にはつきものの、不発。

 

 都合良く、現実を拒絶し、創り換える。

 男の祝福(呪い)は、無慈悲に。

 吉兆の加護は微笑む相手を選ばない。

 ……それは常に、仲間のために。

 

 

 

 

 刃が更に二度、俺の身体を貫く。

 沖田総司、最後の三段突き。

 それはあまりに不格好で、とても三段突きと呼べるモノではなく。

 全盛のそれの、一分にすら届かぬほど弱々しかったが……

 死に体の男にトドメを刺すには、十分過ぎた。

 

 

 ああ、そうか。

 やっぱり俺は。

 お前たちの仲間じゃ、居られなかったのか。

 

 

 

 殺意と狂気に曇った世界が晴れ、奇妙な程明瞭な意識が蘇る。

 三度の突きで完全に破壊された心臓は最早機能を果たさず、身体がその役割を放棄していく。

 その様を眺める、泣きそうな妹分の姿を見て俺はつい笑ってしまった。

 

 なんだ、案外……元気そうじゃあねぇの……

 心配して損したぜ……ハァ…………

 

 意識に霞がかかる。

 指先から身体の芯まで、痺れて最早我がモノに非ず。

 身体が重い、手を伸ばすだけの動きがあまりに緩慢で。 

 血塗れの手で頭に手を置く。

 

「…………沖田ァ!!!」

 

 割れた頭蓋、揺れる視界の中で土方は叫ぶ。

 秋無の剛力ならば、人の頭など生卵のように握り潰せるだろう。

 自らと齋藤を、瞬く間に破壊した今の彼が何をするか、想像すら出来なかった。

 

 そんな中で沖田は一人、全てを受け入れるように瞑目した。

 最早逃げ出す気力も……その気すら、なかったのかもしれない。

 

 

 ぐっと最期の力を振り絞って、沖田の頭を撫でる。

 血で汚しちまった、勘弁な。

 

 ハハ……馬鹿だなぁ、お前。

 そんな顔するなよ。まだまだこれからじゃねぇか。

 

 ったく、あんなにいったのに、寝巻きひとつで…………

  

 

 

「……風邪ェ、ひくなよ」

「……!」

 

 それで終わりだった。

 それっきり、俺は最後の血を吐き出しちまって。

 地面が起き上がってきて、俺を強く打った。

 

 ごめん琴、ちょっと、遅くなりそうだ。

 

 誰にだって、御伽噺の偉ぇ人みたいな終わり方が用意されてる訳じゃない。

 これはいつだってどこにだってある、そんな話。

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ____ああ、寒いな。

 

 

 

 

 

 

 

 俺の話はこれで終わりなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「沖田! 怪我は無ぇか!?」

「……私は大丈夫です、土方さん達は……」

「……何とか、何とか生きてますよ……気ィ抜いたら死にそうですが……」

 

「……一人で戻れます、から……後、お願いしても良いですか」

「とにかくここは目立つ、人目につかねぇ所に……」

「……!! 本気かよ、アンタ……! それがどういう意味か……!」

「これが発覚したら、組はもう持たねぇ……」

「__だったら、だったら何で、何でこんな事したんだ!」

「皆を守る為だ……!!! 俺たちの組、俺たちの未来を……!」

 

 

 

 

 

 

 

「……さようなら、秋無さん」

 





もうちょっとだけ、続くんじゃ。
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