途中で更新が止まったらストックに追いつかれたんだと察して下され。
多分誤字今回もあります、推敲してんだけど何でこんな多いんだろ……
ケホッ……
ゲボゲボッ____
苦しい。
生きるのが、ただ辛い。
もう動くことすら出来ないと言うのに、私は未だこの生にしがみついている。
明治二年、五月。
とっくに死ぬ筈だった私の命の灯火は、何故か消えること無く今もか細く燃えていた。
身体はとうに死に体、最後に自らの足で歩いたのは最早何ヶ月前か。
自由の効かないこの身体では自死すら選ぶ事が出来ずに。
私の耳に届く、仲間たちの地獄のような戦況。
政府軍の勝利に呼応して、次々と斃れていくかつての仲間たち。
永倉や原田は離脱したと聞くが……
長であった近藤が処刑されたと聞いたのは、凡そ一年前で。
そして、最後に残っただろう土方の死と共に。
北の果て、蝦夷の地にて新撰組が完全に崩壊したと伝わってきた。
終わり、かぁ。
仲間の事だと言うのに、何処か他人事のようで。
余りに長く寝ているから、もう何にも思考が及びそうもない。
『起きとるか?』
「…………はい」
何処からか聞こえる嗄れた声。
新撰組を長らく世話してくれている老医者……そして、あの人にとっての恩人でもある。
もう一人の親父のようなモノだとカラカラ笑っていたっけ……それで言うと、そのもう一人の親父という人は京都の至る所にいる事になると思うのだが。
流石に商人と言うべきか、口が巧い人であった。
「ん……そうじゃな……えーと……」
「誤魔化さなくて、結構です……相当悪いんでしょう」
「……気を悪くするな、病は気からというじゃろ。まだお嬢ちゃんの気持ち次第よ」
……自分の身体の事だ、誰よりも良く分かっている。
どの道、もう助からない命だった。
それなのに私は……何故今も生き汚く此処にいるのだろうか。
「……一思いに、毒でもくれませんか」
「何度も言わすな。儂ァこれでも医者なんだよ……ったく、最近の若いのはこれだから……」
「それが、私を生かす理由ですか? 貴方達の可愛がってた
私が殺した。
最後まで、誰かを想っていたあの人を。
致命ギリギリまで仲間に銃を向けなかったあの人を。
背後から刺し、寄って集って切り刻んで、棄てた。
恩義も、情も喪った畜生。
私は、最早私自身を許せそうになくて。
何度も何度も、死のうとして。
身体が僅かに動いた時に、必死に白刃で自殺を試みた。
……その度に、あの人の最期がチラつく。
『風邪引くなよ』って、まるで当たり前の日常のような最期の言葉。
恨みをぶつけて欲しかった。
裏切りに失望して、あらん限りに罵って欲しかった。
理不尽な死を強要された怒りを、私に向けて欲しかった。なのに。
最期まであの人は、
今更、風邪なんて。
結核に倒れ、病床で這い回る私に言う事だろうか?
「……それも、ある。ソイツは嘘じゃない」
「…………」
「奴ァ、馬鹿だったよなぁ。血も繋がってねえのに親父に良く似てら……」
馬鹿な人だった。
もっと自分勝手に生きれば良いのに。
いつだって、誰かの幸福だけを考えていた。
自分を犠牲にして、他者を助ける事を当然だと思うような馬鹿だった。
「あの子を殺したアンタが憎くない、そう言えば嘘になるよ儂は……だがな」
「…………」
「それをあの子が望まないって事くらい、分かるんだよ。特にお前さんのことはよーく可愛がっていたからな……きっと、あの子はそうしろと言うよ。だから儂は医者としてお前を助ける」
死にかけの病人が二年も病床につくには当然莫大な費用がかかる。
老医者も慈善事業だけで生きるわけではないのだから。
元々それを一手に引き受けていたのもあの人。
最早何も出来ようもなく、組織も滅びた私が放逐されないのは、それを支払う者がいるから。
秋無出雲の生家。
今は老いた母と弟が切り盛りする大商家が、その費用を肩代わりしていた。
最愛の息子を、或いは敬愛する兄を、嬲り殺した私を生かすべく。
私の生は、殺した男の人生で支えられていた。
見舞いに来たことがあった。
皆、誰も彼もが私を恨んでいる事くらい察しがつく。
それでも誰一人、それを私にぶつける事などなく。
彼が人生で積み上げてきたモノの雄大さに、私たちのちっぽけな悪意は擦り潰されてしまうらしい。
何をするでもなく苦しい生に足掻いて、気付けば夜に微睡む。
そのような、なんの意味もない人生。
全てが狂ったあの日に魘されながら。
新年、年明けの頃__
私は一人、床に臥せて死にかけていた。
無理をした反動、生涯の恩人を手に掛けた罪悪感。
二つは凄まじい勢いで私の身体を蝕み……臓腑が焼け落ちるような激痛。
朦朧とする意識の中、ふと視界に影が差し込んでようやく。
琴が私を覗きこんでいると気付く。
元より大柄だった体躯は何故か更に肥大化し、既に十尺程もあるだろうか。
血走った瞳、剥き出しの歯、荒い吐息。
その身に纏うは何度も見た彼の隊服。
卑劣な奇襲によって持ち主の命と共に、背に刻まれた誠も失われた血濡れの黒羽織。
何の用で、とは思わない。
理由など一つしかないだろうから。
ハハ、あの二人も馬鹿だなぁ。
本当に隠し通せると思ったのだろうか。
末端の平隊士を消すような真似ではないのだ。
新撰組という組織の土台を支える要石、決して目立たぬところで全てを保持していた男を……
あのように嬲り殺しにして、組織が保つハズなかろう。
……尤もその前に、誰かの怒りによって皆殺しの憂き目に遭うだろう事は予測出来るのだが。
分かっていてやったのだろうか?
それとも、分からずにやったのだろうか。
……少なくとも、私は分かっていた。
彼を殺せば最早この浪士の集まりは秩序立った軍集団足り得ない。
それを理解しても尚、殺さずにはいられなかった。
「ケホッ__やらないん、ですか?」
「__馬鹿だね、アンタ。本当に、馬鹿だよ」
「……ハ、よく言われましたよ」
あの人は口が悪い。
目上である近藤や土方にも基本タメ語を崩さないし、他者を詰るのに躊躇いがない。
若い商人と舐められないように身につけた処世術だとか何とか……別に素がヤクザ者なだけでは。
「手前で惚れた男殺してどうするんだよ……ホッント……」
「……気付いてましたか」
「出雲は鈍いからサッパリだったみたいだけどね、もっと直接行かないと」
それが出来ていれば苦労はしない。
初恋がそのまま成就したようなアナタには分からないだろうが。
横恋慕の痛みというのがどれ程なのかを理解していないのだろう。
「……私から奪えると思った?」
「ッ……!」
馬乗りの格好で、頭を掴まれる。
規格外の体躯に化け物じみた剛力。
私の頭蓋など、それこそ生卵のように握り潰せるだろう。
抵抗は無駄……それより、する気にもならない。
死んでしまいたかった。
動く事も出来ないような身体で、この心の痛みに苛まれるくらいならいっそ……
「残念だけど、出雲は私のモンだ。これまでも、そしてこれからも……出雲はずっと此処にいるから」
「…………!」
それは、どういう……否、聞きたくなかった。
聞いたらきっと後悔すると直感したからこそ、声を上げずに済んだ。
「……でもね、お前だけは別だったんだよ沖田」
「__」
「ずっと見てたから。ずっと楽しかったから……たまに分けてやるくらいなら、構わなかったのに」
「……そういう訳にも、いかないでしょう」
「もう、過ぎた話さ。全部アンタらが悪いから」
そう吐き捨てたところで頭の握りを外される。
軋む頭蓋骨が突如圧を失い、反動でくらりと視界が揺れる。
「……何故」
「ここで殺しちゃ、アンタは満足しちまうだろうから。殺してやらないよ沖田、死に逃げなんてのは許さない……アンタは私から出雲を奪おうとした、だから私も一番大切なモノをブッ壊す」
「…………まさか」
「新撰組は、皆殺しにする……ああ、安心しな。何も今日全員なんて甘い事はしないさ……取り敢えず半分。それから少しずつ、少ぉしずつ嬲り殺しにして、全員生まれてきた事さえ後悔させてやるから」
「正気、ですか!? 組にはまだ、あの人が逃がそうとした人もいるのに……」
「……止めて欲しい? まぁ、そうだろうね。アンタらは仲良かったからさ……だったらさ」
貼り付いたような薄笑いが消え失せ、一瞬で感情をむき出しにする。
秋無によって落ち着いていた鬼種の狂気が、氾濫せんばかりの怒涛となって渦巻いていた。
「だったら返せ! 出雲を返せよ!!!」
「!」
「なぁ……返してくれよ……何でそんな事、するんだよ……! こんなの、正気で居られるワケないだろ……!!!」
「…………琴、さん」
「知らん、もう愛想が尽きたよ私は。精々後悔して、苦しみながら死ね」
「……待って! 待って下さい……! 私も……」
「…………じゃあね、沖田」
「____待って……」
目が覚める。
また、この夢だ。
繰り返す日々の夢、秋無を殺した夢と、琴に殺されなかった夢。
私にとってもっとも苦痛な、生きる現実に向き合わねばならない日々を繰り返し……
夢の中でさえ、都合の良い世界に逃避する事は許されない。
「うえっ……おえぇえっ…………!」
血と共に胃の中身の全てを吐き出してしまう。
入っているモノなど重湯くらいのものだが……
苦しい。
死にたくても死ねず、動きたくても動けず。
生きた屍として、ただ床に臥する事しか出来ない。
……何故殺したのか。
そこまでして、ひと振りの刀などで在りたかったのか。
ハハハ。
まさか。
初めてだった。
請われて殺す、何度も繰り返した筈のそれに。
心の底から拒絶感を覚えた。
何を、今更。
今更……人のように振る舞うなど烏滸がましい。
軋む心を噛み殺して、私は再び剣を取った。
動く筈のない身体に奇跡のような熱を帯びて。
僅かなそのひと時のみ、私に彼を殺し得る力を与えた。
畜生にも劣るような私の正気を最も損なったのは。
秋無を刺し殺したあの時。
その、最期。その瞬間だけ。
確かに彼は私を見ていた。
私だけを捉えていた瞬間があった。
それに、仄暗い情欲を抱いていた。
僅かな瞬間を、無限に反芻し続けて。
苦しみと悦びに挟まれて、狂ってしまいそうだった。
或いは元から狂っていたのかもしれない。
あの時だけは、彼の世界に私しかいなかった。
思考の全てが私で埋め尽くされていた。
その事が、あまりにも嬉しい。
ああ! 嗚呼!!!
そうだ! 私が抱いていたのは罪悪感などではない!!!
寧ろ、優越感とさえ呼べるもの。
破滅を分かって何故彼を殺したのか? それと同じだった!
自らのモノに出来ないなら、手ずから終わらせてやる。
お前の最期は……その死だけはせめて、私のモノにしてやるという愉悦!
出来損ないの人でなしである私には! それが!
それだけが愛のカタチであったのだ!
どうしようもない化け物、人の姿をした妖のような。
何と醜く、何と救いようのない。
ハハ、ハハハハ。
既に亡き我が想い人よ、秋無出雲よ!
お前が命を捨てて救おうとした女の末路はこうだぞ、これが本性だぞ。
人の心など学んだところで所詮、化け物に過ぎない私には。
このような形でしか自らを慰められぬ。
それが余りに心苦しく、悲しい。
彼の努力を、人で居て良いと言ってくれたただ一人が無駄であったと物語るようで……
フフフ。
アハハ。
こんな私を救うなど、どだい無理だったのだ。
心持てども怪物には、とても人の愛でなど返せないのだから。
こんなに、苦しいのなら。
こんなに、悲しいのなら。
人の心など、無ければ良かった。
ただ、ひと振りの薄刃として切り刻み、散れたならば良かったモノを。
なまじ人に焦がれ、人に交わろうとしたが故に最悪を招いた。
全て私の咎だった。
ッ____!
来た、来た……!
心臓が止まって、身体の生命が終わった。
胸の中に残ったあと一息を吐き出したら、漸く……
もしも。
もしもの話だが。
「全て、忘れてしまえば____」
あの日に戻れるだろうか。
たわいも無い事で喧嘩して、お腹いっぱいにご飯を食べて……
皆で死地を切り抜けて笑った、あの日々に。
何ともまぁ、都合の良い夢想。
最期に願うはただそれだけ、帰らない日々を想う程に。
ただ独りの病床で、私は眠りにつく。
もう一人の『化け物』。
どこかで噛み合ったら立場が逆だった可能性もあった、かわいそう。
組長の『誰もテメェを責めねえってのは辛いよな』が返ってきた女。
何か皆殺されたと思ってたけど、生きる苦しみって良いかなって……