勘定ブギョーにお任せあれ
京の外れ。
幕末の日本を基礎とした特異点を解消すべく、カルデアからマスターがやってくる。
歪んだ歴史の成れの果て、大人斬り時代とでも言うべくこの世の地獄。
放り出された一人の魔術師を境に、二人の人斬りが再会する。
……それは決して、良いモノではなかったけど。
「離れて下さいマスター! ソレは危険です!」
「壬生狼の野良犬がよく言うわ……そうやって
「マスター、そこに居るのは京の街を荒らし回った攘夷志士の一人……」
「荒し回った、ね。なら貴女はどうなの? マスター、貴方は彼女の事をどれくらい知ってる? 彼女が誠の名のもとに、どれだけの罪を重ねたのか、それを理解してる?」
「罪って……」
幕末の人斬り二名。
河上彦斎と沖田総司の論争でカルデアのマスターの脳裏に蘇る、いつかの記憶。
『フン、やはり最後はテメェらか。寄って集って俺やアイツを嬲り殺しにした時と同じ、あの夜のよ……! おもしれぇ! 今度こそてめぇら纏めて返り討ちにしてやらぁ!』
『さて、君らの顔なんか長く見るもんじゃないし、行かせて貰うよ。惜しいなぁ……折角なら、彼と一緒にやりたかったけど……ああ! 君たちはあのお人好しに合わせる顔もないか、ハハ……!』
志半ばで道を違えた、彼らの同志。
その言葉に覚えた僅かな違和感……
喉のつまりのような不快感を伴って、何かがひっかかる。
ともあれ一触即発の空気。
右に人斬り左に人斬り、先程まで煽っていた謎の女は虚空の彼方。
状況はまさに
「あー……すんませんけど、その辺で勘弁してくれます? 双方お気持ちは分かるんですが一回刀納めて下さい。京都市中でアンタらが本気でやり合ったら何も残らないっすよ……」
「あ、貴方は……原田さん!」
「うっす、ご無沙汰してます沖田先輩。それと……」
「……邪魔な野良犬がもう一匹増えたわね」
「待った待った、頼むから落ち着いて下さいな……一先ず、擦り合わせと行きましょう」
やや軽薄そうな赤髪の男は焦ったように割って入り、一先ずのタイムを要求する。
渾沌に呑まれつつあった全員は、男の態度に僅かに正気を取り戻し……
お互いを名乗り、一先ずマスターの為に休戦。という形に纏まる。
「マスター、そこは危ないわ。野犬の匂いが伝染る」
「はぁ!? やけに焦げ臭い人には言われたくないんですけど!?」
「……すいませんねマスター。この人ら、ちょっと色々ありまして……」
「いやまぁ……同じ時代を生きた人で、しかも敵でしょ? 仕方ないとは思うけど……」
「あ〜……確かにまぁ、それもあるんですけど」
「?」
「近いのは、痴話喧嘩? ですかね」
カルデアのマスター……否、藤丸立香は混乱した。
虚空からいきなり出てきて自らを契約者だと称するアフロの女。
出会い頭から突如人斬りの本性が漏れ出る浅葱の女剣士。
多分どちらも……どちらも、自分に敵意はないのだけど……
相性が悪いようにしか思えない、それこそお互いがお互いを仇敵のように……
カルデアの召喚式は実に特殊だ。
その都合、相容れない存在が呼び出されてしまう事も、ままある。
人としての自らと、自らの鬼としての本性。
故郷や家族を奪った者と奪われた者。
殺した者、殺された者。
故にこのような光景自体は、嫌になるが見慣れてはいる。
しかし、これはあまりにも__
「気になります?」
「……顔に出てた?」
「そりゃあ、滅茶苦茶……流石に俺からは言えないっすからね、本人に聞いた方が良いかと」
「話す気にならないんじゃないかなぁ……」
「大丈夫大丈夫、多分話してくれる人がいるんで……」
「?」
「あ、着きましたよ。改めまして、ようこそ新撰組屯所へ、或いはおかえりなさい」
新撰組の屯所として最も有名なのは当然西本願寺であり、その全盛を支えた拠点である。
京都市中へと容易に出る事が出来、広さも十分……
仏閣を盾に、攘夷志士らの討ち入りを防いでいたという説もあるが。
「……困るなぁ原田くん。言ったよね? 僕ァ話の通じる人を連れてきて欲しいって」
「はい」
「連れてきたのがヒラクチの彦斎に壬生狼の狂犬、どっちも話が出来るように見えないけど……? いやホント、もう少し大丈夫そうな人居なかった? ヤバいって周知の事実だよ?」
「……言うほどじゃ……いや……そうっすね、すいません」
「二人とも、聞こえてますからね? 特に原田さん?」
「不快だわ、全員斬ろうかしら」
「だーっ! 待った待った! そんな茄子をもぐように人を切るんじゃないよホント……」
……物騒な会話だ。
沖田さんも周りの人間が同時代の者ばかりだからか、纏う覇気が戻っている。
幕末人斬りの狂った倫理観は重ね重ね感じてこそいたが……
河上彦斎と名乗るこのサーヴァントのソレは、沖田と同じモノ。
目障りなら、思い立てば、何気なしに……
取りたてた理由もなく、人を斬り殺せる人でなしの性。
「こちら、元幕府の陸軍総裁、現臨時新撰組の総裁を務めている勝海舟先生っす」
「はい、こんにちは。まぁ、マスターが居るなら多少は……名前くらいは知ってるかな?」
「坂本さんの師匠っていう……」
「あらら何だ、龍馬を知ってんのかい?」
「待って下さい、なんであの勝海舟が新撰組の……総裁?」
「臨時ね臨時、僕だってそりゃ関わりたくないさこんな組織……」
「…………」
「とはいえ京の街がこんななんだ、何もしないわけには行かないでしょうよ」
ギュリッギュリッギュリッ……!
「おっと……君らが騒ぎを起こしたからお怒りらしい」
「お怒り? 誰か他にいるんですか?」
「うん、今はウチの勘定方__金庫番を務めて貰っていてね」
その言葉を聞いた瞬間、二人の温度が変わる。
彦斎の瞳から光が消え失せ、その瞳は深淵の如く。
沖田の瞳孔に影が差し、夜空のように真っ黒に染まる。
ガラガラガラッ!
勢いよく真後ろの障子が開き、件の人物が歩いてくる。
鉄下駄をギリギリと鳴らし、纏う衣は漆黒の墨染め。
浅葱の隊服同様のダンダラ模様を、羽織るように着崩す格好で。
「もー全く、お前らは何してるノブか。事後処理も楽じゃないッブよ?」
「「「…………へ?」」」
そこに現れたのは、膝丈ほどの奇妙なナマモノ。
しかしカルデアから訪れた二人には見覚えがある。
かの尾張の大大名、天下に指をかけた稀代の武将。
____を、ベースとして生まれた奇妙な存在。
年々バリエーションも増え、多種多様な亜種が発見される……
「一々サーヴァントが暴れ散らしたら予算が持たないッブ、聞いてるノブ?」
「え、あ、はい。すいま、せん……?」
「まぁまぁ、そこまでにしてあげて勘定奉行。二人とも悪気があったわけじゃなさそうだし」
「悪気がなければ罪に問われないノブか? 警察要らないノブねぇ……」
ちびノブ、と呼ばれる存在。
出処不明、詳細不明。
やたら数が多く、様々な形態を持ち、気付いたら増殖する……
まさに奇妙なナマモノとしか言いようのない生命体であった。
「まぁ良いノブ、この勘定ノブギョーの寛大な御心に感謝するノブよ」
「カンジョノブ! カンジョノブ!」
「ん、どうしたノブ、勘定ノッブ……ああ、余りの隊服が見つかったノブね。後で取りに行かせるノブ!」
「カンジョノブ!!!」
「うわ、複数体いるんですけど」
「何この……何? さっきあの女が引き連れてたのに似てるけれど……」
「ウチの勘定方を務めてらっしゃる勘定ノブギョーさんとその部下、二人……二匹?の勘定ノッブさんです」
座った姿勢から器用にズッコケる二人。
いや、正直自分もひっくり返りそうにはなった。何アレ?
「元々ボンバーノッブとして街を徘徊していましたが行き倒れのところを拾われて……今ではああです」
「勘定奉行って……待って頂戴、アレに計算が出来るの?」
「殆ど人手がいないのも加味してなんとか、案外そこらの町人くらいは出来るみたいです」
「この特異点頭がおかしくなりそうだ……」
頭を抱えてこめかみをぐりぐりと捻じる。
正気を失いかねない、これだからぐだぐだイベントって奴は……
気になって見ると、先程まで様子のおかしかった沖田が黙り込んでいる。
激しい動悸や過呼吸のような症状こそ収まったが、表情は何処か重たそうで。
少しぼんやりと虚空を見つめた後、勘定ノブギョーを抱えて弄り始める。
「わあああ、止めるノブ〜!!!」
「……そうですよね、そんな都合良く……」
「沖田さん?」
ちびノブをもちもちと弄り回しながら一人納得したように呟く。
声色とは裏腹に、その表情の陰りは晴れることなく。
ちびノブをモチる手も止まりそうにない。
その黒の羽織を見ては時折何かを懐かしそうにしながら。
「や〜め〜る〜ノ〜ブ〜!!!」
「心做しか大きくて偉そうなのが勘定ノブギョーくんね、あと言葉が流暢」
「今までも確かに居ましたけどそういうの……」
「……あー、楽しんでるとこ悪いけど、勘弁してやってくれ。大事な部下なんだ」
「あ、
「やめろやめろ、あくまで代理でしかねぇんだよ。ソイツは鴨さんか近藤の奴で十分だ」
突如現れた、巨躯の男。
身長は2mを超えているだろうか……サーヴァントなら、いなくもない。
しかし常で考えれば規格外な程のサイズ。
それでいて全く身長の高さを感じぬ程に、分厚い身体。
恰幅が良い、遠目には太り肉にさえ見えるだろうか?
しかしこの距離では流石に全てが鍛え抜かれた肉であると理解してしまう。
派手な着流しに片腕だけ通し、厳つい顔を可能な限り緩めようとして……諦めたようにまた顰める。
沖田と彦斎の時間が止まる。
真後ろに立つ大男の、その顔と姿を確認する事が出来ずにいた。
「俺ァ思うんだ、人生で嫌な事は主に二つ……一つは自分の管轄内で取り返しのつかない問題が発生しやがった時。当事者どもが定時でさっと上がるのに内勤ってのは残業上等でなぁ……」
「____」
「もう一つは、その元凶が自分の身内だった時。俺らの気持ち分かる? どんだけげんなりするか」
「おや、もう良いのかい局長殿?」
「アンタまで悪ノリするのはやめてくれよ……堅苦しいだろう……さて、其方はなるほどマスターとお見受けするが、アンタがこの二人を連れてきたって認識で良いか?」
「え、あ、はい。そうです、貴方は……」
「そうかいそうかい、そりゃ有難い。ウチの穀潰しにバカな妹分が随分と迷惑掛けてるだろうに、悪いね」
そして急に話を振られて声が上擦ってしまう。
顔滅茶苦茶怖い、ガタイ超良い。なのになんか声色がビックリするくらい優しい。
ギャップで整うレベルである、何これ?
「あー……折角ならアレやってみたかったなぁ、『問おう』って奴。今からしても良い?」
「すんません、マスターが困ってるんで一旦……」
「確かに、ちと俺ァ喋り過ぎか? まぁ良いや、名乗りもしてねぇしな」
大男は沖田の真横を通り抜けるとドカッと座布団に座り込み、此方を見据える。
人を四、五人くらい殺して食らってそうな雰囲気に、子供なら多分泣いてそうな強面。
「姓は秋無、名は出雲。新撰組臨時局長……ま、性に合わねぇからよ、組長とでも呼んでくれ」
「…………ヤクザ?」
「……やっぱそう見える感じ?」
あ、なんか結構傷付いてそう……
四つん這いになって項垂れてるし……
多分……見た目より悪い人じゃないんだろうな……
勘定ノッブ
計算に特化したちびノブ、二桁の足し算と引き算が可能。
勘定ノブギョー
勘定ノッブの中でも特に秀でた個体のみがなれる上位個体。
掛け算や割り算などの複雑な計算を使いこなす。