瞬きのような時間が未来を歪めていく。
(ちょっと短いです、すいません)
ああそうか、それが君の物語なんだね。
うん、とても君らしい。誇るべき人生だ。
瞬きのような短い時間だったけれど、君の成した事にはきっと意味がある。
僕としてもあの時君を創り直したかいがあるってモノだ。
でもね、本当に思い残すことはないのかい?
君のすべきことはもうないのかい?
……ハハ、素直で宜しい。だからあと少しだけ、君に時間をあげよう。
さぁ行っておいで僕の御子。
君の物語が本当に終わるその時まで、走り続けておくれ。
____________ッ____
ああ…………
微睡みの中から、意識がぼんやりと蘇ってくる。
何があった……俺は……
手を伸ばそうにも、身体が動かない。
声を出す事も、首を傾げる事すらがあまりに億劫で。
ゴーンッ………………ゴーンッ………………
どこからか、除夜の鐘が響き渡る。
ああそうか、俺は……
俺は死んだんだった。
奇妙な事だ、死んだという事を認識している俺の意識とは。
全てが夢でしかなくて、気付けば俺ァ畳の上で目覚めたり……
ハハ……そんな事はどうでも良いか。
僅かに瞳を揺らし自らの今を確認する。
薄暗い……雨は止んだのか……
手入れもされず冬にさえ雑草が散らばり、辺りには行く先を失ったガラクタが沈んでいる。
僅かに見えた星の明かりが、その景色に奇妙な既視感を生み出す。
……ああ、そうか。
何処とも知れぬ、京の路地裏。
生まれた時と同じ、俺はまたここで目覚めたのだ。
俺の屍を運んだのは土方か齋藤か……いや、二人ともか。一人じゃ運ぶのは無理だろう。
なんとも実に、気が利いている。
俺はここで生まれて、ここで死ぬ。
秋無出雲の人生には随分と、おあつらえ向きの舞台だ。
……心臓はもう使い物にならないな。
三度も刺し貫かれたのだ、縫い直すのすら馬鹿馬鹿しかろう。
土方の一刀、頭蓋に食いこんだそれを、水溜まりの反射で見る。
ああくそ、男前が台無しだぜ……
蘇り、そして尚、この身体は致命傷のまま。
これでは何のために再起したかも分からん。
これだけの傷を負って尚、目覚めるこの身体を恨むべきか。
一瞬でも気を抜いたら、意識を再び奈落に吸い込まれてしまいそうで。
それに抗う身体の熱も、すっかり冷めきってしまった。
ああ、寒いな……
……そうだ、俺は。
俺ァずっと寒かったんだ。
捨てられたあの日から、俺の心は凍りついていた。
それが、父母に助けられ、弟と育ち、皆と出会って……
俺はずっと、周りの熱で生き永らえていた。
凍てついて死んじまった身体が、余熱だけで這い周っていたのだ。
……ああ、惜しいなぁ。
あと十年……いや、五年あれば多分、鉄道事業を推し進められた。
旧幕府と新政府の争いも落ち着いて……そして……
江戸と京都の次は九州まで……北はそうだな、蝦夷地まで行ってみるか?
ああそうだ、競鶏ももっと拡げたいな。
博多や東北、果ては海外まで届けば……
軍鶏には確か、外つ国の品種も多かったしな……
神戸や浦賀ではメイド喫茶を……外人向けにやってやるんだ。
きっと儲かる、間違いなく。
そういや彦斎の奴がメイド服を見て随分な反応をしてたな……
あんだけの美形、腐らせといたのは失敗だったか。
穀潰しにしとくくらいなら店に出しときゃ……
ハァ。
今更どうでも良い事が、ぼんやりと浮かんでは消える。
馬鹿馬鹿しい。
ここで悔いたところで後は死ぬだけなのだ。
何を今更…………
そもそも俺は何故この世にしがみついているんだろうな。
もう死ぬのに……もう助からねぇってのに……
気付けば鐘の音も鳴り終わり、残響だけが身体を震わせる。
煩悩を祓って死ぬかぁ?
くだらねぇ、欲のねえ人間になんの意味があるよ……
組の事は……山崎に託してある、ちゃんとな。
俺が死んだなら多分、聡いアイツは分かるはずだ。
……本当は、分かってたんだよなぁ。
いつかこうなるって事くれぇ、分かってたんだよ。
俺はどこまでいっても商人で、お前らとは違ったから。
お前らと仲間でいられないのを、分かってたんだ。
分かっていて、それでも。
……あんまりにも楽しかった、からよ。
予算を着服して、騒ぎを起こし、反省もせず逃げ回る。
そんなお前らと過ごす、当たり前の日々が楽しかった。
だから、見ないフリしてたんだ。気付かないでいたんだ。
もしかしたら、そうならないんじゃないかと。
ガラでもなく、分の悪い賭けなんかしちまって……
商人としちゃ、失格かもな……
あーあ……んな事考えてたら眠くなってきた……
「……………………出雲?」
宵闇に落ちつつある意識が浮上する。
凍てつくような寒さに当てられて尚、身を焦がす程の熱。
本当に、日輪のような女であった。
「…………よぉ、相棒。明けまして、おめでとうだな」
「……出雲! 出雲!!! __ッ!? この傷……!」
まぁ、見たらバレちまうか。
全く、ドジ踏んだぜ……
「待て! 寝るな馬鹿!!! すぐ医者に連れてってやる!」
……無理だ、今回ばかりは助からねぇ。心臓……頭をやられた、だめだ。
例え日ノ本一の名医だって匙を投げるだろうさ。
何せ身体は既に死に体__なんで生きてんのか、よく分からねぇし。
「駄目じゃない! 死ぬなんて許さねぇぞ、起きろ!!!」
流石に、厳しいな……もう休ませてくんねぇか。
駄目と言われてもな。もう身体が動かねぇんだ。
腕も脚も、こそとも動きそうに無い。
まぁ、最期に面見れたんじゃ良かった。
なるほど、この為か。
カミサマも随分と粋な事をしてくれるな……
身体にべしゃべしゃと、液体がかかる。
おかしいな、雨はとうに止んだ筈なんだが……
瞑りかけた瞼を、薄く開けばそこにも水が入り込む。
滝というのさえ躊躇われるくらい大粒の涙を流して……
全く……最後まで世話の焼ける……
「嫌だ……! いかないでくれ、置いてかないでくれよ……!」
……悪ぃ。でも、もう無理なんだ。
「私、出来ないよ。出雲がいないと、なにも」
最近は、頑張って練習してたろ。大丈夫、きっと大丈夫さ。
「大丈夫じゃないよ……アンタがいなきゃ、私は……」
急に押し黙って、ようやく諦めたかと思えばそっと大剣を抜く琴。
何をするかと思えば真顔のまま、自らの首に押し当てる。
馬鹿馬鹿馬鹿、何してんだお前。
ビックリし過ぎてちょっと生き返ったわ、何してんだよ……
「出雲が死ぬなら私も死ぬ。嫌なら死ぬな」
滅茶苦茶だ。
自分の命を秤に乗せて脅迫するなよ。
賭博狂もひっくり返る張り方である。
そんな事されても俺は困ることしか出来ねぇんだよ……
……言いたくなかった。
それを言ったら、呪いの言葉になると分かっているから。
ずっと長く生きるお前を縛ると理解してたから。
だからさっさと死のうとしてたんだぜ、俺ァ……
でもよ、それじゃ無理だってなら……
うっとおしい陽だまりのような、幸せにしてやりたかった女が。
最後に、相棒が明日を生きられるように。
もう一度だけで良い、力を寄越しやがれ。
微動だにしなかった右腕が、跳ねるように突き上がる。
驚く間もなく引き摺り込まれて、琴と俺が密着する。
悪いな、多分この距離じゃねえと聞こえねぇだろうから。
「……お前は逃げろ、何もかもから。俺の分まで生きてくれ」
「…………出雲」
「悪いなァ、一緒に行けなくて。俺は、ちょいと疲れちまったから……」
そんでもってくたびれて立ち止まっちまったら、そんときゃお前の話を聞かせろよ。
俺の代わりに、未来を見てきてくれ。
さて、今度こそ、本当に今度は俺も限界……
最後にもっかい、ツラを拝んどくかな。
何しろ長い別れになるだろうから……
刹那最後の雲が晴れ、月明かりが辺りを照らす。
うっとりするほど美しい月の青に満ちていて。
光を裂くような瞳は、獣のように爛々と見開かれていた。
獲物を狙う捕食者の目から、絶え間なく涙を流しながら。
半開きの口元から、涎が零れ落ちてくる。
ぼんやりした耳に、地響きのような腹の音が鳴り響く。
「……違う! 違う!!! そうじゃない……! 嫌だ……!!!」
「__ハ、ハハハ」
……ああ、そうか。そうだったな。
契約は契約、だもんなぁ……
良いぜ。お前のそういう、素直なところが何より好きだった。
なんとなく気恥しくて、言ったことはあんまりないけど。
「止めて、やだよ……そんな事言われたら……!!!」
随分と贅沢な終わりじゃねぇか?
少なくとも、俺には勿体ねぇくらいには。
仲間に刺されて逝くよか、ずっと良いぜ……
「違うの……!!! 出雲、私、私ね____」
…………マジ?
あんまり衝撃だったもんで、俺はその言葉が、上手く聞こえなくてさ。
聞き返す余力すらがとうに無くて。
……ああ、クソ。なんだよ。
ようやく大人しく死ねそうだったってのに。
今更死ねねぇ理由が出来たって、遅過ぎたのに……
…………煙草、止めるかなぁ。
それで今度こそ終わりだった。
思い残す事も、やりたい事もあったけど。
長く死に損ねたにしちゃ、上等…………
俺の生に、確かな意味があったんだから。
俺は本当に、恵まれてる。
今度こそおしまい。
日ノ本一のお人好し商人、その末路。
仲間に切り刻まれ、路地裏に捨てられ、死体すら残らない。
前記の通り、少しだけ時間頂いて鯖になってからの話書いてます。
暫くお待ち頂ければ幸いです。